August 31, 2003 =Sun=
昨日、映画を観に行った帰りにTSUTAYAに寄ったら、「桂枝雀独演会」のビデオを見つけたので借りてきた。枝雀は私より2つ年上の1939年生まれ。中学校卒業後、三菱電機の工員になり、定時制高校を経て1960年に神戸大学に入学した。大学では私と同学年になるが、学部も違うので面識はない。もっとも彼は1年で退学し、米朝に入門するので、文学部の友達でも彼を知っている人は少ないようだ。非常に頭がよく、オーバーアクションと深い笑いで熱烈なファンをつかむ一方、英語を勉強して英語落語を創作、米国、カナダ、英国、豪州などで公演すると言う旧来の落語の枠を超える活動を続けたが、その半面、うつ病が昂じて1999年4月に61歳で自らの命を断った。ジャンルは全く違うが、天才肌の芸術家と言う点では昨日のマリア・カラスとも相通じるところがありそうだ。
中身は、二人の男が瀬戸物屋に水壷を買いに行き、瀬戸物屋との駆け引きの中で一貫入りの壷を値引きさせて3円で買い、次いで倍の値段の二貫入りの壷を6円で買うが、さっきの3円に加えて、一貫の壷を3円で下取りで合計6円になるという理屈で押し通す「壷算」、もう一つは下手の横好きで浄瑠璃マニアの大店の主人が町内の人や店子、従業員に自分の浄瑠璃を聞かせようとする「寝床」。やはり枝雀の落語は映像が重要な要素を締めるから、音声だけのテープやCDでなく、ビデオやDVDがいい。
August 30, 2003 =Sat=
妻は午後から国際公会計学会に出て、その後、明治座で行われる政治家の劇を見に行くとかで不在。何でも西郷隆盛と大久保利通をテーマにした劇だそうで、出演者には鳩山由紀夫、樽床伸二、海江田万里、野田佳彦などの名前が見えるので、民主党系議員による劇かと思ったら、中川昭一、柿沢弘二、平沢勝栄などの名前もあり、「超党派」らしい。まあ、勝手にやったら、という感じ。
午後から新宿のピカデリー@に行って「パイレーツ・オブ・カリビアン」を見ようと思ったら、席は最前列の一番端しか空いていないとのこと。近くの新宿文化シネマCで、友人から勧められていた「永遠のマリア・カラス」をやっていたのでそっちにした。シニアなので料金は1000円。小さい映画館だが客席は3分の2くらいの入りで、若い人より中高年が多く、女性同士の観客も多かった。
貧しいギリシャ移民の子としてニューヨークで生まれたカラスは、幼い頃から音楽の才能を現し、米国で勉強した後イタリアでデビュー、やがてオペラ歌手として頂点に立ち、ギリシャの富豪オナシスとの恋に陥る。オナシスとの生活の中で歌手としての命である声を荒らし、やがてオナシスはケネディ米大統領未亡人ジャクリーヌに心を移す。失意の中でカラスは1977年9月にパリのアパートで53歳の短い命を閉じる。私がアテネに赴任したのがその年の7月だが、ギリシャでも有数のセレブリティの死は、当時現地で大きな話題になったものだった。
映画は、彼女が亡くなる1〜2年前。カラスはパリ16区のアパルトマンにメイドと二人で引きこもり、夜毎に絶頂期の自分の歌声をレコードで聴きつつ荒んだ生活を送っている。そんな彼女を復帰させようと、英国人のプロモーターや米国人の女性コラムニストらの友人たちが、現代のテクノロジーを駆使して、絶頂期の彼女の歌声の録音と現在の彼女の演技を合成した映画を企画する。彼女も乗り気になり、最初に撮影された「カルメン」は技術的に大成功だったが、その試写を見た彼女には芸術家としてのプライドが頭をもたげ、観客へのfraudが許せない。プロモーターを説得し、現在の自分の声で「トスカ」を歌おうとするが、観客がカラスに期待するのは昔の美声だと決め付ける製作会社からは拒否される。カラスは制作済みの「カルメン」も廃棄するよう主張し、自らも制作費の半額を出資したプロモーターは窮地に立つが、結局はカラスへの愛から廃棄に同意する。
主演のファニー・アルダンが、荒んだ生活を送るカラス、映画に自信を取り戻したカラス、芸術家としてのプライドと現実との葛藤に悩むカラスを見事に演じている。主演がフランス人、監督がイタリア人だが会話の大部分が英語で、オペラの部分がフランス語やイタリア語になる。英語がずいぶん聞き取りやすく、フランス人がしゃべるせいかと思ったが、映画の中のカラスの言葉に「アメリカ、イタリア、ギリシャ、フランス・・いろんな言葉も話せるけど、本当の意味での言葉は話せない」とある。英語もあくまで外国人として話しているという想定でカラスを演じているのだろう。カラスが、カロゲロプロスという本名が嫌でカラスという芸名にしたというのも、さもありなんと納得した。
気になったのは、一つは英国人プロモーターが男色家であること。これが映画の本筋とどういう関係があるのか分からなかったが、多分、カラスとの関係が肉体的なものではなく純粋に精神的なものであることを強調したかったのだろう。もう一つは、現代のテクノロジーによりカラスの声と映像を合成するというテーマ。1970年代半ばという時代は、ITを利用したAV技術はまだ出てきていない。声と映像の合成技術はITを使うほど高度なものではないのだろうか。日本では、流行歌手のコンサートなどで歌はテープを流し、歌手は歌にあわせて口をパクパクやっているというのは普通に行われているらしいが・・
そんな細かいことは別にして、やはりいい映画だった。最後にカラスがプロモーターに、「私は普通の女になればよかった。貴方も普通の男になればよかったのに。」と言うのが印象に残った。
August 29, 2003 =Fri=
午前中の会議が長引いて、2時前に食事に出た銀座中央通は今年には珍しく夏の陽射しだった。しかしもう8月も終わりなのだが。
夕方、弟の妻から電話がかかってきて、今相模原の長男のところに着いたという。とっさにどういうことか分からなかったが、はっと思い当たった。明日が弟の命日なのだ。横浜の霊園に墓参りに行く約束をしていたのだった。前に連絡を貰っていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。10時にお墓に行くと言う。困った。明日の午前中は家に居なければいけない用があったのだ。申し訳ないと謝って、今回は欠席させてもらうことにした。弟が亡くなってちょうど3年経つ。なくなる前は昼休みと退社後に毎日板橋の病院に見舞っていたのだが、命日を忘れるなんて我ながら薄情になったものだ。
August 28, 2003 =Thu=
英国のブレア首相が、イラクの大量破壊兵器の脅威を意図的に誇張して対イラク開戦に世論を誘導したとの疑惑で司法委員会に召喚されたと言うニュースをテレビでやっていた。地元ではどのように報道されているのだろうかと”The Times"のサイトを覗いてみた。Latest Newsのトップはブレアの喚問だが、その次に”British soldier
killed by
Iraqi mob in Basra”という記事が載っている。首相が情報操作疑惑で窮地に立たされ、現地では戦闘が終了した後も「開放」してやったはずのイラクの民衆から攻撃が続く。
取り除くべき脅威だったはずの大量破壊兵器は依然として見付からない。一般の米国人、英国人にとって、この戦争は何だったのだろう。首相の情報操作が疑惑解明の対象になるのは、まだ英国の民主主義が健在な証左なのだろう。米国の開戦を受けて、いち早く「支持」を表明したどこかの国の首相は、自らが情報操作に騙されていたことになる。彼はその責任をとるつもりはないのだろうか。
そういえば、米国の対イラク開戦を知ったのは、出張先のシドニーから帰国するJALの機内でスチュワーデスから聞いたのだった。オーストラリアもイラクに軍を派遣しており、開戦の数日前には出張先の子会社のオフィスから眼下に見えるオペラハウスに、赤いペンキで政府に抗議する”NO
WAR"の文字が大書されていた。
August 27, 2003 =Wed=
久しぶりに八重洲ブックセンターに行った。普段めったに行かない、4階の美術本売り場に行って見たのは、このところ気になって仕方がないある絵を調べようと思ってだった。ちょっと下を向いた少女を斜めから捉えた絵。確かフェルメールだと思っていたのだが、フェルメールの画集を見ても出てこない。有名な絵で、西洋画の全集などには必ず出ているはずだと思うのだが、いざ探すとなると見当たらない。言葉の場合はあやふやな記憶でも辞書を引くことが出来るし、インターネットで検索も出来る。だが、絵の場合はどうやって検索したらいいのだろう。調べても見付からないとなると、本当に見た絵なのかもあやふやになってくる。
August 26, 2003 =Tue=
今日は、会社が9月から始める美容講座の宣伝に歩いた。本当は11月から正式な講座(アカデミー)がオープンするのだが、これに先立って一般向けに無料講座を開講するというもの。朝、銀行に行ってチラシをわたし、昼は前の会社の女性を昼食に誘って部内にチラシ配布をお願い、午後は弁護士事務所にも持って行った。それぞれ別の用件もあってのことだが、結構受講生集めに貢献はしている。
無料講座の内容は、次の通り。このDiaryをご覧になって受講したい方がおられればぜひ連絡お願いします。
9〜10月の間に各講座4回ずつ。1回の定員は30名。
@「制服にあうメイクアップ」 講師: AKIRA
A「あなたの知らないアロマ活用術」 講師: 松倉顕子
B「ちょっと先行くネイルテクニック」 講師: 菊池昭美
C「あなたを活かすパーソナルカラー」 講師: 神田温子
D「大切なスキンケアテクニック」 講師: 松倉顕子
E「着こなし上手!ファッションスタイリスト」 講師: 小沼ともこ
F「食を楽しむ!ウェルネスイーティング」 講師: 松下元之
G「健康生活!正しいサプリメント活用術」 講師: 大屋喜重
H「好かれるあなたになる!コミュニケーションマナー」 講師: 高橋トク子
I「もうリバウンドしない!ダンベルダイエット」 講師: 鈴木正成
August 25, 2003 =Mon=
銀座本通に面した本社から徒歩3分、本通の一本後ろのガス灯通りに会社の旗艦店である美容室がある。頭が古いせいか、美容室と言うのは女性が行くところという既成概念があり、なかなか入りにくいのだが、息子などは当然のように美容室で調髪している。しかし今日は約束があって7時過ぎに美容室を訪れた。なりたての美容師による白髪染めの練習台を頼まれたのである。
3階に案内され、今年、会社と同系列の美容短大を卒業したばかりの新人美容師が着く。シャンプーをしているときに、本社の仲間が冷やかしに来る。その仲間も白髪染めの実験台にされたのだが。美容師は屋久島の出身で東京へ出てきて3年目。こちらの歳を教えると父親と同い年だという。高校時代に男友達から電話がかかってくるだけで父親が怒ったらしいが、それなのに東京へ一人でよく出てきたものだ。今日のようにモデルがいるときは材料も会社のを使えるが、一人でウィッグ(練習用のかつら)を使って自習するときはかつら代も材料代も給料から引かれるので、先月は手取りが12万円しかなかったとか、一日立ちっぱなしの仕事なので、今は慣れたものの足が浮腫んで3センチは太くなったとか、こぼしながらも結構明るくやっている。
変な色にされても困るので、黒にしてくれと言ったが、店長が出てきて黒だけだと不自然だから「ミディアム」を半分ほど混ぜた方が良いとアドバイス。まあ、店長の言うとおりにしようということに。後で美容師は「どうせ店長は明日休みだからね」とか何とか言っている。二時間ほどかかって染が完成。美容師は「ちょっと待って下さい」とスタイリストを呼びに行く。スタイリストが染めの結果を見て美容師の技術の進捗度を判定し、アドバイスを与えることになっているらしい。鏡の中を覗いて見るとちょっと変な気分だ。若くは見えるようになったが、馴れないせいか落ち着かない。電車の中でシルバーシートには座りにくくなった。美容室を出た9時過ぎには、仕事を終えた美容師たちがウィッグを相手にカットの練習に励んでいる。美容師になるのも大変なのだ。
August 24, 2003 =Sun=
更新が滞るのはいろんな理由がある。この前は、息子にPCを占領されたためだが、今日は妻のせいで滞った。妻が、ある国連関係団体の支部を設立する会の監事をやっているのだが、その経理担当が不慣れなため、監査報告が出せるような決算報告がなかなか出来ないので手伝って欲しいという。税理士の妻なら自分でやればいいものを、PCが使えないからエクセルでの報告書作成が苦手なのだ。単純な会計なので気安く引き受けたものの、やはり1年分の会計記録を当たるのは結構大変で、結局午前3時までかかってしまった。
August 23, 2003 =Sat=
金、土と、息子が医療研修の病院の試験(筆記、面接)があるため、事前にいろいろと調べることがあるらしく、PCを占領されていたので、メールの返信や日記の更新が滞ってしまった。今日試験を受けた病院が本命で、家からも近い。妻の話だと3時前に帰ってきたが部屋に閉じこもっているとのこと。試験がうまく行かなかったのかと聞くと、試験自体はそれほどでもないが、6人の定員に対して受験者が35人もいたことで少し自信をなくしているようだ。この病院は前日も試験をやっているので、昨日も同じくらいの受験生がいたとすると倍率は10倍を超える。
今日は今の会社に入社して2度目の土曜出勤日。決算も近づいているので、固定資産の処理が気になっている。部下は誰も固定資産関係は触ったことがないという。何でも自分で抱え込む前任者が自分でやっていたらしい。固定資産処理のソフトは部下のパソコンに入っているが、これはたまたまそのソフトが入ったパソコンを譲り受けただけという。ではそのソフトのパッケージはあるのかと聞くと、エプソン製の市販ソフトを探し出してきた。調べて見ると、1999年に14万円程度で購入し、同年度から使っている。ところが、ユーザー登録も保守契約もやっていない様子。この種のソフトは会計制度や税制変更があるので、メンテナンスが大事なのだが。買った当時はまだWindows
XPは出ていないので、XPで動くかどうか不安だったが、試しに自分のパソコンにインストールし、部下のPCからデータを吸い上げて動かして見ると、幸いちゃんと動いた。
固定資産処理も何とかなりそうだし、朝から出ている社員も少なかったこともあり、土曜出勤は昼過ぎに切り上げて、土曜には日課にしているスポーツジムへ向かう。やっと夏の気候になり、都心で34度と暑さは戻ったが、夏の青空とじりじり照りつける太陽と言う感じではない。太平洋高気圧が弱いとかで、来週はまた天気が崩れるらしい。
August 20, 2003 =Wed=
雨は上がったものの天候は相変わらず冴えない。今週から夏空が戻ると言う天気予報はまったくの外れで、気象庁には苦情が殺到しているとか。天候デリバティブは効果を発揮しているのだろうか。
11時に新宿の銀行でアポイントがあったが、銀行の近くでその前に用のある社長が、直接行くからと専用車を回してくれたので、これに乗って外堀通りを迎賓館近くまで行くと、何のイベントがあったのだろう、右翼の街宣車の列と出会った。いくつもの右翼団体が例の黒塗りの街宣車の隊列を組んで威圧的なスローガンを叫んでいる。こういうのを見ると悲しい気持ちになる。こういう人たちは他人の言葉には耳を貸さず、常に自分が正しいとのマインドコントロールのもとに行動している。彼らと対極の政権ができたらどうなるのだろう。戦前のようなテロが復権するのだろうか。
折りしもバグダッドでは国連代表部が入ったホテルが自爆テロで爆破され、ブラジル人の代表をはじめ20人が死亡、エルサレムでもパレスチナ過激派による自爆テロで多数の死者が出ている。政治的な立場からは正反対に見えるが、こうしたテロリストと日本の右翼も根のところでは繋がっているように思える。
August 19, 2003 =Tue=
今日も雨。夏はどこへ行ったのだろう。などと一行だけ日記に書き込むのはアリバイ作りみたいなものか。
August 18, 2003 =Mon=
週明けには夏空が戻る、と先週の天気予報で言っていたように思うが、多少蒸し暑くはなってきたものの、相変わらず時折霧のような雨が降る陽気である。
新しいパソコンが入ってネットにも繋がったので、メールアドレスの割り当てを頼む。一応、会社名+.comのドメインになっている。メールのセッティングをやって、念のために携帯メールとのやりとりをテストして見たらちゃんと繋がった。今日はMSブラスターとかいう新種ウィルスが発症するといわれていたが、何事もなく過ぎたようだ。
午後から、会社が創設したBeauty Wellness Plannerという資格の第一回認定式があり、各地の店から集まった資格取得者(9割方が女性)を対象に認定証の授与が行われた。その後、赤坂の全日空ホテルに場所を移して懇親会。私ほか最近入社した人たちの歓迎会も兼ねた。このホテルで開いたのは、ここに会社が店を出していると言う理由から。
少し驚いたのは、授与式での社長・副社長のスピーチ前後の「起立!礼!」と、宴会で社長・副社長の席に献杯の列ができることなど。同属経営でカリスマ性を保つにはこういった儀式が必要なのかも知れないが、出向中を含めても、これまでの人生にはあまり経験のなかったことだ。
August 17, 2003 =Sun=
妻は今日の昼前に家を出て、神戸に向かった。妻の母親が入居している老人介護施設で納涼祭があるのだ。こういうイベントがあっても、家族の付き添いがないと参加できないらしい。妻の母は私の母より5つくらい若いが、義父が亡くなって一人暮らしになってから、もともとは派手好きだったのが家に閉じこもりがちになり、震災が追い討ちをかけた。
震災の年の夏、私が訪れたときもすでに老人性痴呆症の兆候はあった。賞味期限の切れたコンビに弁当を大量に冷蔵庫の保存していたので捨てさせた。なぜか清涼飲料の「ファイブミニ」の空き瓶が大量にあった。私を見ても時々誰なのか分からない様子を見せることがあった。
妻と、西宮に住む妻の弟で市営の施設を探し、入居させた。震災の後にできた新しい施設で、妻は自分も老人性痴呆になったらこんなところに入れて欲しいといっていた。去年だったか、妻と二人で施設を訪れたことがある。確かに新しい施設で、職員も若く、親切だが、本人はわれわれに会ってもほとんど反応らしい反応は見せない。妻だけは時折思い出す気配は見せるのだが。
August 16, 2003 =Sat=
医療研修先決定のために帰省中の息子がしゃぶしゃぶを食べたいというので、親子三人で新宿大ガード交差点角にある「唐人凧」へ。昔、妻が町田市議選で再選を果たしたとき、応援してくれた区議、市議たちとここで祝杯を挙げたのだという。私も一緒だったらしいが、記憶がない。いつも通る道なので、「唐人凧」の看板はよく目にしている。確か冬場にふぐ鍋をやっているように思っていた。
入ったら一室だけ席が空いていた。やはりしゃぶしゃぶとふぐ鍋の専門店ということだが、8月なのにふぐ鍋をやっていて、しかもほぼ満席に近いというのはどうなってんだろう。まあ、8月といっても今年は10月並の気候なのだが。メニューを見ると「しゃぶしゃぶ、ふぐ鍋、ジンギスカン焼の食べ・飲み放題」(8,000円)というのがある。聞いて見ると3種類から選ぶのではなく、3種類全部食べ放題だという。テーブルにはIHクッキングヒーターが2台しかないので、まずしゃぶしゃぶとふぐ鍋を頼む。実際には両方一度に食べるわけにもいかないので、とりあえずはしゃぶしゃぶに集中し、肉を何度かお代わりする。息子はビール、私は冷酒にした。しゃぶしゃぶに飽きたところでふぐ鍋に切り替える。ふぐ肉をお代わりして、後は雑炊を頼む。もうお腹はいっぱいでジンギスカンにはとても手が出なかった。
このDiaryの10日のところに、東京湾花火大会の動画を入れてみた。ためしにクリックしてみて下さい。ただし、ブロードバンドでないとかなり重いかも。ついでに、花火と言えばこんなものも・・・
August 15, 2003 =Fri=
今日まで「お盆休み」だが、月次決算を控えて部下たちが出勤しているはずなので、顔を出しておこうと会社へ行った。昼前に差し入れかたがた顔だけ出してすぐに帰るつもりでいたが、ちょうど、頼んでいた私用のコンピュータがDellから届いた。もともと前任者が使っていたNECのPCがあるが、経理関係者だけのLANを組んでいて、外部にはつながっていない。外部といってもADSLによる接続であり、セキュリティもしっかりしていないので、経理関係のデータを入れたファイルサーバの安全を守るために、外部接続はしない方針という。確かに、ウィルス対策ソフトすらも個人管理に任されており、セキュリティはお世辞にも万全とはいえない。
しかし、インターネットへのアクセスができないでは仕事にならないので、私の外部接続用に一台PCを導入し、外部接続と経理内LANとを使い分けることで承認を取っていたのである。早速セットアップし、インターネットへの接続を確認した後、有楽町のビックカメラへ行ってCPU切替機を買った。売り場に「Compaq、Dellについては動作保証しない」と掲示されていたので、店員に確かめると、「Dellの場合、ハード的な条件から動作するかどうかは保証できないが、全く動作しないならそう表示する。」というので、リスク覚悟で買った。
切替機の接続を試みたところ、モニタは切替が可能だが、キーボードとマウスがどうもうまく機能しない。Dellだけでなく従来機種のNECもだめだった。仕方ないので、モニタのみ切替機で1台を使用することにし、キーボードとマウスはそれぞれのものを使うことにした。マウスはともかくキーボード2台は邪魔だが仕方がない。
というわけで、会社を出たのは4時半になっていた。今日も終日雨で、肌寒い。銀行によってお金を引き出し、高校の同窓会費(2,000円x5口)、大学の同窓会費(本部会費5,000円、東京支部会費10,000円)その他遅れていた支払いを行う。
ニューヨークは日本時間早朝、現地時間で昨日夕方から大停電。景気回復に影響は出ないだろうか。大停電を伝えるNew
York Timesの記事より抜粋。
Throughout the city, the strange economics of a blackout quickly took hold.
On West 45th Street, the enterprising employees of the Dunhill Caf・quickly
wheeled freezers of ice cream bars onto the sidewalk and shouted that prices had
been slashed to $1 from $3. "Everything must go," Ranjit Singh, the manager,
said. "We don't want to have to throw it out when it melts." Meanwhile, with
virtually all restaurants closed, some hot-dog vendors doubled their prices.
On 125th Street near Lenox Avenue in Harlem, a young man walked around
offering "flashlights ・ $25; batteries ・$10." An elderly woman pushed a grocery
cart filled with "ice-cold water." She was asking $5 a bottle. The bottles were
hot.
Hotels scrambled to accommodate thousands of guests suddenly cut off from
rooms by useless elevators and room keys.
"Some guests come up to us and ask if we're going to give them a discount, as
if the Marriott caused the blackout," said Michael M. Manjon, captain of the
rotating restaurant on the 46th floor of the Marriott Marquis in Times
Square.
とける前に売りつくそうと値段を三分の一に値下げするアイスクリーム屋があると思えば、懐中電灯25j、電池10j、あるいは氷水一本5jで荒稼ぎを狙う連中が出てきたりと、アメリカでもどこでも似たようなもの。それにしてもこのごろはホテルの鍵が電子式が普通になってきたので、こんなときはホテルの部屋にも入れないことになる。入っても冷房は効いてないけど。1977年だったか、前のニューヨーク大停電の後には出産ラッシュが来たという話も聞いたことがある。
August 14, 2003 =Thu=
一番暑い季節のはずなのに、やけに涼しい。涼しいというよりも肌寒いほどだ。今日の最高気温は22.8度と発表されたが、これは昨日から日付の変わった深夜の気温で、その後下がり続けて明け方で20度、正午になっても気温は上がらず、夕方は19度と、10月中旬並みとのこと。一日中雨も降り続いていた。その一方、パリなど欧州では気温が40度という猛暑が続いているとか。
家で使っていたファックス機を妻の税理士事務所に持っていったので、家にファックスのない状態が続いていたが、ビックカメラでファックス、プリンタ、スキャナ、コピーを一台で使える複合機を買ってきた。税別で29,800円。昔、ミシンやタイプライターを作っていたブラザーの製品。ファックスを多く使うのは妻の方だし、ISDNのターミナルアダプタも妻の机のそばにあるので、妻のパソコンとつなげ、セットを完了した。こんな値段でいくつもの昨日を兼ね、ちゃんと使えるのかと案じていたが、まずまず使えそうだ。
ブラザーといえば、学生時代に父にねだってブラザー製の英文タイプライターを買ってもらったことがある。結構熱心に練習し、ゼミの教材に使っていたジョーン・ロビンソンの貿易論をタイプ紙に書き写したりした。これが後に商社に入ってから役に立った。海外駐在中、秘書がいないときでもテレックスを自分で打てたし、ワープロ、パソコンの時代になっても改めて練習することなくブラインドタッチでキーボードを操作できた。パソコンがこれほど普及する前、MS-DOSの時代からパソコンに馴染めたのも、タイプライターの経験からキーボードへのアレルギーが全くなかったお陰である。
ビックカメラではもう一つ、アドビのAcrobat6.0 Standardのアップグレード版を買う。PDFを読むだけならアドビのホームページからAcrobat
Readerをダウンロードすれば良いのだが、PDFを自分で作るとなるとどうしてもこのソフトが必要になる。ビックカメラではアップグレード版はProfessionalばかりで、Standardが見付からなかったが、店員に言って探してもらうとやっと一つだけあった。アップグレード版とはいえ、Standardで12,500円もする。これがProfessionalだと19,500円だ。CADの図面をPDFにするなどといった使い方をするつもりはないので、Standard
で十分だろう。それにしてもアップグレードで1万円以上というのはは酷いんじゃないか。
August 13, 2003 =Wed=
今日から三日間、会社はお盆休み、といっても有給休暇を強制的に取らせるだけで、休みが追加になるわけではない。月次決算に忙しい部下は出勤しているはず。前の会社では有給休暇を夏季にまとめて取るよう勧めていたが、特にお盆休みというのはなかった。同じ有給休暇をとるのなら、交通機関の混むお盆でなく、好きなときに取る方が合理的だが・・
平日の昼間にスポーツジムへ行けば空いているかと思ったが、だいたいこのスポーツクラブは高齢者が多く、平日でも結構混んでいる上、夏休みで小学生向けの水泳教室をやっていたりで賑やかだった。
昨日、急に決まったと告げられたのが、18日に会社の社員を対象にした資格認定証授与式のあと、赤坂の全日空ホテルで懇親会があり、これに私の歓迎会を兼ねるので出席してくれと。18日は大学関係で先約があったのだが自分の歓迎会とあっては欠席するわけにもいかない。それにしてもお盆休みを挟んで次の日のことを今頃言ってくるなんてどういう感覚なんだろう。やむを得ず先約の方は欠席お詫びのメールを出す。
August 12, 2003 =Tue=
今日は、自宅から徒歩15分ほどの銀行に9時半の約束なので、少し遅めに起きればよいかと思っていたら、7時半に目覚まし代わりの携帯が鳴った。セット時間を間違えたかなと思ったら、そうではなくて甥からの電話。3年前に亡くなった弟の財形貯蓄が少し残ったままになっているとの勤務先からの連絡で、弟の妻の戸籍謄本が必要とのこと。
明日からお盆休みだから来週にしてくれと言ったが、昼に時間ができたので中央区役所の日本橋特別出張所へ出かける。前の会社にいた頃は、二重橋前から大手町に行って半蔵門線に乗り換え、水天宮前で降りていたが、今は銀座からだから日比谷線で人形町まで一直線で行ける。この辺りは表通りは高いビルが建っているものの、少し裏通りに入るとまだ何となく懐かしい街並みが残っている。
日本橋特別出張書は以前は貧弱な建物だったが、建て直して日本橋劇場を併設した立派な建物になった。父の代に本籍地を日本橋茅場町に移したので、この出張所が管轄になり、大阪に移っても本籍はそのままだった。やはり父にも東京への郷愁があったのだろう。私も弟も、結婚して所帯を持ったのは神戸や大阪だが、本籍はそのままにしていたら、そのうち自分たちの方が東京にやってくる結果になった。
父が亡くなる前、本籍地の番地を訪ねて辺りの風景を写真に撮って送ってやったら、どうも記憶と違うという。該当する番地は新亀島橋という橋の近くだが、そんなはずはないと父も母も主張する。そこで区役所にメールで問い合わしたら、ちゃんと返事をくれて、戦後、番地が変更になり、本籍地に該当する戦前の番地は、今は200メートルほど坂本公園の方に寄ったあたりだとのこと。後に母が東京へ出てきた折にタクシーでその辺に案内したが、位置的には間違いないが思い当たる建物などは何も残っていないと言っていた。
夜、妻は会合で不在、息子が外で夕食をとりたいというので、家の近所で前から気になっていた店に言って見た。カラコロ亭という名の狭い間口の店だが、入って見るとまずバーカウンターがあり、その奥が思ったより広い本格的な造りのレストランになっている。料理はエスニックというのか無国籍というのか、ベトナム風の生春巻があるかと思えばインド風のタンドリーチキンがあったり、メキシコ風シシカバブ(シシカバブはトルコじゃなかったっけ?)もある。どちらかというとインド系が多いらしい。客はわれわれ二人だけ。お盆で客がいないらしい。店の方も夫婦らしい二人でやっている。家庭料理風で味も結構いける。野菜類はすべて有機栽培とか。
August 11, 2003 =Mon=
昨夜は息子と進路の問題等を話し合っているうちに午前3時過ぎになってしまった。ねむ〜い。
August 10, 2003 =Sun=
娘夫婦は親から借りている横浜・青葉台の家を、千代田区五番町に新築中のアパートに買い換えて引っ越す予定だが、青葉台の方が先に売れたので、五番町のアパートが完成する今年末までお台場の賃貸住宅に住んでいる。今日、東京湾の花火大会を見に行くついでに、娘夫婦とお台場のハワイアンレストランで食事し、アパートに立ち寄った。お台場海浜公園駅からすぐ近くで、スーパーもすぐそばにある。ベランダからは大観覧車が目の前に見える。今日は花火大会のため、ゆりかもめは通勤ラッシュ並の込み方だが、普段の通勤時には一般の通勤方向とは逆になるので空いているらしい。近所には図書館や区役所分室があり、トレンディなレストランなどいくらでもあるので、新築中の五番町よりもこちらの方が気に入っている様子だ。
その後は、屋形船に乗って花火見物。天気は快晴だが、昨日の台風の直後だけに波が高く、大型の屋形船だがかなり揺れた。いったんお台場沖まで出たものの、酷い船酔いになった人が出て、乗船した越中島近くの船着場まで引き返す。ここで80人ほどの乗客のうち船に酔った10人近くが降りてしまった。
妻はこのところの睡眠不足もあって船酔いもかなり辛そうだが降りる
ほどではないらしい。私の方は船酔いどころかビール、ワイン、ウィスキーと飲み放題を満喫し、次々と出てくる天麩羅を全部平らげたが、周りを見回すと全部食べているのは一人だけ。妻から飲み食いを控えろと叱られた。
食い物はともかく、花火の方も質・量ともにかなりの迫力がある。船は富士見という船宿で、ガイドの言うには最高の屋形船だそうで、花火時期の貸切予約は数百万円で5年先まで一杯とのこと。それなら一人2万3千円の参加費はさほど高くはないか。船を取り仕切っているのは、幸子さんという姐さんで、屋上では客を鼓舞しながら「たまや〜、かぎや〜」の掛け声を掛けていたが、聞くと最近自動車にはねられ、ボンネットに乗っかって地面に落ちるという事故にあったとのこと。花火時期に入院していられるかと15日で退院してきて、今日が復帰初日だという。深川界隈では有名人らしい。(上の花火の画像をクリックするとムービーになります。)
August 9, 2003 =Sat=
今朝の朝日新聞によると、道路公団がその存在自体を否定してきた「公団の債務超過を示す財務諸表」が公団のネットワークの中にデータファイルとしてあることを確認したという。おそらくイントラネットのサーバ上にあったのだと思うが、それならもっと簡単に「発見」できたはずだ。最初からあることを知りながら否定していたのか、探し方がいい加減だったのかの何れかに違いない。
上の記事は朝刊の二面だが、その記事の下に見た顔がカラー写真で載っている。「ひと」というコラムで、デュポン日本法人の元社長で、今度福井県の副知事になった、大学の同期生の山本君を紹介している。地方自治体への民間企業感覚の導入に期待したい。
台風10号がやってきた。台風の中心が関東を直撃したわけではないのに、強い風が雨を叩きつけてきた。午後になって風も弱まり、雨も小降りになったので、先週行けなかったスポーツジムに出かけたら、わずか10分の距離をたどり着く前に再び横殴りの雨が吹きつけ、傘が逆開き状態になってしまった。
August 8, 2003 =Fri=
娘の税理士試験が終わったので、慰労の意味で妻が娘と渋谷のオーチャードホールに「Blast!」を見に行っている。会社の帰り、家に電話したら息子が一人でいたので、家の近くの飲み屋で夕食かたがた一杯やった。「山親爺」という名の炉辺焼き風の小さな店。無愛想な店だがその分ゆっくり話ができる。
今年から医療研修の制度が変わったので、来年医学部を卒業予定の学生はみな戸惑いと疑心暗鬼に陥っているようだ。もっとも疑心暗鬼になっているのは息子のような気の弱い連中だけかも知らないが。東京の病院はみな東大や慶応など有力大学の学生に内々決まってしまっているのではないかとか・・。病院側、学生側が希望順位を登録し、全国レベルでマッチングを行うという制度。
出身大学である沖縄の大学なら、本人が第一希望を出せば大学側も優先順位を付けてくれる可能性もある。本人は最近、沖縄中部の本部(もとぶ)あたりで海釣りを始め、タマンとかいう鯛を釣るなど、沖縄生活をエンジョイしている様子で、「沖縄での研修も捨てがたい。」なんて言っているが、その一方で結婚も考えているらしく、東京での研修が本命というのが正直なところだろう。
August 7, 2003 =Thu=
高校の同窓会誌が送られてきた。この中の校長と同窓会長との対談記事で、「当校がエル・ハイスクールに指定された」とある。エル・ハイスクールとは聞きなれない言葉だと思ったら、紙面の下の方に解説コラムがあり、「エル・ハイスクールとは」として次のように書いている。
21世紀をリードする創造力溢れた人材、先端的な科学技術を支える人材などの育成を推進するため、組織的、計画的な教育実践に主体的・意図的に取り組むとともに、その実践成果を他の高校の教育活動に提供する府立高校として、17校が指定されました。
分かったような分からないような説明だが、全国的な制度ではなく大阪府教委独自の制度らしい。
エル・ハイスクールでは、次の時代をリードするにふさわしい、生涯にわたって主体的に学ぶ力と、それを支える体力・精神力・他者を思いやることのできる豊かな心や洗練された感性などを身に付けさせるために、各校が研究テーマを設定して、さまざまな取組をおこないます。
もう一つイメージが湧かないが、ではエル・ハイスクールの「エル」とは何だろうと思ったら、次のように解説している。
Leading 次世代をリードする
Life Long Learning 生涯学習
Literacy 幅広い教養
といったキーワードのそれぞれのイニシャルである「エル」から名付けられています。
「生涯学習」という言葉は胡散臭い。リクルート事件で有罪となった高石元文部次官が推進していたのだが、どうも少子化で縄張りが小さくなりそうな文部省がパイを増やそうと掲げた旗印のように見える。歳をとっても学習するのは良いことだが、そこまで文部科学省がおせっかいを焼くなと言いたい。
確か昨日の新聞に、国立国語研究所が外来語を「分かりやすく」言い換える案を発表していた。「ユビキタス」が「時空自在」などという余計意味が分からなくなる迷訳もあるが、文部科学省所管の独立行政法人がカタカナ語の言い換えに腐心しているときに、教育委員会がまたわけの分からないカタカナ語を作っていていいのかな?
August 6, 2003 =Wed=
58回目の「原爆の日」。人間は忘れることができるから生きていける面もあるが、忘れてはならない記憶もある。だが、被爆体験者が年々少なくなる中、記憶を語り継ごうという努力は行われているものの、記憶と認識が時とともに変質していくのも、ある程度やむをえないのかも知れない。
August 5, 2003 =Tue=
会社からの帰り、東京駅で中央線ホームへの長いエスカレーターに乗っていて、仰向けに倒れそうになった。遂に脳溢血かと思いつつ辛うじてエスカレーターの手すりにしがみついて転倒は免れた。
そのときは一瞬、どうなったのか分からなかったが、後で考えて見るとこういうことだった。
上りのエスカレーターに乗っているとき、普通、地球に対して直角の姿勢を保つ。つまりエスカレーターに対しては前のめりの姿勢である。ところが、長いエスカレーターの間、肩のこりをほぐそうと、首を伸ばし天井を見上げていた。その姿勢だと視線は前方ではなく上の方に向いているため、身体が錯覚を起こし、地球にではなくエスカレーターの斜面に対して直角になっていたのだ。つまり、地球に対しては90度以上に後ろに反り返っている。こんな姿勢が長続きするはずはない。重力の法則によって上半身が後ろに倒れこむ結果となったのだ。
日中は暑い夏の日だったが、夕方から土砂降りの雨になった。やむを得ず1本398円の傘を買って帰る。今日、息子は医療研修の病院見学に行き、娘は税理士試験の最終科目を受験している。
August 4, 2003 =Mon=
左のアクセスカウンタがいつの間にか1,356になっている。一日に20位のペースで上がっているようだ。アクセスログまでは取っていないのでどういう方が見てくださっているのか分からないし、あるいはその一部は検索サイトの巡回ロボットが来ているだけなのかも知れない。しかし、友人知人の誰かが読んでくれていることは間違いない。今日頂いたメールでは塩見先輩も見て下さっているらしい。
ただ、結構見ていただいている割には、BBS(掲示板)に投稿してくれる人が少ない。というか、まだ某上場会社の専務氏一人だけだ。そこで暇そうな人からのメールを本人に無断でBBSに転載してみた。このメールはMLで大勢に送られており、送付先は多分この日記の「視聴者」とも重なっている筈だが・・
August 3, 2003 =Sun=
朝、妹が車で迎えに来て、母と3人で弟の奥さんの家に向かう。実家から車で約1時間、河内長野というところだ。弟は神奈川県の海老名に住んでいたが、弟の死後、奥さんは次男のいる亀戸にしばらく居たが、実家のある河内長野に家を買って移った。去年の8月、その次男が急死した。あのまま亀戸で一緒にいればという思いもあるのだろう、一周忌でも泣きはらしていた。
法事が終わるとすぐに東京へ引き返し、新宿の老辺餃子館別館で高井氏と会う。彼は大学のクラブ(ESS)の後輩でもあるのだが、われわれ夫婦が前の会社の大阪支社にいた頃に同じ部の部付として部長秘書兼部内の世話役をやっていた高井さんのご子息にあたる。ご主人も同じ会社に居たが、早くに亡くなられたため、奥さんが会社に勤めて二人のお子さんを育て上げた。高井氏は現在、S商事の相場商品を扱う部の部長として、業界では有名人である。今日はそのお母さんが大阪から出てきているということで、われわれ夫婦と久しぶりに会食することになった。特に妻は昔から親しくしていただいていたので、積もる話が盛り上がっていた。
August 2, 2003 =Sat=
9時の「のぞみ」で大阪の実家にやってきた。去年亡くなった甥の初盆と1周忌の供養が明日あるからだ。弟の次男だが、弟も2000年の8月30日に癌で亡くなっている。父が一昨年1月に91歳で亡くなり、母は90歳で健在と、両親とも長命なのに弟のところだけ早世なのは寂しい。
午後、実家から歩いて10分位のスーパーに買い物に出かけた。昔はなかったがかなり大きいスーパーだ。果物売場に行くと異様な匂いがする。異様だがどこかで嗅いだ匂いだと思って見ると、やはりそうだった。タイ産のドリアンが置いてある。1個が1800円。インドネシアのメダンでたくさん食べた記憶がある。そんなにおいしいとは思わないが、匂いが気になって食べられないほどではない。だが、現地でもその独特の強い匂いのためホテルへの持ち込みは禁じられていた。こんなの、普通スーパーで売るか?
買物帰りに、小学生時代に通学した道を歩いてみた。当時は道路というよりも田んぼの畦道という感じだったが、今は舗装道路で両側には家が立ち並んでいる。正面に聳えていた信貴生駒連山も家並みの間から覗ける程度だ。
昔読んだ萩原朔太郎の詩が頭の中に甦ってくる。
ここに道路の新開せるは 直として市街に通ずるならん
われ、この新道の交路に立てど 寂しき四方の地平を極めず
暗鬱なる陽かな
天日家並みの軒に低くして 林の雑木疎らに伐られたり
いかんぞ、いかんぞ思惟を返さん
われの背きて行かざる道に 新しき樹木みな伐られたり
昔から好きな詩だが、記憶が不確かだ。一行くらい抜けているかもしれない
ノートパソコンを持ってきている。昨日の日記も含めて、実家から電話線でつないでFTPするつもりだった。実家の電話はいまだにパルス式なので時間はかかるものの、アクセスポイントにはつながった。パスワード認証も無事に通過し、ログインできたものの、ネットもメールも繋がらない。先日オーストラリアに出張したときも同じ現象だった。そこで、実家に置いてあった古いパソコンで試してみると何とか繋がった。ところがこの古いパソコンにはFTPソフトが入っていない。そこでYahoo!のサイトからフリーのFTPソフトをダウンロードし、これを解凍しようとしたら、今度は解凍ソフトがない。解凍ソフトもフリーでダウンロードは可能だが、もう面倒くさくなった。というわけで、昨日、今日の日記は明日まとめてアップすることにした。
そんなことで、だらだらと長い日記になったが、考えてみたら明日も夜遅くなるんだったっけ・・
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