Monthly Archives: 1月 2012

前立腺生検

去年までは会社の定期検診を受けていたが、そのメニューには前立腺の検査は含まれていなかった。9月に会社を辞めたのを機に、秋に区の健診を受けることにした。これにはオプションで前立腺検査が含まれていたので、受診した結果、PSAという数値がやや高く、さらに検査を受けることになった。だいたい、これまでは前立腺という名前は聞いていたものの、どの辺にあるのかさえあやふやだった。東京女子医大に紹介状を書いてもらい、11月に検査してもらったところ、生検を受けることになった。生検というのは、肛門から超音波検査機を挿入し、前立腺に針を刺して生体を採取し、癌がないかどうかを検査する。最初は12月の予約だったが、病院側から人手が足りないので延ばしてもらえないかと依頼があり、今日に変更になった。 検査自体は3時の予約だったが、準備のため早めに来てくれと言われていたので、2時過ぎに病院に到着。まず抗生物質を服用し、肩にも筋肉注射で抗生物質を打つ。しばらく待って検査室に入るとマッサージチェアのような椅子があり、下半身の衣類を脱いで腰かける。男性医師(技師?)が椅子を操作すると、椅子が回転して下半身がカーテンの向こう側に行くとともに、両脚が広げられ、椅子の臀部のところが開く。カーテンの隙間から見えたところでは、さっきの男性医師のほかに若い女性医師もいる。男性が「指を入れます」というと、肛門から指が挿入される。しばらく触診したあと、いよいよ超音波検査機が挿入される。エコー検査の後、いったん検査機を抜き、今度は「組織を採取するので局所麻酔をかけます」前立腺に針が差し込まれ、組織を採取するたびにカメラのシャッターのような音がするのだが、局所麻酔が効いているせいか痛みは感じない。10カ所ほど組織を採ったようだ。最後にもう一度指で内部を触診して終了。スポーツジムの仲間の話では、やはり前立腺の生検を受けたときには一日入院したそうだが、私の場合は二日分の抗生物質を処方してもらっただけで放免された。 検査中、声をかけてくれるのは男性なのだが、指や機器を挿入するのが男性なのか女性なのかはカーテンの向こうなのでわからない。仕事とはいえ、毎日このような検査を担当する人たちも大変だろうが、受ける方もあまり気持ちのいいものではない。この手の検査を受けた人がブログに「AV女優の勇気に改めて感心した。」と書いているのを見たことがあるが、なるほどと納得する。 Tweet

同期会

大江戸線を都庁前で乗り換えて大門へ。増上寺の大門のすぐそばを地下に降りた「料亭 河合」が会場。今日のメンバーは、勤務していたM商事に1964年に大阪で入社した仲間で、出席者は12人。以前、脳梗塞で倒れたM君もすっかり回復したらしく、年間50回のペースでゴルフに励んでいるとのこと。かつてゴルフクラブのシャフトを作るメーカーに出向していたT君とゴルフ談議を盛り上げていた。まあ70歳を過ぎた連中ばかりの集まりだから、むかしのような仕事の話や上司への愚痴はほとんどでず、健康談議が中心となる。こういうのを「枯れてきた」というのだろうか。 ところで、この「料亭・河合」だが、女将の話では「昔、父親の代には大阪の宗右衛門町にあったんです。」その後父親は上京し、新橋で店を開いたが、今は一時的に大門(芝公園)に移っていて、この三月には新橋に戻るそうだ。なんでも東大ボート部の人たちが使っていた縁で、M商事の東大ボート部OBが使うようになり、客のほとんどがM商事社員になったとか。現に今日もテーブル席はわれわれ12人で満席だが、2~3人しか座れないカウンターにいた若い二人連れも後輩だった。ところがそんな由来にもかかわらず、壁には写真のような額が掲げられている。わが母校のアメフトチームのペナントだ。”Lavens”は「レイバンス」と読む。いろんな客筋があるのだろう。「料亭」と名付けているが、「食べログ」ではランチのビーフシチューが評判がいいようだ。 Tweet

同窓OB会

東京で今年初めての積雪があった今日、久しぶりに丸の内に行った。国際ビルの地下にある、大学のクラブで午後5時からの集まりだが、5分ほど遅刻したので当たりの様子を観察する暇もなく急いだが、建設中の中央郵便局の、というか日本郵政の本社ビルがほとんど完成に近づいていた。我が家の前は昨夜の雪でアイスバーン状態だったが、さすがに丸の内はきれいに除雪されているものの、道路の角の人が歩かないところにはわずかに雪が残っていた。 今日の集まりは、以前勤めていた商社で同じ大学の出身者のOB会で、毎年新年会として行われている。現役では東アジア統括として北京に駐在しているY副社長が、春節で帰国していることもあって出席していた。Y氏は以前ソウルにも駐在していたが、「韓国と違って、中国の要人と会うときには、その後ろに14億の人間がいると思うとどうしても緊張せざるを得ない。」と話していたことが印象的だった。出席したOBは約20人で、昨年よりだいぶ少なくなったが、先輩・後輩とも懐かしい顔だ。宴ののち、東京駅に向かう少し酔った目には仲通りのイルミネーションがまばゆく映った。 Tweet

復活の日

今朝のニュースで興味を惹いたのは、鳥インフルエンザの病原体がほぼ解明できたものの、その段階で研究にストップがかかったというもの。なぜならば、病原体の解明によりウィルス製造のめどがついた反面、このウィルスを人工的に培養することも可能になり、その高い致死率から考えてテロに悪用される恐れがでてきたという。鳥インフルエンザに人間が感染するケースは少なく、人間同士の感染は今のところないが、何らかの原因により人間同士の感染も可能な売りするに変異する可能性があり、そうなった場合、致死率は60%に達する。1910年代に世界中で5000万人が死亡したとされるスペイン風邪の致死率は2%程度と言うから、鳥インフルエンザの致死率は驚異的なもので、これが生物化学兵器として使用された場合は大変なことになる。 このニュースに興味を覚えたのは、昔読んだ小松左京の「復活の日」を、ちょうどいま自炊本で読み返しているところだからだ。以前読んだ内容はおおかた忘れてしまっていたが、再読してみてこの作家の洞察力に改めて感心させられた。米ソ冷戦のもと、ようやく核廃絶協定が結ばれようとしている状況下、ある国際機関で厳重に管理されていた特殊な病原体が盗み出され、それを某国に運ぼうとした小型機がアルプス山中に墜落。その後原因不明のインフルエンザが世界的に流行し始める。問題の病原体はウィルスですらなく、直接核酸を破壊して人間を死に導くのだが、インフルエンザウィルスの陰に隠れて作用し、人類は南極観測隊員約1万人を除いて滅亡にいたる。小説の中で、わずかに生き残り、間もなく死を迎えようとしているラジオ講座の講師が、ほとんど聴く人も残っていないマイクに向かって、人類が到達しえたであろう知の世界をかくもみじめに崩壊させてしまったことに対する、20世紀知識人の責任と悔恨を切々と訴える場面は圧巻だ。 Tweet

芥川賞

先日発表された2011年度下期の芥川賞は円城塔の「道化師の蝶」と田中慎弥の「共食い」の二作品同時受賞となったが、田中慎弥の受賞記者会見が面白い。いかにも嫌々そうに席に着き、「今の感想を」と聞かれると、「たしか、シャーリー・マクレーンだったと思いますが、アカデミー賞の候補に何度もなり、最後に受賞したときに<私がもらって当然>と言ったそうですが、まあそんな感じです。」ここで会場から拍手が湧くと、「4回も落とされたあとですから、ここで断ってやるのが礼儀かと思いますが、私は礼儀を知らないので、また断ったと聞いて気の小さい選考委員が倒れたりすると都政が混乱しますので、まあ都知事閣下と東京都民各位のためにもらっといてやるかと。」 その都知事閣下が齢80近くになっていまだに選考委員をやっているとは知らなかったが、田中氏の発言が効いたせいか、選考委員を降りた。「若い人に期待してきたけど、もうちょっと自分の人生、文学にとって刺激を受けたい。若い人に足をさらわれるな、と緊張感を覚えさせてくれている作品がない。」なんてのたまわっているそうだが、若い人たちは別に80歳の老人の人生や文学に刺激を与えるために小説を書いているわけではない。こうした人が今まで選考委員をやってきたことが「老害」だろう。だいいち、芥川賞の選考委員なんてかなりのエネルギーが必要で、都知事と掛け持ちでなんかできないはずだ。それ以前に、都知事など首長には職務専念義務があるはずだが。 「(出身地の)下関では、母校の恩師などから喜びの声が上がっているようですが」と記者が言うと、即座に「それは嘘です。私は教師に嫌われていましたから。」と返したり、「もう(記者会見は)やめましょうよ」と何度も繰り返すなど、有名になった沢尻えりかの「別に・・」の記者会見を思わせるが、なかなか個性的な作家がでてきたものだ。いずれ「文芸春秋」に掲載されるだろうから読んでみよう。 Tweet

イーストマン・コダック

ニューヨークタイムズによれば、今朝早く(現地時間)イーストマン・コダック社が連邦破産法Chapter 11を申請したとのこと。30年あまり前だが、ギリシャにいたころ、コダックのフィルムを使って写真を撮りまくっていた。日本の富士フィルムも売られていたのだが、コダックのフィルムを買って箱を開けると、数ヶ国語で書かれた説明書が入っていて、なぜかギリシャで売っているコダックフィルムは日本語の説明書が一番に目に入るように折られていた。それが原因で、嬉しくなってコダックばかり使っていた。日本がまだ遠い国だった時代、コダックの方がDPEも信頼できそうに思えたことも理由の一つだった。当時の写真用フィルムの世界シェアは、コダック50%、富士30%、さくら(コニカ)20%くらいだったろうか。デジタル時代になっても富士とコニカは生き残っているのに、そもそもデジタルカメラを最初に開発したコダックが倒産とは。かつての名門企業も、自らが先んじたデジタル化の波に乗り遅れたことで凋落の道を歩んできたようだ。あの独特の黄色のパッケージが懐かしい。 Tweet

東急スポーツオアシス

このところほとんど毎日のように通っているのが、徒歩10分で歌舞伎町の真ん中にあるスポーツジム、東急スポーツオアシス。都立大久保病院とツインタワーになっているハイジア健康プラザビルの5~7階にある。以前はトレーニングルームでマシンを使った運動をやっていたが、腰痛になって以来、マシンはやめて専らプールを利用している。プールといっても水泳は得意ではなく、25m泳ぐと息切れするので少し休み、それから折り返すといった形だが、それでも最近は一日500m前後は泳げるようになってきた。25mで息切れしてしまうのは、基本的には体力がないせいだが、自己流の泳ぎ方にも問題がありそうなので、個人レッスンを頼もうと思いながら、それも億劫なのでまだ頼んでいない。しかし最近、他の人たちの泳ぎを見ていて、25mを泳ぐストロークの数が私のほうが全然多いのに気付き、これはやはり個人レッスンを受ける必要があると感じている。 水泳もさることながら、ここのスポーツジムの特徴は屋外プールと屋外ジャグジーがあることで、最近のように好天が続く日々は、寒中とはいえこの屋外ジャグジーで過ごすのが気持ちがいい。ここで文庫本などを読みながら1時間ほど過ごすのが日課になってきている。このジャグジーには常連客がいて、だんだん顔なじみになってくると読書より彼らとの会話の時間が多くなる。先日も常連のうち60代の建設会社社長と50代の元俳優との間で、「箱根駅伝の復路は最後まで時間差でスタートするのか、下位チームは一斉にスタートさせるのか」で盛り上がり、決着がつかなかった。今日、ジムに行く前に思いついてWikipediaで調べてみたら、7位までは時間差、8位から後は7位の10分後に一斉スタートということが分かり、たまたま他の二人も着ていたので結論を披露すると、「社長の方が正しかった。」と元俳優が頭を下げた。 他にも、「箱根駅伝にはなぜ関西系の大学が出てこないのか?」「早稲田は強いのになぜ慶応は決勝に出てこないのか?」という疑問もWikipediaで解決した。答えは「箱根駅伝は関東学連の主催で、いわば地方大会である。」「慶応は、駅伝のために推薦入学を取り入れる悪弊に反発し、一時関東学連から脱退した。復帰後もその傾向が強く、推薦遊学による強化には消極的である。」この話で、元俳優氏が慶応出身であることが判明した。 他にも顔なじみの常連は、私より3-4歳上で、脳腫瘍をはじめ4回の手術を経験した退職者、運転手を同伴で来ている50代の経営者、西新宿にマンションを持っていて毎年3ヶ月くらいは日本に来ているというフランス人など。 Tweet

ル・クープシュー

新宿郵便局の前から薬のディスカウントストアの角をまっすぐに行き、甲州街道に突き当たる手前の左側の小さいビル。3階にトルコの国旗があり、トルコ料理店ウシュキュダルがある。(行きつけのトルコ料理店HiSARでよく顔を合わせるトルコ人がウシュキュダルで働いていると聞いていたが、彼の店は同じ名前だが新宿駅東南口の方だそうだ。)そのビルの一階と地下が開業36年になる老舗のフランス料理店ル・クープシューだ。パリ、ソルボンヌの近くにLe Coupe Chouというレストランがあるが、気さくなオーナーにパリの店とは関係があるのか聞いてみたら、「私が若いころよく通った店ですが、関係はありません。商標侵害で訴えられなくてよかったと思ってます。」 入ったのは一階の方だが、L字型のカウンターが10席くらいと、テーブルが10席くらい。カウンターの中がキッチンで、シェフが二人。オーナーは入り口近くに立って全体を目配りしている。地下にも厨房があり、冷製のものは下にオーダーしてリフトで上げる。セットメニューのAコース4500円を注文。前菜は私がウニのグラタン、相方はフォアグラのソテー、メインはそれぞれ鱸のソテーと鴨のロースト。ワインはぐるナビクーポンのサービスワインにグラスワインの白を追加。料理も美味しいが、ちょっと炙ったフランスパンと特製のバターがうまい。家の近くにあるカジュアルフレンチのビストロ・コロリスと規模も値段的にも似ているが、こちらの方が繁華街にあるだけあって活気がある。 オーナーによると、小田急ハルクの裏側にも似た名前の店(ギャラリー・クープ・シュー)があって、「私はこっちの方が美味しいと思うんですが、実は向こうの方が偉いんです。」どういうことかと聞くと、「向こうは家内がやってまして・・」帰り道に場所を確認したので、今度は向こうにも行ってみよう。 Tweet

新年のごあいさつ

今年の年賀状でご挨拶に代えさせていただきます。今年もよろしくお願いします。(都合により差出人欄は消去しました。) Tweet