Diary





April 30, 2004 =Fri=

10時半から会社で経営会議があるのだが、いつも飲んでいるコレステロール抑制剤(リポバス)と逆流性胃炎の薬(パリエット)が切れかけているし、明日から連休になるしということで、朝方、新宿のエステッ情報ビルにある三越診療所へ寄った。8時45分くらい前に着いたらすでに二三人待っていたが、50分に受付窓口が開き、すぐ診察券を出したら、9時になった途端に診察室に招き入れられた。先月血液検査をやったときの結果が出ていて、相変わらず血糖値が高いもののすべての数値がだいたい横ばいということだった。処方箋をもらって地下の薬局に行くと、経営が変わったらしく店の名前が変わっている。薬代が4週間分で5400円と結構高いので「保険は利いているの?」と聞いてみると「もちろん利いてます。」とのこと。「この薬はどっても高いんですよ。」保険がなければ18000円もするそうだ。

連休中、大阪の母親を訪ねる予定で、日曜の夜から夜行バスででも行こうかと思っていたが、やはりこの歳で夜行バスはきついので、帰りに駅によって日曜日の午後の切符を買った。大阪の家には7時半過ぎに着くことになりそうだ。その旨、妹にメールを、母に電話を入れる。


April 29, 2004 =Thu=

ゴールデンウィークの初日は穏やかな天気だが、今日も妻の税理士事務所の手伝いで暮れる。昨日からテレビのニュースショウ番組は閣僚の年金未納付問題一色。福田官房長官あたりは昨日から個人のプライバシーを盾におどおどと強弁を繰り返していたので、未納組であることは予見されていたが、これに民主党の菅直人代表までが未納付が発覚。つい先日まで、最初に未納付が発覚した三閣僚を「未納三兄弟」と呼び、「もしかするとこれはさん兄弟ではなく四兄弟、五兄弟、六兄弟かもしれない。」などと言っていたのが、確かに予言どおりになったものの自分まで兄弟だったでは何とも締りが悪い。最高のお膳立てが整ったところでずっこけてしまうのだから。それならいっそ、「今の与党政権の進める年金制度では加入する気にならない。」とか、あるいは逆に「責任を取って党首を降りるから、未納閣僚も全員辞職しろ。」とか言って逆手にとればいいものを、「行政上のミスで悪いのは官僚だ。」とか「何らやましいところはない。辞職など考えていない。」などと責任転嫁や開き直りに走ったのでは自民党と変わりはない。菅さんには妻のシンポジウムや選挙などで世話になったが、そろそろ賞味期限も切れかけているのではないか。かといって他にこれといった代りも見当たらないが。


April 27, 2004 =Tue=

このところやけにウィルスメールが多い。シマンテックのアンチウィルスソフトが撃退してくれているので実害はないが、もしかしてスパムではなく必要なメールにもウィルスが感染していて、撃退されているかもしれない。アンチウィルスソフトは感染メールを削除し、「メッセージを削除しました」というメールを送ってくれるが、その際、対象メールの送信元、送信先、件名が記載されている。このアパートには光ファイバーが各戸に引かれており、一つのプロバイダと契約しているのだが、このプロバイダにもメールアドレスを登録しているが、このアドレスは全くといっていいほど使っていない。なのにこのアドレスに結構ウィルスメールが入ってくる。この送信元はだいたいが外国のアドレスだ。しかし、私がオーナーになっている同窓会関係のメーリングリストあてのウィルスメールの送信元には、結構日本の大企業のドメインが多いようだ。


April 26, 2004 =Mon=

ここ数日、7月の参院選に絡んで妻が比例区から立候補するかどうかで水面下の動きがあったが、今日、正式にその話がなくなった。民主党の一部国会議員から、税理士の政治団体である税政連の推薦を条件に立候補を推す動きがあり、税政連は逆に民主党が公認するならという条件付で推薦を決めた。今日の午後、民主党本部で公認審査の委員会が開かれ、正式に公認見送りが決まったという。おそらく昨日の衆院補選で民主党が三戦全敗という結果に終わったことから、参院選も状況が厳しくなり、「勝てる候補」に絞ることにしたのだろう。税理士会の政治的な力が大したことがないのは前回の参院選で立証済みだし、いまさら60代の新人候補もないだろう。

実際のところ昨日までは五分五分で公認になる可能性もあったので、内心ではひやひやしていた。今度選挙に出ても何もしないぞと宣言してはいたが、本当に出ればそうは行かないことは今までの例からも明らかだ。国政選挙は過去二度経験しているが、家族としてこれに関わるのは懲り懲りしている。選挙の結果、何人かの友人を失ってもいる。どうしても、友人のつてでいろいろ頼みごとをしながら、選挙が終わると不義理をしてしまう。決して相手をないがしろにしているわけではない。終わったところで電話の一本も掛ければいいのだが、選挙が終わった途端に選挙期間中以上の雑用がこちらにかかってくるからだ。選挙期間中は選挙参謀や大勢の運動員がいるが、終わると彼らはちりじりになってしまう。ところが選挙資金の収支報告だの、ポスターが張ったままになっているというクレームなど、雑用の本番はそこから始まるのだ。選挙なんていうのは合法と非合法の境界があいまいだし、警察が立件しようとすればいくらでもつっつくところがあるので、その面の対応もしなければならない。こんな苦労は候補者本人には分からない。

というわけで、今晩は妻にとっては自棄酒、私にとっては祝杯をあげようと思ったが、妻の仕事の関係で今夜中に仕上げねばならない書類があり、結局いつものサイゼリアで細々と一杯90円のグラスワインを傾けた。

と同じくして、新聞に訃報が載った。日本マクドナルドの前会長・藤田田さんが21日に亡くなっていた。ご本人の遺志を尊重して、葬儀も身内だけで済ませたという。藤田さんとは、娘の結婚式に新郎の父の友人として出席いただいたのがはじめだが、その席上、当方側の主賓である衆議院議員の末松さんや、菅直人民主党代表の奥さんの伸子夫人と長い間話していた。その結果かどうか、妻が立候補した前々回の衆院選では民主党にかなり力をいれ、妻も個人としてはかなりの寄付を頂いたりした。選挙の最中、当時住んでいた高円寺の安アパートを選挙事務所と勘違いされたらしく、大きなベンツで訪ねてこられたことがあった。とにかくよくこまめに動き回る人で、マックの店もその調子で回っておられたようだ。前回の参院選でも、妻は藤田さんにいろいろ相談していたようだが、藤田さんの方に圧力がかかったらしく、突然民主党への肩入れをやめ、マック自身の社員が自民党から立候補することになった。一時は外食産業でも一人勝ちの勢いだったが、株式公開の後、価格戦略の食い違いとBSE問題で業績が悪化し、経営から身を引いた。その後どうされていたのか知らなかったが突然の訃報だった。


April 24, 2004 =Sat=

六本木の泉ガーデン42階の住友会館で大学時代のクラブの東京地区に就職した新人の歓迎会。さすが住友グループの迎賓館というだけあって眺望、料理とも最高。出席した新人3名は、丸紅に就職した男性2名と、昨年卒業して一年ルーマニアに留学していたという女性で住友商事に就職したのが1名、たまたまかも知れないが3人とも商社だった。迎えるOBは、一番上が住友商事出身の西海さん。30名余りの出席者のうちで年齢順では同期の野田君と並んで私が4番目か5番目といったところ。世代は絶え間なく移って行く。


April 23, 2004 =Fri=

今日も朝から慌しかった。昨日医師国家試験に合格した息子は、研修先の町田市民病院の社宅に引っ越すため、朝早くにレンタカーを借りてきた。その積み込みを手伝っていると、思いがけず前の会社の大先輩のSさんから電話。昨年亡くなった荒澤さん(前の会社での監査部時代の上司)の小樽商大の同期生有志が追悼文集の発行を計画しておられ、その協力を求められた。ついては荒澤さんの会社での色んな時代に応じて親しい人たちがそれぞれその時代の彼について書こうということになったが、監査部時代を引き受けて欲しいというもの。出来るかどうかわからないがともかくお引き受けした。

今日飛び込んできた最大のニュースはダイムラークライスラーが三菱自工の再建を放棄したというもの。ついこの前までは出資比率を今より更に引き上げる形で再建に意欲を示していたのに突然の変心。私の出身会社にとっても大変なことになりそうだ。

ところで、イラクでの邦人人質事件での、解放された後の人質が日本に帰国してからの酷い仕打ちについて、ついにニューヨークタイムズにまで記事が掲載された。→@→A この中で注目されるのは、<Beneath the surface of Japan's ultra-sophisticated cities lie the hierarchical ties that have governed this island nation for centuries and that, at moments of crises, invariably reassert themselves. The former hostages' transgression was to ignore a government advisory against traveling to Iraq. But their sin, in a vertical society that likes to think of itself as classless, was to defy what people call here "okami," or, literally, "what is higher.">というところ。人質たちの罪は、撤退勧告を無視してイラクに行ったことではなく、「お上」の言うことに逆らったことであり、階級制度がないことになっているこの国で、いまだに危機になると相変わらず「お上」意識が頭をもたげてくると指摘していること。米国のパウエル国務長官が、「誰もリスクをとろうとしなければ、われわれは前に進めない」として3人の人質の行為を称えているのと、日本政府の閣僚たちの冷たい態度とを対比させている。<A few days after their release, they landed here on Sunday, in the eye of a peculiarly Japanese storm.>というのは、政府が先頭にたっての今回の人質いじめが、いかに国際社会の目から特異なものに映っているかを示している。


April 22, 2004 =Thu=

今の会社に関連したニュース。ウェッブ上のニュースも時がたつと消されてしまうので、こういう形で記録に残しておく方法もある。それにしてもこういう形で文化に貢献していたとは知らなかった。

2時から東京商工会議所で2004年度の東商議員選挙の説明会に出席。会社の副社長が立候補しているからだが、こんな仲間内の選挙でも説明会には大きなホールが満席になるほどの出席者。所詮は東商の会員集めの手段でしかないような気がするが。

会議中気になっていたのが今日2時から発表される医師国家試験の結果。会議が予定より早く3時に終わって、携帯メールをチェックすると「受かってた」の一言メール。帰社予定時関には30分あるので、千代田線で霞ヶ関の厚生労働省へ。受験生やその家族らしい人たちがかなり詰め掛けている。ネットでも合格発表はあるのだが、受験番号しか出ない。本省まで行けば全国の合格者名簿を閲覧できる。息子の名前をしっかりと確認。二年浪人し、入学後も二年留年して、ちょうど10年がかりでようやく念願を果たしたのだが、今から振り返ると息子なりに明確な目標を立てていた。医学部を目指していたものの、子供の頃からのアトピー性皮膚炎と、中学時代にわずらったギランバレー症候群という難病の後遺症で体力が落ちていたため、高三と一浪の受験はパス。二浪目では私大の医学部は経済的に無理と承知していたらしく、受かりそうな(と言ったら失礼だが)国立大医学部として、信州大と琉球大を比較検討し、自分の体質にあった沖縄を選んで一発合格を決めた。入学後も軟式テニスで身体を鍛えながら、体力との相談か単なる成績不振か、ともかく進級を二回見送ってやっと卒業。国家試験も一回で合格した。彼は今回の国家試験にはかなり自身があったらしい。医療事故が相次いでいるせいか、全般的にいつもと比べて問題は難しかったらしいが、蓋を開けてみると合格率は例年並という。医師国家試験の問題は、5つの選択肢から選ぶ問題がほとんどだが、選ぶ正解は必ずしも一つではなく、二つ三つを選ぶ場合もあるそうだ。また、禁忌(キンキ)問題というのがあって、これは間違えると一発アウトになるらしい。今年の試験問題には、「安楽死を扱った小説は次のどれか」などといった問題もあったという。(正解は森鴎外の「高瀬舟」)

会社の帰り、息子と新宿駅で落ち合って、明日から社会人になる彼のために、「AOKI」でスーツ、靴、ワイシャツ、ネクタイ、靴下などを買い揃える。スーツは「2着目は1000円」というやつ。ついでに私自身のブレザーも「2着目は1000円」で買い求めた。買い物をしているところへ、大阪の妹から電話。母が近所の医院の待合室で倒れ、救急車で病院に運ばれたという。病院で点滴を受けたがすぐに良くなったので家に帰ったという。去年も私が大阪に行ったとき、時間を連絡していたわけでもないのに駅まで迎えに来ていて、私が駅に着く直前に倒れて病院に運ばれたことがある。私はそんなことを知らず、母の家に直行して留守なので、何時間も外で待った挙句(セコムに警備を頼んでいるので勝手に家に入れない)新大阪まで戻り、そこから電話を入れて真相を知り、あわてて母の家に戻ったことがある。今回もそのときと同様の症状で、脳に血液が回らず一時的に無意識状態になるらしい。なにしろ1913年生まれの91歳。一度行かねばと思いつつ、1月の父の三回忌以来大阪に行っていない。


April 21, 2004 =Wed=

昨日の宝塚で思い出して、藤本君に電話してみるがつながらない。大阪にいる高齢のお母さんが体調優れず、しょっちゅう行っているというので、今もそうなのかもしれない。土曜日に大学関係の集まりが六本木の住友会館であるのでそれに誘おうと思ったのだが。彼は意地になってネットやメールを使わないので、連絡を取るのに不便だ。そういえば、以前はこのサイトのBBSにも投稿してくれていた藤田君もこの頃音沙汰がないし、大学関係の集まりにも出てこない。どうしているのだろうか。

母親が高齢なのは私も同じだが、こちらは幸にして今のところ元気だし、妹が時々見てくれているので大変助かっている。息子に、「たまには大阪のおばあちゃんに電話をしろ」、と言ったら、「明日合格していたら」だと。


April 20, 2004 =Tue=

東京宝塚劇場で宝塚歌劇を観る。これは仕事なのだ。会社が、宝塚の蘭寿とむという女優と専属契約を結ぶので、幹部社員は交代で彼女が出演している舞台を観るようにということになった。劇場の帝国ホテル側に蘭寿とむのプラカードを持った人がいて、会社の名前を言って切符を受け取る。切符を見ると席は1階1列17番とある。真ん中よりやや左だが、まさに最前列。満員の観客席を振り返ると99%が女性客だ。

宝塚観劇は初めてだが、きらびやかという言葉がぴったり。今年は宝塚の90周年ということで、最初は90周年賛歌。続いての舞台は他愛のない筋で、ヨーロッパの小国の王様が90歳の誕生日を迎える。その祝賀の席で曾孫娘の婚約発表を計画している。画学生としてパリに留学していた曾孫娘には芸人の恋人がいる。しかしEUやユーロにも反対で古い伝統を重んじる王様は自分が選んだアラブの王子との結婚を主張して譲らない。パリから王女を追ってきた恋人は、二人の仲間とともに一計を案じる。仲間は変装して王様に接近し、アラブの王子が金目当てで王女と結婚したがっているように思わせる。別の仲間はその王子に接近し、王様のほうがアラブの金目当てで婚約を勧めていると思わせる。こうしたどたばたの中で王様は曾孫娘と恋人の結婚を認める。

だが、肝心の蘭寿とむがどれなのかさっぱり分からない。休憩時間にロビーでサンドイッチを食べながら、名前を書いたポスターでもないかと探したが見当たらない。席に戻って、隣の席に座る美人(宝塚関係者かもしれない)に蘭寿とむさんってどの人?と尋ねる。どうやら主人公である王女の恋人の二人の友人のうちの一人がそうらしい。休憩が終わって踊りが始まる。主要な踊り手が舞台前面に出てくると、隣の美人が「蘭寿さんですよ」と囁いてくれるが、みんな同じ衣装を着ているのでよく分からない。舞台は前面にオーケストラボックスがあり、その更に観客席側の通路に出てくると本当に踊り手の汗が飛んでくる。6時半開演で終わったのが9時半。確かに美しい舞台だが、自分でお金を払ってもう一度行くかと聞かれるたら首を傾げるだろう。宝塚といえば、大学同期の藤本君がわれわれ仲間内では有名な宝塚ファンなのだが。


April 19, 2003 =Mon=

会社帰りに携帯を見ると「食事はどうする?」と息子からのメール。いつも帰省中はデートやら友達との飲み会やらで忙しいのが、国家試験発表待ちの今度は何もせずにぶらぶらしているようだ。人生、そんな時期もあっていいだろう。蟹が食べたいというので歌舞伎町の「かに道楽」に行く。歌舞伎町界隈の道筋はどうも息子の方が詳しいようだ。大阪・道頓堀を発祥とする「かに道楽」は、昔大阪に居たときに行ったことがあるが、今や全国チェーンになっている。新宿周辺にも5店舗もある。大阪では大衆的な店だったような印象があるが、歌舞伎町の店に入り靴を脱いで二階に上がると座席もゆったりしていて思ったより高級な感じがする。その分値段も高いが味の方もそこそこと言える。(息子はこのページの存在を知っているらしく、余り書かないようにとの指示あり。)

イラクでの拘束から解放され、帰国した3人にPTSD(心的外傷後ストレス障害)の兆候が見られるという。推測だが、PTSDの原因はイラクでの拘束ではなく、日本での誹謗中傷ではないのだろうか。本人だけでなく家族の人たちも、解放時の歓喜から一転、謝罪の言葉ばかりを繰り返している。家族二人がドバイに向ったのも、迎えにいくというよりは日本の空気を知らない3人がうかつな言葉を発しないよう口封じのためという印象すらあった。確かに多くの人たちに心配をかけ、迷惑をかけ、費用も使わせたことは事実だが、そんなに謝ってばかりでは彼らがこれまでやってきた活動の正当性まで否定することにはならないのだろうか。「宿営地外での活動を控え、宿営地の中で給水活動などを行っている(ということは自分たちの飲み水の確保のための活動?)という自衛隊の活動と彼ら3人の活動を比べ、どちらが「人道復興支援」と呼ぶにふさわしいものなのだろうか。13回も撤去勧告を出した国に行く方が悪いという一方、イラク特措法との矛盾を糊塗するため、「イラクで戦闘状態というのはごく一部の限られた地域であり、大部分は安定している」といい続けてきたのは誰なのだろうか。政府与党や一部マスコミの姿勢は、国が決めたことに従わないのがけしからん、というだけで、「個人」としての意志の多様性を認めない。「個人」あっての「国家」なのか、「国家」あっての「個人」なのかを良く考えてみるべきだろう。


April 18, 2004 =Sun=

普通なら会社勤めをしていれば会社の仕事だけをやっていれば良いのだが、それ以外にいろいろと雑用がある。どんなものがあるのか振り返ってみると次のようなものだ。まず会社の方だが、管理部長という仕事自体が、資金調達や予算管理などの業務以外に総務系、人事系の雑用が多い立場にある。その流れの中で、東京商工会議所の議員選挙に立候補した副社長の選挙対策事務局長のような仕事が新しく増えた。家の方では、妻の税理士事務所で事務員が居つかないため、どうにもならなくなってヘルプを頼まれるが、最近はこれを経常的戦力として扱われ始めている。今日もクライアントである不動産屋さんを訪問した。加えて、未だ政治に未練を残している妻の参謀役。これは極力知らん顔をしているのだが、最後にはどうしてもお鉢が回ってくる。会社の仕事以外は無給だが、定年過ぎた人間がどうして二人分三人分まで働かなくてはいけないのだ?!


April 17, 2004 =Sat=

第三土曜日の今日は会社の出勤日にあたる。それでなくても週末の方が忙しいのに変則的な勤務体系につきあっている余裕はなく、今日も欠勤届けを出していたが、週明けの資金繰りで気になることもあり、10時ごろに会社に顔を出した。初夏を通り越して真夏に近づいているような気候だ。

ブッシュとブレアが会談して、イラクの政権移譲に国連の役割を重視する方向で合意したという。ちょっと待ってよ。これって自分たちが国連を無視して始めたことが手におえなくなって逃げ出すってことじゃないの?何しろアメリカでの世論調査ですら、米軍はイラクから撤退すべきだと言う意見が3割近くあるというのだから。日本でも、3人に続いて拘束されていた2人も解放されたことだし、そろそろ自衛隊派遣という間違った選択を「自主的判断」で撤回する時期にきているのでは。


April 16, 2004 =Fri=

医師国家試験発表待ちの息子と、夫が残業で遅くなるという娘と、われわれ夫婦とで久し振りに一家四人で食事。新宿大ガード西の交差点の雑居ビルにある「唐人凧」前にもふぐチリを食べに行ったことがある。雑居ビルといっても入っているのは飲食店ばかり。エレベータに乗ったらまわりは若者ばかり。だいたい、「ふぐ鍋、しゃぶしゃぶ、ジンギスカンの食べ放題飲み放題」なんてのはどう考えても年寄り向きではないが、息子がこれが良いと言うのだから仕方ない。個室といっても四人掛けのテーブルが二つある間を簾のようなものでしきっただけ。狭いテーブルにIHヒータが二つあって、しゃぶしゃぶ用の鍋とふぐちり用の鍋とがある。食べ放題というだけあって、牛肉もふぐの身も言えばどんどん持ってくるのだが、何しろテーブルが狭くて置くところがない。肉の載った皿を抱えて食べるというみっともない姿。両方を食べ終わったところに「あと、ジンギスカンもご用意できますが」などと言われても胃が受け付けるはずもない。飽食の日本。別にイラクやパレスチナ、アフリカの子供たちに罪悪感を感じるというほどでもないが。


April 15, 2004 =Thu=

イラクで拘束されていた3人の日本人が解放された。4人拘束されたイタリア人のうち一人が、軍を撤退させないという同国首相の発言を受けて殺害された後だけに心配していたが、ともかく無事が確認されて本当に良かった。一方では新たに2人の日本人ジャーナリストが拘束されているが。

今朝の朝刊に掲載されていた「週刊新潮」の広告、まったくひどいものだ。拘束された人たちの家族に非難中傷を浴びせる卑劣な連中をけしかけている。広告の見出しは次のようなものだ。(「」内は強調部分)

これが日本のジャーナリストの姿勢かと思うと暗澹としてくる。



April 14, 2004 =Wed=

大学の同窓会の常任幹事で東芝子会社の社長をやっているY君から電話で、同窓会メンバーで8月に予定しているシルクロードの旅の案内をメーリングリスト(このMLは私が管理している)で出すのに、パンフレットや地図を添付ファイルで付けたいがうまく行かないとのこと。MLに大きい画像ファイルを添付するのは感心しないぜ。じゃあどうするかということになって、MLをegroupsのグループホームページにある「ブリーフケース」に入れたらとアドバイス。しかしegroupsの経営がヤフーに移ってから、yahoo IDをとらないとグループホームページにアクセスできないようだ。デジタルデバイドのきついメンバーにyahoo IDをとった上でホームページにアクセスして云々言っても誰も見ない。そこで思いついたのはこのホームページのサーバスペースにその画像をおいて、URLをMLで流せばいいだろうということになった。で、とりあえずこんなページを作ってみた。

それにしても、同窓会でシルクロードなんて、みんな自由がきいていいなと思う。先日、同じ同窓会でチェンマイに長期ステイしている同窓生を訪ねたのに味をしめたらしい。時間がなかなかとれないこちらはちょっと参加は無理だろうと思うが。



April 13, 2004 =Tue=

会社の歓送迎会。有楽町の"Japanese Trattoria"という、日本料理なのかイタリア料理なのか分からない名前の店。主役は新卒3名、途中入社3名、それに退職者1名で、集まったのは社長以下30人ほど。こんな会なら立食形式かシッティングにしても正方形に近い部屋が普通だが、ここは鰻の寝床風の細長い店で、声が端まで届きにくい。それでも若い人たちが多いせいか、結構もりあがっていた。高齢者であるこちらはちょっとついていけないいけない気分だが。

イラク問題は依然として未解決の中、拘束された人たちの家族に対して嫌がらせや中傷の電話が多いそうだ。バグダットのストリートチルドレンの世話をしていた女性のホームページは、拘束直後から悪質な中傷書き込みが殺到して掲示板を閉鎖したそうだ。防衛庁が13回にわたって退避勧告を出しているのに危険を承知ででかけていったのだから、政府に救出を求めるな、という趣旨の中傷が多いらしい。家族が記者会見で自衛隊の撤退を求めると、こうした中傷や嫌がらせが一段と増えるという。誘拐した犯人も卑劣だが、こうした手合いはそれに輪をかけて卑劣だ。この傾向はかなり昔からある。インターネットの掲示板が普及する以前の、ニフティのフォーラムなどでも、ちょっと反右翼的な書き込みがあると、右翼連中がいっせいに攻撃を仕掛ける。その言葉の汚さ、卑劣さは目を覆うばかり。まさにファシズムによる言論封殺そのものだった。家族の人たちの必死の訴えにも嫌がらせで応じる、戦後民主主義否定の風潮は嫌な社会をもたらしそうだ。


April 12, 2004 =Mon=

イラク事件が解決のめども立たない中、何ともとぼけた事件が報じられた。マスコミで売れっ子のエコノミストであるウエクサさんが品川駅のエスカレーターで女子高生のスカートの中を手鏡で覗いたとして逮捕されたという。しかもそれは一時的な出来心ではなく、横浜駅で身にスカートの女性をつけまわし、テロ警戒に当たっていた警察が不審に思い品川まで尾行したところで決定的行為に及び、現行犯逮捕されたらしい。過去にも同様の容疑で罰金刑を受けてもいたという。あんなに顔を知られ、しかも忙しいはずの男が、よくそんなことをするものだ。竹中平蔵大臣の天敵として財政出動の必要性を強調してきたが、彼の主張に反して景気が反転してきたことがストレスの原因になっていたのだろうか。

今夜は国際ビルの大学のクラブで月例の同窓会。13人ほどが集まった。名簿作成の仕事をおおせつかる。また一つ仕事が増えた。


April 11, 2004 =Sun=

イラクの邦人3名拘束事件は朝方解決に向いそうだったが、夜になっても解放のニュースは届かず、アルジャジーラによると新たな交渉条件が提示されたとの未確認情報もあるそうだ。家族の方たちは居ても立ってもいられない気持ちだろう。この事件の成り行き、どうも気になる。こんなところにアメリカのチェイニー副大統領が来日している。この人物、イラクの石油利権とネオコントを結びつける黒幕という噂があるらしい。60年代なら大規模な反米でもが巻き起こっていただろう。


April 10, 2004 =Sat=


スポーツジムもまた2週間ぶりとなった。毎週通っていたときと比べると、体重が確実にリバウンドしているし、運動への持続力も落ちている。

妻から頼まれた資料をネット検索をしながら作っていると午前3時過ぎになってしまった。寝ようとしてふと携帯のニュースを見ると、イラクで拘束されている3人の人たちが解放されるという。宗教指導者が解放を指示したのに応じたということだ。まだ実際に解放されてから出ないと安心は出来ないが、本当だとすれば喜ばしい。拘束されている人たちの家族がアルジャジーラのテレビで現地に訴えたのが功を奏したのかもしれない。推測だが、この解放が本物として、政府の出番はなかったのだろう。3人が解放されれば、政府の言う「テロリストの卑劣な要求に屈するわけには行かない。」との言い訳は不要になる。不正な戦争に自衛隊を派遣した誤りを素直に認め、「自主判断」で自衛隊の撤収を進めるべきだろう。


April 9, 2004 =Fri=

イラクで拘束された3人の家族が小泉首相に面会を求めているのに彼は会おうともしない。それどころか、「自衛隊を撤退させるつもりはありませんか・」と聞く記者にすげなく「ありませんね」と答えるあの軽さ。こんな人間にこの国を任せていて大丈夫なのだろうか。経済を中心とした構造改革については小泉路線を支持できるが、靖国参拝をはじめとしたイデオロギーはうんざりだ。自衛隊派遣という誤った選択の責任を感じても居ない。これでは構造改革そのものすら胡散臭く見えてくる。

外務省が渡航自粛勧告を出しているのにイラク入りした3人が悪い、ということをいう連中もいる。3人の中の女性は自衛隊派遣より前から、イラクのストリートチルドレン救済のボランティア活動をしている。自衛隊の復興支援などよりずっと奥深い支援活動を続けてきている。その活動を邪魔し、結局このような事態を招いたのは米国に阿っての自衛隊派遣という政治判断だった。悪いのはどちらなのか、言うまでもない。


April 8, 2004 =Thu=

今日は今月一杯で前の会社で定年を迎えるS君の送別会があった。いや送別会というのは変だ。なにしろ出席者はすでにOBとなっている人間ばかりなので、歓迎会といったほうがいいのかもしれない。S君は今の会社の社長の親友で、その縁で私も今の会社に引きずり込まれたのだが、もともと面倒見のいい男で、昔からOBと現役との懇親会の常任幹事をいつも買って出ていた。そうしたことからいえば、今日の会合はOB側からの謝恩会といってもよいだろう。

遂に予想されていた事態が起きた。昨夜、サマワの自衛隊駐屯地に迫撃砲が着弾したのに続き、今日はボランティアとして活動していた日本の民間人3人が身柄を拘束され、自衛隊が3日以内に撤退しなければ3人を殺害するという通告があったという。イラクの復興は大事だが、もともと大義名分のない戦争を仕掛けて現在の自体を招いたのは米国だ。米国の責任でイラクに治安を回復させ、国際協力による復興はその後というのが順序ではないか。

ところで、イラクでの民間人の被害といえば、先月末にファルージャでアメリカの民間人4人が殺害され、イラクの民衆がその遺体を引きずり回すなどする映像がアメリカでも放映され、大きなショックを与えた。ところがここによれば、このアメリカの民間人というのはPrivate Military Company(PMC)と呼ばれる、軍の下請け会社の人たちだそうだ。さすがアメリカというべきか、アウトソーシングは軍隊にまで及んでいることになる。


April 7, 2004 =Wed=

イラク戦線は予想通り泥沼化の様相を呈してきた。米軍は昨日1日で海兵隊12人が死亡したが、米軍の攻撃でイラクの民間人は女性や子供を含めて数十人が死亡した。もともと正当な理由なくして米国が一方的に始めた戦争だから、その収集の責任は挙げて米国一国にある。イラクの人々のためには復興への協力が必要なことは言うまでもないが、この時点で「復興」に手を貸すことは侵略者である米国に手を貸すことに他ならない。米国に自らの誤りを知らしめることこそが、犠牲を伴うにしても、イラク問題解決への最短ルートだと思う。

その米国をいち早く指示した小泉首相の、靖国参拝が違憲との判断が福岡地裁でなされた。当たり前の判決だが、首相側はこの判決を無視する構えだ。自民党の安部幹事長は「地裁ではこうした判断が出るのはよくあることだ」と済ましている。この連中は三権分立という概念をどう捉えているのだろうか。


April 6, 2004 =Tue=

今日、息子が家に帰ってきた。帰ってくるとパソコンを占拠される。病院での研修は26日からで、研修が始まれば社宅に移るが、それまではこちらに居ることが多いので、このDiaryの更新もままならないかもしれない。


April 5, 2004 =Mon=

ニューヨークタイムズのサイトを見ていたら、IQテストという広告があり、何気なくクリックしたらこういうページに飛んだ。試しにやってみようと回答を進めていくとかなりボリュームがある。やっと最後まで行くと、"Take a deep breath"とあり、まだ半ばであることが分かる。

A boy is 4 years old and his sister is three times as old as he is. When the boy is 12 years old, how old will his sister be?
  choice: 16, 20, 24, 28, 32 なんてのは簡単だが、

NASA received three messages in a strange language from a distant planet. The scientists studied the messages and found that "Necor Buldon Slock" means "Danger Rocket Explosion" and "Edwan Mynor Necor" means "Danger Spaceship Fire" and "Buldon Gimilzor Gondor" means "Bad Gas Explosion". What does "Slock" mean?
  choice Danger, Explosion, Nothing, Rocket, Gas
なんて問題は考え込んでしまう。

結果は、

Congratulations, hajime!
Your IQ score is 135
 
This number is based on a scientific formula that compares how many questions you answered correctly on the Classic IQ Test relative to others.
 
Your Intellectual Type is Visionary Philosopher. This means you are highly intelligent and have a powerful mix of skills and insight that can be applied in a variety of different ways. Like Plato, your exceptional math and verbal skills make you very adept at explaining things to others ? and at anticipating and predicting patterns. And that's just some of what we know about you from your IQ results.
 
IQ135というのが高いのか低いのか、"Visionary Philosopher"だって?
これ以上の説明を求めるには

Find out more in your personalized 15-page IQ Report. You'll discover:
Your hidden intellectual strengths
How your IQ compares to others
Exercises to improve your IQ
Complete answers to all the questions
...and more! It's ready right now!

とあり、ここをクリックすると約10j払えば詳しい説明がありますよ、とクレジットカード番号入力のページに進む。誰が入力するか。
そこでふと思いつく。わざと間違った答えばかりを入力してもIQ135と出るのではないか。試してみようと思ったが馬鹿らしくなってやめた。


April 4, 2004 =Sun=

本来なら桜も満開の日曜日だが、あいにく朝から冷たい雨が降り続けていた。夕方には上がるとの天気予報に反して、6時前に妻の事務所を出たころには本降りだった。いつも深夜のサイゼリアにはうんざりして、今日は仕事も早めに切り上げて中華料理を食べに行くことにした。妻が昔から何かと世話になっている税理士の先輩、近藤先生をお誘いした。先生は東京税理士会の相談役という肩書きでもう75歳。3年ほど前に奥さんを白血病で亡くされた。二人の息子は上が税理士、下が精神科医でいずれも別に家庭を持っており、先生は新宿税理士ビルにある事務所に程近いアパートに一人住まい。ということはわが家からも近い。

だいたい妻が行こうという店は、新聞のチラシに割引広告の出ているものに限られる。今日の店は新宿コマ劇場隣の東宝会館地下にある「刀削麺菜館」(03-5155-8491)。ローマ字書きの店名から見ると「トウショウメンサイカン」と呼ぶらしい。「西安屋台料理」と説明がついている。もとはゲームセンターがあったという地下は天井が高くかなりの広さがある。入り口近くには数台のゲーム機が残されている。6時ではほとんど人は入っていないが若向きのミュージックがわれわれには少し場違いな感じもする。店員はほとんどが中国人らしく、ウェイトレスの一人をつかまえて聞いてみると「湖北省の武漢から来ました。」という。

他の二人はビールしか飲まないので、こちらは一人で紹興酒にした。大壷が1,680円というのでどのくらい入っているのか聞いてみると500mlだという。料理はフカヒレの姿煮が売り物で、通常5千円以上のものが2900円だという。フカヒレ自体は今ひとつの感じだが、料理は全体としてまずまずだった。特に唐辛子をふんだんに使い、激辛なところへ塩もたっぷり使っている。塩味が単なるしょっぱさではなく、質の良い岩塩だろうか塩自体の旨みを引き出している。ただこちらは血圧の関係もあって塩分の取りすぎは控えるよう言われているのが残念だ。最後に麺が出てくるが、これが刀削麺というやつ。スープは何種類かから選択できるので坦々麺にしたが、これに麺生地を刀で削った麺を入れる。削った麺なのでキシメンよりも幅が広く、不規則な形をしている。こちらは形が珍しいものの味の方は可もなく不可もないといったところ。刀削麺というのは最近かなり店が増えてきているらしい。

ここの名刺の裏側を見ると、営業時間はこうなっている。
  月〜金 17:00〜28:00 Lo 27:30
   土   12:00〜28:00 Lo 27:30
  日・祝  12:00〜23:00 Lo 22:30
28時というのは午前6時を指すのだろうか。Loはラストオーダーのことだろう。さすが歌舞伎町のど真ん中にあるだけある。私たちが食事をしていた時間は人もまばらだったが、これが平日の真夜中だと満員になるのかもしれない。一日が24時間という常識を破った言葉としては、ずっと昔読んだルーマニアあたりのゲオルギウという作家の「25時」という小説があった。彼はナチスドイツの収容所に入れられたこともある亡命ユダヤ人だが、この「25時」は「もう遅すぎる」という意味だったような気がする。ネットで「25時」を調べてみても、去年公開された同名のアメリカ映画しか出てこない。いまやすでに忘れされれた作家なのだろうか。

短い距離だが足元のおぼつかない先生をタクシーで家まで送り、服のままベッドに横になったら、さっきの紹興酒500mlを一人で飲んだのが利いてきて、そのまま寝てしまった。


April 3, 2004 =Sat=

事務員が辞めてしまった妻の税理士事務所では、連日ハローワークに求人を出しているが、なかなか応募者がない。以前は30人くらい来て面接に悲鳴をあげていたのだが、やはり景気回復は本物なのだろうか。人が雇えないとなると手近なところで間に合わそうと、ほとんどルーティーンに組み込まれてしまっている。土日を細かい作業につき合わされるのもいい加減にして欲しいが、時間を見て散歩に出、デジカメをもって昨日見た風景の場所へ行ってみた。時間帯のせいもあるのだとうが、今日改めて見ると、第一印象とは少し違って懐かしさよりも寒々しさを感じた。

このあたりは西新宿8丁目になるが、超高層ビル街から青梅街道一つ隔てただけで戦後すぐに出来たような街が残っている。しかしそこは生き生きとした生活感溢れた町というよりも、時代に取り残され、老いていく町のようだ。事実、土曜日の昼間の生かもしれないが、見かけるのはお年寄りが多い。中には新しいビルも立っているが、心なしか活気が感じられない。古い家には空き家になった一軒家や空室の方が多いアパートも多いらしく、防犯を呼びかける立て看板ばかりが目に付く。特に多いのが年寄りを対象に火の始末を呼びかける看板だ。一人暮らしのお年寄りが多いと、周囲の人間にとっても火の用心は他人事ではないのだろう。だが、そうした中にもさまざまな人生が今も営まれている。大阪で大阪で一人暮らしの母に電話をかけてみよう。


April 2, 2004 =Fri=

2月と3月で新たに二つの大手銀行と取引を開始したが、今日は午前中社長とこれら2行に挨拶に行く。これでメガバンク4行すべてと国有化銀行の大手5行と取引をしていることになる。この5行を昔の(1960年代)銀行で言えば、三菱、住友、富士、三和、第一、日本勧業、三井、東京、協和、大和、神戸、太陽、埼玉の13行と取引していることになる。それだけ銀行の数が減ったわけだ。

銀行の数が減るだけでなく、支店の統廃合も進んでいる。その結果、以前はどこに行っても都銀の支店があり、銀行経営には非効率だったかもしれないが利用者には便利だったのが、今はATMだけの店すら探さないと見当たらない。その分、インターネットやコンビニATMを使えということなのだろう。その一方で新しい動きも始まっている。夕方、用事があって国有化銀行に行き、時間外だからといつもの裏口から入った。そのまま応接に案内され、用件が終わって帰ろうとすると、今日は7時まで営業していますから正面から出てくださいという。なるほど応接から営業室に出ると6時ごろなのに窓口も開いている。7時まで窓口を開けていてバックオフィス業務はどうするの?と聞くとそれからやるそうだ。「では行員さんは交代で休むんですか?」「いや、それもないんです」銀行も大変なんだ。

この銀行から自宅までは歩いて15分ほど。時間も早いし、いつもとは違った道を歩いてみようと、青梅街道から細い道に入ってみた。角に、「この先は階段で車は通り抜けできません」と書いてある。奥へ進むと都会には珍しい未舗装の道に出て、それを辿ると神社があった。成子天神社というらしい。人気の少ない境内に数本の桜が咲いている。神社を抜けると細い路地に面して昔ながらの駄菓子やがある。店の奥の座敷まで見通せる。その隣には軒の傾いたアパートの階段が通りに面している。それこそ60年代か、もっと前の、私が子供の頃の風景ではないかと錯覚する。まるでつげ義春の世界に迷い込んだような感じだ。高層ビル街のすぐぞばに、未だにこんな風景が残っているのかと感心した。ここもいずれは区画整理でなくなってしまうのかもしれない。それまでにぜひ写真に残しておきたい。


April 1, 2004 =Thu=

4月は何でも新しくなることが多い。営団地下鉄は東京メトロ(正式には東京地下鉄株式会社)と名前を変えて民営化された。たしか営団地下鉄は私鉄総連に入っていたように記憶するが、いまさら民営化なのだろうか。もっとも「帝都高速度交通営団」という時代遅れの名前よりは東京メトロの方が親しみやすいのは間違いない。逆に日商岩井とニチメンが一体となって双日というのはレトロっぽい感じだ。日商と日綿だから双日なのだろうが、時代が逆戻りしたようなイメージを与える。

会社でも入社式があり、13名の新卒と数名の途中入社組が入社した。式の終わりの方で、「幹部社員」から一言というので、「五月病に気をつけて。悩んだら、東京には東京タワーやら都庁の展望台やら高いところがたくさんあるので、上に登って拾い視野で下を見れば行く道がわかる。だだし、くれぐれも飛び降りないように」というような話をしておいた。

前の会社の同僚から、新社長の就任メッセージをメールで送ってもらった。中小企業の目先のことに追われる生活をしていると、高い次元での話が新鮮に聞こえる。




過去の日記
Mar 2004 Feb 2004 Jan 2004
Dec. 2003 Nov. 2003 Oct. 2003 Sept. 2003
August 2003 July 2003 June 2003 May 2003

当月の日記へ
過去の日記は一番下です。