Diary



November 30, 2004 =Tue=

日本橋本石町のビルの9階にある「東レ社員クラブ」で松戸会の早めの忘年会。租研(日本租税研究協会)の昔のメンバーの集まりで租研事務局をやっていた浜野さんを中心としてもう何年も続いている。今日は東レOBのS氏のアレンジで、日銀本店隣のこの場所を使わせてもらう。中心メンバーであった三井物産のIさんが夏にパックツアーで行った白根山で足を滑らせて骨折、糖尿病も重なって前回に続いて欠席したり、元沖縄開発庁事務次官のTさんも前回に続いて病気欠席など、メンバーも高齢化に伴っていろいろと支障が出てきている。一方、最高齢で喜寿を迎えた日本鋼管のKさんは相変わらずお元気だし、浜野さんもさすがに館山での障害者宿泊施設の運営からは身を引いたものの、中越地震の被災者にたこ焼きを振舞うべく小千谷市にボランティア仲間とでかけるなど、相変わらず活躍している。今日の参加者は17名だが、恒例によりそれぞれが近況報告を行うことになっている。私は、先日、偶然訪れた銀座のスナックのママが両親の仲人の娘さんであったというエピソードを披露したらこれが大いに受けた。そういえば、今日、そのママさんから年末を控えてまたご来店をお待ちします、との葉書が届いていた。


November 29, 2004 =Mon=

いつもの薬が切れたので、朝、診療所に行って処方してもらう。ついでに検診の予約をとる。妻が、脳梗塞や脳溢血を起こさぬよう、頭のCTスキャンをしてもらえとうるさいので、そっちの方も頼むと、ここではできないのでと言って千駄ヶ谷のクリニックを紹介してくれた。結局、脳のドックが来月13日、通常の健康診断が15日と決まった。

妻の事務所にパートで来ていた女性事務員が、先日から劇症肝炎で入院していたのだが、今日亡くなったそうだ。妻が給料を振り込んだことを彼女の夫に伝えようと電話すると、8歳の女の子が出た。「お母さん、少しは良くなった?」と聞いたら、「お母さん、死んじゃったの」・・まだ幼い子を残して、さぞ心残りだったろう。


November 28, 2004 =Sun=

Wさんを家に招いて3人でフォンデュパーティ。妻はぎりぎりまで杉並で会合に出ていたので、私がスポーツジムの帰りに小田急ハルクで材料を仕入れ、準備する。といってもフランスパンを切り、野菜を茹でて、フォンデュパウダー入りのチーズを溶かすだけ。あとはWさんが勝手知ったる我が家の台所に立って大根と帆立のサラダを作ってくれる。結局何もしないで据え膳に預かるのは我が家の主婦。公私にわたり微妙な内容の会話はここでは割愛する。それにしても、ご夫婦そろって高名なロシア学者であるWさんのご両親が、われわれより3歳ほど年上だが、これからモスクワに留学されるという。その情熱には正直言って参った。


November 27, 2004 =Sat=

土曜日だがいつもどおりに起きていつもの時間に家を出る。ただし、行き先は歌舞伎町の映画館。宮崎駿監督の「ハウルの動く城」土日だけ朝9時20分からやっている。すごい評判で満員と聞いていたので、土曜の朝一番なら大丈夫だろうと9時前に到着したらやはり正解だった。この朝一番の上映は予告編も広告もなく、時間が来るといきなり本編に入るのもありがたい。

「動く城」というあり得ない構造物が最初から当たり前のように説明もなく登場する。舞台は隣国との戦争で緊張の高まるヨーロッパの小国(と思われる)。蒸気機関車や空飛ぶ軍艦などアンバランスな道具立ての一方、町並みや部屋の中は中世から続く古いヨーロッパの下町を思わせる。魔法使いたちの師弟関係や抗争の中で、90歳の老女に姿を変えられた娘を中心に「家族」が形成され、その愛がハッピーエンドに導く。前作の「千と千尋の神隠し」に似た構成だ。原作は英国の児童文学作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズの「魔法使いハウルと火の悪魔」だが、その原題は"Howl's moving castle"だから書籍より映画の題名の方が原題に忠実だ。

見終わっての感想としては、「千と千尋・・」の域を超えていないという感じだ。アニメとしてのテクニックは「ハウル」の方が確かに上だろう。人の動きなどいかにもスムーズだし、スケールも大きい。隅々まで気を配った背景も美しい。しかし、似たようなテーマだけに二番煎じの感は否めず、心に訴えかけてくるものは「千と千尋・・」に及ばない気がする。勘ぐりたくはないが、日本の風俗と情景の中の「千と・・」を西欧のそれに置き換えることで、「賞狙い」の意図が見えるような気もする。だが、ここでふと気がついたことがある。「ハウル」の原作はDWJであることははっきりしている。ではそれと似たテーマの前作は誰の原作なのだろう。「千と・・」のサイトに掲載されているポスターを見ると、「原作・脚本 宮崎 駿」とある。つまり「千と・・」の原作は宮崎監督自身なのである。とすると、監督は「ハウル」に触発されて「千と・・」を書いたのではないだろうか。千尋はソフィーに、ハクはハウルに、それぞれが似ているのはヒーローがヒロインを救うと言う筋立てが共通している以上当然かもしれないが、ハクは龍に変身して空を飛び、ハウルも怪鳥になって空を飛ぶ。魔法使いでは「湯婆婆」と「銭婆」は「荒地の魔女」と「魔女学校の先生」に似ているし、「釜爺」は「火の悪魔・カルシファー」と機能がそっくりだ。他にも結末近くにソフィーがハウルと空を飛ぶシーンで魔力を失った荒地の魔女とスパイの老犬を連れているところも「千と・・」とそっくりだ。


November 25, 2004 =Thu=

昨日、東商の集まりに出るため丸の内仲通を通ったら、ミレナリオのアーチができていた。会社のある銀座マロニエ通りの並木にも電飾が入った。ミキモトの前にはクリスマスツリーが飾られ、携帯電話で写真を撮っているひとも多い。つい先日まで暑い暑いと言っていたのに、秋を通り過ぎてもうクリスマスか。隣で建設中のシャネルのビルもほぼ完成し、12月4日にオープンする。今夜は、まだ完全には姿を見せない外壁に、光の波が走っていた。

今日で妻の手伝いもほぼ一段落。これで3日続けて夕食(というより夜食)は近所の「サイゼリア」。ここは安くて夜中でもやっていて重宝する。サイゼリアの向かいに小さな家族経営のリカーショップがあって、ここも遅くまでやっている。普通の町の酒屋だが、外のネオンの文字が英語であるせいか、ニューヨークの横丁にあるリカーショップによく似た雰囲気だ。

19歳の少年が寝ている両親を鉄アレイで殴り殺す事件があったと思ったら、28歳の男がやはり両親と帰省中の姉を殺害する事件が続く。両方とも茨城県で発生。どうなっているのだろう。


November 24, 2004 =Wed=

いつものんでいるコレステロール抑制薬が切れたので、出勤前に診療所によって処方してもらおうと出かけたが、会社に遅刻する旨の電話を入れようと携帯を取り出すと、待ち受け画面のカレンダーの今日のところに予定ありのマークがついている。何だったかな、とスケジュールを見ると「09:30 東商 中傷企業活力強化集会@東商ビル」とある。「中傷企業」はもちろん「中小企業」の変換ミス。副社長から「代わりに出といて」と頼まれていたのだが、そうか今日だったのか。診療所はまたの日にしてJRで東京駅に向かう。東商ビル7階の国際会議場に着いたのは10分ほど遅刻で、山口会頭の挨拶が終わった後だった。会場は満員で脇の通路にも立っている人もいる。適当に抜けて帰ろうかと思ったが、後列の方に開いた席があったのでとりあえず着席。東商幹部が4人ほど「意見表明」を行っていた。原稿を見ながらぼそぼそと話す人。原稿なしで滔々と自説を展開する人とさまざまだが、あらかじめ用意された「決議文(案)」があるとおり、方向は決まっている。「事業継承税制の確立」「中小企業支援予算の確保」などの項目と並んで「環境税導入絶対反対」という主張が目を惹く。環境税と言うのはたしか環境省が導入を目指しているもので、炭素1トンあたりいくらという税を新設することで二酸化炭素の放出を抑制しようと言うもの。一世帯あたり年間3000〜4000円の負担となるらしい。企業収益を圧迫し国際競争力を弱めるとして、商工会議所のみならず、経団連や経済同友会など経済団体がこぞって反対していると聞く。しかし、米国は相変わらす無視しているものの、ロシアの批准でいよいよ発効する京都議定書を推進する立場にある日本が、削減目標を達成するためには環境税導入もやむをえないのではないだろうか。二酸化炭素削減が全地球的課題である以上、早めに環境税などの対応を講じて、これを経営努力で吸収するだけの気概を、日本の財界は持っていないのだろうか。

来賓として、自民党の石原伸晃、民主党の海江田万里、それに公明党の大田なんとか氏が、それぞれの党の都議会議員とともに挨拶に立つ。まあ、こうした場での挨拶は手馴れたもので、「意見表明」した発言者たちの言葉を引用して「われわれも真剣に取り組みます」と如才ない。何の討論もなく、「拍手をもって」決議文は原案通り採択される。


November 23, 2004 =Tue=

快晴の休日だと言うのに、昨日に続いて妻の仕事を手伝う。対象の会社は妻の顧問先の中でも一番の大手で、工事現場などにエアコンをレンタルするのが仕事。個人営業の時代から四半世紀にわたって妻の顧問先で、まじめな経営姿勢から年商8億円近い規模に育っている。それだけに質・量ともにかなり複雑だ。


November 22, 2004 =Mon=

帰りに銀座4丁目の木村屋二階のティルームで同僚とお茶を飲むも、妻と約束している仕事の手伝いが気になり、早々と引き揚げる。その妻は今日も芝居の稽古に行っている。源氏物語の「末摘花」を脚色した芝居だ。台詞の練習をしているのを聞いて、「末摘花をやるの?」と聞くと「どうして分かるの?」だと。そのくらい台詞を聞けば想像がつく。想像もできない人がその芝居をやることの方が想像外だ。


November 21, 2004 =Sun=

テレビ朝日で5夜連続ドラマと称して、石原慎太郎作の「弟」をやっていて、今日が最終回。一回目と最終回だけを見た。一回目は慎太郎、裕次郎兄弟が逗子で過ごした少年時代。兄弟にヨットの手ほどきをしたのは娘の嫁ぎ先の祖父だとか聞いていたので、そのエピソードも出るかと思っていたが兄弟が父にねだって中古のヨットを買ってもらうところまでだった。今日の最終回のエンディングでは裕次郎が肝臓癌と闘病生活の後息を引き取るところで終わる。1987年7月。当時私はパナマにいて、千代田化工のSさんと車で一時間ほど離れたゴルフ場に行く車中でこのニュースが話題になり、一時代の終わりを感じた覚えがある。

裕次郎の臨終場面では、2000年の8月末に胃癌で亡くなった私の弟の最後を思い出した。弟は当時住んでいた海老名の病院で手術不可能と言われ、それでも何とか手術での回復を切望していた。妻の衆院選の後片付けをしながら、知人の伝で板橋区にある都立豊島病院の癌手術の名医に紹介状を書いてもらい、海老名病院から借りたカルテやレントゲン写真を添えて頼みに言った。紹介者の力か、その名医は転院を受け入れてくれた。しかし、結局は手術を受けるだけの体力回復も果たせぬまま、転院後2ヶ月弱で最後を迎えた。弟の入院中、昼休みの時間や終業後に必ず毎日病院まで見舞いに行った。その日の夕方も、医者からは今夜が山場だと言われていた。しかし、妻の選挙に関して選管に提出する報告書の期限が迫っていることもあり、厚木から弟の長男が駆けつけてきたのを機に家に帰った。報告書を仕上げて1時過ぎに床に就くと、寝入りばなに電話がかかってきた。タクシーを病院に飛ばし、病室にいくと、弟は目を見開いたまま上体をゆすっている。意識はすでにないらしい。臨終ののち、明けていく空を見ながら、悲しみよりも、これで弟は苦しみから解放されたという奇妙な安堵感があった。裕次郎のドラマのように大勢に囲まれての最後ではなく、妻と二人の息子、それに私と身内4人だけのさびしい最後だった。


November 20, 2004 =Sat=

昨日は会社を休んだのに深夜1時まで妻の仕事の手伝い。逆に今日は土曜日なのに出勤日にあたり平常どおり会社に出向く。朝、息子からメールが入り、「今晩、新宿で友達と飲むから泊めて」

会社は早めに退社し、大阪・八尾高校の同窓会へ。四谷三丁目のJALシティホテル。10分ほど遅刻して着くと、東京同窓会最高顧問のこの人の挨拶が始まっていた。この会に出席するのは初めてで、知った顔はひとつもない。いつもならビュッフェ形式のパーティではあまり食べられないが、3000円の会費にしては食べ物飲み物は豊富だったので、話し相手がいないのを幸い短い時間で食べ過ぎるほどだった。唯一会話を交わしたのは出席者のなかっでただ一人同期生(といってもお互いに面識なし)のこの人。東京支部長をやっているのは、元通産官僚でベンチャーコンサルタント。私より4歳下なので、弟と同期だ。弟が生きていれば一緒に出席できたのだが。この高校の卒業生、昔は野球が強かったのでプロ選手も何人かいたが、今はだめなようだ。かつての先輩では作家の五味康祐。今は有名人といえば歌手の大月みやこと最高顧問である塩爺ぐらいか。現職の校長先生も来ていて挨拶されたが、校長の生まれはこのホテルから歩いて5分くらいだそうだ。今は府立高校と言ってもいろいろと経営に工夫が必要らしく、この高校では大阪教育大と連携して大学の講義を高校生と大学生が一緒に聴講する「高大連携」という試みを続けている。また、校庭に井戸を掘り、一時間当たり27トンの水を確保した。これは校庭への散水などに使うが、大地震などの非常時には学校を避難所として開放し、避難民への風呂用の水としても使う計画だ。井戸のポンプの電源が停まった場合に備えて、太陽光発電装置を来年度予算で要求するそうだ。

宴たけなわになって塩爺の書など、東京支部運営資金集めのオークションが始まったが、昨日も遅かったし、今日は息子が来ることもあるし、早めに引き揚げて来た。


November 19, 2004 =Fri=

一日休みを取って、ピンチに陥っている妻の事務所を手伝う。何しろ9月決算(11月申告)の顧問先を3つ抱え、二人いる事務員の一人は母親が亡くなって忌引休暇中、もう一人は劇症肝炎で危篤状態というのだ。休みを取ったのは、銀行から要求されている書類を提出し終えて、仕事に一区切りついたからだが、事務所で仕事をしていると会社から携帯に緊急連絡。何かと思えばメインバンクから今日になって3年前の資料を今日中に提出して欲しいと要求があったとのこと。この銀行、前回もそうだが何かおかしい。審査部門に変人がいて、自分の趣味でいろんな書類を要求し、現場がそれに振り回されているとしか思えない。電話で銀行の担当者を呼び出し、怒鳴りつけてやったが、まあ、こちらが金を借りる立場だから、そうそう強くもいえない。適当に嫌味を言った上で、再び会社に電話して古い資料を銀行にファックスするように指示を出す。

日経新聞に渡辺淳一の連載小説「愛の流刑地」が始まっているが、例によってさっそく人妻をホテルの一室に誘い込もうとしている。この舞台となっている京都のホテル、駅に続き、客室から京都の町を一望できると言う設定だ。間違いなく「ホテルグランヴィア京都」だろう。このホテル、会社が美容室を出していることもあって、二度ばかり行ったことがある。主人公・菊治の待つスカイラウンジへ少し遅れてやってきた冬香が、「『・・・少し迷ってしまって。ごめんなさい。』たしかに、このホテルは駅と続いているので少し分かりにくいが、・・」というあたり、あのホテルの特徴をよくとらえている。この小説の出だしは、初対面の冬香のふとした手の仕草に、菊治が「風の盆」を思い出す場面に始まる。「風の盆」に関連して「八尾」という地名が出てくるが、これはわが故郷の大阪・八尾市(やお)ではなく、富山県の八尾町(やつお)である。日経新聞のウォッチャーなのだろうか、「今日の愛ルケ」と題して毎日この小説の批評をしているblogもある。

前の会社にいたとき、会社の従業員組合だか文化サークルだかが主催して渡辺淳一の講演会を行い、聴きに行ったことがある。ちょうど「失楽園」の連載をやっているころだった。質問の時間に移り、50代の人の意見も聞きたいと言うので手を上げた。日経朝刊の連載小説というのはほとんどの人が出勤途上の電車の中で読む。「日経の読者がどのくらいいるのか知らないが、ほぼ同時刻に同じような状況の何十万の人々があの官能小説を読み、同じイメージを共有するというのは、麻原彰晃も足元に及ばないほどのマインドコントロールではないか」という趣旨の質問をしたら、「私はみなさんをマインドコントロールから解き放つつもりで小説を書いているんですけどね」という答えが返ってきた。


November 18, 2004 =Thu=

新人の歓迎を兼ねて決算慰労会。場所の選定は女性に任せていたらネットで調べて面白い店を見つけてきた。銀座一丁目も京橋との境。外堀通りから銀座桜通りを入った右手の地下にある「独楽」という店。和風創菜という。通されたのは中二階というか屋根裏と言うか、腰を屈めないと入れないところで8人がやっと座れる。出てくる料理はヘルシー系でお酒は飲み放題。

ところで、いつも日記を拝見している「溜池通信」。筆者の吉崎氏のネオコンに近い考え方にはちょっとついていけないが、観察眼は鋭い。昨日の日記ではパウエル国務長官の退任を惜しむ文章の最後に、彼の20年のサラリーマン生活の中で得た確信として、次のように言っている。

「いちばんいい上司は、能力があって、やる気のない上司」であり、「いちばん悪い上司は、能力がなくて、やる気のある上司」だということ。説明は省きます。

まさに名言だ。


November 17, 2004 =Wed=

妻の事務所には女性事務員が二人いる。そのうちの一人が腎盂炎で入院したと思ったら、もう一人の方の母親が亡くなり、地方に帰った。そこへ更に、腎盂炎で入院していた方が劇症肝炎を併発し絶対安静を宣告された。9月決算の顧問先がいくつかあり、今月末までに税務申告を済まさなければならない。こういう状況になると必ずこちらにSOSが来る。というわけで今日も事務所で顧問先の月次決算をひとつ片付ける。

前の会社で一年下のO君の奥様から喪中葉書。O君が今年3月に亡くなり、年末年始のご挨拶を遠慮申し上げます、とある。O君、難病とは聞いていたが3月に亡くなっていたのかと驚き、しばらくして、いや、そういえば葬儀に出たような・・・そこでこのDiaryの3月のところを見ると確かにお通夜に出席している。こんなことまで忘れているとは、やはり歳か。だが、こんな形ででも日記をつけていると記憶力減退をある程度カバーできることが実証できた。ついでにそのころの日記を読み返してみると、3月ごろも確定申告の時期だけあって、今と同様に妻の仕事を手伝っていた。


November 16, 2004 =Tue=

昨日、新宿プリンスホテルの隣にあるユニクロで買ったチノパンとジーパン(63にもなって?)の裾直しを頼んでいたのを受け取って、家に向かう途中、妻の携帯に電話した。「今、どこにいる?」「家に向かって歩いてる。本屋の前あたり」「同じくらいのとこじゃないか」と、前を見ると携帯を耳に当てて歩いている妻がいる。そこで初めて気がついた。「あれ?」妻は先週の金曜日に携帯を地下鉄で失くしたはずだ。同じ番号のを買ったのか?追いついて聞くと、失くした携帯が見つかったのだと言う。

諦めて新しいのを買おうとして、念のためもう一度新宿駅の忘れ物センターに行った。係員に聞いたが、携帯は見つかっていないと言う。それでも何か忘れ物のリストみたいなものがないのかと詰め寄り、リストを見せてもらった。そのリストの中から、これとこれをもう一度確かめて欲しいと頼んだ。係りが仕方なさそうに上野駅のセンターに電話すると、これがまさに彼女がなくした携帯だった。丸の内線で失くしたのだが、銀座線で届出があり、上野で保管されていると言う。新宿に送ってくれと頼んだが、それはだめだと言われ、上野駅まで取りに行ったらしい。忘れ物センターも、毎日数が多くて大変なのだろうが、しつっこく押してみるものだ。

夕刊によると、辞意を表明したパウエル国務長官の後任にライス補佐官が就任することになった。コンドリーザ・ライスと言えばすぐにこのジョークが浮かぶ。

We take you now to the Oval Office...

President George W. Bush: Condi! Nice to see you. What's happening?
National Security Advisor Condoleeza Rice: Sir, I have the report here about the new leader of China.
Bush: Great. Lay it on me.
Rice: Hu is the new leader of China.
Bush: That's what I want to know.
Rice: That's what I'm telling you.
Bush: That's what I'm asking you. Who is the new leader of China?
Rice: Yes.
Bush: I mean the fellow's name.
Rice: Hu.
Bush: The guy in China.
Rice: Hu.
Bush: The new leader of China.
Rice: Hu.
Bush: The Chinaman!
Rice: Hu is leading China.
Bush: Now whaddya asking me for?
Rice: I'm telling you Hu is leading China.
Bush: Well, I'm asking you. Who is leading China?
Rice: That's the man's name.
Bush: That's who's name?
Rice: Yes.
Bush: Will you or will you not tell me the name of the new leader of China?
Rice: Yes, sir.
Bush: Yassir? Yassir Arafat is in China? I thought he was in the Middle East.
Rice: That's correct.
Bush: Then who is in China?
Rice: Yes, sir.
Bush: Yassir is in China?
Rice: No, sir.
Bush: Then who is?
Rice: Yes, sir.
Bush: Yassir?
Rice: No, sir.
Bush: Look, Rice. I need to know the name of the new leader of China.Get me the Secretary General of the U.N. on the phone.
Rice: Kofi?
Bush: No, thanks.
Rice: You want Kofi?
Bush: No.
Rice: You don't want Kofi.
Bush: No. But now that you mention it, I could use a glass of milk. And then get me the U.N.
Rice: Yes, sir.
Bush: Not Yassir! The guy at the U.N.
Rice: Kofi?
Bush: Milk! Will you please make the call?
Rice: And call who?
Bush: Who is the guy at the U.N?
Rice: Hu is the guy in China.
Bush: Will you stay out of China?!
Rice: Yes, sir.
Bush: And stay out of the Middle East! Just get me the guy at the U.N.
Rice: Kofi.
Bush: All right! With cream and two sugars. Now get on the phone.
(Rice picks up the phone.)
Rice: Rice, here.
Bush: Rice? Good idea. And a couple of egg rolls, too. Maybe we should send some to the guy in China. And the Middle East. Can you get Chinese food in the Middle East?



November 15, 2004 =Mon=

昼休みに神田の琉球銀行東京支店へ。息子が沖縄にいた8年間、この銀行の彼の口座に毎月仕送りを続けたが、沖縄の大学を卒業して東京へ帰ってきたので預金口座を解約したいのだが、平日は忙しくていけないと言うので、先日、六本木のギリシャ料理屋で会ったときに解約を依頼され、通帳と印鑑を預かった。以前、この銀行の東京支店は八重洲にあったので、近くだからと引き受けたものの、ネットで確認してみると神田に移転していた。電話をすると本人との連絡が取れれば代理人でもかまわないと言う。息子の携帯電話の番号を教えて確認が取れたらしい。東京支店は神田駅北口近くのビルの4階にある。いわゆる空中店舗であり、沖縄の関係者以外に一般の客はあまり来ないのだろう。手続きは簡単に済んで、わずかに残っていた普通預金残高は彼の新しく作った口座に送金する。

この琉球銀行、調べてみると沖縄県外の支店はこの東京支店しかない。九州にすら一店舗もない。多分バブルのころならもう少し県外支店もあったのかもしれないが。だが、考えてみるといわゆるメガバンクも、われわれ東京に住んでいる者には全国に支店網があるかのように錯覚しているが、実はそうでもない。会社で、地方に出店するときに店舗の小払い金用の銀行口座を開くのに、本社の取引銀行の支店だと便利なのだが、必ずしも近くに大手銀行の支店があるわけではない。たとえば東京三菱銀行の場合、青森、岩手、秋田、山形、福島、栃木、群馬、長野、岐阜、富山、福井、滋賀、島根、鳥取、愛媛、徳島、高知、佐賀、大分、宮崎、鹿児島、沖縄の各県には一店もない。このほか、宮城、茨城、静岡、石川、奈良、三重、岡山、山口、香川、長崎、熊本には各一店舗のみ、北海道、新潟、広島は一店舗プラスATMのクイックセンターだけ。愛知県ですら3店舗しかない。首都圏と、あとはせいぜい阪神間にだけ集中している。他のメガバンクも多少の地域差はあっても同じようなものだ。これなら琉球銀行など地方銀行の活躍する余地はあるだろうし、その反面、郵政民営化で地方の郵便局がリストラされることへの反発が強いのも理解できる気がする。メガバンクを標榜するなら、少なくともすべての都道府県に最低一店舗は出すくらいの気概が欲しいところだ。


November 14, 2004 =Sun=

党首討論で、民主党の岡田克也代表が、イラクでの自衛隊活動の根拠となるイラク特措法における「非戦闘地域」の定義を首相がどう理解しているかを糾したのに対して、小泉首相は「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域である」という奇妙な答弁を返した。イラク特措法(イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法)第2条第3項によると、自衛隊の活動は「現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の機関を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる」地域において実施するものとする、とされている。つまり、自衛隊は非戦闘地域でしか活動できないと規定されているのだが、「だから自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」というのでは詭弁以外の何物でもない。

これを聞いていて、学生時代に習った論理学を思い出した。数学では、A=C,B=Cなら当然A=Bとなる。しかし論理学で言う三段論法では、たとえば「ブッシュはアメリカ人である」「ケリーはアメリカ人である」「したがって、ブッシュはケリーである」とはならない。「ブッシュ」「ケリー」という小概念はアメリカ人という大概念に包含される。これを周延(distribution)という。しかし、大概念である「アメリカ人」の方は「ブッシュ」「ケリー」以外の大勢のアメリカ人を含む。したがって大概念は周延しない。これを「大概念不周延の誤謬」という。確かこんな理論だったと思う。

自衛隊が活動できるのは非戦闘地域。政府が法律を守るなら、自衛隊が活動するのは非戦闘地域である。しかし、政府が法律を守っているかどうかが俎上に上がっているのだから、この等値関係は成立しない。大概念は周延していないのだ。論理の誤謬を知りつつ理屈を展開するのをソフィスト(詭弁家)という。

昨日観た「変身」から思い出したのだが、確かむかし、カフカの「審判」も映画で見たことがある。アンソニー・パーキンズがヨーゼウ・Kの役をやっていたはずだ。むかしの、たしか白黒の映画だが、小説のイメージをかなりよく出していたような気がする。多分ビデオがでているだろうから、今度Tsutayaででも探してみよう。


November 13, 2004 =Sat=

渋谷のセルリアンタワーの裏側あたりにユーロスペースと言う小さな映画館がある。小さいと言ってもユーロスペース1と同2と二つのシネマ館があるのだが、そのうち2の方で今日からカフカの「変身」をやっている。これを観に行くと言ったら妻が「どんな筋?面白かったら一緒に行くから」という。「筋がどうこうっていう映画じゃない。どうせあんたには分からないからやめた方がいい。」と言ったら、「そんなこと言うなら意地でも行く。」で、妻がフラメンコの練習から2時半ごろに帰ってくるとすぐに家を出た。3時の開演にぎりぎり間に合った。

「ある朝、グレゴール・ザムザが何か気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫になっているのを発見した。」学生時代、初めてカフカを読んだときの衝撃は今でも心の隅に残っている。今年はカフカの没後80年に当たるそうで、今回の上映もそれを記念してのものだ。2002年のロシア映画で、監督のワレーリイ・フォーキンは日系の血が4分の1入っている。グレゴール役のエヴゲーニイ・ミローノフはロシアのペ・ヨンジュンと言われているそうだ。「虫」への変身をどのように描いているのか興味があったが、人間の姿のままで行動が「虫」になっているという演出。それはそうだろう。カフカを映画化するのに、コンピュータグラフィックを使って「虫」の映像を出されたのでは興ざめになる。だが、そのせいだけではないが、グレゴールの「虫」への変身が、「ひきこもり症候群に陥った青年」を想起させ、原作に比べて安っぽい印象を与えるのが残念だ。その代わりというか、映像が思っていたより美しい。特に、冒頭の、プラハ駅に着いたグレゴールが雨の中を実家に帰って行く場面での、通りの映像と雨の音がすばらしい。マイナーな映画なのでガラ空きかと思ったが、客席は80%の入り。全国でここだけしかやっていないのだからその位入ってもおかしくはない。映画が終わって席を立つ顔ぶれを見ると、私くらいの年代、つまり、遠い昔にカフカを読んだと思われる人たちが少なくなかった。

映画が終わったのが5時前、二人とも昼を食べていないので少し早いけど夕食にしようと、妻が前に娘ときたというギリシャ料理屋を探す。場所を勘違いしていたようで、少し迷ったが、渋谷警察の向かい側、明治通りで歩道橋を降りたところに「エーゲ海」という名の店がある。まだシャッターが下りていたが、店の前のメニューを見ているところに店員が出勤。聞くと5時半に開店だという。昨日、携帯電話を失くした妻が近くのドコモショップで代わりの機種を品定めするのに付き合って時間を潰す。店に入るととてもこじんまりしているが、先週行った六本木のダブルアックスよりも本場の雰囲気が出ている。さっきの店員に聞くと、いつもはギリシャ人のシェフがいるが、今は帰国中で自分が料理を作っているという。その店員も毎年一ヶ月はギリシャに滞在して、ギリシャ料理を勉強していると言う。われわれがギリシャに4年いたことがあると言うと、それならコースメニューよりも単品の方がいいと言うので、いったん決めたコースを取り消して、フェタチーズ、タラモサラダ、スブラキそれにピタ(ナンのようなパン)を注文。飲み物はレチーナワイン。味はなかなかいける。少し物足りないと、パイダーキャ(ラムチョップ)を追加注文。味は本格的でわれわれが昔現地で食べたのよりも美味しいが、いかんせんギリシャ料理という安価なイメージに比べて値段が高い。コストパーフォーマンスがよくないのはダブルアックスも同じ。まあ、希少価値があるのでやむをえない面もあるのだろうが。

昨夜、新宿の清月堂で傘を忘れたので、それを取りにいったついでに、昨日もらったドリンク券を使ってコーヒーを飲む。


November 12, 2004 =Fri=

昨夜、娘から電話があって、一緒にディナーしたいとのこと。そこで今日、銀座のITOYAで待ち合わせ。なぜITOYAかというと、手帳を買いたい、それもシステム手帳のかっこいいのを。弊店間際のITOYAでいろいろ迷った挙句、バイブルサイズのAshfordで飴色の光沢のある革表紙のがどうだと言うと、娘も気に入ったらしく、店員に注文する。店員がケースに入れて持ってきた新品を見ると、店頭サンプルとはまったく違った地味な色。サンプル品と同じものだが、使い込むとサンプルのような味が出るのだと言う。"Sample"と刻印されたもののほうが気に入ったので、そっちを売ってくれないかと頼むが、このサンプルは3年以上店頭に展示されていたもので、商品として売るわけにはいかないと言う。なおも迷った末に、やはりそれを買うことにした。18,900円。実習期間を終えてまもなく税理士として登録できるお祝いだ。

高円寺で演劇の稽古に出ている妻に電話を入れると、もう終わって地下鉄の中だと言う。こちらは銀座にいると伝えるが、電話が聞き取りにくいらしく、新宿についたらまた電話するとのこと。娘とCartierを覗き、新宿についたころを見計らって電話を入れるが何度かけてもつながらない。そのうちむこうからかかって来たが、今は新宿駅の忘れ物センターにいると言う。さっきまで持っていた携帯電話を地下鉄を降りるときになくしたらしい。まだ手続きに時間がかかると言うので、娘と新宿へ向かう。新宿の忘れ物センターで落ち合って、親子三人で夕食。

久しぶりに小田急最上階の灘万にある天麩羅カウンターへ行きたかったのだが、カウンターでは話ができないという妻の主張で、同じ最上階にあるフランス料理「清月堂」へ。比較的リーズナブルな値段でかなり本格的なフランス料理が出てくる。席に着いたとき、妻が「今日は夫の誕生日」だとウェイターに告げていたら(本当は7日だが)、デザートのときにバースデイキャンドルを立ててきて、ポラロイドで写真を撮ってくれた。


November 11, 2004 =Thu=

今日から同僚が一人加わった。メインバンク系列のコンサルティング会社(そこの会長がかつてメインバンクの窓口支店の支店長だった)から、8月ごろに人材斡旋の打診があり、社長から人事関係で人が必要との回答をしたところ、メインバンクの40台のK氏がコンサルティング会社経由で出向してくることになった。銀行も大型合併とリストラで人材の処遇が大変らしい。

夜、そのK氏と、私の補佐のI氏と3人で軽くいっぱい。I氏はやはり商社(KG)出身で、早期退職後私のもといた商社系列の食品会社で経理をやっていた。そこでの上司が私のパナマでの前任者だったという奇縁もある。食品会社が業績不振で別の会社の傘下に入り、人材斡旋会社経由で5ヶ月前に入社してきた。今夜行った先は、会社からすぐ近く、キャバレー「白いばら」の隣にある「当りや」という焼き鳥屋。先日、銀座三丁目の町内会の会合で、「白いばら」の社長が「道楽でやっている」と言っていた焼き鳥屋だ。二階席に上がると、座敷にテーブルが8つほどと入り口近くに大きい席があり、大きいほうは女性ばかり10数人が占拠している。他にも女性客が多く、場所柄もあるが結構女性に人気の店らしい。コースで注文したが、ビール、水割りを含めて3人で9000円しない。焼き鳥の味もよく、突き出しの野菜スティックも女性向きかも知れない。「道楽でやっている」だけあって、清潔で感じのいい店だった。

外で会社の話をするのはあまり好きではないのだが、やはり話題が会社のことに偏るのは、今日はやむを得ない。


November 9, 2004 =Tue=

イラクのファルージャで武装勢力に対する米軍の総攻撃が始まった。イラク暫定政府の要請により米軍が暫定政府軍を支援した形をとっているが、実質は米軍による進行であることは誰の目にも明らかだ。例によって日本の首相は無条件に米軍支持のコメントを出した。米軍の物量作戦による一方的な勝利に終わるのか、武装勢力側の反撃によりイラク全土が泥沼化していくのか。いずれにせよ被害を受けるのは一般市民だろうが、その実態が明らかにされる日は来るのだろうか。

規模こそ違え、思い出されるのは1989年12月20日、米軍のパナマ侵攻だ。ジョージ・Wの父、当時のブッシュ大統領の指示により米軍南方司令部が中米の小国パナマに攻撃を加えた。炸裂する砲声に叩き起こされた私がベランダに出ると、パナマ湾をはさんだ旧市街にあるパナマ軍総司令部付近を中心に米軍機による爆撃が行われていた。→Memoranda 「戦争の色

パナマ軍総司令部は旧市街の中の、チョリジョと呼ばれる人口密集地にあった。後で行ってみると、低所得者層のアパートがいくつか完全に破壊されていた。この「正義の理由」作戦での米軍の死者は20人前後だったが、一般人を含めたパナマ側では数百人から数千人の犠牲者が出たと言われ、何百人もの遺体がブルドーザーで埋められたという噂だった。しかし、パナマ人の犠牲者の数はついに発表されることなく、米国が1991年の湾岸戦争に入り込んでいくと、パナマのことは世間から忘れ去られたのだった。


November 8, 2004 =Mon=

昨日、秋の深まりが感じられると書いたが、昨日は暦の上では立冬だったんだ。

大学の同期生で、デュポンの日本法人社長から福井県副知事に転じた山本君が、バッシングを受けているらしい。確かに、不登校児に悩む親たちの気持ちにまで思いを致さない不用意な発言だった。しかし、彼とは以前、こんな会話を交わしたことがある。「親会社の子会社に対するガバナンスと、子会社の法人としての独立性とを、デュポンではどう両立させてるの?」「ちょっと意味が違うかもしれないが、デュポン本社からは『influentialな経営』をするように言われているよ」つまり、親会社から派遣された経営者が、全人格的なinfluenceをもって子会社の経営に当たれば、子会社の独立性を損なうことなく、親会社の経営方針を子会社に移植することができるという意味だろう。そんな彼の考えからすると、不登校児を「不良品」という呼び方をするとは思えず、やはり真意が伝わっていないということなのだろうか。だが一方、副知事を擁護するつもりなのだろうが、知事の「企業活動に携わってきた経験からの発言」というのは頂けない。


November 7, 2004 =Sun=

63回目の誕生日を迎えたが、感慨なんて何もない。まあ、60なら定年だとか還暦だとかあるけれど、それを過ぎてしまえば日々を淡々と過ごすだけ。ともあれ、今の仕事は自分の居るべき場所ではないようだ。早くこれを何とかしなければ、淡々というわけにもいかない。今日もスポーツジムに行ったあとは、妻の事務所で手伝い仕事をひとつこなす。都会の喧騒の中にあっても、秋の深まりは並木の梢や雲の動き、それに体感温度などで感じられる段階になってきた。


November 6, 2004 =Sat=

明日が私の63回目の誕生日ということで、今夜はわれわれ夫婦と息子、娘が久しぶりに集まった。場所は六本木のギリシャ料理店「ダブルアックス」。この店は、娘が先日のアテネオリンピックの際に行ったので、今回も娘が予約を入れた。しかし、20年以上前に、ギリシャから帰国後、日本にもギリシャ料理屋があると言って4人で行ったことは、私以外みんな忘れている。瀬里奈の立派な店の向かいに、幅1メートルほどの階段が地下に通じている。うっかりすると見落としてしまう店構えも昔のまま。今日は6時前に、市谷から自転車で来た娘とアマンドの前で待ち合わせ、息子は少し遅れて車でやってきたのだが、9時ごろに店を出るまでほかに客は一人もおらず、貸しきり状態だった。もっとも、ミネストローネ、ギリシャ風サラダ、タラモサラダ、カラマーリア(イカのフライ)、ムサカ、スブラキ、ギリシャコーヒーで、一人5,800円はちょっと高い。途中、恒例の皿割りとギリシャダンスが入るのだが、踊るのは店の日本人店員。むかしもギリシャ人は居なかったが、代わりにトルコ人がウェイター兼ダンサーをやっていた。もう30年以上続いている店だが、こんな調子ではいつまでもつものやら。

ブッシュ再選を受けて、アメリカではカナダへの移住に関心が高まっているとか。



November 5, 2004 =Fri=

朝、決算説明に銀行に寄る。いつも思うのだが、会社の仕事で行く先が自宅から10分そこそこというのは妙な気分だ。終わったあと、会社へ行くよりも自宅へ帰りたくなる。

午後2時から商工会議所で会合。先日の東商議員選挙で初当選した会社の担当者レベルの説明会だという。出席しているのは総務部長とか秘書室長とかの肩書きが多い。議員自身が細かいところまでやるか、事務方にやらせるかは各社それぞれの判断と体制があるはずだが、東商がこういう会議を行うのはどうせ事務レベルのことは事務方がやるという思い込みによるものか、単なるお節介なのか。ともあれ1時前に会社を出て東京国際フォーラム地下の「讃兵衛」で「梅おろし定食」880円、これがなかなか美味しかった。昼に麺類はあまり食べるほうではなく、この店も前に入ったときはさほど美味しいとは思わなかったが、腰の強い讃岐うどんに梅肉と大根おろし、鰹節が絶妙な味だった。箸袋に書かれている店名を見ると、本場の讃岐ではなく大阪や神戸、京都といった関西のうどん屋で東京ではここだけらしい。食事後、まだ2時までは間があったので、東商ビルの隣の富士ビルにある「OB談話室」に寄ってみる。コーヒーでも飲もうかと思ったがコーヒーを入れてくれるおばさんが居ない。ここは前の会社がOBのために設けているもので、知った顔も見かけたが将棋を指しているのであえて声をかけず、持ってきたペーパーバックを読んで時間を潰す。東商での会議は東商の組織や活動の説明だけで大した内容はなく、いわば顔合わせみたいなものだった。


November 4, 2004 =Thu=

NY Timesの社説で言っているように、多くのアメリカ人にとってはイラク問題でブッシュが間違った判断をしたと思ってはいても、9/11の記憶や同性婚などほかの問題のほうに関心が行っていたのだろうか。ともあれブッシュは、has put to rest all the ghosts of his father's one-term administration.4年前の選挙では一般得票でゴアに負けていたのが、今回は一般得票でも勝ったことで、やりたい放題になる懸念もある。社説の締めくくりで、He could be the uniter he promised to be, then failed to become, four years ago. He could put an end to a period in national history when too many people go to the polls on Election Day convinced that victory for the other side would mean disaster for the nation. A lot of voters felt that way on Tuesday, and now Mr. Bush has the chance to show them they were wrong.と言っているが、彼にはそんな気はあるのだろうか。

http://politicalhumor.about.com/gi/dynamic/offsite.htm?site=http://filmstripinternational.com/


November 3, 2004 =Wed=

休日。朝から歌舞伎町のシネマジョイ2へ映画を見に行く。山田洋次監督の「隠し剣 鬼の爪」先週土曜日の封切りだが朝一番のせいか空いていた。原作は藤沢周平。この映画を見に行くのは、いい映画だとの評判もあるが、妻が藤沢周平氏の未亡人の税務顧問をやっているので、話が出たときに見ていないでは困るからということもある。

幕末、東北のある藩の下級武士。父は藩の不祥事の責任を取って切腹、禄高は下げられる。母と妹、それに明るく働き者の下女がいるが、やがて妹は同僚に嫁ぎ、下女も商家に嫁ぐ。母もこの世を去り男一人の所帯になる。町の中で、幸せな所帯を持っているはずの下女と再会するが、下女は昔の明るさがない。下女が商家でいじめられ、病に臥せっていることを聞いた彼は、商家に乗り込んで下女を助け出し、自宅に戻させる。彼は下女を妹のように扱うが、世間では商家から嫁を強奪し、囲っていると噂される。妹が嫁いだ同僚の勧めで、彼は下女を実家に戻す。幼君を擁する藩では国元家老が権勢をほしいままにしているが、江戸屋敷で改革派の若手武士による蜂起が事前に発覚し、お家騒動が幕府に漏れることを恐れた藩は首謀者を処刑する。中でも彼と家中で剣道の腕で一二を争う友人は切腹も許されず、国元に送還され牢に閉じ込められるが、隙を見て牢を破り、農家に人質をとって立てこもる。家老は彼を呼んで討伐を命じる。討伐に赴く前日、彼は友人とともに学んだ剣道の師匠を訪れる。師匠は彼に「隠し剣 鬼の爪」という秘伝の術をすでに伝授しているが、これは実践の剣ではないとして、別の秘術を授ける。その夜、友人の妻が訪ねてきて、夫の命を助けてほしいと懇願する。藩命には逆らえぬと断る彼に、友人の妻は藩命を取り消してもらうべく家老に会いに行くという。翌日、友人と決戦になるが、剣の実力は友人の方が上回る。昨日、師匠から授かった術を使うが、それで止めを刺す前に、藩方の鉄砲により友人は命を落とす。家老は料亭に彼を呼び、労をねぎらうが、彼は友人の妻が前夜家老を訪ねたかを聞く。家老が藩命取り消しの口約束を与える代わりに友人の妻を弄んだことを知った彼は家老を批判し、その激怒を買う。その翌日、彼は城内で秘伝の「隠し剣 鬼の爪」を使って家老を殺害する。この秘法は目立った外傷もなく相手の命を奪うため、犯行はわからない。しかし、彼は武士の生活に嫌気が差し、武士を捨て蝦夷に渡ることを決意、下女の実家を訪ねて心を打ち明けて、自分についてきてほしいという。

権謀と堕落に満ちた封建社会で、身分を越えた人と人との愛情を大切にし、真摯に生きる武士の姿を描いた好作品。帰りは西口の小田急ハルク地下のカウンターでカレーライス。ここのカレーは結構人気がある。

米国大統領選はどうやらブッシュで決まりそう。直前の追い上げでケリーに勢いがついていたようにも思えたが、これであと4年、あの馬鹿面を見なければならないのだろうか。民主党は「勝てる候補」ということでケリーを立てたのだが、対立点が薄められてしまったようだ。いっそのこと、ディーンあたりの方が明確であり、ギャンブルとしても面白かったのではないかと思う。


November 2, 2004 =Tue=

先週の水曜日に昼飯を食べに行った「スナック裕」に、今日は夜に出かけてみた。電話で母から聞いた話をママにしてやりたいと思ったからだ。しかし、店に入ったとたん、ここがカラオケ専門のスナックであることに気づいた。先客が二人いた。70がらみと50代くらいの男性が二人、交互にマイクを握っているが、さすがに上手い。ママはすぐにこちらを識別し、愛想良く水割りを作ってくれる。カラオケは私の一番苦手だ。二人の歌の合間にママと話を交わす。やがてもう一組、男性の二人連れが入ってきた。こちらも一人は店のなじみらしく、盛んに曲の注文を入れる。こちらにも歌いませんかと言ってくるので、はっきりとカラオケはやらないことを言った。後から来たうちのなじみ客の方が、歌の合間に「俺は愛媛で西条高校、こちらは高知の土佐高校」などと言っているのを聞いて声をかけた。「私が高校3年のときにうちの高校が甲子園で西条に負けたんですよ」「どちらの高校?」「大阪の八尾高校です。」それを聞いていた先客の若い方が声をかけてきた。「うちの家内も八尾高なんですよ。今度東京の同窓会があるそうですね」結構いろんな縁があるものだ。ママが囁く。「あっちの先客のお二人はもと日商岩井にいらしてね。実は私も昔、日商岩井にいたことがあるんです。後から見えた方は大和銀行で、りそなの不動産部長から今は別の会社に行かれたんです。」みんな関西に縁がある人たちばかりだ。ママの母上が大阪・大正区にあった「大正八」という料理屋の娘で、父上も関西出身ということで、関西人とウマが合うようだ。りそなの元不動産部長氏の連れは、彼が今勤務している会社の人という。後から来た二人が帰った後、元日商マン二人の隣の席に移り、彼らが歌を歌う合間に話をした。70代の人は昭和7年生まれ、若い方はちょうど一回り下で、以前、日商岩井ワシントン事務所で所長と部下の関係だったそうだ。ただし、カラオケは若い方が師匠だそうだ。このころからカラオケも英語の歌になっていく。わが友人、森島君も当然知っているという。お開きになったのは10時半頃だろうか。カラオケを歌わずに歌う人とたちと調子を合わせていると、どうしても手がグラスに行くことが多く、少し飲みすぎたようだ。



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