Diary



December 31, 2005 =Sat=

先月の21日に母が亡くなって以来、この日記の更新も途絶えてしまっていた。葬儀やら喪中葉書の出状やら、忙しいことも事実だったが、日記の更新ができないほどではない。また、母を亡くしたショックで筆が進まなかったというわけでもない。日記の更新などというのは、半ば自らに課した義務という感じで続けてきたのだが、ふと気を抜いて何日か続けて休んでしまうと後が続かなくなるのものだ。もともと、人に見せることを目的としているものではなく、一つには自分自身の日々の生活の記録、あるいは備忘録の意味合いと、もう一つは文章を綴ることの能力というか習慣を失くしたくないという気持ちから続けてきたものだが、いったん「そんなものどうでもいいや」と思ってしまうと再会する気力も失くしてしまうのだ。

11月18日の金曜日、母の容態が思わしくないとの連絡を受けて大阪の病院へ行き、病室に泊り込んだ。意識はないものの小康状態が続き、日曜の午後、後ろ髪を引かれる思いで妹に後を託して東京行きの新幹線に乗ったが、新宿に着いて電話を入れるとやはりまた容態が悪化しているらしい。妹も覚悟しているらしく、「この先本当にだめにならなかったら電話入れないからね」という。翌日未明、枕もとの携帯が鳴る。寝ぼけ眼で携帯を手探りしているうちに切れ、家の電話が鳴る。案の定、妹からで、「いま、呼吸がとまった。心肺は動いているけれど」朝一番の新幹線でまた大阪に向かう。八尾に着いたら母の遺体はすでに家に安置されている。家に帰ると近所の人たちにも知らせざるを得ず、面倒だから病院から直接葬儀場に移すことも考えたが、やはり帰りたがっていた家に最後は帰らせてやろうと妹が手配してくれたのだ。その日のうちに通夜、翌日に告別式を行った。身内だけの葬儀で、参列者はわれわれ兄妹とその家族、亡くなった弟の妻子、遠方からは埼玉県岡部町から従兄の曽田さん夫妻。曽田さんの母が私の母の姉になる。曽田さん曰く、「母の姉妹で残っているのはチヨさんだけだったからなあ」曽田さんは岡部町の文化財保護委員をやっているが、来年、岡部町は深谷市と合併する。他に、母と仲のよかったNさんは、ちょうど母の亡くなった日に白内障の手術で入院した。式場は、2002年1月に亡くなった父のときと同じ八光殿という斎場だが、実家の近くに新しい式場ができていた。通夜の夜はわれわれ夫婦と曽田さん夫婦で式場に付属する宿泊施設に泊まる。

葬儀を済ませると、相続の問題が出てくる。といっても相続税の対象となるほどの資産もなく、相続人の間で揉めるような問題もないが、戸籍謄本を取り寄せたり印鑑証明を取ったりという面倒な作業がある。49日の法要のときまでに各自書類を調えることにした。特に母の戸籍謄本については、出生から死亡までの連続した謄本が必要だという。法定相続人が他にいないことを確認するためらしい。12月に入ってから、母の実家のある深谷市役所に行ってみた。勤務先のある熊谷の二つ先の駅だ。むかし、疎開していた叔母の家はこの深谷市役所の国道17号に面した駐車場の一角になる。叔母が94歳で亡くなったのはもう10年くらい前だが、その頃までは叔母の家は駐車場に食い込む形で残っていた。その後、家は取り壊して市役所の駐車場にすると聞いていたのだが、行ってみるとどういうわけか昔叔母の家のあったあたりにブロック塀だけが残っていた。

戸籍謄本というのは普段は無味乾燥な書類でしかないが、いままで取ったことのない母の昔の戸籍を見ると、いろいろと興味深い。親戚付き合いの浅い私から見ると、これまで母の話の折々に出ていた名前について、「ああ、こういうことだったのか」と納得する。母は男4人、女6人の末っ子だった。中には生まれてすぐに亡くなった人もいるし、深谷の叔母のように94歳まで生きた人もいる。母が92歳で亡くなったのは10人兄弟姉妹の末っ子が最後まで生き残っていたのだから、順当といえば順当だろう。

遺品といっても余り金銭的価値のあるものはない。妹など案外ドライで、みんな捨ててしまおうと言うが、父の残した日記や昔のアルバム類など、本当に捨ててしまっていいのか迷うところだ。といって、家に持って帰っても置く場所に困るだけだし。写真などは時間があれば主なものを選んでデジタル化してしまえば場所はとらないのだが、そのための時間や労力を割くだけの余裕がない。一番困るのが仏壇だ。両親は長男である私が仏壇を引き継ぐものと当然に想定していたようである。だが、信心深い両親が結構お金をかけて整えた仏壇はかなりの大きさで、我が家に置くところなどない。そこで思ったのだが、PCの中にバーチャルな仏壇を造るというアイデアはどうだろうか。我が家は浄土真宗なのだが、色んな宗派の仏壇を作り、お寺とネットで結べば法事などもネット経由で執り行うことができる。大方の寺院や仏壇屋は商売に差し支えると反対するだろうが、仏壇だの法事だのというのは所詮バーチャルなものに過ぎないのだから、これが普及すれば立派なビジネスモデルにもなると思うのだが。そう思って、仏壇にあった過去帳を持って帰り、スキャナで各ページをPDF化してみたりする。


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