Diary


August 31, 2004 =Tue=

民主党の代表に岡田克也氏が無投票で再選された。例によって小沢一郎がいちゃもんをつけようとしたが、たいした影響はなかったらしい。しかし、代表選があるのかどうか分からないままに無投票で決まってしまうというのは、いかにもアピールに欠ける。現に岡田再選の陰で、内閣支持率はわずかながら回復し、民主党支持率が大きく下がっている。無党派の支持が高い民主党の場合、選挙のときは支持率が高くなるものの、選挙が終わってしまうともとの無党派に戻るため、支持率が低下するという法則があるらしいが、オリンピックが終わったタイミングで代表選をドンチャンやって政策論争を戦わせていれば、世間の関心も高まり、支持率離れにも歯止めをかけられたろうにと思う。それにしても沖縄での米軍ヘリ墜落問題とか自民党橋本派への日歯連ヤミ献金など攻撃材料には事欠かないのに、与野党ともに夏休みモードが続いているようだ。一般企業はとっくに夏休みは終わっているのに。


August 30, 2004 =Mon=

何か凄い強い台風が近づいているらしい。関東は直撃を免れるようだが、九州や四国・中国地方は大変らしい。今年は猛暑が続いたり、北陸で大雨の被害が続出したりと、どうも気象が不安定だ。

先日、京都の宝ヶ池プリンスホテルで行った「サマーセミナー」の関東版が今日と明日、茨木の水戸プラザホテルで行われるため、本社でもほとんどの人間がそちらに出払い、閑散としている。こちらは明日が決算日なので本社を離れるわけにはいかないが。


August 29, 2004 =Sun=

昨夜、息子が帰ってきたのはこちらが寝たあとだった。都合の良いときだけやってきて、用が済めばすぐに帰ってしまう。まあ、息子とはそんなものなのだろう。

スポーツジムに行ったあと、TSUTAYAに寄ってビデオを返し、ついでに新しく「日曜はダメよ」のビデオと「第三の男」のDVDを借りた。「日曜はダメよ」はギリシャを舞台にした1960年のアメリカ映画だが、妻がギリシャ映画を借りてきて欲しいというので、アンゲロプロス監督の作品を探したが、「その男ゾルバ」はこの前テレビで観たばかりだし、「旅芸人の記録」上下巻は貸し出し中だった。6泊7日の間に二本観る時間があるだろうか。

妻は夕方から神戸高校の同窓会に出かけていった。われわれの時代には神戸高校→神戸大学というルートが結構できていたので、神戸高校卒業生には私のほうの知り合いも多い。妻が出かけている間、家の内装の設計図と格闘していた。今済んでいるアパートの三部屋から家具を追放し、造り付けの内装にしようというプロジェクト。業者が描いてきた設計図ではどうもイメージが合わないので、自分で作り直してみるが結構難しい。

やがて帰ってきた妻も内装の検討に合流し、気がついたら1時半。テレビを見るとアテネオリンピック最終の男子マラソンをやっている。またも昔の通勤ルートを走る選手たちに見とれているとすぐに2時をまわってしまう。


August 28, 2004 =Sat=

今朝、妻がしょんぼりしているのでどうしたんだと聞く。顧問先から受け取ったお金をATMで入金しようとしたら通帳が一杯で記帳できなかったのでやめて帰ったが、そのときATMにお金を入れたまま忘れてきたのに昨夜寝てから気がついたという。今日は土曜だから銀行は閉まっているが、ATMには管理センターへ通じる電話がついている。朝方、妻の事務所で顧問先の人に会ってから、新宿西口の東京三菱のATMコーナーにでかけた。ここはもともと東京三菱の新宿西口支店だったが、西口広場を隔てた新宿中央支店に統合され、今はATMだけの無人店舗になっている。バブルの頃は銀行の支店はいやというほどあったが、メガバンクに統合され、さらに店舗統合のリストラで銀行店舗は減るばかり。そのくせ無人店舗のATMでは現金振込みが出来ないの、硬貨が使えないの、時間が過ぎると記帳も入金も出来ないのと不便なことばかり。自分たちのリストラに躍起で利用者のことなど眼中にないのだろうか。ともかく、ATMの電話で管理センターに照会したが、案の定、現金取り忘れの報告は来ていないとのこと。もしかして管轄の新宿中央支店か警察に届けが行っている可能性もあるかもしれないから、月曜になったら支店に聞いて欲しいという。まあ、だいたい税理士のくせしてATMの使い方も満足に知らない妻の方が悪い。私なら通帳が一杯だったらカードで入金するのだが。

せっかく出てきたのだから昼飯でも食べて帰ろうということになり、小田急ハルクの地下へ行くと、ギリシャ料理のランチをまだやっていた。オリンピックにあわせてか、今月中やっているらしい。1500円で前菜と肉または魚料理、それにパンとコーヒーが付く。出てきたのを見ると、非常に繊細ないかにも日本風のギリシャ料理というべきか、本場の素朴でぶっきらぼうなものとはまったく異質。味はまずまずだが、これではノスタルジーを感じるには遠い。

先週の日曜にTSUTAYAで借りたビデオ「エデンの東」を明日返さなければならないので、夜はこれを観る。昔観たけれど内容を忘れてしまっていると思っていたが、観てみるとどうやら初めてのようだ。ジョン・スタインベックの小説をエリア・カザンが監督・製作し、ジェームス・ディーンを世に送り出した1954年の作品。J.ディーンはこの作品で1955年のアカデミー主演男優賞にノミネートされるが、その年、24歳の若さで自動車事故で他界。思春期の青年の父親への反抗と愛憎を描いた作品は、1950年代には斬新だっただろうが、今から見るといかにもナイーブ過ぎる感じがしなくもない。



August 27, 2004 =Fri=

25日のニューヨークタイムズにこんな記事が。それにしても近鉄・オリックス対ライブドアと、UFJ・三菱東京対三井住友というアナロジカルな動きが同時並行的に進んでいるというのも面白い。ふんぞり返っていたナベツネオーナーが巨人の新人選手獲得に賄賂を贈っていたことに連座してこそこそとオーナーを辞任したのは、銀行合併劇では誰に当たるのだろうか。もしかすると日歯連からの1億円献金をごまかして政治資金規正法で追及されつつある自民党橋本派が絡んでいるのかもしれない。役割の類似性以外に何の根拠もないが・・・


August 26, 2004 =Thu=

I'm considering to leave my job. It may take several months before doing so because I can not leave the company without fulfilling my responsibility. The company must find somebody to replace me and I must hand over my duties to the successor. I like the company and I like the boss personally. But anyway while I would be patient with my boss mixing up public and private, I can not put up with myself to be forced to sacrifice my private life. Maybe I could stand once or twice, but no more. As my boss said this was the culture of the company, there are culture contradictions between the company and me. I'm too old to change myself to accept the culture which is totally different from mine. My wife also supports me and recommends to quit from the job if I do not like it. But it may be too early for me to retire. I'll slowly start looking for a job in differnt fields.


August 25, 2004 =Wed=

研修日2日目のメインは婚礼美容のコンテスト。まずは2人一組の選手が7組と、それぞれの組に洋装のモデルが登場し、選手二人が分担して規定の時間内にヘアとメイクを施す。それが終わると次は3人一組の選手と交代し、洋装花嫁スタイルになったモデルのヘアとメイクを和風に変え、和装の婚礼衣装に着替えさせる。これを20分程度でやってしまう。若い美容師が手際よくヘアやメイクを整えていく様子には感心したが、全体としてあまりにセレモニアルで、会場の設営や運営に必要以上の労力をかけているような気がする。まあ、これも形式を大事にするというこの会社の方針なのだから仕方ないか。

往復の新幹線で、読みかけの「Da Vince Code」がだいぶ捗った。聖杯伝説の「聖杯(Grail)」とは、実は聖杯は喩えであってその実態は思いがけないものだった。マグダラのマリアが実はイエス・キリストと結婚しており、その子孫も居るという。新約聖書自体が権力者の都合により取捨選択され書き換えられてきたため、マグダラのマリアの実態は聖書から外されてきたが、当時から続く秘密結社がマグダラのマリアの墓、キリストの子孫などの秘密を受け継いできている。この秘密結社の歴代の代表には、ボッチチェルリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アイザック・ニュートン、ヴィクトル・ユーゴー、クロード・ドビッシー、ジャン・コクトーなどがいる。この秘密が表沙汰になると従来のキリスト教の教義が根底から覆るため、ヴァチカンは結社から秘密を取り上げようと躍起になっている。「死海文書」などにもこのことが書かれており、ヴァチカンがその公表を抑えている。

などというとんでもない筋書きだが、そういえば以前読んだ死海文書に関する本にも、文書の内容にキリスト教の教義を根本から覆す内容が含まれているため、ヴァチカンが圧力をかけて公表を遅らせているといった記載があったように覚えている。


August 24, 2004 =Tue=

京都・宝ヶ池のプリンスホテルに西日本地区の店から100人余りを集めた研修会。今日のメインは田原米子さんの講演。この田原さんという人、高校生のときに非行を重ねた末に小田急線新宿駅で発車直後の列車に飛び込み、奇跡的に一命をとりとめたが、左腕と両足を切断、右手も3指を残すだけの体となった。その後、牧師志望の青年と出会い結婚、キリスト教に入信、3本の指と15センチほど残った左腕、それに義足により自立生活をはじめ、二人の娘を育て上げる。現在67歳で今日も千葉県の自宅から京都まで新幹線で日帰りするなど、色んな講演会で活動しているという。3肢がなく指も3本しかない、というのではなく、指が3本もある、というプラス思考で明るく力強く生きるという話は、こうした企業の精神訓話にはうってつけの題材なのだろう。


August 23, 2004 =Mon=

明日は仕事だから早く寝ようと思いながら、結局3時過ぎまで観てしまった。アテネ五輪の女子マラソン。トップを走る野口選手が金メダルを取る瞬間を見ようと思ったのもあるが、テレビをつけたときすでに半ば以上を過ぎていて、「まもなくアレクサンドロス通りを渡ってバシリシス・ソフィアス大通りに入ります。」という実況アナウンサーの声に反応した。「何だこれは。昔の通勤ルートじゃないか。」

マラソンの起源は、紀元前490年にマラトンの戦いでペルシャ軍に勝ったギリシャの兵士が、アテネまで走って勝利を伝えたという伝説に遡り、これにちなんで1896年にアテネで開かれた第一回近代オリンピックで初めてマラソン競技が行われた。この距離が42.195Kmだったことからマラソン競技の公式距離が決まったといわれるが、実際のマラトンからアテネまでの距離はこれより短く、マラソンの距離が42.195Kmとなったのは1908年のロンドン・オリンピックのときであり、1924年のパリ・オリンピックからこれが公式の距離と決められた。(エンカルタ総合大百科より)

今回のルートがどうなっているのか探したらこんな地図が見つかった。これは昨年行われたアテネマラソンのルートマップだが、オリンピック・マラソンも同じコースだそうだ。この地図によると、マラトンを出発して14Km地点の近くにマチという町がある。ここの海辺の海水浴場には家族でよく出かけたものだ。18Km地点の曲がり角を左に行くとラフィナという港町がある。アテネからここまで車で魚を買いに来たこともある。ここから山道に入り、32Kmのスタブロスあたりに来るともうアテネ市街だ。33Kmのハランドリは私たちが住んでいたところ。もっともこの道はメソギオン通りであり、私たちが住んでいたカト・ハランドリ(下ハランドリ)はもっと北側のキフィシア通りに面していた。この辺りから道は下り坂になる。冒頭のアレクサンドロス通りを渡ったところでメソギオン通りとキフィシア通りが合流してレオフォロス・バシリシス・ソフィアス(ソフィア女王大通り)となる。私の通勤路は、キフィシア通りからバシリシス・ソフィアスを突き当たったシンタグマ広場に行くのだが、マラソンの方はヒルトンホテルの前でバシリシス・ソフィアスから分かれるレオフォロス・バシリウス・コンスタンチヌー(コンスタンチン王大通り)を進んで、第一回近代オリンピックの会場だったスタディオンが決勝地点となる。

そういった訳で眠気をこらえて一日を終えたが、明日、明後日と京都で会社の研修会がある。今晩から新幹線で大阪へ行き、八尾の実家に一晩でも泊まって、そこから京都へ行くことにする。

I was called into the boss's room. He was not happy with me as all the members of my team except the youngest boy did not attend his sixtieth birthday party. Frankly, at the beginning, I could not understand what he said, because, his birthday was his private matter and the weekend was my private time. What I understood finally was that he runs his company requiring royalty from the staff. Staff is required to show his royalty by attending voluntarily the boss's private celebration even on weekend. I understand his position: in order to run such a privately owned company it may be necessary to require the staff to show royalty (even though it maight be a fake royalty), otherwise the company might break up. But this is his logic. I have another logic and another way of living. Too difficult to compromize.


August 22, 2004 =Sun=

いつもの西新宿のスポーツジムを出たのが3時過ぎ、急いで歌舞伎町の「シネマジョイ3」に行くと、3時20分の上映開始には間に合ったものの「満席です」と言われる。マイケル・ムーア監督の「華氏911」先週から恵比寿シネマガーデンで先行公開していたが、昨日から他の映画館でも公開された。歌舞伎町にはそぐわない内容だから空いているのではと期待したが外れた。「今から自由席券を買って次の上映の30分以上前に並んで頂ければご覧になれます」と言われたが、次は17時45分。少しは涼しくなったとはいえ、30分以上も並ぶのは勘弁して欲しい。朝一番の上映なら空いているだろうからこの次にすることにした。Yahoo! Moviesによると、昨日から上映開始の映画館では、どういうわけか上映期間は明日までの3日だけになっているが、また他の映画館でもやるだろう。

ということで、歌舞伎町から新宿駅東口のTSUTAYAへ行き、ビデオを二本借りた。妻が習っているフラメンコのビデオともう一本はジェームス・ディーンの「エデンの東」(何と古い・・)次に近くの回転寿司で昼夜兼用の食事をして、プリンスホテル8階にある100円ショップで買い物。レンタルビデオ、回転寿司、100円ショップと来れば、まさにデフレ時代の典型的な業態だろう。とくに回転寿司、100円ショップは日本発のビジネスモデル。驚くのは100円という制限の中で品揃えが実に豊富なことだ。傘もビニール傘だけでなく3段式の折畳み傘まで100円だ。他にもこんなものが100円?とうならせるものも多い。流石にこの店にはないが、妻が好きな大久保の100円ショップでは野菜まで売っている。家の下が食品スーパーなので、そこで買えばいいものを、スーパーの特売日以外は妻は100円ショップで野菜を買っている。ちなみに回転寿司の方は、二人で5皿ずつとビール一本で2100円だった。・・・こんな生活スタイルって、60代の夫婦には似つかわしくないのだろうか??


August 21, 2004 =Sat=

土曜日だが月に一度の出勤日に当たっており、一日中仕事をする。定時に退社して家に帰ると、ちょうどBS放送で映画「スパイ・ゾルゲ」が始まるところだった。去年の6月に観た映画だが、食事をしながらついまた観てしまう。昨日、やはりBSで解説をしていたが、この映画に出てくる戦前の街並み、とくに銀座四丁目あたりの光景はセット撮影ではなくCGを使ったものだそうだ。服部時計店(現・和光)前を戦前の服装の人たちが行き来する場面は、CGで作った風景と人物の実写とを合成したものらしい。二度目になるといろいろアラが見えてきて、木本雅弘扮する尾崎秀実が特高に裸にされて拷問される場面があるが、典型的なインテリだった尾崎が筋肉隆々としているのは場違いな感じだった。

「スパイ・ゾルゲ」の後は、妻が地上波のNHKに戻す。先週に続いて「冬のソナタ」今日が最終回となっている。よくよく聞いてみると、この放映は初めてではなく、これまでBSで何度か放映されていたのが、徐々に評判を呼んで、今回は地上波での放映になったらしい。愛し合いながら異父兄妹であることが分かり、別れの決意をするが、実は兄妹ではないことを知った男は、しかし事故の後遺症で早急に手術をする必要に迫られている。手術が成功しても失明の可能性が高い。兄妹ではないことも、手術のことも相手に知らせぬまま、ライバル(実は弟と判明)に恋を譲って母の要る米国で手術を受けるべく男は出発する。弟の方から、出生の秘密と手術のことを明かされた女は、ニューヨークに男を追いかけろという弟の勧めを断り、予定通りパリに留学する。そして3年が経過、設計技師である女がかつて設計しながら建築を諦めた建物を男が完成し、その建物で失明した男とパリから帰国した女が再開する、といったエンディング。最後の二回を見ただけなので何ともいえないが、いくら韓国の経済成長が著しいとはいえ、登場人物がいずれも豪邸に住み、高級車を乗り回している上、失明して視力を失っても資力のほうは衰えない、というのはどういう設定になっているのだろうか。

ともかく今夜は映画とドラマを立て続けに観てしまったが、妻は昼間も仕事が手につかず、今日は一日テレビを観て過ごしたらしい。


August 20, 2004 =Fri=

Many of the company colleagues will meet this weekend at the company's seminar house near the Yamanaka Lake to celebrate 60th birthday of the president. I will not join it mainly because I have lot of works to finish before the setting day of thebalance sheet. But I would not join even in the absence of the work. People who are accustomed to the habit in the one-man company seem to consider it their obligation to join such meetings. and sacrifice their weekend. For me, weekends have more importance.

一昨日、暑さに衰えが感じられるなんて書いたが、今日の昼間の暑さは最盛期のそれに劣らない感じだった。こういうのを本物の残暑というのだろう。

日経新聞に連載されている「私の履歴書」今月は元参議院議員の山口淑子(李香蘭)でこれが面白い。というか、若い頃から何と言う華やかで、何と言う過酷な人生を生きてきたのだろう。今の民主主義の世の中では、冨が平等にばら撒かれているように、人生の華麗さも過酷さも、広く薄く、多くの人々に分け与えられているのが、あの時代にはごく少数の選ばれた人間に、集中していたのかもしれない。


August 18, 2004 =Wed=

夏が戻ってきた。しかし、一頃の暑さに比べると何か衰えが感じられる。歳をとるにつれて季節の変化に敏感になるのかもしれない。

だが、現実は季節の移ろいを眺めていられる状況ではない。いずれも細かいことばかりなのだが、次々と問題が発生し、どっぷりと実務に浸かってしまっている。この会社に来るときにはこんな約束ではなかったといまさら言っても始まらないが、歳をとって実務から抜けられないのは厳しいものがある。早く人を育てて後を譲りたいのだが、いろいろと障害もあってままならない。まあ、愚痴を行っても仕方がないか。


August 17, 2004 =Tue=

アテネ・オリンピックでは日本が1976年のモントリオール以来28年ぶりに体操男子団体で金メダルを獲得するなど、好成績が続いている。ある人の分析では国際試合でのスポーツ選手の活躍と景気動向は逆相関関係にあり、日本選手の成績がよいとその後は景気は下降局面に入り、逆に日本選手が振るわないときは日本経済は上昇するというジンクスがあるらしい。そうすると、秋以降日本経済は下降局面に入るのだろうか。

こんなのが日本最大の発行部数を誇る新聞の主筆だというのだから呆れる。彼が巨人のオーナーを辞めたのは明治大学の選手を獲得するために巨人が裏金を渡していたことの責任を取ったということになっているが、本当のところは一リーグ制問題を巡る彼の不遜な態度に非難が集まり、新聞本体に影響が及ぶことを嫌ったのだろう。老害は早く引っ込んだ方がいい。あ、こちらもか・・・


August 16, 2004 =Mon=

短い夏休みが終わって会社に出勤すると、案の定やたらに忙しく、昼食も抜きとなる。体重を減らすには時々昼を抜いた方がいいのだが・・・朝方は暑さが戻るかと思ったが、夕方はかなり涼しく、昨日に続いて異常な猛暑も影を潜めた感じだ。

近頃頻繁に入ってくるスパムメールにこんなのがある。→http://catvmagic.12345.pl/
ケーブルテレビに繋がってさえいれば、スクランブルを解除し、すべての放送が無料で見られる万能CATVチューナーだそうだ。Q&Aには、「この装置は違法ではないのか」とのQに対して「売買することは違法ではない。しかし、ケーブルテレビ会社との倫理上の問題があるので、自己責任で解決して欲しい」とわけの分からないAが載っている。同じメールの下のほうを見ると、メールの差出人はソフトの販売もやっているらしく、Office 2003 pro 10,000円、Office XP pro 4,000円、Photoshop 10,000円などと激安価格。しかしこれも「すべてユーザー登録はできません。内容に関するご意見・ご質問はそれぞれの企業に直接お問合せください。」と書いてある。差出人の名前を見てみると、「ジャパネットたかだか」とあった。


August 15, 2004 =Sun=

「冬ソナ現象」とまで言われる韓国ドラマ「冬のソナタ」を始めて見た。妻も結構はまっているらしく、毎週夜中の12時ごろにNHKで放映されるのを見ているらしいが、昨日はオリンピック中継のため「冬のソナタ」は午前2時からとなるので、ビデオを録っておいて欲しいという。今あるビデオは2年か3年前に買ったもので、ビデオとDVDが一つになっている。今ならHD付きのDVDを買うだろうが、何となく操作が面倒で、レンタルビデオやDVDを見るのにしか使っておらず、タイマー録画はやったことがない。しかし、2時まで起きていて録画ボタンを押すのも癪なので、操作マニュアルを見ながら何とかGコード録画をセットした。朝起きてみるとちゃんと録れていたので、朝食を取りながら約1時間のドラマを見ることになった。確かに画像も音楽も美しく、出演俳優も魅力的で、純愛ドラマが受ける背景も理解できる。しかし、1回しか見ないで偉そうなことも言えないが、ストーリーの仕立ては昔の日本の「君の名は」のように一つのテーマを何度も形を変えて出してくるという手のように思える。今回のストーリーは、波乱を経て愛し合った二人が、実は同じ父を持つ異母兄妹だったことが分かり、別れを決心する。ところが、交通事故の後遺症で倒れた男を病院に運んだ、男の母親のかつての恋人が、その病院で血液検査をしたところ、男は自分の息子であることが判明。つまり男と女は異母兄妹ではなかったことが明らかになる。その頃、傷心の女は韓国を離れてフランスに留学を決意する・・・何か、一度は終わりかけたドラマが、人気が高いため何とか続ける方向でシナリオが変更になった、というような感じがするのはひねくれ過ぎだろうか。

妻とスポーツジムへ出かけるが、昨日までの猛暑が一転して肌寒い小雨が降っている。東京都心で、最高気温が30度を超える真夏日は、昨日で連続40日の新記録を樹立したが、今日は最高気温が20.8度で10月下旬並みという。世界各地で異常気象が続き、先日観た「デイ・アフター・トゥモロー」が現実になりかねない。スポーツジムを出て、小田急ハルク地下のレストランでギリシャ料理の特別メニューをやっているというので、昼夕を兼ねて食べてみようと行って見た。ハルクの入り口の横に昔懐かしい「氷」の旗を見つけ、ジムの運動で喉が渇いていたので、レトロな「甘味喫茶」に入ってみた。「イチゴ」「メロン」などが570円、「抹茶」が620円など、結構高いが、「イチゴ」と「抹茶」を一つずつ注文する。

かき氷で思い出すのは1959年の夏。私は高校三年だった。私の高校は甲子園に出場していたが、同時に大学受験を控えた最後の夏で、受験生にとっては甲子園どころではなかった。しかし、大阪府予選の段階からすべて1点差で勝ちあがってきた母校の野球を気にするなというのは無理だった。予選決勝は公立高校同士の対戦となったが、1点差で制した。甲子園初戦は、走者3塁で平凡なショートゴロ、これがイレギュラーバウンドとなり、ショート頭上を超えたのが決勝点となった。二回戦は4点リードの9回に追いつかれ、延長10回表に1点を勝ち越された。これで勝負あったかと思ったが、その裏、2アウトから同点に追いつき、走者2塁で打球は浅いライトフライ。必死で突っ込む右翼手が走りながら差し出すグラブの10センチ手前にボールは落ちた。これで逆転サヨナラの一点差勝利。ここまではテレビで見たが、三回戦の天理高校戦の日は模擬試験の当日。ちょうど試合時間が試験の最中になる。受けに来ている生徒の過半数がわれわれの高校。当然試合結果が気になる。試験が終わるや否や、試験官が黒板に「八尾3−天理2」と大書。歓声が上がる。これで次の四国・西条高校との準々決勝には応援にいける。学校から出るバスに乗って初めて甲子園球場に行った。その年の優勝工となる西条は流石に強く、母校はあえなく甲子園を去った。バスで学校まで帰り、友達と別れてまだ高い陽射しの中を歩いてかえる道すがら、一人で氷屋に入り、「みぞれ」を食べた。その時の味や食器の形までがなぜか鮮明に記憶に残っている。

ギリシャ料理の特別メニューは、ランチメニューで3時までなので、結局ありつけなかった。といって夕食には時間が早いので、妻に付き合って西武新宿のユニクロへ。Tシャツを2枚買ったが、さっきの氷2杯よりこっちの方が安かった。


August 14, 2004 =Sat=

朝、目が覚めてベッドに持ち込んでいる携帯テレビをつけたらアテネ・オリンピックの開会式をやっていた。小さな、ノイズの多い画面で見たのであまりよく分からなかったが、会場設営が間に合うかどうかが問題になっていた割にはなかなか立派なセレモニーが行われたようだ。ぎりぎりまでやきもきさせるが、やることはやるというのがギリシャ人気質なのだろう。しかし、昔の経験によれば結構手抜きも多いので、今後、メイン会場の屋根が落ちたりしないことを祈る。

宜野湾市の沖縄国際大学構内に米軍ヘリが落ちた事件で、米軍側が立ち入り禁止措置を実施し、沖縄県警も調査できない状況だという。息子が琉球大学に入った当初、宜野湾市に住んでいた。そこから大学へは、普天間基地を迂回して行かなければならない。広大な基地が沖縄の人たちの生活を切り裂いていた。たしか1968年に米軍のファントム戦闘機が九州大学の建築中の建物に墜落したことがあった。あの時は大学側が戦闘機の残骸の引渡しを拒否し、しばらくの間、建物の鉄骨に戦闘機が引っかかったままになっていた。沖縄国際大学というのは私立の大学だが、大学の敷地内に外国の軍隊を受け入れるというのは、昔風の「大学の自治」の観点からは理解しにくい。この大学はどういう立場の大学なのかと思ってホームページを覗いてみたが、余り理念とか信念とかは書かれていないようだ。学長の挨拶でも、「少子化時代の趨勢のなかで、多くの学生が従来と違って受験という試練を受けずに入学してきます。これらの学生のなかには、大学教育を受けるに必要な基礎学力がまだついていない学生もいます。そのような学生への対応は、目下のところ各教員の個人的な努力に頼っていますが、大学として有効な方法を検討したいと考えています。」と、何となく情けなさそうなことを言っている。これでは、「自治を守ろう!」などと立ち上がる学生も居そうにない。


August 13, 2004 =Fri=

昨日今日と2日の盆休み。昨日は会社に出て書類整理に半日を費やしたが、今日は家での宿題を片付けた。宿題は妻の関係する政治団体の処理。民主党本部から、2001年の参院選の際に設立した政党支部「民主党参議院比例区第34総支部」を早く解散するよう言われていたが、面倒だしそのまま放っておいていた。今日の休みにやっとその気になって作業に取り掛かる。ついでにもう一つの政治団体である「後援会」も解散の届出書類を作成する。解散するには、解散届けに加えて、今年はじめから解散時までの収支報告書を提出しなければならないが、「総支部」の方は代表者である妻からの借入金が残っている。自分が代表を務める政党支部に寄付を行う場合は政治資金規正法に抵触しないことを選管に電話で確認し、借入金相当額を寄付した形で処理することにした。政治資金の収支報告書は、妻が町田市議になった1994年からずっと作っているので要領はわかっている。余り他では役に立たないノウハウだが。民主党本部が作成したエクセルのフォームを利用してちょこちょこと仕上げる。午後から、都庁北棟39階にある選挙管理委員会事務局に出向き、提出して完了。これで毎年3月に恒例となっていた収支報告書の作成から解放される。

都庁から出て目の前の住友ビルで、いつものスポーツジムに行く。平日に来ることは余りないので、空いているだろうと思ったのは間違いだった。それもそのはず、このジムは比較的高齢者が多く、平日利用する人も結構多い上に、夏休みで子供向けの水泳教室をやっていたりする。

今朝未明の男子サッカーはパラグアイに4−3で敗れたが、アテネ五輪の影響でテレビもギリシャ関係の番組が多い。BS放送で「その男ゾルバ」(1964年、原題: Zorba the Greek)を見る。有名な映画なのに今まで見ていなかった。白黒画面に描かれたクレタ島の田舎の風景と風習、ミキス・テオドラキスの音楽と陽気な中に悲哀をかきたてられるシルタキダンス。やはりいい映画だった。クレタはエーゲ海クルーズの中で一度だけ訪れ、クノッソス宮殿跡などを見ただけだったが、あの当時この映画を観ていれば、映画の舞台になったような本当の田舎へも行ってみたかもしれない。


August 12, 2004 =Thu=

会社は今日から盆休み、といっても今日と明日だけだが。しかし、今日は11時ごろに会社に行って、普段出来ない書類整理をやった。とにかく店舗開設の契約から町内会の行事まで、何でもこちらに回ってくるので、いくら片付けても机の上はすぐに書類で埋まってしまう。今日、整理しながら一計を案じたのは、ややこしい書類はすべてスキャナでパソコンに取り込み、書類そのものはシュレッダーにかけてしまうことだ。オリジナルが必要な書類なんてそうはないから、これをうまく使えば紙の書類は少なくて済む。あとはPCの中のデータをどう整理するかだ。幸い、最近導入したコピー複合機はスキャンした書類をPDFに変換してPCに取り込む機能を備えている。それでも何だかんだで整理が一通り終わると6時になってしまった。

今日も最高気温が30度を超す真夏日となり、真夏日連続38日の新記録となった。しかし、立秋も過ぎているせいか、暑い中でも何となくピークアウトした気配が感じられる。だが、アテネオリンピックの開会式を控えたギリシャでは暑さは本番といったところだろう。開会に先立って行われた女子サッカーでは優勝候補のスウェーデンに日本が快勝した。サッカー会場となったのはギリシャ中部の港町ヴォロス(Volos)だそうだ。今夜、日本がパラグアイと対戦する男子サッカーの会場はテッサロニキだ。アテネが東京だとすれば、ギリシャ第二の都会テッサロニキはさしずめ大阪といったところ。ヴォロスは浜松あたりだろうか。ラリサなら名古屋というところだが、ヴォロスはもっとずっと小さな町らしい。昔ギリシャに住んでいたときにも、ヴォロスなんて聞いたことも、もちろん行ったこともなかった。

テッサロニキのほうは、陽極棒を製造する化学品関係の合弁会社があったので時々行ったことがある。ギリシャも北部なのでアテネと違って普通のヨーロッパ都市の雰囲気がある。このあたりはマケドニアといって、アレクサンダー大王の出身地だ。博物館にはアレクサンダー大王時代の遺物が数多く展示されている。1991年に旧ユーゴスラヴィアの一部がマケドニア共和国として独立したとき、マケドニアの名称をめぐってギリシャと対立し、結局、マケドニア・旧ユーゴスラヴィア共和国という名称を暫定的に採用した。テッサロニキはもちろんギリシャ読みだが、欧米人はサロニカと読むことが多い。


August 11, 2004 =Wed=

東京高裁が地裁の決定を覆し、三菱東京FGとUFJとの統合交渉を認めた。高裁の決定は、地裁と同様にUFJ信託銀行と住友信託銀行との基本合意の法的拘束力を認めたものの、UFJ側が合意を白紙撤回し、これに対して住友信託がUFJと三菱との交渉差し止めを求める法的措置を取ったことで両者の信頼関係は失われ、基本合意は実効性を失ったというもの。40年間三菱グループの中で過ごしてきた者としては喜ばしい結果だし、ごたごたの中に強引に割り込もうとする三井住友銀行のやり方も嫌らしい。だが、住友信託が「法律的にはうちの方が正しいと言っておきながら、裁判所に訴えたから信頼関係が崩れたなんて裁判所が言うのはおかしいじゃん」と最高裁に抗告したのは「そりゃそうだよな」という気がする。


August 10, 2004 =Tue=

藤田君から久し振りのメール。以前は大学の同期会の常連で、ここのBBSにも書き込みを入れてくれていたのが、突然どちらからも姿を消してしまい、どうしたのかと気になっていた。メールには3月に奥藤君がくれた書き込みに5月になってレスを入れたとあったので、BBSを読み返してみて初めて彼の書き込みに気がついた。低調とはいえ、BBSを主宰している責任上、自らもっと気をつけて見ているべきだったと反省。


August 9, 2004 =Mon=

7時過ぎに会社を出て家に電話を入れると、「今日はまほちゃんが手作りの夕ご飯を作ってくれるから、まっすぐ帰ってきて」政治家として派手に活動しているように見える彼女だが、意外に料理が上手だ。来月、妻と高松に行くのでその打ち合わせに来たついでに夕飯まで作ってくれたらしい。1966年の丙午生まれだが、最近は公私にわたっていい話が進んでいて、それについても意見を求められる。親子ほど年が違うくせに、不思議と妻とうまが合うらしい。実現するのかどうか不透明だが、妻をモデルにして政治の裏の世界を赤裸々に描いたドキュメンタリーを彼女が書くという話しもあり、いつの間にか話題がそのドキュメンタリーの取材になり、いろいろと質問を受ける破目に。気がつくと夜中の一時をまわっていたりする。


August 8, 2004 =Sun=

妻が青森から帰ってくるのは10時過ぎになるというので、妻に頼まれた仕事以外に、溜まっていて週末にしか出来ない細々した仕事をいくつか片付けることが出来た。仕事をしていると遠くで雷鳴のような音が聞こえる。さっきまで晴れていたのにと思いながら聞き流していたが、雷鳴はいつまでも続く様子だ。おかしいなと思って外に目をやると、家の真正面近くに花火が上がっている。そうだ、確か去年の夏も見えたのを思い出した。新宿御苑だろうか。この方角には国立競技場だの神宮球場だの秩父宮ラグビー場だの、花火を上げそうな場所がいくつもある。一人でビールを飲みながら遠くの花火をみるのもいいものだ。父の句に、「遠花火 見るには稲架(はさ)が少し邪魔」というのがあった。都会の真ん中では稲架などあるはずもないが、ちょうど花火の上がる場所にある「JCBカード」と「三井住友VISAカード」のネオンサインが無粋な感じだ。「遠花火 見るにはネオン少し邪魔」花火は一時間以上も続いていた。


August 7, 2004 =Sat=

昨日から妻は娘と二人で「ねぶた祭り」を観に青森に行っている。私も誘われたが、何も好き好んで人の集まるところへ出かけなくても、と断った。それで娘に声をかけたのだが、こちらは夫を放り出して行くという。しかしその夫は東京駅まで見送りに来たそうだ。妻は身体が動けなくなるまでにいけるところは行っておきたいということで、今後も九州、鳥取砂丘、台湾などの計画を立てている。私が余り休みを取れないので長い旅行は難しいのだが、九州と鳥取は付き合うことになっている。台湾は政治仲間のWさんを引きずり込むらしい。ただ、自分が遊びに行っている間も、こちらにはちゃんと仕事を残していっている。お陰で今日もスポーツジムに行った以外は夜の12時過ぎまで仕事になった。


August 6, 2004 =Fri=

I had lunch together with two lady colleagues, one of whom was a nailist. She said she was working six days a week as a nailist and as an instructor of nailing art. She said she was happy to work hard because she loved the job. Although I'm working for a cosmetic company, I hardly understand those people in this line of business are willing to stay in the closed world of cosmetician. Only a few of them will obtain good fame and fortune, but others will not escape from their life as underling. What are their motivations? Pursuing beauty?

午後、突然の来訪者が会った。パナマで興銀の所長をやっていたT君。今は旧興銀と大洋漁業で作ったインハウスの旅行代理店の社長をやっている。パナマにいる頃から第二パナマ運河計画に関して会社同士が同じグループを形成していたこともあって付き合いが深く、よく遊びにも出かけた。彼はカリブ海諸国もテリトリーに入っていたので、トリニダード・トバゴやバルバドスに出張する際、こちらも仕事を無理やり見つけて同行したこともあった。彼が帰国後は五反田の支店に着任し、当時子会社に出向していた私は、余り地の利の良くない五反田支店と取引を開始させられた。その後彼はフィリピンの銀行と合弁で作ったリース会社の社長として長くマニラに居た。その間に私の娘が結婚したが、その相手の父親(舅)が彼の従兄弟ということが判明し、図らずも親戚同士になってしまった。一度酒の席でも設けよう。


August 4, 2004 =Wed=

会社では事業の一環として美容関係の教室を開いているが、一定の教科を終了した人に出す修了証書に併記する英文を作って欲しいと頼まれた。ネットで探せば適当なサンプルがあるかと思って、yahoo!で"diploma"と入力して検索してみた。そこで驚いたのは、ネット上で偽の卒業証書や成績証明書が堂々と売られていることだ。

たとえばこのサイト。卒業証書、成績証明書、卒業証書用のケースの3点セットで375ドルのところセール価格295ドル、送料無料とのこと。Receive a high quality novelty fake diploma within 10 days!!  
このサイトのFAQを見ると、

Q: Can I use this diploma as the real one? Is this a Legal Diploma?
A: Although our diplomas and transcripts are often higher quality than those actually issued by educational institutions, they are intended for "Novelty And Entertainment Use Only";, and ARE NOT intended to be presented as legitimately earned documents.

あくまで冗談ですよ、ということで、まあ許されるかもしれない。

しかし、こっちのサイトでは”Make your PAST and FUTUTR in 30 days"なんていうキャッチフレーズで、FAQには

Q: Is this a legal degree?
A: Yes, all colleges and universities we represent are registered to issue degrees for distance learning and portfolio assessment. This is a legal degree. You may include it on your resume, business cards, letterhead, passport, web site, job application, or any other official document you fill out.

などと書かれている。10日で取れるのはまったくのFakeだが、30日かければ正規の通信教育を終了したという学歴が与えられるということらしい。学歴詐称で追及されているどこかの代議士など、こっちにしておけばよかったのに???


August 3, 2004 =Tue=

前の会社の2年先輩であるHさんから暑中見舞いの葉書を頂く。暑中見舞いなど出したことがないし、申し訳ないことに頂いた書中見舞いの返事も出さないのに、Hさんの方からは毎年頂戴する。いつも有名な和歌の替え歌が二三首書かれている。「孫たちの泣きつる方を眺むれば 放り出したるおもちゃ残れる」などという、余り面白いものではないが日常の一断面を捉えている。以前は仕事に関連してもっと肩肘の張った替え歌もあったが、だんだんと心境も変わって来ているのだろう。Hさんとの縁は、私が1991年に日本防蝕工業という鉄の腐食防止の工事会社に出向したときの前任者だったことだ。彼は日本防蝕から日本レジャーカードサービスという、パチンコカードの会社に出向先が変わり、その後に私が着任した。そのときの転任挨拶状にはたしか「棲み慣れた鉄の世界の錆落とし 玉の世界に早く馴染まん」というような歌が書かれていた。今はキューブシステムという会社の監査役をしているらしい。今年もこちらから暑中見舞いの返事を差し上げるのは勘弁願い、メールでのご挨拶で許して頂こう。


August 2, 2004 =Mon=

自動車のナンバーというのは陸運局で順番につけられ、好きな番号を選ぶことはできないと思っていた。今の会社に来たばかりの頃、社長とある銀行の前で待ち合わせた。先に来た私が何気なく銀行の前に止まっている車を見ていて、ナンバープレートの番号の同じ車が3台も並んでいるのに気づいた。もちろん最初のひらがなは違うが、数字は全く同じ。やってきた社長に、「これ、やくざの車ですかね。3台も同じ番号なんて気持ち悪い。」と言ったら、社長は変な顔をして、「うちの兄弟の車もみんな同じ番号ですよ。」・・・社長の兄弟は5人がいずれもが先代からの事業を引き継ぎ、それぞれの会社の社長を務めている。その社長車のナンバーがみんな揃って2424だとのこと。この一族のラッキーナンバーが24だと知ったのはそのときのことだ。

息子が買うことにした車も、番号を選択できる。好きな番号をつけるには手数料を払わなければならないが、その手数料をサービスさせたのだ。RX-8という車種なので「8番(・・・8)」にしたらというのが販売店のアドバイスだった。そんな番号が本当にあいているの?と思ったが、販売店は大丈夫だという。それならと、第一希望は「1番」第二希望「8番」第三希望「7番」と申し込んだら、今日になってどれも抽選だという。そりゃそうだろう。好きな番号を選べるなら、誰だって若い番号を欲しがるだろうし、同じ番号がそういくつも取れるわけがない。

車の番号といえば、ギリシャで乗っていた車の番号は今でも覚えている。「OA5775」だ。これをギリシャ語では「オミクロン・アルファ・ペニンダ・エプタ・エブドミンダ・ペンデ」と読む。ギリシャ語の単語を覚えるとっかかりにしていたわけだ。パナマでの車の番号は覚えていない。覚えていないのは理由があって、パナマでは毎年車検があり、その都度番号が変わるのだ。これはもちろん、政府がナンバープレート発行手数料を稼ぐためだ。外交官の車のプレートも例外ではない。各国大使の車の番号は、毎年前年より若い番号になる。外交官の席次は在任期間が長い方が上になるので、若い番号ほど席次が高い証拠だ。当時の大使も、来年になれば一桁の番号が貰えると、われわれからみるとつまらない事を楽しみにしていた。このナンバープレートは刑務所で囚人たちが製造している。私も当時、ナンバープレート用の亜鉛鍍金鋼板の引合をパナマの刑務所から受けたことがある。成約には至らなかったが。


August 1, 2004 =Sun=

昨日は台風の影響で風が強く、屋根の塗料の剥離したのが庭に飛び散っていた。朝、庭の掃除をしてこれを片付け、昼前に実家を出発、1時過ぎののぞみで帰京した。

往復の新幹線で、読みかけの"The Da Vinci Code"のページがだいぶ進んだ。といってもやっと半分を過ぎたところ。どうやら聖杯(The Holy Grail)伝説がテーマになっているらしい。今晩、テレビのチャンネルを回していたら、考古学者が聖杯を捜し求める映画があった。"The Da Vince Code"が映画化されてもうテレビで放映されているのかと思ったら違った。映画は「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」ハリソン・フォードとソーン・コネリーが主演、スティーブン・スピルバーグ監督の1989年作。コミカルタッチのアクションものだった。



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