Diary



July 31, 2004 =Sat=

屋根の一件は23日のDiaryに書いたとおりであり、業者からは300万円の見積もりが出ている。午前中に妹もやってきて三人で話し合ったが、母の気持ちが本当に屋根の修理をやりたいのかどうかはっきりしない。業者に電話すると1時に来るとのこと。その間にパナホーム(この家はNationalパナホームで建てた)のリフォーム部署に電話して聞いてみると、陸屋根を瓦葺にすると一般にはかなりとってつけたような形になるが、この家の広さなら不自然に見えないようにするには400万円、多少とってつけたようでよければ300万円くらいだという。だとすれば業者の見積もりはさほどふっかけてはいないようだ。

業者と話してみると、やはり屋根を瓦葺にするのはかなり大変そうだ。塗装だと、屋根だけなら70万円、しかし屋根の周りの飾り板(これもだいぶ錆が出て剥がれて来ている)までやるなら110万円ほど、その場合は足場を組む必要があるので、どうせやるならこの際、壁も一緒に塗り替えた方がよいとのことで、〆て150万円になる。結局それで頼むことにした。

ようやく屋根問題が決着したので、妹の車で夕食にでかける。外環状線を柏原まで行ったところの中華レストランで「たちばなや」という店。一階が和菓子とパン屋、二階三階が中華レストランという変わった店だった。


July 30, 2004 =Fri=

会社の財務に関連して、出店先であるホテルグランヴィア京都を訪れる。京都駅に直結した、京都でも最高級のホテルで、JR西日本の子会社が運営に当たっている。7階の小会議室でホテル側との打ち合わせを済ませ、テナントとして入っている美容室を訪ねる。以前、プライベートで京都に来た際に中を覗いてみたことはあるが、仕事で訪れるのは初めてだ。ウィークデイだし、夏場の閑散期なので婚礼支度のお客様は入っていない。店長は公休をとっているので、次席の人と打ち合わせる。京都まで来たついでに、もう一つの出店先である宝ヶ池プリンスホテルも訪ねる。京都駅から地下鉄で烏丸線の終点である「国際会館」まで20分。地下道を延々と歩いて地上に出ると日本的なような、それでいて日本離れしているような風景。屋根付きの歩道を行くと丸みを帯びた特異な設計のホテルに着く。ここでは店長さんとパソコンの得意なパートさんと打ち合わせ。

関西に出張で来た機会を利用して、週末は大阪の実家を訪ねる。91歳と高齢な母は、ありがたいことに元気だ。実家の家は私が前の会社の提携ローンを借りて31年前に建てたものだ。ただでさえ古い上に、オイルショック後の物不足の時代の建築だから傷みが激しい。とくに屋根が瓦葺でなく当時流行った陸屋根形式の鉄板葺きなので、塗料が剥離して風で飛び散り、隣家から苦情が出ることを気にしている。母は、これを瓦葺の屋根に変えたいと言っている。業者から見積もりも取っているが、隣家の手前、屋根を直したい気持ちと、お金をかけて直してもこの家に自分のあとに誰か住むのだろうかという不安とで気持ちが揺れているようだ。

JRから近鉄へ乗り換えの鶴橋駅から母に電話すると夕食はまだだとのこと。八尾駅前の西武百貨店に寄って半額の値札のついたかつおたたきや野菜の炊き合わせ、果物などを買っていく。


July 28, 2004 =Wed=

Our company will inaugurate a new esthetic salon at ANA Hotel Tokyo on Friday. Today the press release and a reception were held in the Hotel. While we, the administration people were working in the office, an instruction came from the hotel to attend the staff meeting which will be held at the Hotel after the reception. Although I was not so keen to attend this kind of meeting, I decided to join it because its purpose was to cheer up the staff who would run the esthetic salon. The meeting was held at the top floor restaurant. The concept of the solon was that of aromatherapy originated from Finland. A Finn lady who had been advocated the Finnish aromatherapy was also invited to the meeting with his husband.


July 27, 2004 =Tue=

D生命の副部長氏から電話が入り、会って欲しいというので午前の会議が終わった後にアポイントを入れた。会って話を聞くと、彼の部下でうちの会社を担当していた法人営業の女性担当者が今月15日に急死したとのこと。その日の夕方のミーティングでは元気で、翌日早朝にタクシー会社に営業に行くと言っていたが、その後トイレでくも膜下出血で倒れ、トイレの中だったので発見が遅れたため助からなかったらしい。遺した書類を調べてみると、同日付でわが社宛の提案書が作成されていた。これを受け取っているかどうかを確認して欲しいとのこと。確か6月末に一度提案書を受取り、少し注文をつけて再提案を頼んでいたもので、まだ受け取っていなかった。かなり体型の大きい方だったが、年齢を聞いてみるとまだ38歳とのこと。本当に何が起きるか分からないものだ。


July 26, 2004 =Mon=

夕方、妻と帝国ホテルで待ち合わせる。会社が新事業を始めるに際して、ある人を介して師岡孝次先生に顧問をお願いしたが、社長もこれまで直接お会いする機会がなかった。ところが、師岡先生は中央区ユネスコ設立準備委員会の代表をつとめておられ、妻がそこの監事をしていた関係で親しくさせて頂いており、息子の進路相談にまで乗っていただいていたことから、社長夫妻とのミーティングを設定し、帝国ホテルに迎えに上がった。6時の待ち合わせなので、15分ほど早く着いたら、先生はすでに来ておられた。妻の話では時間にはとても厳格らしい。すぐに出発し、道路も余り混んでいなかったので、6時半に予約していた東京アメリカンクラブには6時に着いてしまった。

アメリカンクラブは夏のバケーションシーズンが始まっているせいか空いていた。師岡さんは高名な先生だが非常に気さくな人で話題も豊か。1930年の生まれとは思えないほど元気だ。最後には妻のリクエストで、自らクラウンからCDまで出したというこんな歌を披露してくれた。


July 24, 2004 =Sat=

息子の欲しがっていたマツダのRX-8を遂に買うことになった。町田にある東京マツダの販売店に2時ごろに行き、契約がまとまったのは7時。こういうときは妻が粘り腰を発揮する。息子がネットで調べていた同車種の最大値引き額を上回る成果だった。最後にはそれに加えてETCまで付けさせた。ただ、広島の工場では8月3日に完成するものの、船で千葉まで持ってきた段階でお盆休みに入ってしまうため、検査や内装がお盆明けになり、納期は8月末ごろになるという。ここでも妻は、お盆前に間に合わせるため製造を一日早めろだの、検査や内装は休み中に出勤させて間に合わせろだのと交渉していたが、さすがにそこまでは無理だった。われわれが半分以上を出してやるが、残りは本人が社会人になって初めてのローンを組む。親の方は住居こそ新築家屋を何度か買い替えたが、車は中古ばかりで新車を買ったことはないのだが・・

一方、娘夫婦はこの日、休暇でバリ島に出発した。夕方出発のJAL直行便で夜中に到着。ホテルはリッツ・カールトンだという。われわれが昨年行ったときはメリア・バリというヌサ・ドゥアのホテルだったが、リッツはそれよりかなり高級らしく、半島東側のジンバラン地区にある。親よりの子供たちの方が高級志向のようだ。


July 23, 2004 =Fri=

携帯に母から電話。一人暮らしをしている大阪の一軒家は屋根が瓦でなく陸屋根式で、そこに塗ってある塗料が剥げて隣家に飛び散り苦情が出るのを気にしている。前から瓦屋根にしたいと言っているが結構大工事になり300万円ほどかかるらしい。今日業者が来て「もう段取りが出来ているので早く工事を始めたい」と言っていると言う。お盆までには行くからそれから相談しようと言っていたのに、年寄りだから言いなりになると業者が思っているらしい。業者の電話番号を聞いてこちらからかけてみた。業者いわく、「ご高齢なのでいくらご自分のお金でやるからといっても息子さんか娘さんの了承を取ってくださいと言っているのに、お盆までに完成させてくれと言われて困ってるんですよ」どっちが本当か分からない。ともかくお盆までには行くから、それからの話にして欲しいと言って電話を切る。大きな工事をするのも大変だし、こじんまりしたマンションに買い換えるか借りるかしてはどうかと思い、妹に電話して相談すると、「年寄りは引越しして環境が変わると順応できずボケる恐れがあるから、お金がかかってもしたいようにさせてやれば」と。そうかも知れない。


July 22, 2004 =Thu=

前の会社で仕事をアシストしてもらっていたTさんが結婚した。お相手は中学時代からの友人でCM音楽の作曲や編曲をやっている方。結婚式は身内だけでバリ島の教会で挙げたのだが、それに先立ってブライダルエステをやろうということで、私の会社のお客様になってもらった。ささやかながらお祝いの印にと社員割引でエステを提供したら大変喜ばれ、今日はそのお返しということで恵比寿のイタリアンレストランにご招待いただいた。

彼女のいきつけの「ロゼッタ」は、恵比寿の駅から坂道を少し登った住宅街の中にある。うっかりすると
見落として通り過ぎそうなさりげなさ。中は落ち着いた雰囲気でテーブルが10卓ほどだろうか。前菜の神戸牛のお鮨が絶品だ。結婚式の写真を見せてもらいながら、そのときの様子を聞くと、エステの効果でお肌の調子は上々だったものの数日前に風邪をおして歌った(メアドにDivaの文字を入れるくらいの声楽家でもある)のが響いて、声がまったく出なくなっていたとのこと。ご主人はジョン・レノンと池田満寿夫を足して二で割ったような感じの優しそうな人だ。なにはともあれお幸せに!


July 21, 2004 =Wed=

東京都の登録文化財に指定されている三菱電機高輪荘。去年も7月にここで暑気払い、12月には忘年会をやっている。このDiaryを続けているとこうした記録も簡単に参照できる。紙の日記と違って検索機能が使えるので便利だ。今回の会合も「松戸会」。会社を定時に飛び出して行ったのだが、20名余りの出席者の中で最後から二番目だった。それもそのはず、ほとんどが現役を離れている。まず、いつも見慣れた顔が見えないのに気づく。この会の中心メンバーである元三井物産のIさん。山に登って足を滑らせて複雑骨折。流山の自宅近くの病院で手術を受けて寝ているらしい。もう一人、元政府高官のTさん。私と同い年だが、脳梗塞で倒れリハビリ中という。そろそろ無理の利かない年齢になってきたことを実感する。


July 20, 2004 =Tue=

1時前に昼食のため外に出て驚いた。銀座通りを照りつける乾いた太陽が身体を包みこむ。じりじりと照リつけ、照り返す熱の光線。今日は湿気がないので汗は余り出ないが、広大なフライパンの上を歩くような感覚。どこかでこんな熱波を経験した覚えがある。パナマか?いや、北緯一桁の熱帯とはいえ、海に囲まれたパナマでは乾季でも湿度は高く、こんな感じはない。サウジアラビアのアル・コバルかリヤド?あそこでは外に出るときはたいがい車だし、歩くのはせいぜい夕方。日中の日差しの中を歩くことはまずない。アテネ。そうだ、やはりこの感覚は夏のギリシャだったと思う。夏の間、一滴の雨も降らないアテネ。そこに地中海を渡ってサハラ砂漠の熱風が吹き込んでくる。25年前のアテネでは、一般の家に冷房など入っていない。体験した最高気温は摂氏47度。政府からは、窓を閉め、シャッターを下ろして家の中でじっとしているようにとの指示が出る。窓を開けると熱風が吹き込む。大理石造りの(木よりも大理石の方が安い)床が熱を吸収するので、家の中が一番涼しいのだ。「あの時ほどではないな」と銀座通りを歩きながら思う。案の定、今日の最高気温は東京都心で39.5度。それでも観測史上最高気温だったらしい。


July 19, 2004 =Mon=

息子が欲しがっているのはマツダのRX-8というスポーツセダンだという。先々週の日曜日に彼に付き合っていくつかのディーラーを回ったときは、沖縄で使っていたランクル系に関心が向いていたが、その後自分で当たった結果、「少し特徴のある車に乗りたい」「ランクルは車高が高いのが魅力だが、新しい型は車高が低くなっている」「それでスポーツタイプに関心が移ったが、いかにもスポーツカーというのは気が引ける」ということでこの車に行き着いたらしい。家の近くのディーラーに一緒に行って欲しいという。ネットで調べて、関東マツダの店が彼の家の近くにあるので、てっきりそこだと思っていたが、やはり家の近くに東京マツダ系の店があり、そこで試乗予約をしているという。新車はなかなか手の届きにくい価格だ。しかも昨年4月発売のこの車は今でも人気が高く、ほとんど値引きをしないらしい。こういう高額商品の値引き交渉には妻が俄然張り切る。最後には店長まで引っ張り出し、最後の一声を出させながら、もう一軒別のディーラーへ行き、今度は店頭においてある試乗車を中古で売らせる交渉を始める。こちらも本社の責任者が帰った後とかで結論は出ず。途中夕食をとって帰宅したら11時。


July 18, 2004 =Sun=

久し振りにスポーツジムに行き、帰ってきてこれも久し振りに「笑点」でも見ようかとテレビをつけたら、何と3チャンネルと12チャンネルを除いて、残りの1,4,6,8,10チャンネルすべてが「曽我ひとみさん一家帰国」実況中継ばかり。どのチャンネルも同じ場面を流し、それぞれ違ったコメンテーターに「解説」させている。日航機が羽田に到着し駐機場に着いてタラップをかけ、一家が降りてくるまでを延々と放映。なるほど日本航空と全日空がチャーター代を1円で競い合った理由がわかる。まあ、確かに拉致された曽我さんのドラマティックな人生に同情と関心が集まるのは当然だろうが、「ここまでやるか」という感じがする。「笑点」の日テレなど、一家を乗せたバスを高速道路追跡中継までやる始末。平和な国なのだ。そういえば、イラク人質事件で被害者の帰国チャーター機の費用を負担させろと息巻いていた「自己責任論者」たちがいたが、あのときのチャーター代も1円だったのだろうか。


July 17, 2004 =Sat=

本来なら三連休のところ、会社の制度で毎月第三土曜日は出勤となっているので今日は会社に出た。こういう日は日常雑務に追われて遅れている仕事を片付けるにはうってつけだ。用があったので5時前には会社を出たら、銀座本通りは歩行者天国になっている。しかしこの暑さでは人通りもさほど多くはない。そういえば、今、銀座では落語祭りをやっているらしい。会社の隣の建築中のシャネルのビルのさらに隣、十字屋ホールも会場の一つになっているらしい。歩行者天国でそれらしき催しをやっていないかと思ったが、やはり落語は屋外のものではないらしく何もそれらしきものはなかった。


July 16, 2004 =Fri=

今読んでいる"The Da Vinci Code"、やっと5分の1ほど進んだばかりだが、だんだん面白くなってきた。ルーブル美術館で殺された館長が、自分の血で床に書き残したダイイングメッセージ。
  13-3-2-21-1-1-8-5
  O, Draconian devil!
  Oh, lame saint!
  P.S. Find Robert Langdon
最後の名前は主人公であるハーバードのReligious Symbology(宗教象徴学?)教授。パリに講演に来ていた主人公はこのメッセージのため被害者が犯人を名指ししたものと疑われ、深夜に警察署長から現場に呼び出される。そこへ、パリ警察の暗号解読部から来たソフィーという若い美人の専門家が現れ(そんなセクションに若い美人が居るか?)最初の行の数字の羅列が、「1-1-2-3-5-8-13-21」という数列を順不同に並び替えたものだと指摘する。彼女の機転で署長の手から逃れた主人公は、この数字のヒントから、2行目が「Leonaldo Da Vinci」3行目が「The Mona Liza」の文字を並び替えたものであることを発見する。だが被害者はなぜ主人公を名指ししたのか?P.S.は普通、「Postscript」(追伸)の意味だが、ソフィーはこれは自分に宛てたメッセージだと言う。「Princess Sophie」被害者の館長はソフィーの祖父だったのだ。何かの秘密を解くために、被害者は孫娘に主人公を探して相談するよう呼びかけた。しかし、主人公は「P.S.」にはさらに別の意味が込められていること、それが古代から続く秘密結社に繋がることを知る。

ところで、以下もこの小説の中で説明されているのだが、「1-1-2-3-5-8-13-21」と続く数列はFibonacci sequence(フィボナッチ数列)と呼ばれ、その特徴は「1+1=2」「1+2=3」「2+3=5」「3+5=8」と、並んでいる2つの数字の合計が次の数字となる。そして重要なことは、この数列が大きくなるにつれて数列の中の一つの数をその前の数で割ったものが1.6180339と続く黄金比(黄金分割、Golden sectionという言葉しか知らなかったが、Divine proportionとも言うらしい。)に近づいていくことだ。これはエクセルで試してみればわかる。円周率をPi(π)で現すように、黄金比はPhi(φ)で現す。黄金比は自然界にも見られる。蜂の巣のメス蜂の数とオス蜂の数の比、オウム貝の渦巻きの直径の比。芸術ではミケランジェロ、デューラー、ダヴィンチその他多くの作品が黄金比を忠実に再現している。音楽でもモーツアルト、ベートーベン、ドビッシーなど。ギリシャのパルテノン、エジプトのピラミッド、ニューヨークの国連ビルなど、黄金比に従っている。


July 15, 2004 =Thu=

ネットのニュースで、「三菱自動車、産業再生法の摘要を申請」というのがあった。あれ?UFJと三菱東京との統合騒ぎの陰に隠れて遂に倒産かと思ったのは早とちり。産業再生法は会社更生法や民事再生法と似たネーミングではあるが、倒産法ではない。最近の適用事例を見ても、住友金属工業とかトヨタファイナンスとか、比較的堅調な会社も利用している。たとえばトヨタファイナンスの場合は、親会社のトヨタ自動車がトヨタファイナンスの150億円の増資を引き受け、トヨタファイナンスはその子会社(トヨタ自動車の孫会社)を150億円増資する。「順調に推移している自動車販売金融事業の事業基盤を強固にするため、増資による経営基盤の強化を図るとともに、新商品の投入やITの活用により生産性の向上をめざす。」というのが産業再生法適用のポイントとされている。適用の結果として、増資に伴う登録免許税を減免してもらうと言うものだ。不振企業の救済ではなく、トヨタのような順調な企業に登録免許税の減免特権を与えると言うのでは、普通に増資して普通に登録免許税を払っている中小企業はどうしてくれるのかと言いたくなるのだが。


July 14, 2004 =Wed=

朝目が覚めて寝床の中で携帯テレビを覗くと、朝の新聞コーナーで「UFJが東京三菱と」という見出しが見えた。何事かと新聞を取りに行くと、日経一面に「UFJ、三菱東京と統合へ」の大見出し。日経のスクープらしい。これをみて最初に思ったのが、「これで三菱自動車がトヨタに救済合併される可能性が出てきた」ということ。同じことを考えた人は結構多いのではないだろうか。たとえばこの人も。よく考えてみれば、UFJはトヨタのメインとはいえ、トヨタは銀行には文字通り「借りはない」だろうし、三菱自動車を合併してもトヨタにはあまりメリットはない。しかし、UFJの正式申し入れより前に三菱東京側も統合に前向き姿勢を示すなど、この話はかなり前から細部にわたって十分な詰めtが行われていたように思える。ということは、UFJ問題をうまく処理したい金融庁、三菱自動車問題が景気回復に水を差すことを避けたい経済産業省など、政府筋の意向も強く働いていたのではないだろうか。UFJの方も、金融庁への経営健全化計画提出期限を控え、竹中金融相が参院選でそこそこの票を集めたのを横目にみて、自力再建を断念しなければならなかったのだろう。

昔話になるが、都市銀行の大型合併は、1971年10月の第一銀行と日本勧業銀行とが合併して第一勧業銀行になったのが第一号だった。その3年近く前、1969年元旦の読売新聞に三菱銀行と第一銀行の合併がスクープされ、財閥銀行に呑み込まれるのを嫌った第一銀行OBの反乱で立ち消えになったという背景があった。当時、私が出向していたジャスコとの合弁会社は第一とも勧銀とも取引があった。ある日、第一銀行の大阪支店長が事前アポイントもなく訪ねてきた。役付役員クラスである大阪支店長が、出来たばかりの会社を訪ねてくることなど当時は異例だった。そのとき、大阪駅前のビルの中にあった私の会社では、一つしかない会議室が改装工事中だった。大勢の人が出入りする執務室で話をした後、支店長は帰っていった。何か言いたそうな様子だとは思った。勧銀との合併が発表されたのは、その二日後のことだった。

山崎豊子の「華麗なる一族」という小説がある。これも1970年前後に週刊誌に連載された小説だが、Amazonなどのサイトでこの本のことを読むと、1973年に神戸銀行と太陽銀行が合併して出来た太陽神戸銀行をモチーフに下小説とあるが、これは間違いだ。神戸に本社があり、主人公が頭取を勤める「阪神銀行」は、明らかに当時の都銀下位に位置した神戸銀行だが、その合併相手となる「大同銀行」は東京に本店のある中位行という想定なのだから。太陽銀行は1968年に相互銀行から普通銀行に転換したばかりで、名門銀行と言う「大同銀行」のイメージには合わない。連載当時は「大同」のモデルとして、三井、勧銀、協和などの名前が上がっていた。かつて「都銀13行」と言う言葉があった。必ずしも記憶が定かではないが、三菱、住友、富士、三和、第一、日本勧業、三井、東海、協和、大和、神戸、埼玉、北海道拓殖の13行だったか、第一と勧業は一つになって、これに太陽が加わって13行だっただろうか。いずれにせよ当時のままの名前で残っている銀行は一つも無い。


July 13, 2004 =Tue=

多い日で10通以上、少ない日でも5,6通は来ていたウィルス付きのスパムメールがこの数日ぱったりと止まった。必要なメールはちゃんと届いているので、メールシステム自体がおかしくなったわけではない。ありがたいことだが、余り急になくなると却って不安になってしまう。

今回の参院選、民主党が躍進と言われているが、よく考えてみると自民は目標に二つ届かなかっただけ、連立を組む公明はしっかりと一議席増やしている。結局、共産党が減った分だけ民主が増えたと言うだけで、与野党の関係から見るとほとんど変わりがない。形の上では(公明と言う変なのがいるが)二大政党化が進んでいるということになる。しかし、共産、社民という政党は本当に役割を終えてしまったのだろうか。民主党が拡大した裏には、自民党よりも右がかった一派がいたりするので(西村慎吾なんていうのは、外務審議官宅に爆発物を仕掛けた刀剣愛好団体の顧問をやっていた。それが分かった時点で除名処分にすべきだったと思うが)、バランス上は左側にももう少し頑張ってもらいたいのだが。


July 12, 2004 =Mon=

金曜日に亡くなった同僚の葬儀は埼玉県入間郡三芳町の広源寺という曹洞宗のお寺。東武東上線を鶴瀬という駅で降りる。タクシーでワンメーターほどのお寺は由緒がありそうだ。個人の実家の菩提寺がここだそうだ。30分ほど早く着いたので、式場で喪主の奥さんをはじめ故人のご家族に挨拶し、死に顔を拝む。若い人の葬儀はつらい。長女が今年高校を出て美容学校に入学したばかり。長男はまだ小学校6年生だ。参列の美容師仲間からも啜り泣きがもれる。出棺を見送り、途中で昼食も済ませて会社に戻るともう2時半。今日は6時半から大学の同期会なので、ほとんど仕事にならない。

日比谷線六本木駅はお世辞にも綺麗な駅とは言えないが、六本木ヒルズ方面の改札を出ると様相が一変する。六本木ヒルズクラブ専用のエレベーターに乗り51階で降りる。定刻6時半ぎりぎりに着いたのだが一番最後だったらしい。クラブの内部のエスカレーターで52階に案内されると窓際のガラス張りの一室に今日の出席者29人が揃っている。ここはメンバー制のクラブだが、サントリー子会社ダイナックの会長であるI氏のアレンジで取ってもらったとのこと。大学同期生の定例の集まりだが、場所がいいと出席者も多い。帰りにふと見ると、53階への階段があって、そこに「MOMA」の垂れ幕が下がっている。受付の女性に聞いてみると、ニューヨークのMOMA(近代美術館)から借りてきた作品の展覧会を8月1日までやっているそうだ。MOMAは前に勤めていた会社のニューヨークオフィスのすぐ近くなので、出張したときに時間があるとよく行ったものだ。サルバドール・ダリの「記憶の固執」など、シュールリアリズム系の作品が好きで、行けばかならずその部屋を覗いた。今回来ているのは、どうやらアンディ・ウォーホルあたりが多いらしい。時間が作れれば一度覗いてみたい。


July 11, 2004 =Sun=

環境問題に関する会議で、古代気象学の研究者が地球温暖化が長期的に氷河期の到来を招くと言う危惧を表明するが、出席した副大統領は一笑に付す。しかしそのときすでに地球のあちこちで異常事態が生じている。東京では退勤時のサラリーマンを拳大の雹が襲う。ロスアンゼルスではいくつもの強烈な竜巻が発生し、市街地を廃墟と化す。事態の急変を予知した科学者は、数日中に地球規模の異常気象により北半球の気温が氷河に覆われることを予測する。温暖化により南極の氷が溶け、海水の濃度が変化したことで海流の流れが変化することが原因だと言う。予測は的中し、異常気象により大津波がニューヨークを襲い、その後に急元気な気温低下により北半球は氷に覆われる。「デイ・アフター・トゥモロー」ロスに大竜巻がいっせいに発生するシーンや自由の女神が沈み込む津波など、特撮は迫真力があり結構面白かった。決してありえない話ではない。ただ、いつも細かいことが気になる。この映画はある意味で今日と議定書を無視し続けているブッシュ政権への批判とも受け取れるが、映画の中に出てくるテレビ報道画面がすべてブッシュ支持で有名なFOX TVばかりなのはどうしてだろう。映画の製作は20rh Century Foxなのだが、この会社とFOX TVとは兄弟会社なのだろうか。

映画の後、新宿高島屋に買い物に来ていた娘と新宿駅南口で待ち合わせ、ミロード9階のロシア料理店「マトリョーシカ」で昼食。スパゲッティや冷しゃぶなどもやっていて、あまりロシア料理店らしくない外観だが、ボルシチ、ピロシキにサラダ、さらにチーズフォンデュ(これはスイス料理だが)もついて2,200円はまずまずの味。

午後は前から約束の会合に出席したが、その前に参議院選挙の投票。今、Diaryを書いている時点で、民主党は自民党を上回る50議席獲得で12議席増の大躍進を遂げた。


July 10, 2004 =Sat=

結構忙しい一日だった。会社に出て、昨日亡くなったM氏の葬儀の日時をご遺族から聞き、全国の店に連絡、通夜、告別式の手伝いを割り当てる。午後に帰宅すると、1時の約束を急な葬儀打ち合わせのため3時に伸ばしてもらったYさんご夫妻と妻の仕事の関係での打ち合わせ。その後、早めに夕食を済ませて7時から新宿駅西口での民主党の参院選立会演説にでかけた。定員4人の東京地方区から現職の小川敏夫に加えて新人の蓮舫と、2人が立っている。それに、今年の参院選は比例区候補も地域割りで重点候補を決めており、東京では円より子が重点候補になっている。この演説会に出かけたのは、妻が小川敏夫、円より子両氏に3年前の参院選で応援してもらった義理があるためだ。3年前の参院選では、新宿西口のこの場所で妻が選挙カーの上に立ち、私もいっしょに登ったこともあるが、その時は税理士会以外に組織的な支援はなく、惨敗に終わった。今日は、半分以上は候補者や党による動員だろうが、それでもかなりの人数が集まっていた。3人の候補以外にも、海江田万里、小宮山洋子といった東京選出の看板議員のほか、連合会長の笹森清、民主党幹事長の藤井裕久等が登壇した。特に目を惹いたのは蓮舫で、キャスター出身だけあってマイクの声の通りもよく、演説も聴衆を惹き付けるコツを心得ているようだ。レポーター出身の円より子よりもはるかにうまい。背に「04」(たぶんこれで「レンホー」と読ませるのだろう)の文字を染め抜いたTシャツの若者たちが元気よく選挙ビラを配り、演説が終わると一斉に「レンホー」コール。訥弁の小川敏夫が気の毒になるほどだった。公職選挙法で、マイクを使った演説は午後8時までとされており、明日は投票日なので今日の午後8時で実質的な選挙戦は終わる。笹森連合会長による「ガンバロー」での締めのあと、またも沸き起こる「レンホー」コールを背に帰宅。妻は別の選挙事務所に顔を出すために先にいなくなっていた。

昨日の予報では今日は久し振りの雨とのことだったが、朝のうちは依然として真夏の陽射しが照りつけていた。しかし、午後3時頃、Yさんたちと話をしているとき、窓から差し込む陽射しが暑くてシャッターを下ろそうと外を見ると、なんと日差しの中を雨が降っている。こういうのを「日照雨」と書いて「そばえ」と読む。という知識は、たまたま今朝教育テレビをつけていたら{NHK歌壇」に辻井喬(堤清二)氏が出ていてそんな話をしていたことで知ったばかり。あの難解な詩を書く堤さんがいつから歌人になったのだろうと思ったら、彼は母親の影響で若い頃から短歌をやっていたという。そういえば彼には、歌人川田順の「老いらくの恋」を描いた「虹の岬」という小説もあった。


July 9, 2004 =Fri=

A colleague of mine passed away today, aged 44. A few days ago, when he was re-hospitalized after attending the office for a month since his operation of lever cancer, his superior had met his doctor in charge. The doctor told that he would be unlikely to survive this summer. But it was too early, and too young. He was an excellent businessman exceptionally among the cosmeticians. May his soul rest in peace.

今日も異常な暑さが続く。湿度も高い。天気予報では明日は久し振りに雨になりそうだ。

今日のテレビはジャカルタでの曽我ひとみさん一家再会のニュース一色。確かに拉致被害者やそのご家族のこれまでの苦労は大変なものだし、これに元脱走米兵が絡んでのドラマティックな展開はニュースバリューが高いことは言うまでもないが、これほどの騒ぎはどういうことだろうと首を傾げたくなる。日本だけかと思ったら、やはり米国人が絡んでいるだけあって、NY Timesでも取り上げている。しかもちゃんとこういうコメントまで添えて。

The family reunion could give Japan's ruling party a boost in an election for parliament's upper house Sunday.
It has also invited criticism that Prime Minister Junichiro Koizumi has manipulated the event for political purposes.


July 8, 2004 =Thu=

Visited the office of Mr. S, whom I had met to my surprise at a subway station the day before yesterday. The reason of my visit was because I had an impression from their web site that his business mgiht have something to do with ours. His office was in a frugal building beside the entrance to the highway at Edobashi junction. Although I saw only two or three people in his office, they must have seven or eithts staff judging from the number of desks and the schedule list posted on a whiteboard. Their lines of business are business consulting and M&A advisory. They have overseas business as well. We talked nearly one hour. It seems that our project scale is mauch smaller than their average size of theirs. But, unlike major consulting firms, they are willing to undertake smaller projects too. It might be possible for us to work together.

それにしても外を歩くと暑い。まだ梅雨明けはしていないはずなのに、気温や陽射しは完全に夏だ。街を歩いていても、大胆に肌を露出した女性が目立つ。「夕涼みよくぞ男に生まれけり」という有名な川柳があるが、今や「男」と「女」を入れ替えないと話が通じない。


July 7, 2004 =Wed=

先月の26日に新宿の眼鏡屋に注文してあった眼鏡ができた。強度の近眼に乱視、老眼まで入った眼鏡はやはり注文生産にならざるを得ないのだ。以前は丸ビルの高田メガネで作っていたが、あそこは高いので新宿駅近くの「メガネスーパー」にした。もう60代ではあまり高級なメガネも必要ないだろう。それでも6万円余りする。検眼も昔と比べるとずっと高度(そうに思える)機械を使って行う。小学校以来メガネとは縁が切れなかったが、今度初めてプラスチックレンズにした。それも遠近両用。いずれも初めてだ。プラスチックレンズは確かに軽い。値段はガラスより高いのだが、欠点は熱に弱いことと傷がつきやすいこと。サウナはおろか普通の風呂にもかけて入らないほうが良いと言う。同じプラスチックでも高いのと安いのがある。違いは屈折率にあるそうだ。屈折率が高いと、それだけメガネの周辺部の厚みが少なくて済むので、度の強いめがねでも端のほうがフレームからはみ出す具合が少なくなる。フレームは形状記憶合金で出来ていて、形が変わらないとのこと。検眼した結果は、今まで使っているメガネは近眼の度が強すぎるとのこと。遠近両用というのは、レンズの真ん中に筋が入っているものとばかり思っていたが、この頃のは連続的に度が変わるので、慣れれば気にならないとのことで、確かにそれほど違和感はない。


July 6, 2004 =Tue=

午後4時半頃にハワイへの長期出張から帰ってきた社長と慌しく留守中の報告を済ませ、5時に会社を飛び出す。5時半から水天宮前のロイヤルパークホテルで開催される前の会社のOB会に出席するため。銀座線から三越前で半蔵門線に乗り換えの改札を入ったところで呼び止められる前の会社で一緒に仕事をしたS君だった。こんな会社の社長をやっているという。やはりOB会に出席するのかと聞くと、今沖縄からM&Aの仕事で帰ってきたばかりで、会社がこの駅のすぐそばなのだと言う。もちろんOB会なんか出席しない。

S君との立ち話で少し時間が遅れたようで、ロイヤルパークホテル3階のロイヤルルームに着くとすでに社長の挨拶が始まっていた。広大なホールがぎっしりと埋まり、外にまで溢れるほどだった。受付で子会社である保険代理店の団扇を配っている。みんなその団扇を使っているので、ひょっとして冷房が故障でもしているのかと思ったら、冷房が動いていても人いきれで団扇の必要があるのだそうだ。余りに人が多く、そこここで久闊を叙しているのでマイクの声も通らない。それでも社長と、招待される側のOB代表の双方の挨拶が終わり、ビュッフェに移ると人が流れるせいかだいぶ余裕ができた。見回すと、知った顔もあちこちに見える。多くの人たちと声を交わすことが出来た。副社長を辞めて、話題の自動車会社のコンプライアンス担当の副会長になったFさんに、「まさに火中の栗ですね。」と声をかけたら、「火中も火中、火が燃えてるよ。自動車買ってね。」

会った人の半分以上が、妻が国政選挙に出ていたことを知っていて「今度の参院選は出ないの?」と聞いてくる。こちらはやっとの思いでやめさせたと言うのに。だが、妻が民主党から出ていたと知っているからかも知れないが、結構民主党に期待していると言う人が多い。最近の新聞報道が揃って、自民不振、民主好調を伝えているのを眉唾の思いで読んでいたが、案外本物になるかもしれない。


July 3, 2004 =Sat=

近鉄球団の買収意欲を表明したライブドアの堀江貴文社長が今日はあちこちのテレビに顔を出している。肝心の近鉄球団側はすでに発表したオリックスとの合併を進める意向で、ライブドア側の申し入れは「断った話だ。」として相手にしない構えだ。これに呼応してプロ球界の明主を自認するナベツネこと渡辺恒夫読売新聞会長も「そんな若造は鼻にもかけない。」という態度を示している。だいたい誰がどのプロ野球チームのファンかというのはきわめて単純なきっかけが原因になっているようだ。私の場合、現在プロ野球にはあまり熱意はないが、子供の頃は「毎日小学生新聞」というのを取ってもらっていたことから、何となく「毎日オリオンズ」のファンになり、これが大映スターズと合併して「大毎オリオンズ」となり、さらにそれがロッテに買収されて「ロッテオリオンズ」という万年最下位のチームになってからもそこはかとない親近感を感じている。だが、大阪の実家が近鉄沿線にあるため、亡くなった父も弟も「近鉄バファローズ」のファンだった。昔は真珠を養殖している志摩湾にも近鉄の沿線が延びていることから「近鉄パールズ」といっていたが、「阪神タイガーズ」に似たところがあって、十数年に一度、突然目が覚めたように強くなって優勝することもあるが、ふだんはロッテと最下位を争うことが多いチームだったように思う。

近鉄球団の親会社、近畿日本鉄道は、大阪・難波を起点に名古屋へ向う大阪線と奈良へ向う奈良線、さらに天王寺を起点に飛鳥から吉野方面に行く南大阪線、さらにはいくつもの支線があり、日本で一番営業距離の長い私鉄だ。もう35年も前、当時のジャスコとの合弁子会社に出向し、その子会社がさらに近鉄と合弁で子会社を作った。(ダイヤモンドファミリーというこの子会社はいまでも存続している。)この会社に近鉄から非常勤役員として派遣されていた上山善紀氏が数年前まで近鉄本社の社長・会長を務めておられた。当時の近鉄は財務基盤も磐石で業績不振の球団子会社くらい楽に抱えていられたが、今やお荷物になりつつあるらしい。

しかし、今回の買収話を報道で見る限り、何かおかしいと思うことがある。まず伏線として、今年の2月頃、近鉄が経営改善策として命名権を30億円で売却すると言うアイデアを発表したが、これをナベツネ氏が主導するオーナー会議で却下したことがある。一企業の経営改善策として、命名権の買い手がつくなら非常に良いアイデアだと思ったが、野球協約とやらでオーナー会議での承認がないと出来ない仕組みになっているらしい。それが今回の近鉄がオリックスと合併すると言う話になると、ナベツネ氏は大歓迎という。球団の数が一つ減り、奇数になればどこか一チームは試合にあぶれることになる。これを避けるにはもう一チーム減らさなければならない。そうすると二リーグ制は維持できなくなり、一リーグになることが不可避となる。ナベツネ氏はこれを狙って、近鉄球団の存続につながる命名権売却を却下したのではないだろうか。彼の尊大な態度には、唯一の超大国となり世界を自分の戦略に従わせようとする米国大統領のミニチュア版という姿が重なって見える。彼らにとってみれば、せっかく一リーグ制への戦略が実現しつつあるところに、31歳の社長が率いるIT新興企業が名乗りを上げてくるのは迷惑以外の何者でもなかろう。野球ファンや選手たちにとっては、球団の数が減って縮小均衡になるのは決してありがたくない話なのだから。

だが、単純に考えてナベツネ氏はじめ、球界のエスタブリッシュメント側のやり方には、次の疑問が生じる。
  1. 株主代表訴訟
    近鉄本社の株主にとって、子会社である近鉄球団をオリックスに合併させるのと(合併比率はオリックス8に対して近鉄2という案になっているらしい)、ライブドア提示価格により同社に売るのとの比較で、経済的に後者が有利であるにもかかわらず、近鉄経営陣が前者を採択した場合、株主の利益を侵害されたことになり、取締役の背任行為として株主代表訴訟の訴因になる。
  2. 独占禁止法
    命名権売却案の却下や、新規参入者の排除を狙うオーナー会の存在は、一種のカルテル行為であり、公正取引委員会の介入対象になる。
ということで、ここは堀江君に声援を送りたい。


July 1, 2004 =Thu=


月が替わって7月になった。2004年も半分が終わってしまったが、今日は今の会社に入社してちょうど一年目にあたる。昨年の今日、初めて出社したとたんに資金的に手詰まりの状況にあると知らされ、愕然としたが、今年は夏場の閑散期に備えて運転資金の借り増しを計画しているものの、貸したいと言って来る銀行の方が多く、どれを断るかに苦慮するという様変わりの状況になった。全体としての業績がまずまずのところにあるからだが、一応財務責任者としての職責は果たしたと言えるだろう。代表権を持った社長、副社長が揃って海外に長期出張中でも会社が回っていくようになったのだから。

ブッシュねたのジョークばかりではバランスを欠くので・・・

In a survey of American women, when asked, "Would you sleep with former President Bill Clinton?"

86% replied, "Not again"



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