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西新宿8年半の変遷

上の写真は我が家のベランダから見た西新宿の眺めで、昨日撮ったもの。下の写真は2003年5月に自分のHPを立ち上げたときにバナーに張ったもの。遠くに見える六本木ヒルズ(2003年4月オープン)はまだ工事中のようなので、実際に撮ったのはもっと前だったかもしれない。上と下の写真、一見しただけで違いははっきりとわかる。左側に大きく聳え立つ高層マンション、右寄りに建つコクーン(繭)ビル、右端の高層ビル群の一部など、この8年間に新しく増えたが、よく見ればそのほかにも新たにできたビルがいくつもある。下の写真のころ、私は定年退職後嘱託として継続勤務していた商社から、知人の紹介で美容関係の会社に転職する準備をしていた。その後、私は美容関係の会社から元の商社の子会社に戻り、先日、そこも退職してようやくフリーの身になった。この間、政界では政権交代があり、首相は7人目となった。リーマンショックが起こったし、円ドルは120円前後から75円台になった。アテネと北京でオリンピックが開かれ、プロ野球の球団のうち3つの名前が変わった。そして東日本大震災があり、福島では原発が爆発した。私自身はこれからはもう変わりようもないが、都庁を擁し、新都心と位置付けられる西新宿は、これからも替わり続けて行くことだろう。 Tweet

11/11/11

2011年11月11日、1の横並びということで、この日に挙式や入籍しようというカップルが多かったり(そういえばうちの息子夫婦の入籍は平成22年2月22日だった。)、横並びの日付の電車切符を求める人の行列ができたり、2ちゃんねるの投稿日時の2011年11月11日11時11分11秒を争ったりとか、罪のない騒ぎが起きている。その一方、この日に何か大変事が起きるのではないか、という予言が飛び出したりしている。確かに、米国同時テロが9月11日、東日本大震災が3月11日と、11という日付には因縁があるから、その11が三つ重なる日には何かあるのでは、との不安心理が働くことは想像しがたいことではない。だがその11/11/11も、とりたてて大きな事件もなく(巨人の球団代表がナベツネに楯突いたことくらいか)、日本時間ならあと1時間半ほどで過ぎ行こうとしている。 Tweet

横須賀

週末は横須賀で一泊。老後の棲みかとしてケア付き高齢者住宅というのを体験宿泊。神奈川県の住宅供給公社が運営しているもので、十数年分の家賃と将来的に介護が必要になった場合の介護費用を一括して払えば、何歳まで生きようと毎月の管理費と食費、光熱費だけで居住でき、もし寝たきりにでもなれば追加支出なしにケア施設への入居が保障されるというシステム。入居時に一括して払う金額は○千万円が必要だ。同じようなシステムで民間経営のものもある。高齢になるほど一括支払いの資金は少なくて済むが、入居時には夫婦とも健常であることが条件となる。同公社の物件は横浜や向ヶ丘遊園などにもあり、これらの施設も入居体験済み。実際に入居するのはまだ数年先になると思うが。 で、せっかく横須賀まで行ったのだからと、駅前からバスに乗って三笠公園に行く。ここには日露戦争の立役者である「戦艦三笠」が展示されているが、今日は「産業フェア」が開催されていて、基地の米兵やその家族も含め結構な人出だった。軍国的なものにはあまり興味はないのだが、三笠にも乗ってみた。1900年に英国で建造された三笠は、1922年のワシントン軍縮条約で廃艦が決まり、翌年の関東大震災で岸壁に衝突して破損、1925年以降横須賀港に着床して保存されているが、戦後は駐留軍のキャバレーやダンスホールに使われたり、砲身や備品類は戦後の物資不足の時期に持ち去られ、米海軍のニミッツ提督らが提唱して復元されたという。 三笠公園からタクシーを拾って横須賀市美術館へ。同じ横須賀市内といってもかなり距離があり、タクシー料金は2420円。観音崎にあり、美術館の建物自体、総ガラス張りの2階建てで広大。「トリック&ユーモア展」としてエッシャーやマグリット、それに浮世絵の歌川国芳などの、だまし絵系の絵画、彫刻などが展示されている。地下の収蔵品展示や別棟の谷内六郎館(週刊新潮の表紙絵を展示)などすべて見て回るとかなりの距離を歩いたことになる。この展覧会は今日までで、しかも産業フェアに合わせて半額料金になっているせいか、足の便が悪いにもかかわらずかなり混んでいた。帰りはバスを待ったがこれがなかなか来ない。横須賀駅から観音崎へのバスで、乗るのは観音崎から折り返しで一つ目のバス停なのだが、駅からのバスが来ない以上、折り返しのバスも来ないわけだが、一時間に3本のバスがやっと来たのは次のバスと同時だった。 Tweet

松戸会と最後の出社

私が幹事の一人を務めている「松戸会」の幹事会。腰痛のため夜は避けたいという私の希望で、代表のHaさんが昼に設定してくれた。朝、会合の場所を確認するためHaさんに電話をしたら何か様子がおかしい。聞くと、二日前にボランティアで身障者の車椅子を押していてぎっくり腰になってしまい、動けないのでHaさん抜きでやってほしいとのこと。むかし、丸の内の工業倶楽部にあった「日本租税研究協会(租研)」の事務局をやっていたHaさんは、退職後、私財を投じて千葉の館山に障害者用の宿泊施設を設立、運営していた。資金的に続かなくなり、数年前にやめたが、私より年上のHaさんが今でもボランティアで身障者の世話をしているのには頭が下がる。「租研」は大手企業の税務関係の研究組織だが、「松戸会」Haさんが事務局をやっていた頃の各社の担当者や税務当局者の同窓会的な集まりで、もう30年以上続いている。会の名称はHaさんの自宅がある松戸にひっかけたもの。私は税務担当者というより、海外店の経理統括を担当していたのだが、当時、私の会社では海外関係の税務は海外担当が処理することになっており、二度ほど租研ミッションのメンバーとして中国に行ったりした(中国が外国企業に法人税をかけ始めたころ)ことから、仲間に入れてもらっている。 今日の会場は三井物産別館に入っている東京会館。三井物産のゲストハウスみたいなところらしい。出席者は物産OBのItさん、新日鉄OBのYaさん、日立OBのInさんと私の4人。Haさんと東レOBのSuさんは欠席だった。こうした場で俄然張り切るItさん。地元誌に掲載した、ふるさと(彼の出身は愛媛県)に関するエッセイを披露し、北原白秋の「帰去来」の詩をもとに、「望郷」と題する替え詩を作ってふるさとの恩師に贈ったところ、感激された恩師が書家に書かせ、額装して地元の公民館に掲げてあるとの話。また、かれのお得意は有名な漢詩や歌謡曲の歌詞を、租研当時の共通体験に変換して唄う(場合によってはテープレコーダの伴奏つき)ことだが、今日は藤浦洸作詞の古い歌謡曲だった。こうした替え唄、替え詩を、ワープロを使わず手書きで書いて皆に配るのも味がある。ただ、連絡役を担当している私としては、比較的年齢の若いInさんは別として、ItさんもYaさんも、今日は欠席のHaさん、Suさんも、幹事団みんながメールを使わないアナログ人間で、ファックスをやり取りしなければならないのが悩みの種でもある。 大手町に行ったついでに、帰りは丸の内で下車。会社に寄って入館証と社員食堂カードを返還する。実質的には先月末で辞めたが、今月末まで籍はあるので、万一出社する必要が出てきた場合に備えて入館証は持っていたのだが、もうすぐ月末なので近くに来たついでに人事に返してきた。これが最後の出社であり、名実ともに会社とはお別れとなった。 Tweet

ギリヤーク尼ヶ崎

先日、スポーツジムで我が家の近くに新しいスーパーマーケットができたことを小耳に挟んだ。スーパーなら我が家のビルの一階に「マルショー」があるのだが、新しいスーパー「もとまちUNION」はそこから歩いて10分弱。だが、こちらは横浜が本店で、「成城石井」に似た高級志向のスーパーだから直接は競合しないのかもしれない。このあたりは春に神田川のお花見に行くときくらいしか通らないが、今年は別の方面に花見に行ったのでしばらくぶりだ。以前は古い一軒家や「××荘」といった二階建ての木造アパート、つぶれた銭湯などが雑然とした街を構成していたのだが、しばらく見ないうちに新しいオフィスビルや高層アパートがいくつも建てられている。新設スーパーもこうした新住民をターゲットにしているのだろう。「マルショー」との違いは、野菜や鮮魚は少ない一方、ワインやチーズなどの輸入食品の品揃えが豊富なこと、ベーカリーがテナントとして入っていること。「もとまちUNION」は横浜・元町が本店だが、ベーカリーは札幌が本店の「Pain au Traditionel」今日はここで妻と待ち合わせ、パンと飲み物を買ってスーパー前の広場でパンを齧って昼食にし、新宿三井ビルに移動。 14時から新宿三井ビル前の広場でギリヤーク尼ヶ崎の野外公演がある。やや遅れて広場に着くと、思ったより大勢の人が集まっている。ちょうどギリヤークが到着して舞台に(別に台があるわけではないが)に上がったところだが、衣装を着けたり準備をするのにかなりの時間がかかるが、これも演技に含まれているのだろう。最初の踊りはじょんがら節のメロディーに乗って始まったが、ほとんどが座っての踊りであり、人垣の後ろから見ている私には、角度の関係であまり見えなかった。二つ目の「よされ節」はコミカルで観客をも招きいれての踊り。踊る観客はみな上手なので、おそらくギリヤークの追っかけで慣れている人たちなのだろう。最後が東日本大震災の犠牲者を追悼する「追悼じょんがら」で、心に迫ってくるものがあった。私がギリヤーク尼ヶ崎の名を知ったのは、村上春樹の「1Q84」の中で「気の毒なギリヤーク人」(Book1 第20章)という一章を読んだ時だ。ここに出てくるギリヤーク人は尼ヶ崎とは関係はないのだが、ギリヤーク人について調べてみようとググったらギリヤーク人より先にギリヤーク尼ヶ崎が出てきたのだ。大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎の名は、尼ヶ崎は本名で、ギリヤークは自分の風貌がギリヤーク人に似ているからということらしい。「1Q84」の中での話は、天悟の部屋に泊りこんだふかえりが夜中に起きてきて、天悟がチェーホフの書いたサハリン島旅行記の中のギリヤーク人の描写を読んでやるという設定。Wikipediaによればギリヤーク人というのは昔の言い方で、今はニブフというのが正しいそうだ。その貧しい生活ぶりを聞いたふかえりが「きのどくなギリヤークじん」とつぶやいたのがこの章の題名になっている。もっともふかえりは、そのあとで「すてきなギリヤークじん」とも言っている。 ギリヤーク尼ヶ崎の公演を観た後、新宿プリンスホテルに隣接したペペまで歩き、そこで高校時代の友人と会うために恵比寿へ行く妻と別れ、家に帰ったが、一日でかなりな距離を歩いたことになる。気がつくと今日は腰痛をほとんど感じない。今年81歳のギリヤーク尼ヶ崎が演技後に語ったところでは、心臓にペースメーカーを入れ、半月板も割れているとのこと。それでも88歳になるまであと7年頑張るという。まだ70歳になっていない私が脊柱管狭窄くらいで泣き言を言ってはいられない。 Tweet

高齢者講習

今年は運転免許証の更新があるのだが、それに先だって警察から「高齢者講習」なるものを受けろという葉書がきていた。70歳になると免許切り替えの手続きの前にこの講習を受ける必要があるそうだ。私は今年の切り替えでその年齢になるので対象となる。いまの都心の住まいに引っ越してからは車の必要もなく、売り払ってしまっているし、今後も自分で運転する機会がそれほどあるとは思えない。加えて4月からの腰痛もあって、いっそのこと運転免許証は返上しようかと思っていたが、このところ腰痛もやや改善されてきたこともあって、数日前、指定された自動車教習所のうち一番近そうな池袋の教習所に予約の電話をいれてみた。ところが予約が詰まっていて、免許が切れる12月7日までには受けられないという。だいたいこんな制度を導入しておいて、希望する日時に受けられないとは何事だと、葉書に書いてあった警察庁の担当係りにねじこんだ。「もっと遠くの教習所なら空いてるはずです。」というので、「腰痛だからあまり遠くは困る。近場であいているところをそっちで探してくれ。」と言ったら武蔵境の教習所なら土曜日が空いてます、というので今日行ってみた。 今日の受講者は3人。例によって交通安全に関するパンフレットを3冊(うち、1冊は高齢者用のもの)を配られ、高齢者の交通事故に関するビデオを見せられたあと、シュミレーションマシンを使っての反応検査、教習所コースを使っての実技、視力検査(静止視力、動体視力、視野角)で合計3時間。なんとか合格して「高齢者講習修了証明書」というのをもらう。これを持っていかないと免許証の更新ができない仕組みだ。 確かに、ビデオでも見せられたように高齢者の事故が多いのは事実のようだし、ニュースでも高齢者の事故が多く取り上げられている。だが、人口に占める高齢者の比率が増えている以上、パーセンテージが高くなるのは当たり前だし、高齢者の事故は昔からあったのに最近になって急増しているような情報操作も警察ならやりかねない。私の場合は70歳になりたてなので、免許更新では5年免許がもらえるらしいが、71歳以上でこの講習を受けた人は3年免許しかもらえない。そして74歳以上になると、今回の講習以外に認知症テストもあるらしい。今日の年月日と曜日をいきなり尋ねたり、4つの絵が描かれた紙を何枚か見せられ、そのあと絵とは無関係の言葉を逆に読ませたりして神経の集中をそらせたうえで、さっきの絵に書かれていたものを列挙させるのだという。事故の防止が大切なことは言うまでもないが、こうした講習を増やして一回5800円も取るとなると、警察の天下り先を増やす意図もあるのではないかと疑うのは下司の勘繰りだろうか。 Tweet

追悼 Steve Jobs

Apple社のSteve Jobsが亡くなった。享年56歳。あまりにも若すぎる死だが、この世界にiMac, iPod, iPhone そしてiPadと立て続けにヒット商品で世間を席巻し、創業者の一人でありながら一時は会社を追われたその会社を時価総額世界一にし、まさに絶頂期に世を去った。20世紀のITでの最大の成功者はBill Gatesだが、21世紀では今のところSteve Jobsだろう。二人とも1955年生まれというのも面白い。BillもマイクロソフトのCEOを辞め、今は世界最大の資産家として慈善事業に専念しているが、Steve jobsの方はApple社の創業者でありながらいったん会社を追放され、2002年にCEOに復帰してからも役員報酬は年1ドルしか取っていないのも有名な話だ。年俸数千万ドルというのも珍しくない米国の経営者としては異例だが、これも若いころ何カ月もインドを放浪したりしたことと関係があるのかもしれない。数年前に膵臓がんの手術を受け、その後も肝臓移植を受けていたそうだ。今年8月にCEOを辞任したときには死期を覚っていたのだろう。 Tweet

退職

今日で勤務先の会社を退職した。形式上は10月末の退職だが、有給休暇の残りを消化するため、実質は今日が最後になった。一年契約で週3日勤務の契約社員であり、今年7月の契約更新で1年契約も可能だったが、70歳を過ぎても働きたくはなく、また腰痛の悪化もあったので、ぎりぎり70歳前の退職となった。以前、友人から頼まれて1年半ほど手伝っていた美容関係の会社を辞めたタイミングで、熊谷にあるショッピングセンター開発会社を手伝ってくれないかという話があり、今の勤務先からの派遣という形で新幹線通勤を始めたのが2005年の7月。その後本社を神田に移し、親会社の施策に沿った合併に伴い、派遣元に戻った。いくつかの会社のアドバイザーとなり、そのうち海外関係の仕事も加わって、思いのほか長く勤めることになった。退職後は悠々自適といきたいところだが、税理士事務所をやっている妻が「人件費の安い助っ人」を求めて手ぐすねをひいている。それにしても早く腰の病を治さなければ・・・ Tweet

何度目かの送別ランチ

今日の送別ランチは、この3年ばかりの間に一緒に海外出張に行った若い人たちが8人がやってくれた。最初にエチオピア、ケニア、タンザニア、南ア、モザンビークに行ったTe君。彼とはその後バングラデシュとスリランカにも行った。翌年またエチオピア、ケニア、タンザニアに行ったのはOt君。このときは週末を利用してサファリにも行った。ベトナムでホーチミンとハノイに行ったのはTaさん。観光の時間はまったくなかったが、食べ物は美味しかった。パキスタンでカラチ、ラホール、イスラマバードと巡回したのはKi(1)君。テロへの警戒が厳重で緊張させられた。極東ロシアのユジノサハリンスクへはIt君。駐在員から生卵を持参してくれと頼まれて苦労した。イランのテヘランにはSa君。帰り際に運転手にお土産のピスタチオを買いに行ってもらったのが仇となって渋滞に巻き込まれ、危うく飛行機に遅れそうになった。カタールのドーハ、UAEのドバイ、クウェートと巡回したKi(2)君とは、今年の3月に再度の出張でカンボジアのプノンペンにいたとき、日本の震災のニュースを知った。そのあとブルネイとミャンマーに回ったが、ブルネイから合流したKa君は、何と震災の翌日に成田を発ったのだった。みんな入社して数年内の若手で私とは年齢も離れているが、こうして振り返ると結構楽しい思い出だ。海外出張に同行したのは、ほかにもマグレブ三国(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)を巡回し、その後前出のSa君とテヘランにも行ったOk君は、現在ドバイに駐在しているが、会議で一時帰国していた彼とは先週社員食堂で偶然出会った。私はこれから腰の病を治して、今度は仕事を離れての海外旅行に励みたい。 Tweet

Windows7

昨日から2日がかりでパソコンのOSをWindows XPから7に入れ替えた。Vistaから7への引っ越しであれば上書きインストールでいいらしいのだが、XPからだとデータをバックアップしておかないとハードディスクが初期化されてしまうらしい。普通のデータなら外付けHDに丸ごとコピーしておけばいいのだが、OutlookのメールだとかReal Playerでダウンロードした動画だとか、プログラムが勝手にどこかに保存しているデータを探し出すのが面倒で、しばらく放っておいた。だが、長年親しんだわがXPも最近は動作がおかしくなることが多く、思い切って入れ替えることにした。 OSの入れ替え自体はやってみれば案外簡単で、ハードディスクも初期化されるのはC:ドライブだけで、ほかのパーティションは全く影響なかったので、時間をかけて外付けHDにバックアップするほどのこともなかった。だが、やはり面倒なのはOfficeをはじめ、さまざまなソフトウェアの再インストールだ。インストールディスクはあっても、だいたいがアップグレード版だからアップする前の版のシリアルナンバーなどを探し出さなければならない。今使っているOfficeソフトがOffice XPだとばかり思い込んでいて、Office XPをインストールしようとしてアップ元の(はずの)Office 2003のシリアルナンバーを打ち込んでもエラーになる。マイクロソフトのサポートに電話すると、「XPも2003もすでにサポートは終わってますが、発売は2003よりもXPの方が前ですよ」と言われた。おかしいなと思って探してみたら、Office 2007のパッケージが見つかった。今使っているのは2007だったのだ。 このようにソフトの再インストールは面倒だが、長年のうちに余計なアプリケーションをいくつも組み込んで、わけがわからなくなっているのをすっきりさせるにはいい機会だ。この際、60GBしか取ってなくて満杯状態になっていたC:ドライブを、思い切って300GBに広げたので、多少は快適になるかもしれない。いま現在、ソフトの再インストールはまだ完了していない。 Tweet