Diary


July 31, 2003 =Thu=

妻の仕事の関係でちょっと調べごとをした。日本道路公団総裁の進退がかかっている、例の「民間企業並財務諸表」についてだ。公団が今年6月に発表した、民間会計基準による2002年度の財務諸表@では、資産が343,010億円、債務が285,430億円で、差引57,580億円の資産超過である。ところが、四国に左遷された改革派の元公団幹部が、昨年7月に作成された2000年度対象の財務諸表Aでは6千億円余りの債務超過だったことを内部告発した。

日本道路公団法というのを見ると、その第24条に、「公団は、毎事業年度、財産目録、貸借対照表及び損益計算書(以下、この条において「財務諸表」という。)を作成し、決算完結後一月以内に、国土交通大臣に提出し、その承認を受けなければならない。(以下略)」とある。すなわち、公団はB/S, P/Lなど財務諸表の作成を法律で義務付けられているのだ。現に、公団のホームページには1998年度以降の財務諸表が掲載されている。なぜ今頃になって、初めて財務諸表を作るような議論をしているのか不思議にだった。

ところが、公団のホームページの財務諸表Bが、今年6月に発表された財務諸表@と大きく違うことに気づいた。それによれば資産は426,820億円、債務が403,599億円で、資産超過は23,221億円だ。@とBとのの関係はどうなっているのだろう。そもそも財務諸表@は、公団のホームページにも見つからない。しかし、いろいろ検索をかけてみて、財務諸表@が、ホームページの中の「プレスリリース」→「バックナンバー」に入っていることが分かった。

いろいろ考えてやっと理解できたのは次の通りだ。
(1) 公団は法律に基づいて以前から財務諸表Bを作成していた。しかしこれは民間会計基準とは異なる。
(2) 民営化議論に押されて、今回初めて民間会計基準による財務諸表@を概算で作成した。
(3) これに対して、改革派幹部から、実は債務超過の財務諸表Aを作ったが封印されたと内部告発があった。

つまり、@とAのどちらが正しいかが議論になっているのだが、そのほかに昔からBがあった。これは民間基準とは異なり、減価償却もやっていないが、知らない人が表面的に財務諸表を見れば、これが公団の実態と思うかもしれない。注意しなければいけないのは、B/SやP/Lを作っているからといって、必ずしも民間並みの会計基準を採用しているとは限らないということだ。


July 30, 2003 =Wed=

この前行ったLe Dragon Blueが気に入ったので、今日は会社の先輩と。彼は前の会社でも先輩で、今の会社には人材紹介会社からの斡旋で数年前に入社し、累積赤字を消した功績がある。同族会社の経営改善には教えられることが多い。

今朝のニュースでは、米国の消費者信頼感指数が急激に低下し、ニューヨークダウが下がったとのこと。消費者信頼感指数って何だろうと調べて見たら、Conference Boardが発表しているConsumer Confidence Indexとのこと。今度はConference Boardって何なんだ、だんだん分からなくなる。これは米国の調査会社の名前らしい。ここで見ると、次のように説明している。

消費者信頼感指数とは、消費者に対し、雇用や家計について現在の状況や今後の見通しなどをアンケートで調査、集計したものです。消費者の現在の心理は将来の消費動向を左右することから、特に将来の消費動向を探る指標として注目されています。米国では、(1)民間調査機関コンファレンス・ボードが調査する消費者信頼感指数(毎月末近辺に公表)と、(2)ミシガン大学による消費者信頼感指数(毎月10日前後に速報値を公表)の2つが広く用いられています。

米国ビジネスに関わっている人には常識なのだろうが、こうして調べたことをDiaryに書き込んでおけば、後々何かの役に立つ・・・かも知れない。日本でもこういう指数はあるのだろうか。あるとすれば「信頼感」はかなり低いのではないだろうか。


July 29, 2003 =Tue=

今日は前任者から受け継いだ机の周囲を整理し、大分思い切って書類を捨てた。そのおかげで身の回りがかなりすっきりした。後で必要になるかも知れないが当面わけの分からない書類を山積みしておくより、仕事の環境を整える方が効率的だ。今は机の上のPCがネットに繋がっていない。ネットから切り離された環境で仕事をするなんて、これまでの経験からは考えられないが、従来、経理関係は経理だけでLANを組み、ネットと切り離すことでセキュリティを確保するというやり方だったらしい。確かに今の環境で経理のサーバと外部ネットをつなげるのは危険だ。それならもう一台PCを入れて、経理用とネット用と2台置くしかない。その申請を行う前に、物理的なスペースを確保するためにも机の上や周りの整理が必要だった。

朝方、銀行に寄って出勤したときも雨が降っていた。午後からは止んでいたのが真夜中を過ぎて豪雨になった。梅雨明け間際には強い雨が降る。おそらくこれで梅雨明けとなるのだろう。もうすぐ8月なのだから、いくらなんでもそろそろ明けないと・・。


July 28, 2003 =Mon=

先日、京橋の竹葉亭でまぐ茶をご一緒した友人と、「竹葉って銀座界隈に3軒も店があるんだね。」「この時期、銀座に3店って、よほどまぐ茶ファンが多いのかな?」「いや、竹葉は本業はまぐ茶じゃなくて鰻だよ。」「そういえば竹葉の鰻って食べたことない。」「僕もだ。いつもまぐ茶ばかりだから。」という会話から、銀座5丁目の竹葉亭へまぐ茶ではなく鰻を食べに行くことになった。

予約しようと電話したら、「先着順で予約はお受けしません」とのこと。行ってみたら満席だったが、5分ほどで席が空いた。地下1階と1階、2階が店だが、案内されたのは地下1階。京橋の店ほどのレトロっぽさはなく、ありふれた感じだが、注文したA定食はコストパーフォーマンスから言っても上々だった。帰り道、今日の昼にも行ったLe Dragon Blueで友人はスコッチ、こちらはバーボンをそれぞれ一杯ずつ。


July 27, 2003 =Sun=

寝室にはカーテン(を買う余裕が)ないので、朝日が直接差し込んで目覚める。このところずっと曇りや雨だったのでその機会がなかったが、今朝は久しぶりに朝日が顔に当たった。だが、梅雨明けはまだ東海地方どまりで、東京は来週になっても明けるかどうかという段階らしい。陽射しはあるとはいえ、また今日は土用の丑の日であるとはいえ、外は相変わらず涼しい。

その土用の丑の日だが、鰻屋さんの組合のホームページhttp://www.unagi.org を開いて見ると、こんなのが見付かった。

  くまさん:  てーへんだ!てーへんだ!
  ご隠居:  なに朝っぱらから騒いでんだよ。
  くまさん:  はっつあんのガキが東大に合格しやがった。
  ご隠居:  どこの灯台だね。
  くまさん:  何ぼけたこと言ってんだよ、ご隠居。あの有名大学の東大だよ。
  ご隠居:  ほほー。
  くまさん: 何であのでくの坊にりっぱなガキができるのか、おらーさっぱりわからねえよ。
  ご隠居:  あのうちのうなぎ好きを知らねーのかいくまさん。
  くまさん:  ご隠居さん。冗談いっちゃいけないよ。うなぎと東大とどう関係あんだよ。
  ご隠居 : ここを押してこのホームページに聞いてみなよ。
  くまさん:  へへー。

てなわけで、最後から2行目のご隠居さんの指定するリンクを開くと、鰻には脳の働きを活発にするDHA(ドコサヘキサエン酸)や血管を丈夫にするEPA(エイコサペンタエン酸)が、鮭や鯵など他の魚に比べても多く含まれているとのこと。鰻も「夏ばて防止」だけでなく、「頭を良くする」「健康食品」のイメージでないと売れない時代なのかも知れない。


July 26, 2003 =Sat=

朝、何かガタガタという音で目が覚めた。寝室の壁の向こうははリビングルームで、ピクチャーレールにギリシャから持ち帰った銅板が3枚ほど吊るしてある。この銅板が壁にあったってガタガタと音を出している。ベランダへの扉が開けっ放しになっているので風のせいかとも思ったが、風が強いわけでもない。何か全体がゆらゆらしているような気もする。地震かなと思ってテレビをつけるが、朝のテレビショーの出演者が慌てている様子もない。しかしやがて画面にテロップが出た。「東北地方で震度6強の地震」とある。やはり地震だったのだ。東北の地震で東京ではテレビショーの出演者が気づかないほどの揺れだったのだろうが、地上19階のわが家では少なくとも銅板が壁を打つ程度には揺れていたのだ。地震情報では東京は震度1ないし2だったようだ。昨夜、寝る前にニュースをチェックしたときも、東北で震度6弱とあったが、あれは前震だったということになる。

その後の報道を見ると、かなりの規模の余震が続いており、今日の夕方にも震度6弱のがあったらしい。しかし、6,430人の死者をだした阪神・淡路大震災の震度は最も激しいところで震度7だった。震度6強と言えばこれに続く強さだが、けが人はでているものの今のところ一人の死者も出ていないのは、教訓が活かされているためだろうか。もっともマグニチュードは阪神・淡路の7.3に対して今回の東北地震は6.2だから、規模から言えばずっと小さいのかも知れないが。

だけど、震度2か1でわが家の銅板があれだけガタガタ揺れるのだから、これが震度6強だったらどうなるのだろう。やはり高層アパートはやばいのだろうか。


July 25, 2003 =Fri=

もう7月も終わりだというのに肌寒い日が続いている。汗かきなので涼しいのは助かるのだが、本来暑い季節はやはり暑くないといけない。表を歩いていると夏が来ないうちに秋になったのかという錯覚すら感じる。地球温暖化が言われて久しいが、冷夏現象も地球温暖化に起因する異常気象のせいなのかも知れない。クーラーやビールなど季節商品も売れないだろうし、稲の生育にも影響が出ているそうだ。今から10年前の1993年も冷夏で米が不作となり、カリフォルニア米、中国米、タイ米などを緊急輸入したことがある。だが、昔の冷害に比べると、米不足などの影響はさほど深刻には感じられない。日本が不作でも外国からの輸入が可能だし、輸入するだけの経済力もあるからだ。

「食糧安保」という言葉がある。主要食糧を輸入に頼っていると、いざという時に供給がストップされ、深刻な食糧不足が生じかねないので、国内農業を保護すべきだという趣旨で使われる。農業自由化反対論の根拠とされている。しかし、現代の国際経済社会でそのようなことがあり得るだろうか。むしろ、天候に左右される農産物について、不作のときの代替供給源を確保しておくことの方が「食糧安保」に繋がるのではないだろうか。

今日も夕方から土砂降りとなり、梅雨冷は一向に解消しそうもない。


July 24, 2003 =Thu=

民主党と自由党が合併に合意した。報道によれば自由党が解党し、党名、組織、政策すべて民主党のそれが継承されるという、いわば吸収合併である。あの小沢一郎が何の思惑もなくそこまでべた降りするとはとても思えない。あの小沢という男、大学や会社での仲間には結構ファンも多いのだが、どうも好きになれない。自分の野望のために策を弄しているような気がする。民主党はトロイの木馬を抱え込んだことになるのではないだろうか。

今朝の日経新聞によると、東京6区(世田谷)では先の補選で当選した民主党の小宮山洋子と、前回衆院選で比例当選した自由党の鈴木淑夫がバッティングし、鈴木は東京8区(杉並)に回ることになりそうだ。前回、2000年の衆院選では、妻が8区から民主党公認で立候補し、自民党の石原伸晃と争い次点になった。重複立候補した東京比例区でも次点だったことから、次期衆院選でも公認申請をしているが、これでどうやら芽がなくなったらしい。本人は悔しそうだが、家族としてはホッとしているところ。

前回衆院選では、妻は民主党のいい加減な選挙方針と不合理な選挙制度に涙を呑まされた経験がある。ま、本人にもっと実力があれば、選挙方針や選挙制度のせいにする必要もないのだが・・・。

周知のように、前回総選挙は小選挙区比例代表併用制で行われた。定員1名の小選挙区とあわせ、ブロックごとに比例代表が併用され、両方に重複立候補もできる制度だ。小選挙区で当選すればもちろん問題はないが、落選した場合も重複立候補した比例区での順位によっては復活する。各候補の順位は予め政党が決めるのだが、民主党は比例区単独で立候補した当時の東京都連会長の岩国哲人が1位、他の小選挙区との併用組は全員2位としていた。この場合、同じ2位の中での順位付けは、「惜敗率」といって、小選挙区で当選した候補に比べて何パーセントの票をとったかによって決まる。つまり善戦した者を優先する仕組みだ。

ところが、選挙が始まった後で、民主党の都連は城島正光という連合出身の候補を、事前の約束に反して単独2位にし、その他の候補を3位と位置づけた。支持母体の連合が推す候補だが当選確率が低いと見た連合の圧力に屈したわけだ。実際、彼は小選挙区での得票は少なく、惜敗率も低かったが、単独2位のおかげで他の善戦した候補を尻目にのうのうと当選した。

開票が進むにつれ、民主党は大きく票をのばし、東京比例区でも自民の4議席を押さえて6議席を獲得した。小選挙区での落選組の中で、妻は惜敗率4位程度にいた。これなら6議席のうち順位1位、2位を除いてもぎりぎり滑り込める。高円寺の自宅にいたわれわれ夫婦に選挙事務所から、当選間違いなさそうだから事務所に来いとの電話が入ったのは真夜中過ぎだった。

タクシーで事務所に着いたとき、皆はまだテレビで当確が出ないと首をひねっていた。そのとき、インターネットの速報を調べていた運動員が「あれっ」と声を上げた。まったくマークしていなかった中津川博郷が惜敗率4位に浮上したのだ。得票は妻より遥かに少ないし、小選挙区では次点ですらなく3位だったのだが、自民系が二人立候補し票を分け合ったため、3位ながら当選者の票数との「率」では妻を上回る結果になったのだった。

こんな経緯から、妻が次回選挙で何とかリベンジを果たしたいという気持ちは分からないでもないが、民主党の方はといえば8区は最初から自由党との調整用に明けておいたらしい。政治の世界は非情なもの。だが、もう一度選挙に巻き込まれる気力も金もないこちらとしては、早くあきらめて貰いたいのが本音である。


July 23, 2003 =Wed=

中央区のユネスコ設立準備委員会とやらに出席していた妻から会社に電話がかかってきて、近くにいるという。会社の前で待ち合わせて、階下のCartierの店を覗いて見る。入り口を入ると正面にものものしくガードマンが立っていて、そのそばに3つのショーケースが並んでいる。両脇はそれぞれ千数百万円の値札のついた豹の宝石細工。その真ん中は大きなハート型のダイヤモンド(だろう)。値札を見ると「1,000,000,000」とある。10億円ともなれば購買対象ではない。いや、その1万分の一でも同じことだが。というわけで、Cartierの館内散策は美術館で絵や彫刻を見るような感覚だった。ところが二階に上がるとウェイターがシャンパンやジュースを持ってくる。買い物客ではないからなどと遠慮はせずに、堂々とシャンパンを1杯ずつ頂く。帰り、エレベーターで一階に下りると、店員にエスコートされた年配の女性二人組が一緒。多分高額な買い物をしたのだろう。

夜は、西新宿の野村ビル49階の「響」で、坪倉、立の両氏と会食。三人はパナマ時代の仲間で、坪倉君はPunta Paitellaにある同じアパートの住人で住友銀行の支店長、立君は日本興業銀行の所長だった。この二人とはパナマでも、帰国後もいろいろとエピソードがあるのだが、これは別の機会に譲り、今回はマニラから帰国した立君の、本人要請による歓迎会。娘の結婚により遠い親戚関係となった立君は、先月中旬にフィリピンから帰国し、銀行の縁で旅行代理店の副社長をやっている。9.11、アフガン侵攻、イラク戦争と続き、それも収まったと思えばSARS騒ぎで、旅行業界は大変らしい。親会社の大洋漁業や旧興銀のバックはあるらしいが。大学の後輩でもある坪倉君は、銀行は退職したはずなのに「三井住友銀行」の名刺を持って、住宅ローンを専業にしており、毎日11時過ぎまで仕事をしているとか。みんな大変なんだ。


July 22, 2003 =Tue=

昼前に前の会社に行き、元同僚4人と古河ビル「よし乃鮨」でランチ。元々丸ビルにあったのが建替えにより古河ビルに移り、そのまま定着した店。その後、富士ビル10階にあるOB談話室で1杯100円のコーヒー。同僚4人のうち3人までが定年後の嘱託契約なので、OB談話室を使用する資格は十分あり。以前、OBの人に連れてこられたことはあるが、自分がOBになってからは初めて。今後時々利用しよう。

今日、前の会社を訪ねた目的は、入館証、氏名コード入り印、健康保険証など退職に伴って返還するものを届けるため。食事の後に返還手続きを済ませる。これで前の会社とは完全に縁切れとなる。前の会社は丸の内と品川との二本社体制だが、品川の新ビルでは訪問客とは1階の面談室で応接し、執務室には顧客、OBといえども入室させないシステムになっている。丸の内でも現在、1階に面談室を設置工事中で、今月末あたりに完成するとわれわれが訪問しても執務室には入れなくなるらしい。情報漏洩を防ぐのが目的だが、やりすぎとの批判も多い。


July 21, 2003 =Mon=

今日の祝日で本来なら三連休のところ、土曜出勤したので今日が日曜、明日が月曜のような気がしてならない。ところで今日は何の祝日だったんだろうとカレンダーを見ると、「海の日」と言うんだそうだ。調べて見ると1996年から祝日になっているようだ。一番新しい祝日だが、いままですでに何年かこの祝日の恩恵を受けていたのに余り意識していなかった。祝日のなかった7〜8月に休みができた程度の感覚だった。そう言えば90年代前半に出向していた関連会社が造船会社と取引があった関係で、「海の日」制定の要望書に署名を求められたことがあった。昔から船舶関係業界が要望を出していたようだ。まあ、趣旨が何であれ休みが増えるのは良いことだ。それに比べて、4月29日の「みどりの日」を「昭和の日」に変える法案なんて実にくだらない。

だが、土、日、祝日が日本全国休みになるわけではない。休日こそがかきいれどきという業界も多い。今の会社もそうだ。こういう業界がすべて同じやり方を採っているわけではないのだろうが、今の会社では、普通の土、日、休日を参考に「年休日数」というのを決めている。現在のところこれが110日となっている。その計算基礎ははっきりしないが、おそらく次のようなものだろう。

 日曜 52日、土曜(月1回は出勤) 40(52-12)日、祝日 14日、元日を除く年末年始 4日、以上合計110日

この年休日数の範囲で休みを取り、これを超える場合は有給休暇の扱いになるという計算だ。本社は普通の会社と同様の土(出勤日を除く)、日、祝日休みだが、8月13日から3日間お盆休みというのがあり、これは有給休暇の強制取得という形になる。


July 19, 2003 =Sat=

今の会社は毎月第三土曜日は出勤日になっており、今日は始めての土曜出勤。考えて見れば土曜に出勤するのは20年ぶりだろうか。若いときはまだ週休二日制はなかったし、決算ともなれば日曜も含めて遅くまで残業していたが、20年まえならすでに管理職の立場で、年に二回程度決算時に休日出勤している部下を慰労する意味で出ていた程度。土曜出勤して実際に実務をするなんてのはそれこそ30年ぶりか?

先日、参木会で会った前の会社の部長からメールをいただき、KFiの木村剛氏が書いた「会計戦略の発想法」という本を紹介されたので、昼食がてら交通会館の三省堂でゲット。平積みで三冊分程度のスペースを占めているのでベストセラーなのだろう。この本にはケーススタディの意味で、前の会社で木村氏の協力で作った「BUマネージャーガイドライン」「検査マニュアル」などが収録されている。

まだ最初のほうをパラパラとめくっただけだが、株主責任に関して、「株式会社は一種の特権である」という木村氏の考えを補強するものとして、千葉準一氏の著書から引用している一文が目を惹いた。「まさに有限責任という特権は、本来、資本が十分に払い込まれ、完全公開("entire publicity")が会社の業務に対して保障される状況の下でのみ、法的に有効なものとされるべきである。その意味で有限責任、払込資本、完全な公開は、いわばワン・セットとして構成されるべき制度であった。」

一昨日、R銀行と融資契約を交わす際、銀行側は当然のように社長の個人保証を求め、社長も当然のようにこれに応じた。私はこれまで、関連会社への出向期間を含めて、経営者の個人保証を求められたことはないので、「同属経営の場合は仕方がないのだろうが、どういう状況になれば社長の個人保証を外せるのか?」と聞いたところ、銀行側は言下に「株式を上場するまでは必要です。」と答えた。そのときは、銀行の要求は株式会社の有限責任制度を否定するものではないかと疑問に感じたが、上記引用を読んで納得した。今でこそ株式会社は簡単に作れるが、本来、人と人との信頼関係で成り立つ信用社会に、株式会社の有限責任論だけを振りかざして侵入することは許されないのだ。


July 18, 2003 =Fri=

昼食は昔の同僚とLe Dragon Blueで。中華プラスアルファのエスニック料理店。落ち着いていて感じがいい店で、コーヒーも何度でもお代わりしてくれるのだが、経営が心配なほど空いている。だが聞いて見ると、金曜日の夜などは前から予約していないと入れないほどだという。会社からも近いし、一度夜も行ってみよう。

夕刻、会社の下の会のCartierの店が開いた。3階までを覆っていた幕が引き上げられ大勢の見物人が取り囲む中、黒塗りの自動車から次々とセレブリティが到着した。上から見下ろしているので誰かは分からないが・・。今日は前夜祭で、一般への正式開店は明日になる。

秘書給与疑惑で衆院議員を辞職した辻元清美氏が逮捕された。この秘書給与制度というのは極めて分かりにくい。政策秘書の雇用主は国なのか議員なのか。国であれば、なぜ給与を国から秘書に直接支給せず議員経由にするのか。議員であれば国から議員に支払われるのは給与でなく給与の補助金であって、秘書給与の査定は議員に任せられるべきである。

そもそも政策秘書というのは議員が政策立案するためのアシスタントのはずである。小泉純一郎首相は実姉を政策秘書にしている。週刊誌の記事によれば、この政策秘書は、議員会館では金庫番と電話番、夜は総理公邸で独身の首相の身の回りの世話をしていると言われている。身の回りの世話で最高ランクの政策秘書給与を取っているのと、政策秘書の給与の一部をほかの秘書の給与に充てているのと、どちらが制度本来の趣旨に近いのだろうか。

ある国会議員の政策秘書が、国の定める秘書給与を議員を通じて受け取り、自分に課せられた政策立案アシスト機能をより充実させるために、その受け取った給与の一部を使って自らの秘書を雇用し、給与を払ったら、これは違法なのだろうか。

秘書給与疑惑は与野党通じてあるのに、逮捕されたり実刑判決を受けたりするのは野党議員だけなのはなぜなのだろうか。辻元氏の場合、疑惑が表面化したのは昨年3月であり、その月の内に議員辞職しているのに、次期衆院選の近づいた今になって逮捕というのはどういうことなのだろう。


July 17, 2003 =Thu=

今日は赤坂の四川飯店で「参木会」。これは今までの会社で同じ部の現役とOBの懇親会。鈴木君が常任幹事で原則として第三木曜日に開催しているのでこの名が付いた。昔は毎月開いていたが、最近は年に二三度になっている。今回は今年4月に着任した部長(兼担当役員)のOBへのお披露目だそうだ。それにしてもOBの人たちは元気がいい・・・あ、忘れてた。こっちもOBになったんだった。


July 16, 2003 =Wed=

先日、友人にこんな話をした。話の流れの中でふと思い出した話だ。

私がギリシャにいた頃、会社のオフィスがあるビルの一階にお土産屋兼画廊があった。ギリシャから帰る時の土産にギリシャの風景画でも買おうかと思って寄ってみたが、これという絵は見当たらない。店の主人が出てきて言うには、「来週来てごらん。いま評判の韓国人の画家が描いた絵が入るから。」でも私は、「ギリシャの土産に持って帰るのに何も韓国人が描いた絵でなくてもなあ。」と、余り興味は湧かなかった。

帰国して大分経ってのこと、国際刑事警察機構から指名手配された日本人がギリシャで画家として暮らしていたのが、逃げ切れなくなって現地の日本大使館に自首したというニュースを聞いた。さらにそれからずっと経って、この話をもとにした実録ドラマをテレビで見た。画家の妻役の名取裕子が印象に残った。使い込みをし、人を傷つけた犯人が妻と国外逃亡し、スペインで絵を勉強してギリシャに流れ、駐留米軍相手に絵を売って成功したが警察に追い詰められていくというストーリー。日本人と名乗ると素性がばれるので、韓国人と称していたという。

すると、私があの店の主人から勧められた「韓国人の画家が描いた絵」というのはこのことだったのか。そういう背景があるなら、絵の芸術性はともかくとして、1点でも買っておけばよかった。

この話に興味を示した友人から、「その画家の名前を思い出したら教えて」とメールが来た。もちろん覚えていないが、ネットで調べれば何かでているかもと思って、Yahoo!に「ギリシャ 逃亡 画家」と入れてみた。すると、なんと一発でヒットした。
http://www.fujitv.co.jp/jp/cs/program/7212_075.html

画家の名は「人見安雄」、ドラマの原作者である。つまり、本人が自分で書いたのだ。今月の22日、つまり来週の火曜日に再放送をやるらしい。ドラマが放映されたのは1992年4月24日とある。今から11年以上も前のドラマを覚えていて、それを話題にした直後に再放映があるとは何という偶然だろう。これはぜひ見なければと思うが、残念ながら放映は平日の昼間。それならビデオでと思ってフジテレビの番組表をネットで調べ、確認して見ると載っていない。おかしいなと思って上のURLをじっと見つめていたら、その中に"cs"という文字が入っているのに気づく。つまりこれはCSでの再放送なのだ。うちにはCSのチューナーはあるものの、どうせそんなの見る暇がないからという理由で契約していない。つまり見ることはできないのだ。残念でした。誰かCSを見れる人、録画してくれないかな〜。


July 15, 2003 =Tue=

福井県の副知事に内定した山本君に昨日メールを入れて、妻が町田市議時代に地方自治体会計の不備に気づき、公会計改革運動に乗り出して一定の成果を収めた話を伝えた。私の転職挨拶メールへの彼からの返事が英語だったので、やはりデュポンのメールアドレスだと英語でなければいけないのかと思い、英語で書いたが、今日彼から返ってきた返事はちゃんとした日本語だった。「是非ともバランスシートの導入や管理のダブルチェック方式など検討して見たい」とのこと。健闘を祈ります。

今の会社は銀座松屋の筋向いのビルの5階にあるが、下の階がずっと工事中だった。数日前に仮囲いがとれたが今度は幕で覆われている。19日にオープンするカルティエの店だ。今朝の日経新聞によれば、ここのカルティエは世界最大の店になるそうだ。それも富裕層に的を絞った販売方法をとり、一人の販売員がソファーに座らせた客に終始付き添って商品を見せるという。なかなか気軽には入れなさそうだ。隣ではシャネルがビルを取り壊し、新しい自社ビルを建設している。前の会社のある丸の内中通もビジネス街のイメージを改めて高級ブランドショップが続々開店しつつあるが、地下鉄で一駅、歩いても15分くらいの距離で、どのように住み分けていくのだろうか。


July 14, 2003 =Mon=

前の会社の友人と京橋の竹葉亭でランチ。昔の丸ビルの1階にあった竹葉亭のまぐ茶はお昼の人気定番だった。海外駐在から一時帰国した連中に何が食べたいかと聞くとほとんどが「竹葉のまぐ茶」を所望した。丸ビルが新しくなっても竹葉亭は戻ってこなかった。しかし、京橋にある竹葉亭ではまぐ茶は健在。独特のたれの味も昔のままだった。本来は鰻屋の竹葉亭、まぐ茶はこの京橋店と銀座5丁目の店ではやっているが、銀座8丁目にある本店ではやっていないとのこと。

夜は、やはり前の会社の仕事仲間と銀座7丁目の「力(りき)」で。高級おでん屋というべきか、つみれや珍しいトマトのおでんが絶品。話題は前の会社の前任の監査担当役員が推進したOB活用方針が風前の灯火になりつつあること。

日経新聞の夕刊に次の記事。わが同窓生の山本君、快挙だ。

福井県、デュポン前社長を副知事に起用

 西川一誠福井県知事は14日の県議会予算特別委員会で、副知事にデュポン日本法人の前社長で現在同社特別顧問の山本雅俊氏を起用する方針を明らかにした。16日の県議会本会議に提案、承認を求める。大企業幹部の副知事登用は珍しい。

 4月の知事選で初当選した西川知事は、「民間人からの副知事登用」を公約にしていた。

 山本氏は大阪府出身で62歳。デンソー常務を経て、98年1月デュポン日本法人の社長に就任、2003年1月特別顧問に退いた。

 この日の県議会予算特別委では、福井県とはゆかりのない民間人を副知事に登用する理由をただす質問が議員から出され、同知事は「職員の意識改革のために県庁に民間の経営センスを導入するため」と答えた。



July 13, 2003 =Sun=

自民党の江藤隆美というじいさん、いつもは小泉改革への抵抗勢力の一人としてニュースに登場するが、今回は問題発言でマスコミに取り上げられた。

不法滞在の外国人について、「どろぼうやら、人殺しやらばかりしているやつらで、いっぱい日本にはいる」
「新宿の歌舞伎町は第三国人が支配する無法地帯。最近は、中国や韓国やその他の国々の不法滞在者が群れをなして強盗をしている。そんな国がありますか」
さらには、
「南京大虐殺(の犠牲者)が30万人などというのは、あれはでっちあげのうそっぱち」
「(日韓併合は)両国が調印して国連が無条件で承認したものが、90年たったらどうして植民地支配になるのか」

どうして日本の政治家ってこんなにバカなんだろう。「国連が無条件で承認した」という国連って国際連合(1945年発足)か国際連盟(1920年発足)か、どっちなの?日韓併合はたしか1910年のはずだよ??


July 12, 2003 =Sat=

今月初めに東芝のGenio-eというPDAを買ったとき、ビックカメラの店員に勧められてAir-H"の通信カードも買ってしまった。PDAと一緒に買えば値引きになるというのに乗せられたようなものだが。ただ、そんなに使うわけでもないだろうと、月額最低料金が一番安いコースにしておいた。

Air-H”の設定は店のほうでやってもらい、プロバイダのOCN Dreamのサイトを見るとAir-H"を使うにはオプション契約が必要とあるのでその契約も済ませ、いざアクセスポイントに接続して見たがつながらない。設定に間違いはないはずだが。

仕方なくビックカメラに行って聞いて見ると、オプション契約で知らせてきたアクセスポイントはAir-H"の料金プランのもっと高いほうのもので、一番安いプランではPIAFSのアクセスポイントに接続しなければならないそうだ。インターネットの接続には多少は自信があったはずだが、この世界、やや手に負えなくなってきた。ま、何とか繋げたからいいが・・・


July 11,2003 =Fri=

昨日と今日で、今月はじめに入社して以来の懸案事項に一応の目処がつき、ひとまず落ち着けそうだ。

丸の内の国際ビルの地下にある大学のクラブで、大学の同窓生の集まり。1964年卒業なので「むし(64)の会」という。今日の集まりは7名。元の職場で言えば、○芝、○松製作所、○京海上、○友海上、○ントリー、○イカル、それに私。多士済々でそれぞれ一家言あるのが多く、議論を始めるとなかなか噛み合わないのも特徴。○芝の横川君が常任幹事で面倒を見てくれており、私はメーリングリストのアドレス管理を引き受けている。

私の今度の職場がオーナー企業と言うことから、○ントリーの元専務氏からオーナー会社のコーポレートガバナンスについての意見を聞いたが、オーナー会社といっても規模がちがいすぎますわな。


July 9, 2003 =Wed=

TM銀行新宿中央支社の前で社長と待ち合わせ、同行の支社長に挨拶。自宅から歩いて10分程度のところなのでゆっくりと出勤。ここはTM銀行が合併の前、T銀行新宿支店だったところで、小学校の同窓生の浅野君が支店長をしていたはず。彼とはもう8、9年前だろうか、T銀行がMグループを六本木にある広壮な寮に招いて毎年開いていた園遊会で再会した。合併後は常務までいったはずだがその後どうしているだろうか。


July 8, 2003 =Tue=

仕事のことが気になっていたせいか、明け方3時過ぎに目が覚めてしまった。ベッドに持ち込んでいるポケット型テレビをつけるとゴルフの全米女子オープンのプレーオフ中継をやっていたので、ついつい終わりまで見てしまった。スタンフォード大で社会学修士をとった24歳のHilary Lunke、25歳のAngela Stanfordという二人の新人に32歳のベテランKelly Robbinsが絡んで3人のプレーオフは、最後の最後まで縺れたが、最終ホールのバーディでイーブンパーに並んだStanfordをLunkeがバーディを奪い返してビッグタイトルを手にした。Lunkeはどう読むのだろう。新聞にはランキとなっているが、テレビではランクと言っていたように思う。個人的にはぽってりした人妻のLunkeより個性的で表情豊かなStanfordの方に好感が持てたが・・・試合が終わったのは5時半過ぎ。それからモーニングサテライトも見てしまったので、とにかく眠い。

日経平均一時10,000円台回復、29日連続で東証出来高10億株超、阪神タイガーズにマジック49点灯など、別に阪神ファンではないが世の中に明るさが見えてきた様子。一方、の元会長と会ってきた妻は、もう一度選挙に出るべきだと発破をかけられた由。変なこと言わないでくださいよ、田さん。


July 7, 2003 =Mon=

先週の火、水、木に引き続き、先月半ばに退職した前任者が今週の月、火、水と引継ぎに来てくれている。前任者が余り部下に任せず自分でやってしまうタイプなので、彼が居なくなると実務上分からないことが多く出てきそうで不安が残る。以前出向していた関連会社でそうであったように、彼のような実務家が居てくれて、それを監督するという立場ならいいのだが、中小企業でそれを望むのはやはり贅沢だろう。

金曜日の日記に書いた「ハッカー・コンテスト」が予定されていた日曜日(米国時間)が過ぎたが、CNNでもその後のフォロー記事が出ていないところを見ると何事もなく終わったらしい。


July 6, 2003 =Sun=

スポーツジムの「アクアサイズ(水中エアロビ)」は土・日の午後4時からだが、中高年を中心にだんだん人気が高まってきたと見えて、最近は満員状態。プールの中で5分以上前から場所取りをしている人もいる。30分とはいえ真面目にやると結構ハードなので、昨日、今日と二日続けると相当に消耗感がある。パナマ駐在時代はは下手なりに毎週やっていたゴルフも腰を痛めてからはやめているので、週一、二度のスポーツジムでのエアロバイク(自転車漕ぎ)とアクアサイズは唯一の運動として続けていこう。


July 5, 2003 =Sat=

畏友の藤田君からメールで、7月なのに日記の日付がJuneになってるよ、と。すみません&ありがとう。こんな日記を公開しても誰も読んでないかと思ってたんですが。

公開日記と言えば、「Links}に「情報源」として載せたのはいずれも視聴率?の高い有名サイト。特にycasterこと伊藤洋一さんのサイトはアクセス数がすでに160万超という桁違いの人気サイトだ。土曜日の午前11時からはこの方がキャスターをしている「ネクスト経済研」(BSジャパン)を楽しみにしていたのだが、今日はまったく別の番組になっている。そういえば先週の番組の最後で女性キャスターとの間で、「今週で終わります。」「え?聞いてませんよ。」といったやりとりをしていたようだった(ちょうど他に用があってよく聞いていなかった)。何か事情があったのか、彼のサイトを見ても何も書いてないが、やはり私が自分の会社のことは差し障りがあって書けないのと同様なのだろうか。最後の3回はゲストも江上剛(「金融腐食列島」の主役のモデル)、木村剛、堺屋太一と錚々たるもので面白かったのに。

伊藤さんは、直接お会いしたことはないが、私が新宿に来る前に住んでいた東高円寺のすぐ近くに住んでおられ、何度かメールをやりとりしたことがある。もともと住友信託銀行のエコノミストだが、今はニュースキャスターや女子大の講師の仕事が忙しいらしい。だが、住友信託のサイトから「住信為替ニュース」をクリックすると伊藤さんのサイトの「News and analysis」に跳ぶようになっており、今でも住信基礎研究所に在籍されているようだ。この日記も彼のを参考にさせて頂いているが、マーケットやマスコミの最前線で活躍している人には足元にも及ぶべくもない。


July 4, 2003 =Fri=

このサイトを置いているアメリカのWeb hosting会社からこんなメールが届いた。(このごろ英語のメールはバイアグラの販売などのスパムメールが殆どなので、うっかり削除するところだった。)

Dear Customer:

Earlier today, government and technology experts warned against a worldwide "hacker contest" scheduled for Sunday, July 6, 2003.  To learn more about the contest and its implications, go to: http://www.cnn.com/2003/TECH/internet/07/03/hacker.warnings.ap/index.html

Rest assured, we are aggressively implementing proactive measures to help safeguard our network from these alleged attacks - however, we cannot guarantee these measures will be 100% effective.

THEREFORE, WE STRONGLY ENCOURAGE ALL CUSTOMERS TO PERFORM A BACKUP OF THEIR WEB SITE FILES AND DATA IMMEDIATELY. 

Please do not delay these procedures, as some of the services required for backing up your site may be taken offline as part of our defense strategy.  Please understand that we cannot be specific about what services will be taken offline, as disclosing this information to the public can increase our network vulnerability.  (以下略)

6日の日曜日に世界的規模での「ハッカーコンテスト」が行われるのでご注意を、というのだが、上に引用されているCNNのサイトを見ると、「コンテスト」を組織している連中のURLまで書いてある。そのサイトには、コンテスト参加のルールが「ブロークン・イングリッシュで」掲載されているというが、これを見に行ったらどうなるだろうか。彼らにとってこちらのIPアドレスを逆探知するなどたやすいことだろうから、ハッカーコンテストの標的にされるかも知れないし、あるいは逆に仲間と見られてコンテストへの協力を求められたりするかも。君子?危うきに近寄らず。やめておこう。

妻は、昨日は山形で講演のあと、女性税理士の友人の世話で温泉に泊まり、サクランボ狩を楽しんできたらしい。お土産のサクランボ、確かにおいしい。


July 3, 2003 =Thu=

今夜は「松戸会」@三菱電機高輪寮。日本租税研究協会(租研)の事務局長をやっていた浜野さんを中心に、大手メーカー、商社、銀行などのかつての税務担当者や、当時の大蔵省高官、国税局幹部なども含めた集まりだが、仕事を離れてずいぶん続いている。中国やロシアへのミッション(ロシアは私は参加していないが)を組んだりしたので、会社や業界が違っても結構親密になる。こうした会が長く続くのも、やはり浜野さんの人柄によるところが大きい。浜野さんは10数年前に租研を辞め、私財を投じて千葉の館山に身体障害者用の宿泊施設「華の舎」を建て、独力で運営してきたが、加齢による体力の衰えから身障者の世話が困難になり、今年3月で施設を閉鎖した。施設は売りに出しているがまだ買い手はつかないらしい。会の名称の「松戸会」は浜野さんが松戸の住人でありメンバーに松戸方面の人が比較的多いことから、松戸駅近くの「日よし」という飲み屋で集まっていたのが発展したもの。

恒例のメンバー各人の「業務報告」で今回の転職を報告する。会のメンバーも当然ながら年をとり、この6月で私と同じように会社を退職したり、取締役から監査役になったりと変化のある人が多い。すでに悠々自適という人も結構いる。

最後は、これも恒例の通り、元M物産の伊藤さんによる独演会。いつもは会の行事を読み込んだ自作の漢詩を吟ずるのだが、今日は静かな歌に「華の舎」を読み込んだ替え歌で幕となる。

まったく関係ないが、ある人のサイトでこんなのが紹介されていた。(全5回)


July 2, 2003 =Wed=

夜は前任者と部下たちで歓送迎会。昨日騒いだT君も機嫌よく参加した。

早めに帰ったので、前の会社の仲間や学校の同窓生に出した挨拶メールにたいして、返信が必要な内容のメールを頂いた方への再返メールをいくつか出す。

妻は明日から一泊どまりで、山形で行われる東北6県の自治体監査委員を集めた研修会で公会計の講演に行くと言う。大丈夫かね。


July 1, 2003 =Tue=

新しい職場では最初からショックがあった。私の前任者にあたる人は先月の15日に会社を辞め、別の会社に移っているが、引継ぎのため今週と来週それぞれ3日だけ出てきてくれている。私の部下になるのは男女各2名だが、その中心になるT君が朝出勤するなり、前任者のK氏に「お話があります。」と言って別室へ。やがて前任者が別室から私を呼ぶので行ってみると、T君がうなだれている。聞けば、昨日の月末日に銀行間の資金移動でミスし、穴を開けてしまったとのこと。何とか事後操作で事なきを得たが、銀行の担当者には多大の迷惑をかけ、会社の信用も失ったので、責任を取って辞めたいという。ちょっと待ってくれよ、君に辞められたら今日着たばかりの私はどうなるんだ。前任者と二人で説得したが、T君は前にも似たようなミスがあり、二度も会社に迷惑をかけてこれ以上は続けられないとの一点張り。「そんな責任感の強い君だからこそ、今度のことを教訓にして仕事を続けて貰いたい。」と言って、とにかく結論は保留と言うことでひとまず納めた。

一般に名前の知れた会社ではあるが、典型的な中小企業なので、今後ともさまざまな面で苦労は多そうだ。


過去の日記
June 2003 May 2003

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