Diary


September 30, 2003 =Tue=

もう9月も終わりになった。早いもので、転職して丸3ヶ月、この日記をつけ始めて4ヶ月余りが過ぎた。慌しい日々も、時間の経過とともに何となく落ち着いていくものだ。9月末といえば多くの企業では中間決算日。日経平均は小幅安で10,219円、j円は110円と円高傾向が続いている。日本経済自体が、停滞を続けるのか、回復に向うのか、方向性を決めかねているような感じだ。今日は風こそ強かったが、久しぶりに雲一つ無い青空が広がっていた。

September 29, 2003 =Mon=

妻が人事問題で悩んでいる。といっても小さな税理士事務所の問題だが。この前までいた事務員は仕事を処理する能力は優秀だし、顧問先の受けも良いのだが、人間関係をうまく処理できず、自分のペースでしか仕事をやりたがらない。終業時間の5時近くになると帰宅の用意を始め、タイムレコーダの前で5時を待つ。アシスタントの女性を採用したとたんに神経質になり、ボスである妻に当り散らすということで、遂に衝突して退職させた。しかしその後を募集したものの、ハローワークを通じて面接に来た人たちはどれも一長一短で決め手がない。履歴書に書かれた事項も、前にいた事務所に照会してみるとでたらめだったり、酷いときは前にいた事務所というのも架空だったりする。人の使い方が下手なのと、人を見る目が無いのとが相乗効果を発揮しているのか、事務員が長続きしない。よく考えたら、私の今の会社も似たようなものだが・・。

このDiaryをごらんの方で、次のような人で求職中の方をご存知でしたらご連絡下さい。
  1. (妻の税理士事務所で探している人材)税理士事務所での勤務経験があり、会計記帳、税務申告書作成等を一通り自分でこなせる人。30台ないし40台の年齢層。
  2. (私の会社で求めている人材)中小企業の管理職経験者で、経理・総務関係の全般を取り仕切れる人。年齢的には40歳位から50台前半。


September 28, 2003 =Sun=

朝8時40分に新宿駅西口を観光バスで出発し、山梨へ向う。観光バスの出発する八十二銀行前まで家から歩いて10分の距離だ。電車に乗って集合地点まで行くのならこんなツアーには参加しないだろう。これも都心に住むメリットの一つだ。

少し雲が多いものの、秋空が広がる中を昇仙峡へ。紅葉にはまだ早すぎるが、仙ヶ滝に降りて散策。麦とろの昼飯後ロープウェイで弥三郎岳に昇り上から荒川ダムを眺める。続いてサントリーの登美の丘ワイナリーの見学兼試飲会。最後に勝沼の葡萄畑でで巨峰の食べ放題。バスに乗っている時間が長く、往きは後ろの方のどこかの中小企業団体らしき一行数名がかまびすしくて閉口したが、食事の後はおとなしくなった。

昇仙峡の滝の流れは鮮烈な感じでなかなか良かった。サントリーのワイナリーは、数年前に訪れたチリのコンチャ・イ・トロのワイナリーに比べてずっと整然としていたが、内部の写真撮影禁止というのがチリと日本の違いだろうか。案内嬢に「禁煙は分かるけど、写真はどうしてだめなの?」と聞いてみたら、やはり「企業秘密の部分がありますから」との答えだった。最後の巨峰食べ放題では大粒のを二房くらいは食べたろうか。帰路は中央高速の渋滞で予定を1時間くらい過ぎたものの、8時には新宿に着いた。まあ、結構手軽な気晴らしではある。


September 27, 2003 =Sat=

スポーツジムで風呂上りに体重を量ったら、67kgを割っていた。先週末にクリニックの栄養相談で食餌制限を受けたものの、その後昨日までに夜の外食が5回、うち4回はアルコール付きだったが、一応注意されたことは気に留めていた。67kgというのは運動とサウナで汗を流した後の、いわば瞬間風速的な数字だが、そういう状況でもこれまでは68kgを割ったことはなかったので、やはり気にしているだけでも違うものだと思う。クリニックでは、今後一月に1kgの割で減量するよう指導されているが、実現の可能性は出てきたようだ。そういえば、昨日一緒だった元同僚は2週間で3kg減量したとか言っていたが・・。


September 26, 2003 =Fri=


会社が今月から始めたアカデミーのプレ講座に出席した。11月からの本講座開講を前に、一般に無料で体験講座を行っているもの。メイクやアロマ、ネイルなどの美容・健康講座が主体だが、今日のは「正しいサプリメント活用術」というタイトルで、若い女性には若干堅苦しい感じなので申し込みが少ない。あまり少ないと講師にも悪いし、ということで出席した。前の会社の同僚も友達を連れて参加してくれた。内容は予想通りやや固めだった。講師はもともと東京都のお役人だし、内容もいろいろ詰め込み過ぎの感があり、もう少し内容を減らして、話法も変えた方がいいように思えた。9時前に講座が終わり、元同僚とその友達と三人で会社の近くの「響」で会食。予め電話しておいたのでテーブルは確保できたが、そんな時間なのに入り口では空席待ちの人が6〜7人もいた。結構話が弾み、腰を上げたのは閉店時間の11時を回っていた。


September 25,2003 =Thu=

前の会社で一緒だったOさんが亡くなった。昔、大阪支社でも同じ部にいたことがあるが、私が1995年に監査部に転勤したときにまた同じ部になった。その頃から腰が痛いと言っていたが、多発性骨髄腫ということで、会社を早期退職して入退院を繰り返していた。彼が会社を辞めて暫くして、同病者とメールのやり取りをしたいのでパソコンを買ったが、設定が分からないというので、千歳烏山の彼のアパートに行って設定を手伝ってあげたことがある。

昔から敬虔なクリスチャンで、今日のお通夜も吉祥寺のカトリック教会だった。奥さんと、4人の子女に見守られて一昨日、聖路加病院で亡くなったという。とにかく昔から謹厳実直な人で、ご子息の挨拶を聞いても、彼の性格は家庭でもまったく同じだったらしい。通夜のあと、参列していた元同僚10人あまりで吉祥寺駅近くの焼き鳥屋で一杯。


September 24, 2003 =Wed=
今日、菅直人と小沢一郎が民主党と自由党の合併協議書に調印し、新しい民主党が正式発足した。前回の衆院選に妻が民主党公認で立候補した東京都第8区(杉並区)では、民主党は自由党の新人を推薦していたが、合併により公認に切り替わるはずだ。妻は、「前回の公認候補が公認申請を出しているのに一言の断りもなく他党候補を推薦するなんて」と息巻いていたが、まあ政治なんてそんなものだろう。「もう選挙には出ないし、他人の応援もしない」と言っていたが、昨日、民主党本部から大きな荷物が届いた。明けてみると民主党のポスターが400枚。よく考えたら、一昨年の参院選に立候補した時の政党支部が、妻が支部長のまま残っていたのだ。ポスターを貼るなんて、組織がなければできるものではない。政党支部といったって、参院選のために比例区候補一人に一つずつ作ったものであり、選挙が終われば実態はなく、選管にも昨年度の収支はゼロで報告書を出したくらいだから、ポスターを貼る人手なんてあるわけがない。それにしてもこのポスター、黒地に黒っぽい服を着た菅直人の写真をモノトーンで入れ、左側に白抜きで「つよい日本をつくる」とのキャッチフレーズ。カラーは下のほうに民主党のマークが赤で印刷されているだけというデザイン。(写真右下が白っぽいのはフラッシュのせい。)
なんとなく右翼の街宣車を想起させる。もう少し明るいイメージは出せないのか。小沢という策謀家を抱え込んだ民主党の先行きを暗示するような気がする。


September 23, 2003 =Tue=

今日は休日。この頃は何の祝日なのか分からず、とにかくカレンダーが赤字になっているから休みというのが多いが、今日は・・そうだ、秋分の日だった。そういえば、スポーツクラブを出る頃に新宿警察の近くの鐘が6時を打つのだが、ついこの間までは明るかったのが、今日はもう暗くなっていた。

以前、町田に住んでいたころは、犬の散歩で住宅地の中を歩き回ると、欅並木に落ち葉が積もっていたり、花水木が色づいたりと、季節の移ろいを肌で感じることが多かったが、都心に住むと日の長さくらいしか季節感がないのが少し寂しい。昼間、青梅街道の信号を渡ろうとしていると、お祭りの御輿に出会ったが、御輿をかついでいる人たちだけが盛り上がって、あるいは盛り上げようとしていて、通行人はまったく無関心に通り過ぎていた。高層ビル群の下を行く御輿は、何か場違いな、というかある種ペーソスを感じさせる眺めだった。


September 22, 2003 =Mon=

前の会社の先輩が退職後陶芸に専念し、自ら陶芸教室や個展を開く域に達している。その人の個展が有楽町の交通会館であり、これを見に行くという名目で昔の同僚たちが集まった。OB7名と現役3名。個展会場にはかなり大きな作品から小さなぐい飲みなど、いいものが並んでいる。お弟子さんたちの出品もかなりの水準だと思う。ただ、家には使わない陶器類がたくさんあるので、大きいものを買うわけにはいかない。今は日本茶を飲むにもコーヒーカップを使っているので、湯飲みを一つ買った。

そのあと、京橋の「北海道」へ。相変わらずの無駄話に花が咲く。もといた部では、近く組織の大幅な見直しがあるそうだ。お酒はカロリーが高いから控えるように言われているのに、昨日、今日と二日続けてしまった。それにしても、昨日からいやに涼しくなってきた。


September 21, 2003 =Sun=

朝日テレビのサンデープロジェクトで野党各党の幹事長・書記長が出ているところに、自民党三役人事で安部普三が幹事長というニュースが飛び込む。司会の田原総一郎も、「え、幹事長?副幹事長じゃないの?」と驚いていた。拉致問題を契機に国民的人気が高まり、ルックスもまずまずだが、戦争犯罪人である祖父の岸信介譲りの確信犯的タカ派体質を隠そうともしないのが気になる。いずれにせよ間近に迫った総選挙向けの体制だが、小泉流人事マジックの手腕は見事だと思う。

台風15号が来て荒れ模様の天気だが、この前の栄養相談でもスポーツクラブでの運動は続けるよう言われていたこともあり、風邪も収まりつつあるので、風雨の中をジムに出かけた。いつもやるのは自転車漕ぎと水中エアロだが、考えることは誰も同じらしく、両方ともいつも混んでいる。今日なんか台風の中だし、早めに行ったので大丈夫だろうと思っていたが、自転車は満員、筋トレを暫くやって様子を見ても自転車が空く気配はなく、他にも待っている人がいる様子。それで他のマシンで済ませ、プールに移る。ここでも定刻の4時に10分もあるのに場所取りが始まり、以前なら2列のところが3列になっている。全体の混み具合が以前と比べて大きく変わっているわけでもなさそうなので、私がやっているところがたまたま人気のあるプログラムなのだろう。

ジムを出て携帯の留守電を聞くと、妻からの電話で「今、茗荷谷から地下鉄に乗る」というので、新宿駅で待ちうけ、パレットビル10階の「月の雫」へ。いつも看板は見ていても入ったのははじめて。若いグループが多いので少し騒々しいが、造りは落ち着いた感じで、料理も豆腐や野菜が多く、カロリーを気にしなければならない身にはありがたい。


September 20, 2003 =Sat=

今日は月1回の土曜出勤日に当たっているが、先週から風邪気味なので休むことにした。昨日、診療所に栄養相談に言った際、内科にも診てもらって風邪薬とうがい薬を処方してもらった。汗っかきなのと、汗をかいた直後に冷房の利いたオフィスに入ることが原因だろうと思う。

昼過ぎ、1時前にかなり大きい地震があった。東京23区で震度4だという。そういえば先週、八ヶ岳南麓天文台の職員が、「来週、東京で大地震が起こる可能性が高い。」という文章をインターネットで流していた。震度4が大地震に入るのかどうかわからないが、一応当たったことになる。

午後からは自民党総裁選の投開票の実況中継を見た。党員票300のうち205、議員票357のうち194を獲得した小泉首相の圧勝だった。まあ、小泉圧勝は事前に予測されていたことだが、議員票で200を超さなかったのは、あまりに圧勝させると言うことを聞かなくなるという心理から牽制をかけたという説がある。ということは、小泉支持を打ち出して橋本派を二分した青木参院幹事長の仕掛けかもしれない。小泉とは政策的に相容れないはずの青木が盟友野中から裏切り者扱いされてまで、目先の選挙目当てに小泉支持を打ち出した条件として、竹中など民間閣僚の更迭を求めたとされるが、あまりの圧勝だとこの密約が反故にされ、面子を失うのを恐れて、子飼いの参院議員にブレーキをかけたなんてのは、あの爺さん連中にとってあり得る話ではないか。いずれにせよ、小泉続投では民主党による政権交代は絵に描いた餅ということだろうか。


September 19, 2003 =Fri=

朝、エステック情報ビルの三越診療所に行き、この前予約しておいた栄養相談を受ける。栄養相談といっても、栄養が不足しているのではなく、栄養を取りすぎているのをどう抑制するかの相談である。血糖値、コレステロール、血圧と三拍子揃って高いので、1日1600Kcal以下に抑えること、塩分の多いものは控えること、肉よりも魚を中心にすること、青い魚が良いといっても、カロリーは結構高いので量を控えること等々。カロリーだけを考えるなら、白身の魚の方が良いとのこと。意外だったのは、カルシウムが多くて良いと思っていた小魚はいけないということ。頭から内臓まで丸ごと食べるのでコレステロールが多いそうだ。肉も、ヒレや腿肉など赤みの方が良く、挽肉は脂の部分も一緒になっているので、ハンバーグは良くないと。食べるものがなくなってしまう。まあ、野菜を摂る分には良いとは言うのだが。この日のために、1週間、朝・昼・晩の食事を詳細に記録するよう言われており、毎晩その日に食べたものを思い出してはエクセルに入力していた。

会社の同僚が芝居の切符をくれた。同僚の友人がル・銀座テアトル(旧セゾン劇場)の支配人をやっていて、切符が売れ残ったが、比較的役者から目に付く位置の座席なので、埋めておく必要があるそうだ。妻を誘ったら行くと言うので地下鉄の京橋駅で待ち合わせた。山本一力原作、中村橋之助主演「大川わたり」。7時開演で終わりは10時になった。観ていて何も難しいことを考える必要のない、単純明快な人情話。最後もハッピーエンドで締める。こういう芝居は初めてだが、たまにはこれも良いだろう。出演者はほかに、田中美里、佐藤慶、萩原流行、西岡徳馬等。帰りに会社近くのル・ドラゴンブルーのカウンターでスコッチを一杯。酒もカロリーが高いから控えろと言われているのを思い出した。


September 18, 2003 =Thu=

一昨日の大学クラブのOB同窓会での決定に基づいて、一年下のS君に同窓会会長を引き受けて欲しいとのメールを出す。彼はたしか銀行系自動車リース会社の役員をやっているはずなので、忙しいかも知れないが、何とか引きずり込む使命が私に課せられている。


September 17, 2003 =Wed=

一昨日の夜、NHK教育テレビで平幹二郎演出・主演の「リア王」をやっていたが、「戦争と平和」を8時間半も見た後で疲れていたのと、夜遅くでとても起きていられなかったこと、NHKの1チャンネルで大江健三郎の番組を見ていたことなどから、「リア王」はパソコンで録画しておいた。パソコンの録画機能はこのPCを買ってから何度か試してみたが、後の編集作業が面倒なので撮っては消ししていた。今回の録画はきちんと整理してみようと思い、編集ソフトを調べてみた。何しろ一晩中付けっぱなし、録画しっぱなしにしていたので、ハードディスクを大量に占拠してしまっている。トリミングとMPEG化だけはやっておかないと、いくらHDが120GBあるといってもすぐに一杯になってしまう。パソコン付属のTVチューナーにおまけとしてVideoStudio6SEと言うソフトが付いていたので、まずインストールしてみたが、使い勝手が分からない。この頃マニュアルを読むのが面倒で、新しいソフトを入れた時はいつも適当にいじっているうちに何とか使い方が分かると言う手順だが、このソフトはどうもよく分からないので、仕方なくCD-ROMに入っているマニュアルを見ながら試した。結果、ようやくMPEG化とトリミングは完成した。あとはDVDに焼くだけだが、これはもう少し暇なときにトライしよう。


September 16, 2003 =Tue=

国際ビルにある大学のクラブで、大学のESS(英語クラブ)の東京地区OB会の打ち合わせ。二年前にやったのと同じ住友クラブで11月15日にやることになった。名簿担当としてはE-mailリストの整備とメールを使わないシニアクラスへの葉書での通知が義務となる。次回までに交代幹事候補を確保することも課題となる。こうした連絡にはメールが最適なのだが、どういう会でも必ず何パーセントかはメールを使わない(使えない)人がいる。こういう場合、切り捨てるか、他の手段を使ってあくまでも呼びかけるかが悩ましいことになる。当事者は幹事のそんな苦労を知っているのだろうか。


September 15, 2003 =Mon=

霞ヶ関・イイノホール。どうせがら空きだろうと高をくくっていったら、飯野ビル7階のホール入り口から人が並んでおり最後尾は4階だという。人の行列と反対方向に階段を下りていくと、すでに最後尾は3階に達していた。キネマ旬報社主催による「戦争と平和」4部作一挙上映。食事つき前売り券で4200円。オードリー・ヘップバーン主演のハリウッド版ではなく、1965年に封切られたソ連製の映画。

当時のソ連が国家事業として取り組んだと言うだけあって、社会主義イデオロギーを全く感じさせず、帝政ロシアの華麗な社交界やナポレオン戦争のスペクタクル場面をふんだんに織り込んでトルストイの原作を忠実に再現している。そういえば、今年はトルストイの生誕175周年にあたるそうだ。製作後40年近くたって、カラーが大分褪せてきている。

なにしろ12時に上映開始で、休憩や食事時間を挟んで終わりが8時31分という長丁場。正味上映時間は7時間5分。とくに最初の第一部は2時間29分という長さで、戦闘場面など居眠りをしてしまい、最後まで見ていられるか不安になったほどだ。上映は今日一日だけで、今後こうした上映があるかどうか分からないということで、観客はやはり年齢の高い層が目立った。

昔読んだ原作の筋はほとんど忘れてしまっているが、後半になってモスクワ戦でのロシア軍敗北から冬の到来によるナポレオン軍敗走に至るあたりで眠気も吹き飛び画面に集中できた。どういうファミリーがいて、どういう人間関係にあるかをある程度掴んでおかないと、映画と言えどもなかなかついていけない。しかし8時間半はやはり疲れた。

学生時代に、ロシア語の文字の読み方を習ったことがある。1〜4部の始まりの部分にスタッフやキャストの名前が出るが、辛うじてウラジミール、セルゲイなどという名前が読み取れる。しかし名前の方のいくつかを読み取るのが精一杯で、苗字の方を読もうとしたときには画面は変わってしまっていた。

第3部と4部の間に配られた食事は、ボルシチ風のスープに茹でた人参とライスの入ったロシア風弁当にピロシキが一つついていた。


September 14, 2003 =Sun=

前に住んでいた町田の三輪緑山の家に行った。人に貸していたのだが、前の借り手が出て行ってから半年くらい空き家になってしまっている。今日は不動産屋が賃借希望者を案内すると言うので様子を見に行ってみた。門を入ったところや駐車場の煉瓦敷きに雑草が丈高く茂っていた。庭も草ぼうぼうでいかにも空き家という雰囲気だ。家の中は先日知り合いの方に掃除してもらったのできれいになっているが。

同時に向かいのTさん宅に挨拶に伺う。Tさんは大久保にある病院の内科部長で、先日息子が病院実習のための見学と面接に訪れた際にお世話になった。Tさんは不在だったが、帰り際にバス停でバスを待っているとき、短パン姿で医学書を抱えて歩いてくるTさんに出会い、話をすることができた。

最寄駅の小田急線鶴川駅も駅前の整備がようやく動き出しつつあり、徐々に変わりそうだ。しかしこの駅、北口だけで反対側の南口は一方にラッシュ用の臨時改札口があるだけで、線路際まで田んぼが広がっている。もう少し南側も開発すれば便利になると思うのだが。


September 13, 2003 =Sat=

1年ほど前に中野のホームセンターで確か300円で買ってきた観葉植物のポトスがずいぶん成長した。小さな鉢植だが、サイドボードの上に置いてあるのが左右に枝を伸ばし、垂れ下がってきたので、サイドボードとピクチャーレールの間にタコ糸を張って這わせてやると、左右6メートルほどにもなる。時々米のとぎ汁を与えているだけだが、成長が早いのは日当たりのいいせいかもしれない。同時に買ったバキラ・アクアティカという、数本の幹をよじり合わせたような観葉植物(こちらは800円くだいだったか)も威勢がいい。こういうのは本当は大きくなれば良いというものではないのだろうが、特に手入れをしているわけではないのでただ大きくなるだけだ。背丈は倍近くになったろうか。


September 12, 2003 =Fri=

東京在住の大学同期生による集まりが新橋の「膳丸」で。この前の汐留の「響」と同じくサントリー子会社の「ダイナック」の経営する店だが、「響」よりも若い人をターゲットにしているらしく、少し騒々しい。来年が卒業40周年にあたるので、同期生の一人が移住しているチェンマイへ旅行しようと言う話が出ている。私は見逃したが、先日テレビ東京の「ガイアの夜明け」で彼が登場したらしい。定年退職後の人生をテーマにしたもので、海外で年金暮らしをする例として登場したらしい。


外務省の田中均審議官の自宅に爆発物が仕掛けられた事件に関して、石原慎太郎都知事が「あの男(田中氏)がそんな目にあうのは当ったり前だ。」と発言し、問題になっている。発言したのは一昨日、始まったばかりの自民党総裁選で亀井静香の応援演説の中でだ。昨日の演説の中で、「釈明」したというが、釈明と言うより開き直りの内容だった。変に人気のある政治家だけにきわめて危険な兆候だ。こういうのに大衆が乗ると、とんでもない方向に突っ走ることは歴史が証明している。与野党の政治家たちが批判する中で、応援を受けた亀井静香は「石原さんは文学者だから」と妙なかばい方をしているらしい。確かに石原は若くして芥川賞デビューした作家には違いないが、今の彼は本当に文学者と言えるのだろうか。

記憶が少しあいまいだが、先日、大江健三郎がこんなことを書いていた。「今は大衆に人気のある政治家で、以前は同世代ということで自分も交際していたが、ある時期から疎遠になった作家」と、名指しこそしていないが明らかに石原と分かる男についてである。「ある出版社がその作家に関する企画を立て、関連のある人たちの発言を引用した。引用に当たって出版社は当事者に確認を求めた。大江の発言も引用されており、大江はニュアンスが意図と違うので訂正を求めた。出版社がその作家に報告すると、作家は、『まあ、いいだろう』と言ったという。その結果、発言は訂正のないまま引用された。」たしかこんな内容だったと思う。言葉を大切にすべき作家が、他人の言葉を「まあ、いいだろう」で済ましてしまうなら、彼はとても文学者とは言えない。ましてやテロ容認発言を平然と繰り返す人間は政治家としても失格である。

東京都公安委員会の委員は都知事が(議会の同意を得て)任命する。公安委員会は警視庁を管理する。つまり、都知事は警視庁に影響を及ぼす権限を持っている。テロを奨励する人物を、そんな立場に置いておくわけにはいかない。マスコミや都議会も、もっと毅然として追及すべきである。


September 11, 2003 =Thu=

また「あの日」が巡ってきた。一昨年の9月11日、私はサンパウロの現地法人の会議室で打ち合わせをしていた。ロンドンから来て翌日ニューヨークへ行くU君も一緒だったが、現地法人のW君が会議室に来て、「Uさん。明日ニューヨークには行けませんよ」と。WTCが爆破されたという。何年か前にもWTCの地下で爆弾が破裂し、大きな被害が出たことがあったが、そのときはその類かと思った。だが、W君に促されて、会議を中断して別の部屋に行くと、そこの大画面テレビに想像もしなかった画面が映っている。WTCに突っ込む旅客機、炎と煙に包まれるWTC。

私と、相棒のS君が東京からニューヨークに着いたのが9月6日の木曜日。ニューヨークの店が手配してくれた車でマンハッタンに向かう途中、シアトルには長いがニューヨークには余り馴染みのないS君が、「あれがWTCですね」と声をかけてきた。確かに見慣れたツインタワーが曇り空に聳えていた。

ニューヨークでの打ち合わせを終え、翌日7日のアメリカン航空の夜行便でサンパウロに向かう。JFKでは搭乗にあたっての荷物検査がやけに厳重だった。普通なら搭乗時はX線検査だけのスーツケースも、蓋を開けて金属探知機で念入りに調べられた。やっとボーイング767のアメリカン航空機に搭乗して席に着き、スチュワーデスが機内食のメニューをどれにするか注文を取りに来た後も、一向に出発しない。そのうち、いったん機を降りて欲しいとのアナウンスがある。何でも荷物だけチェックインしながら搭乗しなかった乗客がいたらしい。深夜のだだっ広いJFKを国内線の方まで歩き、また長時間待たされた上、改めて別のボーイング767に搭乗する。JFKを出発したときは日付も8日に変わっていた。

11日、サンパウロで見たニュースで、最初にWTCに突っ込んだのがアメリカンの767と聞いて背筋が寒くなった。もっと深刻だったのはニューヨークからわれわれのチームに参加したLさん。彼女はニュージャージーからフェリーで通勤している。フェリーが着くのはWTCの足元だ。WTC近くに勤める夫と連絡が取れないといっておろおろしていた。夕方になってやっと連絡は取れたが、同じフェリーで通っている何人かの仲間は消息がつかめないと落ち込んでいた。食事に誘っても今日は何も喉を通らないと。

ニューヨークでの事件はともかく、ブラジルでの仕事は予定通り済ませ、帰国する段になると、アメリカの空港は再開はしていたが、当面はなるべくアメリカへの立ち寄りは控えるようにとの会社の指示もあり、途中ロスで知人と会う約束はキャンセルして、S君とフランクフルト経由のルフトハンザで帰ることにした。あんな事件の直後だけに空港でのチェックはさぞや厳しいだろうと思っていたら、サンパウロの出国はあっけないほど簡単で、逆に不安を覚えたほどだった。

あれからアメリカは大きく変わった。アフガンを攻め、タリバン政権を倒したのに次いで、イラクにも侵攻し、フセイン政権も崩壊させた。だが、それでテロがなくなったわけではなく、むしろテロは激増している。あのテロに対するアメリカ国民の受けたショック、心情は理解するが、ヒステリックな愛国心の鼓舞がアメリカを、世界を変な方向に導かないよう牽制するのも「同盟国」の役割ではないのだろうか。

ところで、当時はテレビでも新聞・雑誌でも繰り返して報道されていたこんな写真やビデオをほとんど見なくなった。テロを煽るということで報道機関が自粛しているのか、あるいは米国当局が規制しているのかわからないが、あれだけのニュース写真がなかなか見当たらないというのも何か変な気がする。

前の会社にいたときは、会社に診療室があって、コレステロール抑制の薬を投与されていた。退職時に貰った薬も切れたので、どこの病院に行こうか迷っていたが、家から近い方がいいだろうと思い、家から歩いて15分ほどのエステック情報ビルにある「三越診療所」へ行く。デパートの三越の名を冠称しているが、三越社員の診療所と言うわけではないらしい。受付開始の8時50分少し前に行くと、すでに二人ほど待っていたが、それほど混んではいない。担当は横山先生という女医さんで、丁寧に診てくれた。朝食を抜いて行ったので、血液検査もすぐにやってもらい、ビルの地下の喫茶店で朝食をとって30分ほどで戻ると結果が出ていた。やはりコレステロール値と血糖値が高いらしい。一週間の食事を記録し、それに基づいて時間みっちり食事指導を行うと言うのを予約した。


September 10, 2003 =Wed=

昼食がてら交通会館の書店に寄ってみたら、洋書コーナーにマイケル・クライトンの新作が出ていたので購入した。題名は"Prey"。帯には日本語で「獲物」となっていた。Intro部分を読んで見た限りでは、生物進化とナノテクを組み合わせた題材のようだ。以前評判になった"Disclosure"では、先端機器のマレーシア現地生産とコスト削減、バーチャルリアリティ、携帯電話、女性管理職と逆セクハラなど、現代的要素を複雑に組み合わせ、後でそれらがすべて関連してくるという技法をとっていたが、今度はナノテクを利用した精密機器が自ら生物のような進化と自己増殖を行うというような想定なのだろうか。この作家の作品は、最近、"Sphere""Airframe"など矢継ぎ早に出ている。読んでいないのでは、"Jurrasic Park"や"Lost World"のような恐竜ものもある。昔邦訳で読んだ作品に「アンドロメダ病原体」があったが、最近の量産ぶりに比べて「アンドロメダ」の頃からずいぶん時間があいているように思われるが、どうしてだろう。


September 9, 2003 =Tue=

自民党の総裁選が行われている。茶番劇、消化試合などいろんな表現が当てはまるが、どうあがいても小泉首相の再選は間違いないところだろう。なにしろ対抗馬は、いまさらひっこみのつかなくなった人や、この際名前だけ売っておこう程度の人ばかり。ところが今日になって、反小泉の急先鋒だった野中元幹事長が政界引退を表明し、それと引き換えに小泉政権否定に最後の炎を燃やすと宣言した。最大派閥の橋本派が分裂選挙になり、青木、村岡といった爺さんたちが橋本派出身の候補を推さず、小泉支持を明言したことに対抗して、野中が乾坤一擲最後の勝負に出たらしいが、勝敗は決まったようなもの。前回の総裁選で小泉首相が「自民党をぶっ壊す」と宣言して圧勝したが、その意味は「橋本派をぶっ壊す」ことだとの解説がある。この解説に従えば、小泉氏は遂に目的を達したことになる。さらにこれは、橋本派の前身である田中派と、小泉首相の出身母体である森派の前身の福田派との怨念の対決という穿った見方もある。菅ー小沢連携による民主党も支持率を上げてきてはいるものの、自民党=橋本派を「ぶっ壊した」小泉首相にはさらに一般の支持が集まるかもしれない。民主・自由合併による効果は限定的なものになるだろう。と考えれば、妻が今回は民主党から公認されなかったのは、幸いということか。


September 8, 2003 =Mon=

会社の幹部会で、遅れてきた副社長が社内禁煙を宣言した。「美容と健康」が謳い文句の会社で、喫煙者が多いこと自体不思議に思っていたが、取引関係にあるテレビ局から言われたらしい。今の世の中、社内禁煙は当然だろう。それにしても社長以下喫煙者は大変だ。私も昔は一日40本できかなかったが、パナマに単身赴任中に何か一つ良いことをしようと思って何度か禁煙を試み、最後の禁煙がいままで続いている。やめておいて良かった。


September 7, 2003 =Sun=

明日は会社で幹部会があるので、新年度の予算とりまとめに一日つぶした。全店舗から送ってきた予算のエクセルファイルを一つのファイルにまとめ、これを串刺し集計したものに本社関係の予算や財務、税務関係を付け加える。もとデータもかなり大きく、圧縮してフロッピーに詰め込んで持って帰ったが、完成したファイルは更に容量が増え、圧縮してもフロッピーでは収まらないので、メールで会社の自分のアドレスに送信した。

夕方買い物に出て、家から歩いて2〜3分のところに感じのいいイタリア料理店を見つけた。地下だが割りと広くて落ち着いた雰囲気。名前は"a Roma"。コースメニューで2700円。金曜日の夜は生演奏が入るという。


September 6, 2003 =Sat=

昼過ぎに、自宅から徒歩3分の妻の事務所に行く。最近採用したアルバイトの女性と、辞めた職員の交代が見付かるまで手伝ってくれるという男性が来ている。今日事務所に行った目的は、電話機の取り外しだ。妻の事務所には、民主党代表の菅直人氏が関連する勉強会の事務局が置かれており、専用の電話も設置されている。この勉強会はこのところ休眠状態だが、妻が事務局と話をつけ、関連書類と電話機を事務局側に宅配便で送ることにしたのは、やはり衆院選公認問題に絡んで、政治と縁を切ろうという意思なのだろう。

その後、妻のホームページに「職員募集」の案内を出す。


September 5, 2003 =Fri=

妻の税理士事務所の職員が辞めたという。30台半ばの独身男で税理士試験を目指しており、仕事はよくできるしルックスも良いが、とても神経質なところがあり、何事もおおまかな妻とは性格が合いそうになかったが、やはり続かなかったようだ。比較的高学歴な女性をアルバイトに採用したのが、自分を辞めさせる伏線と映ったのか、最近は特に神経質になっていたようだが、遂に衝突したらしい。

ある程度大勢の人間がいる会社と違って、所長一人に職員一人程度の税理士事務所では、人間関係がとくに難しいらしく、妻の事務所でもこれまでも何度か職員が辞め、そのたびに手伝わされたことがある。これは妻のところに限らず、小さい事務所ではどこも日常茶飯事のようだ。

もっとも妻の方も、前回衆院選に出た東京都第8区の次期候補に民主党から公認されず、党は合併を決めた自由党の新人候補を推薦する(合併後は公認に切り替える前提)ことになったので、むしゃくしゃしていたことが衝突の遠因にあるのかも知れないが。


September 4, 2003 =Thu=

会社からの帰り、家に電話すると娘が来ているというので急いで帰る。知人の結婚式に出るので妻のアクセサリーを借りに(貰いに)来たという。食事をし、あれこれ選んでいるうちに11時前になってしまう。明日の朝は仕事で西新宿だというので、それなら今から台場へ帰るより泊まっていけと勧めたが、やはり帰るというので大久保の駅まで送っていく。5分少々の距離だが駅に行く道は小さな飲み屋が軒を連ねるところなので、若い女性ひとりでは心配だ。先日、ニューヨークの友達のところへ行って3日ほど泊まってきたが、JFKからイエローキャブに乗ってもマンハッタンの地下鉄に乗っても全く危険は感じなかったとのこと。ニューヨークも昔と比べて治安は良くなったようだ。しかし深夜の二時頃に友達と二人で歩いていて、大柄な黒人が振り返った時は怖かったというので、いくら治安が良くなったといっても若い女性二人で深夜のニューヨーク散歩はないだろうと注意した。


September 3, 2003 =Wed=

スノウ財務長官は日本を発って北京に行き、中国要人と人民元切り下げについて交渉しているらしいが、そのニュースの中に中国人民銀行の建物がしばしば登場する。私が初めて中国へ行ったのは、1983年だったか84年だったか正確には思い出せないが、日本租税研究協会(日租研)のミッションメンバーとしてだった。日中租税条約締結を前に、それまで税と言うコンセプトがほとんど認識されていなかった中国当局が、政府間交渉の前に日本の民間企業から実情や考え方を聴きたいということで招請を受けた。三菱電機の常任監査役を団長に、メーカー、銀行、商社などから10人余りの参加だった。そのとき、中国側は財政部務税務総局(当時:日本で言えば昔の大蔵省主税局と国税庁を併せた組織)が受け皿で、財政部で会談が行われたが、中国人民銀行は財政部と同じ建物にあった。大きい建物だが非常に古く、暗い印象がある。入り口の両側にに「財政部」「中国人民銀行」とそれぞれ書かれた木の看板が出ていた。今、テレビに映し出される中国人民銀行のビルは、それとは似ても似つかない立派な近代的な建物だ。この20年の間に中国がいかに変わったかを象徴しているように思える。

当時はまだ、中国の人たちは人民服を着ていた。財政部は税関をも管轄しているので、われわれは税関はフリーパスでVIPルームに通された。われわれの荷物を部下に指図しながら処理しているおじさんがいたので、これ頼むねとスーツケースを渡したが、後でVIPルームにそのおじさんが表れた。財政部の高官だった。

当時は今のような近代建築のホテルはなく、天安門広場に近い北京飯店が唯一の高級ホテルだった。自動車はホテルを中心に営業するタクシーくらいで、自転車が主要な交通手段だった。朝、北京飯店の部屋から見下ろすと、黒っぽい人民服の人々が自転車にまたがって行き来するのがアメンボの大群のように見えたのが印象に残っている。


September 2, 2003 =Tue=


今日のワシントン・ポストの記事。タイトルは”Japanese Policies Win New Praise From U.S."とある。

"The reform program is beginning to bear fruit," Snow told reporters this evening, after a day of meetings with Japanese top officials, including Prime Minister Junichiro Koizumi, his economic advisers and the central bank governor. "The Japanese economy is beginning to turn."

Snow's generous words were in stark contrast to those of past visiting U.S. dignitaries, many of whom have vented frustrations over Japan's unwillingness to embrace painful economic restructuring to cure its economic stagnation. Snow's tack reflected in part a personal style favoring diplomacy over confrontation, but also the fact that Japan's economy has shown signs of revival in recent months, with exports up and its stock market at its highest level in more than a year.

スノウ財務長官が来日し、首相や財務相と会談する日に日経平均が今年最大の上げ幅(1日、326円)を記録するのだからうまく出来ている。もっとも上記に続いて同紙は、スノウの楽観論が経済実態から見て行き過ぎであり、本当の意味は、j経済より軍事優先のブッシュ政権にとって、イラク戦支持の小泉政権へのリップサービスとの見方もあることを伝えている。

リップサービスであれ、株価が回復し、アメリカからお褒めの言葉を頂いた小泉首相にとっては、危ないと言われる総裁選に向けて力強い援軍となっているらしい。一方の反小泉陣営が四分五裂で、まともに対抗できそうな人物がいないため、余裕の表情すら感じられる。民主党の菅代表も今日の記者会見で、「自民党総裁選は小泉氏で決まると見ている。」と発言している。本当は小泉氏よりも亀井静香あたりが逆転勝利してくれた方が総選挙を戦うには有利なのだろうが。



September 1, 2003 =Mon=

今年になって途中入社した同年代3人で昼食。一人はもと保険所勤務。もう一人は同じ美容業界出身。銀座二丁目の会社からすぐ、ガス灯通りを入ったところにあるスペイン料理店に行く。二階に上がる階段は安っぽかったので余り期待していなかったが、中はこじんまりながらスペインの雰囲気が出ている。テーブルが2〜4人用のではなく、大きい長方形のテーブルが二列になっており、それぞれ向かい合って食べる、よく映画に出てくる昔の修道院の食堂のような感じ。白壁にかけられた内装もスペイン(行ったのは一度だけだが)の小さなレストランによくありそう。

料理も1000円で@前菜4種類、Aメイン4種類、Bパン・ライス、C各種コーヒー・紅茶から選べる。@ガスパッチョ、Aまぐろのステーキ、Bパン、Cエスプレッソを注文。量的には軽めだがまずまずの味。店の名前は・・・見るのを忘れた。近くだからまた行って見よう。





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