February 27, 2005 =Sun=
小笠原伯爵邸でランチ。すごい名前がついているが、礼法の小笠原流宗家である小笠原家の当主で明治維新前は小倉藩主だった小笠原長幹伯爵の本邸として1927年に竣工したスペイン様式の建物。現在は東京都の持ち物で、民間企業がレストランとして運営している。時にはハウスウェディングの式場としても使われている。かつては2万坪あった敷地も、今は隣の視覚障害者センターと合わせて1000坪になっている。大江戸線の新宿西口から二つ目の若松河田で降りて、後ろ側の改札から出て地上に出るとすぐ目の前にある。家から15分ほどで行けるので、一度ここで食事をしようと予約を入れていた。昨日、予約の確認の電話があったので、「ドレスコードはあるの?」と聞いたら「男性のお客様にはジャケットをお召しいただくようにお願いしております。」とのこと。
外観は想像したよりも質素な感じだ。中は満席状態。昼も夜もコースのみで、値段も決して安くないが、土曜、日曜はいつも満席らしい。基本的にスペイン料理だが、大きな器に少しずつ、何種類もの料理が出てくる。ソースに凝っていて、ネオ・キュイジーヌのフランス料理のような感じだ。パナマに居たときは良く食べたが、日本ではなかなか食べる機会のないアングーラス(鰻の稚魚)もあった。デザートも充実している。メニューは
こちら。
食事の後、邸内を案内してもらう。メインダイニングの隣のシガールーム(右写真はその外壁)はイスラム様式が取り入れられている。パティオにもいくつかテーブルがあって、季節が良くなれば、パティオでお茶を飲むこともできる。屋上にも天蓋のある席がしつらえられているが、今は使っていないらしい。この建物を設計したのは曽根中條建築事務所といって、その創業者はプロレタリア作家宮本(旧姓・中條)百合子の父にあたる。
帰りは天気も良いので地下鉄に乗らず歩いて帰ることにした。レストランの前の職安通りをまっすぐ行けば一本道で家に着く。途中、「
韓国広場」に寄る。ここは韓国食品だけでなく、野菜が激安なのでトマト、小松菜などを仕入れる。家に帰ってからは、昼間から飲んだワインの酔いと闘いながら確定申告に取り組む。
February 26, 2005 =Sat=
今月は最初の週の日曜に行って以来、スポーツジムに行けなかった。二週目は3連休だったが、休日の金曜と土曜は樹氷を見に行き、日曜は息子との会食のため予定を空けていた。三週目は土曜は出勤、日曜は今日こそと思って出かけたらスポーツジムの方が定休日だった。というわけで今日は三週間ぶりに行くことができた。ブランク期間中にまた増えた体重だが、食事を少し控えてジムで汗を流すと2`は減る。
週末といっても、確定申告の季節なので妻の税理士事務所の手伝い仕事で忙しい。
February 25, 2005 =Fri=
昨夜、夜中に外を見ると何か黒いものがすごい勢いで空中を舞っている。黒いと見えたのは逆光のせいで、風に飛ばされてベランダに吹き込んでくると、部屋の明かりで雪の薄片とわかる。それにしても薄くて大きな雪だ。いわゆる牡丹雪というのだろうか。これでは積もらないだろうと思ったが、朝、出掛けに見ると道路の隅の吹き溜まりや、植え込みの上には辛うじて雪が残っていた。
久しぶりにビックカメラの売り場をうろついてみたら面白いものを見つけた。世界各地を旅行すると、国によって、

時には同じ国でも地方によって、電気コンセントの形状が異なる。このため、日本から持っていったパソコンなどの電気製品を使おうとするとアダプターが必要になる。私も以前、海外出張が多かった頃には、7種類のアダプターがセットになったものを持ち歩いていたが、タバコの箱を4つ重ねたような箱に入っていて結構かさばる。今日見つけたのは、二つのピースを組み合わせて7種類のアダプターとして使えるというもの。玩具のレゴのようなもので、コンセントの穴の形状や間隔に応じて組み合わせを変えることができる。2,604円という半端な金額だが、つい衝動買いしてしまった。長野県上田市にある城下工業という会社の製品で、商品名が「
ゴーコン」という。買ってからよく考えてみると、どこにも出張の予定などなく、こんなもの使い道がないことに気が付いた。将来、どこかにロングステイしたいという気持ちはあるものの、一箇所にロングステイするのなら、その土地のコンセントに合ったアダプターを持っていけばいいだけの話である。この種の製品で面白そうなものを見つけるとつい買ってしまう癖は、この歳になっても直らない。
夜になって、ライブドアvsフジテレビのニッポン放送株争奪戦の鍵を握ると見られている凱&Aコンサルティング(通称「村上ファンド」)のホームページに「
ニッポン放送の新株予約権発行に対する当社の見解」という文章が掲載された。「当社は、ニッポン放送の株主として、同社が2月23日に発表した、第三者割当による新株予約権の発行は、日本の株式市場にとって重大な悪影響を与えかねないと非常に危惧しております。」というもので、フジテレビ、ニッポン放送側の行為を厳しく批判している。「本来、株式会社制度においては、取締役が株主を選ぶのではなく、株主が取締役を選ぶのであります。仮に、経営陣が好まない株主に自社株式を保有されたくないのであれば、株式を非公開化して自社株式に譲渡制限を付ければよいのであり、企業経営者には株式公開の意味をきちんと理解していただきたいと思います。」という同社の主張はまさに「正論」であって、これと正反対の行動を行うフジ・サンケイグループが自らの主義主張を「正論路線」と名付けているのには笑わされる。
February 24, 2005 =Thu=
このところ新聞やテレビはライブドアvsフジテレビ問題で持ちきりだが、今度はフジテレビ側が奇策に打って出た。ニッポン放送の取締役会で、現在の発行済み株式数3046万株を大きく上回る4720万株の新株発行引受オプションを発行し、これを全額フジテレビが引き受けるという手だ。授権株数の範囲内とはいえ、取締役会決議でこんなことが可能とは知らなかった。本来、株主の権利は平等であり、増資新株の発行は株主割当が基本で、第三者割当は特殊なケースだと思っていたが、近年相次ぐ商法改正で取締役会権限が大幅に強化されているようだ。とはいえ第三者割当も、特定株主に不当な利益を与えるものであったり、経営権防御を目的としたものは違法とされるようだが、そうでない場合でも既存株主にとっては保有株式の一株あたり利益がダイリュートするわけだから、保有株の価格下落に繋がりかねない。ライブドアの
堀江社長はさっそく今日、新株予約権の発行差し止めを求める訴えを起こし、攻防はいよいよ司法の場に持ち込まれることになった。頑張れ!ホリエモン!
February 23, 2005 =Wed=
暖かい日だった。新聞では4月の陽気だとあったが、銀座通りを歩いていると初夏といってもおかしくないほどだった。だが明日からはまた寒くなるらしい。
昨日、大阪の母に電話すると、妹と食事に出ていたときにまた意識を失ったらしい。以前から意識を失うことが度々あったが、だんだん頻度が増えてきているようだ。昨年末に妹夫婦と下関にフグを食べに行こうとして、広島を過ぎたあたりで意識を失い、病院に直行した。1月末にも同様のことがあった。意識を失うといってもごく短時間で意識は戻るらしいが、もう92歳という年なので意識を失うときの状況によっては危ない場合もある。幸い、妹夫婦が良く見てくれているし、レントゲン技師の勉強をしている妹の息子が二階に同居してくれているので多少は安心だが。
今国会に超党派の「サマータイム制度推進議員連盟」がサマータイム導入法案を議員立法で提出するというニュースが出ている。95年と99年にも同様の動きがあったが、経済界、労働界が消極的だったこともあって纏まらなかったらしい。だが、今度はいずれも容認の姿勢に転じているのと、地球温暖化対策の一環という意味もあってか、実現の可能性が出てきた。1981年の5月の連休明けにギリシャから帰国し、第一夜を新宿プリンスホテルで過ごしたときのこと、時差の影響もあって朝早くに目を覚ました。まだ5時ごろだったと思うが、カーテンを閉め忘れた部屋には朝の光がまぶしいほど充満していた。ギリシャでは朝の5時はまだ暗い頃だ。それでもサマータイムで時計の針は一時間進んでいる。経度の関係もあるのだろうが、こんなに早く夜が明ける日本で、どうしてサマータイムを入れてないのだろうと不思議に思ったものだ。その当時、その新宿プリンスホテルを目の前に見るアパートに住むことになろうとは思っても見なかったが。
February 21, 2005 =Mon=
ニッポン放送株をめぐるライブドアとフジテレビの攻防がぎりぎりの局面に入ってきたが、ここに来て政界や財界から堀江バッシングがいっせいに起きてきた。これは裏に何かがありそうだ。フジサンケイグループの産経新聞というのは自民党や財界のお気に入り新聞だからかもしれない。産経の連中は自分たちの主張を「正論」路線だと言っている。自分で自分のことを「正論」と主張して恥じないのはいかにもいかがわしいが、自らの過去を棚上げにして正当性を声高に叫ぶのは保守派の共感を呼ぶらしい。自民党だけでなく民主党でも松原仁なんてのは、「ライブドアの買収によって産経新聞の正論路線が損なわれるのは困る。」と見当違いなコメントを発している。伝えられる政治家の発言の中で、「ルールどおりにやっているライブドアを批判するのはおかしい。」と、それこそ正論を述べているのは民主党の岡田代表くらいだ。ところがここに来てさすがにバランスを欠くと思ったのか、経団連の奥田会長が株主対策が手ぬるかったフジテレビ側にも非があると言い出した。今日は、これまで7日連続で下げていたライブドア株も上昇に転じた。案外、こういうことで潮の流れが変わることもあるのかもしれない。
大学の同窓で、産経新聞系列の工業紙で役員をやっている男がいる。ある席で彼に、「産経新聞とは、もともと産業経済新聞という経済紙だったはずなのに、何であんな変な主張をヒステリックに掲げる新聞になってしまったんだ?」と聞いたら、そんな質問には慣れていないのか、変な顔をして黙ってしまった。フジサンケイグループには扶桑社という出版社も所属している。この会社こそ、あの「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史・公民教科書を出版している会社だ。フジサンケイグループは、ミーハー路線で金を稼ぎ、その資金で保守派の主張に沿った世論誘導を図ろうとしているらしい。ライブドア路線はむしろこのミーハー路線の方に重点を置いて、放送とインターネットの融合を狙っているものと思われる。変な世論誘導よりもそのほうがずっと害が少ないと思うのだが。
February 20, 2005 =Sun=
今日は何かちぐはぐの多い一日だった。久しぶりにスポーツジムに行ったら閉まっている。月一度の休館日が今月は日曜に当たっていたのだ。それなら妻に頼まれていた仕事を片付けようと事務所に行くと、確定申告時期とあって事務所の職員が日曜出勤してくれていて、コンピュータがふさがっているという具合。そのほかにも小さなちぐはぐがいくつか重なって起こった。こういう日はあえて仕事はしないに限る。
というわけで、夕食には珍しいアフリカ料理の店に出かけてみた。新宿駅南口のルミネの角から甲州街道を渡り、50メートルほど西へ行くと、ちょうどシティバンクから甲州街道を隔てた向かい側のビルの2階に「
Rose de Sahara」という、英語なのかフランス語なのか分からない変な名前の店がある。この店は1980年以来というからもう25年になる。名前の由来はサハラ砂漠で取れるバラの花びらが重なったような形の石からきているそうだ。
初めてなので無難にコースメニューを選ぶ。一人約4,600円。まず出てきたのが「ラクダのステーキ」小さいクッキーくらいの大きさのが一人当たり二つ、大葉を主体にしたソースがかかっている。食べてみると少しぱさぱさした感じだ。この店でも一週間前から始めたばかりとのことで、「日本で食べられるのはうちくらいでしょう。」ここの経営者は日本人だが、店長格の女性はジブチ出身。コックはエチオピア人でウェイターはソマリアと、みんな政治的にややこしい「
アフリカの角」地方から来ているらしい。我々の相手をしてくれる日本人のウェイターも、日本出身ながら小さい頃からアフリカ人の間で育ったという。次に出てきたのはワニのから揚げとカンガルーのから揚げ。何でアフリカにカンガルーがいるんだ?と聞くと、「店のオーナーのちょっとしたジョークです。」という返事。ワニは昔、マイアミで食べたことがあるが、鶏のささ身のような淡白な味。カンガルーの方は肉が固いせいかミンチにしてから揚げてある。最初に肉が出てきて、サラダやスープは後という順番。次は野菜などをチーズで包み焼きにしたものをパンの間に挟んで食べるもの(名前は忘れた。)その後、ダチョウのオムレツ、モロヘイヤのスープ、クスクス、トマトのサラダなどが一度に出てくる。クスクスはチュニジアなどで一般的な粒状のパスタで、サフランで色づけし、肉や野菜で作った具が乗っている。そのうちライトが暗くなったと思うと、デザートが出てくる。アイスクリームをメレンゲで包んで焼いたもの。お皿に洋酒をたらし、線香花火に点火する。客が受け取った線香花火でさっきたらした洋酒に火をつけると炎が上がるという演出だ。この焼きアイスクリーム、名前を「燃えるキリマンジャロ」という。
ぐるナビのクーポンをプリントアウトして持っていったのでグラスワイン(南ア産)を一杯ずつサービスしてもらった。このアフリカ料理店、以前にネットで見つけてそのうち一度行ってみようと思っていた。確かにものめずらしいところはあるが、もう一度行くかというと正直なところちょっと二の足を踏みそうだ。だが、この店のオーナーが書いたのだろう、店のホームページにある
「アフリカ小話十題」は結構おもしろい。
February 19, 2005 =Sat=
第三土曜日で出勤日なので、霙交じりの雨が降る中をいつもどおりの時間に出社。土曜日は外部から電話がかかったりしないので、普段なかなかできない仕事を集中してやるのに向いている。しかし、人に会う約束があるので3時ごろには退社。結構忙しい。
February 18, 2005 =Fri=

久しぶりに娘が来訪し、夕食のチゲ鍋を囲む。税金の関係で相談があるとのことだが、もう一つの目的はノエルを見せびらかしにきたらしい。しきりに「可愛いでしょう?」を連発。この前見たときより毛並みが少し茶色がかってきたようだ。妻と娘がしゃべっている間、横で寝っころがっていたら、顔をぺろぺろと舐められた。昔、うちで飼っていた、マルチーズと柴犬のあいのこの「チャロ」はよくキャンキャンとないていたが、ノエルはとても大人しい。アパートで飼っても隣近所に迷惑にならないよう、品種改良されているのだろうか。
February 17, 2005 =Thu=
日経新聞に渡辺淳一の「愛の流刑地」の連載が始まった頃、「今日の愛ルケ」と題して、連載の一回一回をコメントしているブログがあったが、連載も100回を超えたいま、あの
ブログはどうなっているだろうと探してみると、何といまでも続いていて、しかも毎日の連載にあわせてアップデートされている。毎回、かなりの数のコメントが付いているところを見ると、読者数も結構多いらしい。京都駅の構内から続いていて京都市街を見下ろすホテル(間違いなく「グランヴィア京都」だ)で人妻と情事を重ねる55歳の主人公・菊治について、小説の記述からみて「朝も、夜も風呂に入っていない。これが若い人妻と不倫する中年男か。」と批評すると、数日後の連載では菊治が入浴する場面が描かれる。それを見て、「作者はこのブログを見て菊治を風呂に入れた。これこそ双方向時代の連載小説だ。」と皮肉る。罪のない、それでいて辛らつな文章だが、結構面白い。筆者は株式市場関係者とのことだが、「愛ルケ」以外の記事にも面白いものがある。
それにしても、最近はこの手のブログが大流行している。もう一つ、使い方がよく理解できないところがあるが、、コメントやトラックバックという形でコミュニケーションの幅をどんどん広げていける点が、これまでのweb日記とは違うようだ。ライブドアの堀江社長のブログなど、毎回2桁からどうかすると3桁ものコメント、トラックバックが付いている。使い勝手がよければこのDiaryもブログに乗り換えてみることも一興かもしれない。
February 16, 2005 =Wed=
冷たい雨が降っているし、渋滞するかもしれないと思って早めに会社を出たが、案外スムーズに走ってお通夜の開始時刻の6時より15分ほど前に
増上寺に着いた。この少し前、3時半ごろに、来年開業する予定の外資系ホテルへの出店売り込みのため、新橋にあるホテル開設準備事務所を訪れた帰り、御成門の駅から地下鉄に乗ろうとふと見ると「堀山家葬儀式場」と書いた大きな看板が増上寺方向への矢印を示していた。かなり大規模な葬儀らしいので下手をすると会場の外で行列しなければならないかもしれないと思ったのだ。早く着きすぎたため、会場では前の方に座らされた。5分ほどするとやはり同窓のI君がやってきて隣に座った。祭壇の写真はいい感じで笑っている。型どおりに読経、喪主焼香、親族焼香と進み、一般焼香を済ませた後、I君と相談して「お清め」の席で他の仲間を待つことにする。やがて集まった同窓生のうち、数人はちょうどこの日に福井県副知事のY君を訪ねるツアーから戻ったばかりだとのこと。ひとしきり故人の思い出話をしたあと解散。
故人の戒名は「真光院修道徳一居士」、導師は「融通念仏宗」という宗派。増上寺は浄土宗のはずだが、融通念仏宗とは余り聞いたことのない宗派なのでちょっと調べてみたら、1117年に良忍(りょうにん)によって開かれた宗派で、本山は大阪の大念仏寺、本尊は「十一尊天得如来」、唱名は「南無阿弥陀仏」、寺院数約360ヶ寺、檀信徒数13万人とのこと。
February 15, 2005 =Tue=
訃報が朝日新聞のネット版に掲載された。
元ピープル社長の堀山修一さん死去
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堀山 修一さん(ほりやま・しゅういち=元ピープル〈現コナミスポーツ〉社長、元日本フィットネス産業協会会長)が13日、心不全で死去、63歳。通夜は16日午後6時、葬儀は17日午前11時から東京都港区芝公園4の7の35の増上寺光摂殿で。喪主は妻明子さん。自宅は公表していない。連絡先は日本フィットネス産業協会事務局(03・5207・6107)。
(02/14 19:47)
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同窓会(むしの会)に姿を見せなくなって1年近くになるだろうか。彼の
ホームページの
闘病日記も昨年10月頃で途切れており、私が管理している同窓会のメーリングリストからも「返事がおっくうだからリストから削除してくれ」との本人の希望で外していた。がっちりした体格で、スポーツクラブ運営会社の社長、日本フィットネス協会の会長を務め、健康には人一倍気を使っていた彼が、病魔に倒れるとは・・ホームページには
ご子息(シャンソン歌手)が訃報を掲載されている。
何年か前、彼とは、毎月開いている同窓の集まりで言い争いになったことがある。靖国神社問題が話題になり、企業経営者がほとんどのこの会では、「中国や韓国が何を言おうと首相が靖国に参拝するのは当然だ。」という意見が主流を占める。それが当たり前という雰囲気に、私がたまらずに「A級戦犯を合祀している靖国に時の首相が参拝すべきではない。」という立場で意見を述べると、真っ向から反論してきたのが彼だった。しばらく彼と二人の言い争いになり、気まずい気分になった。彼は小沢一郎の信奉者で、当時の自由党を支持していた。その後、小沢一郎が民主党に合流すると、彼は「歴史問題では君とは考えが違うけれど、僕も民主党に入党したよ。」と言ってきた。私は、妻が民主党員ではあるが、自分自身は民主党シンパではあっても党員ではない。だが、あえて彼の誤解を訂正はしなかった。
明日のお通夜には出席しよう。
February 13, 2005 =Sun=
久しぶりに息子と会食。店と食事の選定を任せていたら、えらく高級な店を見つけてきた。大和市のつきみ野にある「
横浜うかい亭」。夜なのでよく見えなかったが、立派な庭園を備えた豪華な建築で、店自体はできて20年余りだが、建物は金沢の方から築140年くらいの洋館を移設したという。鉄板焼きのテーブルを備えた大小の個室があり、シェフがそれぞれのテーブルで料理してくれる。ここの牛肉は「うかい牛」と言って、兵庫県の但馬と鳥取県にまたがる専用の牧場で生産されるとのこと。デザートは二階のデザートルームで。入り口には134年前にオランダで作られたという円盤式のオルゴールがメロディーを奏でていた。
この店、発祥は八王子で、近年、
銀座にも店を出したのに続いて、この夏には、芝の増上寺の近くにも庭園を備えた店を出すそうだ。
February 12, 2005 =Sat=
朝は雪が舞っていたが、ホテルを出る8時には再び青空に。だが、昨夜のうちにだいぶ降ったらしく、昨日は乾いていた道路もすっかり雪に埋もれている。蔵王にはすぐに行けるのかと思ったが、バスで2時間ほどかけて山形まで行き、山形側からロープウェイで上る。山形に入るとさすがに

雪が深い。山形市内は完全に雪の下で眠っているようだ。家々の屋根には重く雪が降り積もり、軒にはつららが下がっている。ロープウェイは蔵王山麓駅から55人乗りのゴンドラで樹氷高原駅まで8分、そこから18人乗りのゴンドラで山頂駅まで7分と聞いていたが、三連休とあって樹氷観光やスキー客で満員のため、最初のゴンドラに乗るだけで30分待ち。山頂まで1時間かかる。山頂は地上と大違いの吹雪。
樹氷というのは、その語感からして右の写真のようなものを何となくイメージしていた。樹氷高原駅の近くで撮ったものだが、これは樹氷とは言わないらしい。樹氷は、英語では"ice monster"というそうだ。蔵王の樹氷は、アオモリトドマツという亜高山帯の針葉樹の枝や葉に、シベリアからの北西の季節風が吹きつけるとき、雪雲の中の過冷却水滴がぶつかって凍りつき、その隙間に雪片が取り込まれて固くなるという現象によって生成される。いくつもの微妙な条件が重なって重なってできるもので、世界的にも珍しいものだという。過冷却水滴とは、普通水は摂氏0度で氷になるが、雪雲の中の0.01〜0.03mmの雲粒はマイナス30度でも液体の状態を保っている。

しかし非常に不安定な性質なので、何かに接すると瞬時に本来の氷の状態に変わる。まさにナノテクの世界だが、そもそも樹氷の研究は、戦前に戦闘機に着氷して墜落するのを防ぐために、着氷のメカニズムを研究する目的で始まったという。
こうしてできた樹氷は左の写真のようなもの。吹雪の中で撮ったためよく見えないものの、樹氷というロマンチックなイメージよりも、アイスモンスターと呼ばれる怪異な呼称がぴったりくる。とにかく吹雪が顔に吹きつけ、強烈な寒さが行く手を阻む。ゴーグルで武装したスキーヤーたちは元気に飛び出していくが、軽装備の観光客は山頂駅の外に出ても5分もすれば駅舎に逃げ戻らざるを得ない。下りのロープウェイはスキー客が居ない分空いている。その中でアマチュア写真家とおぼしい二人連れが、「地上では天気が良かったので期待していたのに、これでは今年は諦めざるを得ないな」と話している。樹氷の写真を撮りに来たのに吹雪のため撮影を断念したらしい。樹氷高原駅の駅員に気温を聞くとマイナス10度とのこと。山頂ではマイナス15度くらいだったのだろうか。冬の自然はなかなか優しい顔を見せてはくれない。
晴れた日の樹氷はネットで探した方が手っ取り早い。
帰りは都内に入って少し渋滞したものの、予定より早く7時半前に新宿に到着。新宿パレット10階の「月の雫」で夕食にする。妻と女性同士の話があるという和田さんが現れたのと交代で店を出る。
February 11, 2005 =Fri=
近畿日本ツーリストの一泊バス旅行で蔵王に樹氷を見に行く。バスは8時10分に都庁の駐車場から出発するので、朝は7時50分に家を出る。こうしたバス旅行に気軽に参加できるのも都心に住む便利さだ。例によって旅行代金は1泊2食付で19,800円という格安ツアー。もっとも先日台湾に行ったのも2泊3日で同じ値段だったが・・やはり日本のほうが高いのか。東北道を北上するが晴天の下、雪なんかぜんぜん見えない。福島県に入ったあたりで少し雪がちらついてきたが、すぐにもとの穏やかな青空が広がる。福島市内の
阿武隈川に飛来する白鳥や鴨を見る。宮城県の白石(シロイシ)市から蔵王町に入ってもまだ雪はない。蔵王という特定の山はなく、奥羽山脈南端の山々を指して蔵王連峰と呼ぶらしい。宿泊は遠刈田温泉の「
ラフォーレ蔵王」。さすがにここまで来ると道路の両脇には雪が高く積み上げられている。「遠刈田」は「トオガッタ」と読む。人里はなれた林の中に結構スマートなホテルが建っている。会員制リゾートのラフォーレグループの一つ。たぶん会員だけでは成り立たないのでツアーなどに開放しているのだろう。樹氷ツアーだけでなくスキー客も多い。4時前に着いたので、ゆっくりと温泉につかる。ここの湯は大浴場のほかに掛け流しの湯が別棟にある。大浴場とは方角が反対なので、いったん上がってから浴衣を着ていかなければならないので不便ではあるが、ここにはシャンプーや石鹸はなく、単に掛け流し(つまり循環式ではない)温泉に入るだけのところで、風呂場の中は湯気で視界がまったく利かない。ガラス窓が大きく、露天風呂風の雰囲気で、手探りで探すと雪世界の庭への出口もあり、扉を開けると強烈な寒気が吹き込んできた。食事の前後に温泉に入り、頼んでいたマッサージをして眠りにつく。
February 10, 2005 =Thu=
昨日のライブドアによるニッポン放送株35%取得について、当の
堀江社長のblogを見ると、堀江社長が出演している「平成教育2005予備校」というバラエティ番組が放映延期になったらしい。この番組、二三度見たことがあるが、タレントたちに問題を出して答えさせる構成で、どういうわけかタレントに混じって堀江社長もレギュラー出演している。東大卒の堀江社長が常識を問う問題に答えられないのがご愛嬌だが、問題はこれがフジテレビの番組ということだ。「他局が激しく報道しているのに、フジテレビではほとんど報道されなかったらしいし。これじゃあ政治家に番組内容を歪曲されてしまう、某国営放送と同じじゃないのか。」この記事には10日の夜中までで92のコメントと96のトラックバックがついている。コメントの中には例によって「朝日の言うことを鵜呑みにするのか」といった右の方々からの筋違いの批判も混じっているが、大半は堀江支援のメッセージである。こうしたblogを通じての議論というのも新しい時代を感じさせる。・・と思ったら今度は三井住友と大和證券の経営統合。もっともこちらは
大和證券SMBCなんて会社はずいぶん前からあるわけだし、それほど新味はないのでは?
明日の休日は蔵王へ。
February 9, 2005 =Wed=
先週、修理に出していたデジカメの修理が完了したという留守電が入っていたので、虎ノ門のホテルに契約のことで行ったついでに有楽町の銀座ファイブにある富士フォトサロンに寄って受け取った。もともとリコールの対象になっていた色調の不具合のほか、前から時々起きていたフォーカスエラーについても無償修理してくれていた。修理報告書によれば、フォーカスエラーの原因は「電子部品の電気的接続不良により、レンズ駆動回路が正常動作しませんでしたので、レンズを交換いたしました。」とある。これで旅先でもシャッターチャンスを逃すことはなくなったのだろうか。
少し時間があったので、この
銀座ファイブの中を歩いてみた。以前は、数寄屋橋ショッピングセンターと言ったそうだ。高速道路の下を利用して、地下一階から二階まである。地下は飲食店、一階はファッション、富士フォトサロンのある二階は骨董品などの店が並んでいる。二階の骨董品店を覗いてみたが、こんなところでこんなものを売っていて商売になるのだろうかと思うような店が多い。それでも中には暇そうな冷やかし客が数人入っている店もあった。面白いのは「
銀座コイン」という古銭商。昔の大判小判や古銭、紙幣などを売っているのだが、出たばかりの新紙幣である1万円、5千円、千円札にも値がついている。樋口一葉の5千円札が8万円。理由は「L666666K」という珍しい番号だからだそうだ。そういえば、紙幣流通に携わる日銀職員が珍しい番号の札を自分で両替していたとして処分されたというニュースを最近聞いたことがある。
ライブドアの堀江貴文社長がまたやってくれた。近鉄球団買収騒動で名を上げて以来、テレビのバラエティ番組に出るなどしていたが、昨日、いきなりニッポン放送の株式の35%を取得したと発表した。ニッポン放送の経営権を握るとそれより大きいフジテレビの経営権を握ることができるそうだ。この構図を嫌ってフジテレビ自身がニッポン放送にTOBをかけている最中の出来事だ。それも30%近くのニッポン放送株が市場に出るらしいと知って、リーマン・ブラザースと組み、一昨日の夜に担当者が徹夜で書類を調えて800億円の転換社債型社債を発行し、昨日の朝8時に取締役会を開いてニッポン放送株取得を決議、市場が開く前に市場外取引で買い付けるという、日本の伝統的企業ではとてもできそうにない離れ業。日本にもこういう会社が現れたのかという驚きが駆け巡った。まあ、買収はうまくいっても、これからどうなるのかが問題だけれども。ライブドアの2004年9月決算の数字は、売り上げが308億円、経常利益が50億円とある。
February 8, 2005 =Tue=
第一生命の外交員が恒例の「
サラリーマン川柳100選」を届けてくれた。「冬ソナ」ネタが4首ほど入っているが、選ぶとすれば次のあたりか・・
○ 根回しが 済んだら方針 変わってた
○ これ大事 客より上司の 満足度
○ 成果主義 最終評価は 好き嫌い
どうも仕事がらみのものに目が行ってしまう。
February 6, 2005 =Sun=
1時からJTB渋谷支店のビルの会議室で、「フィリピン移住セミナー」に出席。妻が新聞広告から探してきたものだ。定年後を海外で暮らそうという人たちを対象に、主催の
械EATなる会社が自社の施設の売込みを目的に開いたもので、海外移住の説明に加え、税理士法人による国際税務、アリコジャパンによる海外移住準備のための資産形成の話などを取りまとめたセミナーである。参加者は50名程度で参加費は無料。参加者が高齢者ばかりなのに主催者(講師)側はみんな30歳代くらいというギャップがあり、主催者側の説明もあまり流暢とはいえない。だが、アンケート用紙をもとに抽選で2組に成田ーマニラのペアチケットを進呈するなど、かなり入れ込んでいる様子だ。まあ内容は分かりきったことばかりで、新鮮味は感じられなかったが・・・
セミナーが終わってから、前の会社で一緒だったI君の見舞いに練馬の病院に行く。中央線を三鷹で降り、バスで10分余りの「北裏」というバス停のすぐ傍に、「
島村記念病院」という病院がある。医務室で聞くと、I君の病室は406号室とのこと。4人部屋の入って手前の右側に彼の名前が書いてある。声をかけたが最初は気がつかなかった様子。耳元で名前を告げるとか細い声で「ありがとうございます。」との返事。昨日、奥様に電話して様子を聞いていたが、「小さい声しか出ないので、口元に耳を近づけてやってください。」とのことだった。少し話しているうちに、記憶がだんだんよみがえったのか、私の子供のことや妻のことを聞いてきた。I君は以前、私が前の会社の主計部で海外会計のチームリーダーをやっていたときのメンバーで、私より12歳若い。1976年の東大卒で、私がパナマに赴任したのとほぼ同時にイタリアに赴任した。その後、海外会計に戻り、支店から現地法人に組織換えしたソウル(韓国法人)に赴任、2002年の4月に当時日商岩井の韓国法人社長をやっていたM君を訪ねたときは彼がホテルまで来てくれた。単身赴任のソウルで彼がクモ膜下出血のため倒れたのは1年前になるらしい。ソウルから搬送され、一時は頭に水が溜まり、かなり危険な状態に陥ったらしいが、最近では病状も安定し、一週間ほど前に現在の病院に転院してリハビリを行っている。こうした経緯は、先日、荒澤さんの追悼集出版パーティで会ったM君や、会社の人事担当をしているIさんから教えてもらったもので、本人は倒れた時の状況などは余り覚えていないらしい。私が見舞っているときにちょうど夕食の時間になったが、看護婦の手を借りながらの受け答えもままならぬ様子が痛ましい。本格的に復帰できるまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。
大久保駅に戻り、海外移住セミナーから買い物のため先に帰った妻と待ち合わせ、新大久保駅近くのミャンマー料理の店「
ヤッタナー」へいく。雑誌で紹介されていた店だが、ミャンマー料理というのが珍しいのと、家からも近いということで覗いてみた。店の名前は日本語ではなく、仏教用語からとったらしい。店には頑固そうなおやじさんがいて、「私はこの店で唯一の日本人で、ウェイターです。」というが、話を聞いているうちに彼が実質的な創業者であることがわかる。この店のオーナーということになっている
イーミンさんという50代くらいの女性は、ミャンマーの古都マンダレーの出身で、ここの料理はミャンマーの中でもマンダレー地方の家庭料理だそうだ。ミャンマーの焼酎をストレートで、料理は3500円のコースを頼む。最初に出てくるのはお茶の葉を茹でて発酵させたものと何種類かのナッツを混ぜ合わせたもの。全体に野菜とナッツ類が豊富で、少し量が多めであることを除けば体にもよさそうだ。味は日本人には親しみやすい感じだが、別に日本向けにあわせているわけでもなく、材料のほとんどはミャンマーから取り寄せているとのこと。
件の頑固そうなおやじさんは、秋山さんといい、72歳の元自衛官。定年後に新宿で外国人に日本語を教えるランゲージスクールの校長をやっていた。ある日、学校のゴミ捨て場で、コーラの缶が可燃ゴミに混じっていたので、これを拾って不燃ごみに移そうとすると、何か硬いものに触れた。拾い上げてみると金属製の仏像である。学校の教室に持ち帰って安置していたら、タイ人やミャンマー人の生徒たちが拝みに来る。そんなに貴重なものかと調べると、ネパールの国王がミャンマーの国王に送ったといわれる仏像と酷似していることがわかる。そんな縁で、当時ランゲージスクールで英語教師をしていたイーミンさんと組んで日本で最初のミャンマー料理店を開いたということだ。イーミンさんもミャンマーでは二つの大学を出ており、医師の資格をもっているとのこと。秋山さんも何度もミャンマーに行っており、向こうで得度もしているとのことで、「ビルマの竪琴」に出てくる水島上等兵のような姿で、頭を丸めた写真も見せてもらった。
食事の後、二階に案内され、件の仏像を拝ませてもらう。二階では、イーミンさんとその友達が、霊感占いのようなことをやっているそうだが、こちらは余り興味がないのでパスした。この店は、山手線沿いに一本西側に入った道にあるが、初めて通ったこの通りにはタイ料理や韓国料理、ベトナム料理などの店が並び、ここから大久保通りにかけては香港にでもいるような雰囲気がある。
February 4, 2005 =Fri=
日比谷の東宝ツインタワー地下1階の
マリンクラブで大学同期生の少し遅い新年会。例によってここはサントリー系のダイナック直営店で、ダイナック会長のI氏のアレンジ。みんな時間的に余裕が出てきているらしく、今年の計画は@我々の仲間で、デュポン日本法人の社長から福井県副知事に転じたY君(昨年
舌禍事件を起こし苦労している)への激励を兼ねて冬の福井を訪ねる。A大連を中心に旧満州地方を訪ねる。B秋ごろに、幹事が昔駐在していたアリゾナへ行き、ついでにラスベガスに寄る。などの計画が進んでいる。これまでにもこのメンバーは、チェンマイに長期滞在している仲間のN君を訪ねたり、シルクロードを訪れたりしている。寸暇を惜しんでは時間を見つけて妻と旅行するのが精一杯のわが身では、なかなかこうした旅に参加する余裕はなさそうだ。それにしてもF田君、どうしてこの頃姿を見せないんだ〜?
February 3, 2005 =Thu=
確定申告の時期が近づいてくると、税理士は「無料相談」に駆り出される。税理士をやっている妻は、今日も商工会議所主催の無料相談に出てきた。その話を聞くと、大企業では史上最高益の会社も多いが、中小、零細企業では景気はいっそう冷え込んでいるようだ。守秘義務があるので詳しくは聞けないが、家内工業で部品加工をやっている人など、年商(月商ではない)が190万円、アルバイトに掃除をやっているとのこと。そんな人ほどきちんと申告しようという意思を持っているのだという。
February 1, 2005 =Tue=
会社の近くの銀行で順番待ちをしていて、ふとラックにある雑誌を手に取った。だいたい、銀行においてある雑誌なんて銀行自体のPR誌か、週刊誌か、あるいは当たり障りのないグラフ雑誌だったりするのが普通だが、この雑誌は少し異質だった。最貧国ハイチで、貧困と政治混乱の中で路上に放置される死体、病院の遺体安置室には金がなくて葬式も出せないため引き取り手のない遺体がゴミのように山積みになっている。そうした写真や文章が、「人間とは何なのか」を問いかけてくる。雑誌のタイトルは「
風の旅人」。隔月刊で、銀行にあったのは昨年8月に発行された第9号だが、最新号は今日発売の
第12号ということらしい。一冊1200円と雑誌にしては少し高いが、執筆陣も錚々たるものだ。第9号を斜め読みしただけだが、少し興味を持ってフォローしてみたい雑誌だ。
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