Diary


January 31, 2006 =Tue=

よその人のホームページからの盗作だが、みんなうまく作るものだと感心する。

> ●騙し海峡冬景色(石川さゆり)
>
> ヒルズ発の株価操作 ばれたときから
> マザーズ株は 雪の中
> 株を持った人の群れは 誰も無口で
> 耳鳴りだけをきいている
> わたしも一人 マザーズ株に乗り
> こごえそうな余力見つめ
> 泣いていました
> ああああ 小菅海峡 冬景色
>
> ごらんあれがライブオート 買えとばかりに
> 細木のばあさん 指をさす
> 涙くもる フォリオ余力 ちゃんとみたけど
> はるかにかすみ みえるだけ
> さよなら東証 わたしは帰ります
> 担保割れが 胸をゆする
> 泣けとばかりに
> ああああ ホリエ海峡 冬景色
>
> さよなら相場 わたしは帰ります
> 二階建てで 担保割れて
> 泣けとばかりに
> ああああ 粉飾決算 冬景色♪
>
>
> ●別れも好きな人(ロス・インディオス&シルヴィア)
>
> (ホリエ&乙部)
> 騙した人と会った 小菅の独居で会った
> 騙したときと同じ 寄りは強かった
>
> (乙部)
> 金もかけずに分割 お金を巻き上げヒルズ
> 匿名組合かまして うまく売り抜けた
>
> (ホリエ&乙部)
> やっぱり忘れられない
> 変わらぬインチキ手口で
>
> (乙部)
> お金を集めてしまう みんな馬鹿だから
>
> (ホリエ)組合で(乙部)売り抜ける
>
> (ホリエ)粉飾で(乙部)売り抜ける
>
> (乙部)
> 遊びたいのよ赤坂 ドンペリ抜いてるヒルズ
> 思いがけない高値で 株を売り抜けた
>
> (ホリエ)
> ちょっぴり危ない決算 いつもの粉飾指導
> ジェットでとんずらするわ 検事ばれるから
>
> (ホリエ&乙部)
> やっぱり、忘れられない
> 変わらぬ易しい手口で
>
> (乙部)
> 株券捌いてしまう だめよ 大笑い
>
> (ホリエ)株主は(乙部)ちょろすぎる
>
> (ホリエ)国民は(乙部)馬鹿すぎる
>
> (ホリエ)東証も(乙部)あほすぎる
>
> (ホリエ)売り抜けて(乙部)大もうけ♪

> ●ナンピン一人旅(山本譲二)
>
> ここで追証 いれたらいいと
> すがる涙の いじらしさ
> その場しのぎの なぐさめ言って
> なんぴん一人旅
> うしろ髪ひく 怨嗟の声を
> 腹でたちきる ホリしるべ
> 生きていたなら いつかは会える
> 小菅でも 逢えるだろう
>
> 相場流れに さからいながら
> ひとり買い増し 胸のうち
> 俺は男と つぶやきながら
> なんぴん一人旅
> 100の分割 粉飾組合
> 決算内容 うそだらけ
> 記事がでるほど 維持率われる
> 維持率 割れるだけ
>
> たとえどんなに恨んでいても
> たとえどんなに 材料欲しくとも
> お前は東証 監理のポスト
> 東証マザース 監理のポスト
>
> たとえどんなに 買い増ししても
> お前はもうすぐ 整理のポスト
> たとえどんなに ナンピンしても
> お前はもうじき 上場廃止♪


January 30, 2006 =Mon=

今日は妻は日本振興銀行の講演会に出かけた。家の近所に日本振興銀行の支店があり、税理士である彼女は日本振興銀行から顧客紹介のアドバイザを頼まれ、毎月僅かながらフィーを貰っている。ところが今朝になって朝日新聞に同行会長の木村剛氏の親族企業への不正融資の記事が出た。この話、去年からアングラ情報では何度か伝えられていたものだが、銀行側は早速朝日新聞を提訴するという書面をサイトに掲載した。講演会でも同じ書面が配られたそうだ。記事の真偽は不明だが、日本振興銀行自体、設立のはじめから内部対立でマネジメントが混乱し、私の元上司で木村氏と親交のあるIさんなども同行の非常勤役員を降りてしまった。従来の銀行と、消費者金融などとの間を行くという狙い自体は間違っていないのかもしれないが、理論と現実の乖離は容易に克服は出来ないのかもしれない。それにしても、つい先日、妻がライブドアの株主総会に出かけたと思ったらその後にホリエモンが逮捕された。今日の講演会で木村剛と名刺を交わしたそうだが、その後にまた同じようなことが起こらなければいいが。去年の11月中ごろ、ネット上のアングラ新聞に「今年マスコミで目立った竹中平蔵、木村剛、ホリエモン、三木谷浩史、村上世彰の中の一人に、捜査当局が重大な関心を示している。」という情報が載ったことがある。その情報の通り、ホリエモンが挙げられたわけだが、その情報では容疑は「特別背任」とのことだった。ホリエモンは今後の進展では特別背任も視野に入ってくるかもしれないが、少なくとも逮捕の直接に契機は「証券取引法違反」だった。もし「特別背任」という情報も正しいとすれば・・・


January 29, 2006 =Sun=

毎年今頃の季節になると、妻の仕事を手伝わされることが多い。3月15日の個人所得申告期限を控え、ただでさえ多忙になるのに加え、事務員が代わったり手一杯だったりしてこちらにSOSが来ることになる。今週も昨日今日の週末で手のかかる不動産屋さんの月次決算を仕上げる。妻がコンピュータが苦手なものだから、こちらに振ってくるのだが、便利に使われないようにしないと、ただでさえ少ない自分の時間がなくなってしまうのだ。


January 27, 2006 =Fri=

勤務先のショッピングセンターで、二歳くらいの男の子が置き去りにされてもう2週間になる。まったく身元不明で、今も警察の保護下にある。バックオフィスである我々の事務所から売場に出たところに「子供広場」があるが、男の子はここで放置され、男の人が近くのおもちゃ屋の女店員に「迷子じゃない?」と告げたのだが、店内アナウンスで何度も放送しても保護者が現れなかった。今日はテレビ局も取材に来たが、マスコミ報道を通じてでも早く関係者が見つかればいいのだが。

出勤途上の車窓から遠くに眺める富士山は、北陸の大雪にもかかわらずこの前まで雪のない姿だったが、さすがに今はすっぽり雪を被っている。事務所を東京に移すので、通勤で富士を眺めるのもあと1ヶ月足らずしかない。


January 26, 2006 =Thu=

昨日の郵政公社のミスによる支払い遅延問題はようやく解決した。昨夜、念のためにこれまでの経緯を書いて今日中に支払うよう、公社の担当課あてにファックスしておいたら、今朝、そこの課長から電話があり、「こちらのミスで迷惑をかけて申し訳ない。私が大阪に出向いて証書を受け取ってきて、今晩、新宿郵便局でお渡しします。」とのこと。ようやく誠意ある対応を見せてくれたが、何でわざわざ大阪まで出向く必要があるのだろう。公社が「証書」を発行するのであれば、東京で発行して大阪との間は勘定を付け替えれば済む話ではないか。まあ、それは先方の問題なので、とにかく夕方まで様子を見ることにした。7時半過ぎに課長から電話があり、「今、大阪から帰ってきて新宿局に着きました。」新宿局で書類を受け取るとき、「勘定付け替えでできないの?」と聞いたら、「できないんです。うちのシステムは遅れていますんで」とのこと。こんなことで課長が一日つぶして大阪まで出張するなんて、本当に民営化して大丈夫なんでしょうか、西川さん


January 25, 2006 =Wed=

母の遺した預貯金について、私が相続人代表と言うことで銀行や郵便局から受け取り、法定相続人である妹や甥にあらかじめ相談した金額で送金する予定になっている。ところが、銀行の方はすんなり払い戻しされたのだが、郵政公社のほうは何時までたってもウンともスンとも言ってこない。痺れを切らして先週の金曜日に窓口の郵便局に電話すると、来週、つまり今週の月曜日に書類をチェックしている貯金センターから連絡が行く、とのことだった。ところが月曜日になり火曜日になってもナシのつぶて。そこで今日改めて窓口局に連絡したらようやく「事務センター」から電話がかかってきた。曰く、提出してもらった書類は問題ないのだが、窓口局での書類に不備があって戻した。書類は帰ってきたがそのまま忘れていた。とのこと。冗談じゃない。大した金額ではないと言っても、それなりにまとまった金額だ。妹たちも当てにしているはずだ。すぐに送金しろと言っても通帳を発行したのは大阪なので大阪のセンターが担当でありそちらに書類を送って払い戻し証書が来るのは来週になるという。余りに人を馬鹿にした言い草にこちらも切れた。すぐに送金するか、送金ができないと言うなら日銀小切手ですぐに届けろ。入金するまで民法上の法定金利を請求すると言っても、ともかく校舎の内部事情の説明ばかりでまったく誠意がない。こんな公社が民営化に向けて準備が進んでいるそうだ。


January 24, 2006 =Tue=

派遣元の親会社で月一度の定例ミーティングがあるので、昼前の新幹線で東京へ。久しぶりに京橋の竹葉亭でマグ茶でもと友人にメールしたが連絡がつかず、昼は東京駅構内の焼きたてパンの店で。ここのカマンベールチーズを入れたパンが結構いけるのだ。ミーティングを終えた後、今晩われわれの慰労会が予定されていることを知らされる。よく考えたら前に出欠を尋ねられ、出席の返事をしたのにスケジュールに入れるのを忘れていたらしい。ミーティングから慰労会まで時間があるので、丸の内富士ビルにあるOB談話室で時間を潰す。この談話室、前は富士ビルの10階にあったのだが、行ってみると昨年12月に4階に移転したとの張り紙がある。そこで4階に行ってみると、前より広く、綺麗になっている。会社の業績がいいとこんなところにまで恩恵が及んでくるらしい。慰労会は築地一丁目の「新三浦」こういう会合だと会話に気をとられて味が分からなくなる傾向があるが、この店は味の方もなかなかなものだった。


January 23, 2006 =Mon=

ホリエモン逮捕。今日は一日このニュースで持ちきりだ。記念に昨日の「Livedoor社長日記」を残しておこう。小泉首相、武部幹事長はじめ自民党幹部が、昨年の総選挙で堀江氏の立候補を全面的に応援したことを批判され、「あれとこれとは別」と逃げ回る姿もお粗末だが、それを追求する民主党も前原ではまったく迫力がない。ただ、彼はこの失敗を足がかりにもう一度復活してくるような気がする。


January 22, 2006 =Sun=

建物の北側の裏道など、まだ昨日の雪がそのまま残っていたり、シャーベット状になった雪が夜のうちの凍りついたりして、歩行にも注意が要る状態。羽田や成田でも決行が相次いでいるらしい。この程度の雪で飛行場の機能が麻痺するとは、取引件数が400万件を超えたくらいでパンクする東証と似ているような。

その原因となったライブドアに関しては、二三日前からネットにこんなのが流れている。


January 21, 2006 =Sat=

朝、7時半に起きたときにはちらついている程度だった雪が、すぐに本降りとなって一日中降り続いた。今年初めての雪だが、それなりに積もり、道路はシャーベット状になった。10時前にスポーツジムに行く。週末の雪の朝にジムに行くのは私のようなジモティだけだろうと思っていたが、いつもの土曜ほどではないものの、それなりに混んでいた。ジムを出て、書留を受け取りに新宿郵便局へ行くのに、都議会議事堂から京王プラザホテルのロビーを通ったが、ここでもいくつかの新年会があったらしく、クロークに並ぶ人たちの行列が出来ていた。雪で多少電車が遅れても都会の人々の活動はほとんど制約されないようだ。


January 20, 2006 =Fri=

日本橋本石町と言えば日本銀行本店だが、その日銀のそばに日本橋室町ビルというのがあって、その9階に東レ室町社員クラブがある。今日アレンジしていただいた東レのSさんによれば、社員クラブと言っても利用できるのは「社員、OB及びその関係者」ということで、言ってみれば誰でも使える施設だそうだ。昼食時など東レの社員より日銀の人たちのほうが多いそうだ。「松戸会」主催者のHさんの声かけで集まったのは松戸会幹事ないし準幹事6名で、次回会合の段取りを決めることが名目。かつて日本租税研究協会(租研)に関係していたメーカーや商社の担当者で何となく集まっているこの会だが、出席者のほとんどが60歳から70歳に近づいてきた。例によってM物産出身のIさんが自作の替え歌を披露。歌詞の中で「華の舎」とは、Hさんが千葉・館山に私財を投じて運営していた身障者のための宿泊施設。華の舎が閉鎖してからもう2年になる。

通勤に際して熊谷からの帰りは原則として上越新幹線の19時発の「MAXたにがわ422号」。この列車に乗ると19時14分に大宮に着き、25分の湘南新宿ラインに乗り継いで、20時前に新宿に着く。越後湯沢から来るこの「たにがわ422号」は、2階建て16両編成と言う大型列車だ。全車両ダブルデッカーだから、単純に計算すれば32両編成ということになる。もっともこれは8両編成の列車を2編成分繋いでいるのだ。だから連結部分は特徴のある流線型の先頭車両同士が繋がっている。まるで2頭の龍がディープキスをしているようなユーモラスな姿だ。一度これを写真に撮ろうと思っていてなかなか機会がなかったのだが、今日は前掲の東レ社員クラブでの会合に出席するため17時発の新幹線に乗ろうとしたら、この「たにがわ418号」も同じダブルデッカー16両編成だったので、持っていたデジカメに納めることが出来た。


January 19, 2006 =Thu=

朝、診療所によっていつものコレステロールの薬を貰う。悪玉コレステロール値はこのところ大きく下がっているのだが、薬を止めていいとは言ってくれない。そのまま熊谷まで出勤して、すぐに東京に戻る。2時半から東京簡裁で取引先の特定調停がある。原因は某メガバンクによるバブル時代のオーバーレンディングにあるのだが、メガバンク側からの解決案がなかなか出てこず、もう4年越しの係争になっている。きょうもまた先送りになった。

その足で親会社の品川オフィスでの事業投資先ITセミナーに出席。セミナーよりもその後の懇親会兼新年会が目的。こういう場では昔の仲間に会うことが出来る。だが、どうみても出席者の中で最高齢者が自分だと言うことを意識せざるを得ないのが悲しい。

ライブドア関連株は相変わらずストップ安の気配だけで取引が出来ない状態だが、普通の株はようやく反転した。ライブドア関連ではついに自殺者も出たらしい。景気のファンダメンタルズは良いので、株式市場は多少の調整を経てまた上がりだすだろうが、最近の株式相場活況を支えていた個人投資家、それもネット取引による小口新規参入者はライブドアショックで一斉に引いてしまうだろう。私の持っているのは、以前の勤務先の持株会で買った株くらいだが、去年の年末に昔買って下落していた建設会社株と損益を通算するために一部を売ったところ、年初に急騰して息子からも笑われた。だが、このところの株安で、去年売った価格より安く買い戻すことが出来た。息子よ、これが大人の株取引というものだ。


January 18, 2006 =Wed=

もう世の中ライブドアショック一色になってしまったらしい。今日も株式市場ではライブドアだけでなく一般の株にも売りが殺到し、東京証券取引所の売買処理能力が追いつかず、14時40分でシステムが停止されてしまった。アジアのトップ市場である東証が、一日400万株の取引でパンクしてしまい、取引所の会長が「なるべく取引単位をまとめてくれ」と言い出す始末。日本の資本主義のインフラも大したことはない。日本市場でのショックが海外にも伝わり、アジアや欧米市場でも株価が下落しているという。良かれ悪しかれ堀江社長の影響力は大きいことが証明された。そしてまた、誰かの思惑通り耐震偽装問題はニュースの扱いがぐっと小さくなった。何しろ昨日はこのほかにも、阪神淡路大震災の11周年、連続幼女殺人犯の宮崎勤の最高裁判決と大きな、そして前から予定されていたニュースが多く、ただでさえ耐震偽装証人喚問は埋没しそうなところに、ライブドア強制捜査をぶつけてきた不自然さ。これをマスコミはなぜ取り上げないのだろう。


January 17, 2006 =Tue=

昨日、突如として起こったライブドア強制捜査騒ぎは、今日は予想通り株式市場の大暴落に繋がった。特にライブドア株はストップ安の596円で2百万株程の買い気配に対して売り気配は260百万株に及び、後場が終わるまで取引が成立しなかった。それにしても東京地検が異例の徹夜捜査を行った割には分かりにくい容疑だ。日経新聞の記事を見ると、昨年から地検が内偵を続け、日経も早くからそれを掴んでいたらしいが、ライブドア側はほとんど警戒していなかったように見える。昨日も午後3時過ぎにNHKなどで第一報が流れ、その時点ですでに強制捜査に入ったと伝えれらたのだが、実際に強制捜査に着手したのは夜7時を過ぎてからだったというのも何か不自然な感じがする。ライブドアに不正があったことは事実なのだろうが、なぜ強制捜査が昨日なのか。今日の、耐震設計偽装に関するヒューザー小嶋社長の国会証人喚問とリンクしているような気がする。今日の喚問で、小嶋社長は「違法性の認識はなかった。」という自己弁護以外は「刑事訴追の恐れがあるので回答を控えさせていただきます。」との証言拒否を30回も連発した。唯一でてきたのは小嶋社長が安部官房長官の秘書に相談に行ったという事実だけだ。証言後に記者会見に臨んだ安部のいつになくおどおどした態度から見て、彼にも何らかの繋がりがあるらしいことは容易に推測できる。次期首相を窺う安部に不都合な証言が出るかもしれない恐れから、小嶋証人喚問のインパクトを少しでも軽減するためにライブドア捜査をぶつけてきたのではないかと疑われる。

それにしてもライブドア捜査は海外でも大きく取り上げられている。NewYork Timesでもそうだし、英国のTimesでは"Horiemon"のプロフィールも伝えている。堀江の「飛行機に乗ってビジネスクラスの隣の席のおやじから話しかけられてうるさいので自家用ジェット機を買った。」などという発言は嫌らしいが、法の不備を突いて経済活動を行う行為自体はそれほど非難されることではなく、むしろそれによって法の整備が進むのならいいのではないかという気がする。


January 15, 2006 =Sun=

この日記の更新をサボっていた12月中に読み上げたのがダン・ブラウンの"Angels & Demons" 敬虔なカトリック教徒でもある科学者が殺害され、死体の胸には昔勢力を誇った秘密結社の名前が焼印されている。この科学者は科学と宗教の融合を信じ、神による天地創造は宇宙の始まりであるビッグヴァンと同じであるとの前提の下に研究を進め、反物質の生成に成功する。ビッグヴァンは、無から物質と反物質とが分かれたときに巨大なエネルギーが発生するもので、われわれの世界は物質の世界であり、これとは別に相似形の反物質の世界が存在する。物質世界では通常は反物質は存在できず、反物質が存在しても物質と触れた途端に反応して物質・反物質ともに消滅し、この時に原爆に匹敵する膨大なエネルギーが発生する。つまり物質世界はプラス、反物質世界はマイナスであり、両者が出会うとゼロに戻るというわけだ。科学者はその養女とともに世界で始めて反物質を生成させ、電気的に発生させた磁場の中に浮かせて、物質との接触から隔離している。科学者を殺した犯人は、この反物質を閉じ込めた装置を奪い、これをバチカンのある場所に隠した。装置は電源が48時間で切れ、そうすると物質と反物質との反応が生じ、バチカン市国を消滅させるエネルギーを出すことになる。折りしもバチカンのサンピエトロ寺院では、亡くなった法王の後継を選ぶコンクラーベが行われている。後継候補として有力な枢機卿4人が全員行方不明になっており、コンクラーベは法王決定の白い煙を出すことが出来ない。装置を取り戻すべく行動する科学者の養女を助けるのが、例によって古代宗教象徴学者であるロバート・ラングドン、と、構成は「ダ・ヴィンチコード」とよく似ている。

昨年4月は、故ヨハネ・パウロ二世の後継を選ぶコンクラーベが行われ、ベネディクト十六世が選出された。この世紀のイベントを早速作中に利用するなど、ベストセラー作家ダン・ブラウンの面目躍如と言うところだが、この小説の中で極めて重要な役割を演ずるのがCamerlengoという役職。英英辞典では"In the Roman Catholic Church, a cardinal who deals with the pope's financial and other secular affairs"とある。つまりローマ法王の秘書役のようなものだ。小説によれば、前法王の死去から後継の法王が選ばれるまで、Camerlengoが法王の職務を代行することになっているらしい。英語の"chamberlain"も同じ意味に用いられる。そうすると戦前のイギリスの首相チェンバレンもここから来ているのだろうか。

”Angels & Demons"に続けて読み始めたのがマイケル・クライトンの新作"State of Fear" これはペーパーバックで700ページを超える対策で、本の厚みが5センチ以上ある。比較的読みやすいのだが、なにせ嵩張るので持ち歩きには不便だ。

January 14, 2006 =Sat=

久しぶりにスポーツジムに行って体重を量るとかなりリバウンドしている。正月があり、法事があり、飲み会がありと、食べたり飲んだりすることが多かった上に、運動する機会は少なかったのだから当然だろう。ジムの帰り、これも久しぶりに本格的な雨が降った。雨脚に加えて風も強く、傘は持っていたのだが暫くは本屋によって風雨が弱まるのを待ったほどだった。


January 13, 2006 =Fri=

昨日の朝は家を出るのが遅れていつもの湘南新宿ラインに間に合わず、今日は高崎線で信号故障とかでいつもの電車が運休。そのため二日続いて別の電車で大宮まで行き、そこから新幹線に乗ったが、おかげでいつもより早く熊谷に着いた。このルートだと新宿から熊谷まで50分もかからずに着いてしまう。もっともこの時間の新幹線は込んでいて、大宮からでは自由席に座れないけれど。まあ、熊谷まで通勤するのもあと1ヶ月ちょっとだが。


January 11, 2006 =Wed=

親会社の品川オフィスで、今年から施行される新会社法の説明会。講師は親会社の法務部は総務部の担当者だが、いずれも女性。なかなか堂に入った説明だった。昔の商法では、株式会社の発起設立の場合、発起人7名が必要で、発起人は最低1株を引き受けることとされ、一株の最低額面が500円だったことから、株式会社は3500円の資本金で設立できた。これが前回の商法改正で、自己資本充実を目的に有限会社300万円、株式会社1000万円という最低資本金制度が設けられた。今回の新会社法ではこの最低資本金制度が撤廃される。それでは前回の改正は一体何だったのだろうか。自己資本充実と言う政策目標はなくなってしまったのだろうか。質疑応答の時間にこれを尋ねると、やはりそうだという。最低資本金制度導入から今回の撤廃まで、商法の存続スパンからみて必ずしも長い期間が経過したわけでもないはずだが、肝心の政策目標変更についての説明もなく、基本法たる商法が改定されると言うのはどうなのだろうか。

夕方、前にいた美容関係の会社の女性たち3名と会食。私がこの会社を辞めたのは昨年の4月だが、それ以降も結構いろいろと問題があるようだ。「帰って来い」コールもあるようだが、やはり今いる人たちに頑張ってもらうしかないだろう。


January 10, 2006 =Tue=

今日は一日休暇をとっている。母の四十九日を済ませ、母名義の預貯金等の払い戻し手続きなど、ペーパーワークを行うためだ。午前中に一応の手続きを済ませ、いるものスポーツジムに行くと扉が閉まっている。運悪く、今日が月一度の定休日に当たるらしい。今週は、法要の席での懐石料理などカロリーの摂り過ぎや運動不足もあって、今日こそスポーツジムで体重を落としたかったのだが。


January 9, 2006 =Mon=

一昨夜、昨夜と、実家の仏間で母の遺骨の傍で寝たが、今日はその遺骨を納骨する。妹夫婦が来るまで迎えに来て、東京から河内長野に来ている甥をピックアップ、四人で京都の大谷本廟へ。父の時には、葬儀の後、納骨は母と妹に任せて私は東京に帰ったので、納骨は今度が始めてになる。まず総合受付に行き、遺骨と納骨届、それに市役所発行の埋葬許可証を出す。遺骨は喉仏を納めた小さい壷と、そのほかの骨を納めた大きい壷とに分かれているが、大きい方は「祖壇納骨」といって親鸞聖人の墓所という「明著堂」に、小さい方は我が家のお墓である無量寿堂の納骨所に納める。受付でそれぞれの書類をもらい、無量寿堂でのお経を申し込む。読経所に進み、書類と遺骨を提出する。納骨に来た人、お参りに来た人が何組かまとまると仏殿に案内され、そこで三人の僧侶による読経が始まる。遺骨は祭壇に安置されている。終わると遺骨を受け取り、明著堂に進む。ここでは信者たちが蝋燭や線香を上げている。担当の僧が遺骨を受け取り、「確かに受け取りました。納めてまいります。」と言って持ち去り、やがて「祖壇納骨之証」という書類を渡される。次に無量寿堂の受付に進み、書類手続きの後、エレベータで我が家の区画に行き、待っていると程なく僧侶が現れ、仏壇をセットして読経、納骨と進む。ここは火気厳禁なので蝋燭も電池式のもの、焼香も電熱式の香炉を使う。やはり宗教行事はバーチャルなものだと言う感じが強い。これならいつか思いついた電子仏壇やネット経由でのバーチャル法事はやはり将来有力になるだろう。ともあれ、これで当面すべての行事が終わった。

新宿に帰ってのは夕方だが、ここで失敗をやらかした。アパート2階の正面入り口を入ると、何か警報のようなものが鳴っている。だが、受付にいるコンシェルジュは何事もない顔をしているので、警報ではなく何かの工事でもやっているのだろうと思い、ロビーで不在中の新聞を読む。ロビーでもエレベータで自宅に上がる間も警報が鳴り続けている。エレベータを降りて自宅に進む廊下でもやはり鳴っている。自宅玄関に入ってドアを閉めると、警報は更に大きくなる。明らかに我が家の玄関天井付近から聞こえる。不安になってインターフォンで警備室に連絡すると警備員がやってきた。「この警報みたいなのは何ですか?」と聞くと警備員も「おかしいですね」と首を傾げる。「だけど、2階のロビーでも鳴っていたでしょ?」「いや、私は聞いてませんが、もう一人の警備員がさっき何か音がしてると言ってました。」警備員も原因が分からないらしい。「一度下に行って調べて見ます。また連絡します。」と帰っていく。部屋に入って玄関との間の扉を閉めると、音はほとんど聞こえなくなる。やはり音の発生源は玄関らしい。暫くしてチャイムがなり、別の警備員が顔を出す。さっきの警備員が言っていた、2階で音を聞いた人らしい。「ロビーの音はまだ続いてますか?」と聞くと、「いえ、もう止んでます。」この警備員も、「何でしょうねえ。こんな警報音聞いたことないし」そのうち私がふと目をやったのが、関西への旅から持ち帰ったばかりで玄関先においてあるキャリーバッグ。バッグに耳を近づけると、何と音がよりはっきりと聞こえる。「ん?」と思ってバッグのジッパーを開くとますます音が大きくなる。「あ、シェーバーだ!」バッグの中のシェーバーが押されてスイッチが入ってしまったのだ。アパートの玄関を入ったときに鳴っていた音、ロビーで新聞を読んでいたときに鳴っていた音、エレベータの中で、我が家の玄関で鳴っていた音は、みんな私のバッグから聞こえるシェーバーの音だったのだ。警備員がロビーで聞いたのも同じで、私がロビーを立ち去ったので音は消えたのだった。苦笑する警備員に平謝りで頭を下げるしかなかった。


January 8, 2006 =Sun=

11時から恵光寺で満中陰の法要。四十九日のことを満中陰と言うらしい。集まったのは身内が7人と、母と一番親しかったNさん、それに妹の友達で何度もお見舞いに来てくれたFさんと、合わせて9人だけ。相愛大学の教授でもある住職・本多至成師は私より二つばかり年下だが、20歳以上年下の奥様との間に子息が3人おられ、奥様もご子息たちもすべて僧侶となっている。寺の仏教婦人会のコーラスを指導しておられる奥様は非常によく声が通る。今日の法要でも奥様が脇導師を勤められ、正信偈を唱える二人のハーモニーはなかなか見事だった。お経も音楽的素養が必要なのだろう。この正信偈(正式には正信念仏偈)というお経、亡くなった母がよく口ずさんでおり、住職が法事で家に見えると必ず正信偈をリクエストしていた。私と違って亡くなった両親はともに信心深く、住職とも親しくさせていただいていたことから、今日も住職の締め括りのご挨拶には亡き父の俳句を二句ばかり引用していただいた。「春泥にこぼれて赤し花の屑」もう一句は何だったか。法要を終えて駅の近くの新竹で会食。


January 7, 2006 =Sat=

名古屋を過ぎたあたりから雪景色となり、岐阜あたりからは少し吹雪いているところもあったが、総じて大した雪でもなく、京都についたころにはごく僅かな名残雪しか見られなかった。テレビが伝える北日本の大雪は、東海道方面には影響を与えていない。

近鉄八尾駅前の西武百貨店(「オーロラモール」と名前を変えている。)で待ち合わせ、昼食を食べながら明日の四十九日法要の打ち合わせをする。といっても10人足らずの身内が集まるだけだ。お寺に払うお布施をいくらにしようとか、料理を張り込む代わりにこの地方の習慣である「粗供養」という手土産はなしにしようとかと言う程度。家に帰ってお線香を上げる間もなく母の遺した預貯金等に関するペーパーワーク。大した金額でもないのだが、なんとも面倒なものだ。そのうち夕食時になり、また妹と「函館市場」という回転寿司に。ここは亡くなった母のお気に入りで、いつも穴子と茶碗蒸しを注文していたらしい。帰りにゲームセンターに併設のインターネットカフェでメールチェックと、このDiary更新。


January 6, 2006 =Fri=

明日から三連休だが、去年11月に亡くなった母の四十九日法要で大阪へ行く。今日も日本海側は大雪らしい。新幹線も岐阜県から滋賀県にかけて、よく雪で遅れることがあるが、大丈夫だろうか。


January 5, 2006 =Thu=

誰もが理解できることを「理解できない」と主張し、それが故に自分自身の意固地な行動を押し通す。あるいはその行動の不条理さを分かっているがために、それを否定する意見を「理解できない」と排除する。こんな子供じみた人間が内閣総理大臣として君臨している。今朝の朝日新聞の社説「私たちこそ理解できぬ」は、この異常さを見事に喝破している。「外国に言われたから参拝をやめるというのはおかしい。」という前に、日本人として、また日本の指導者としての見識があれば、戦前の軍国主義の象徴であり今も侵略戦争を美化している靖国神社への参拝は、自らの判断でやめるべきではないのか。この問題はNY Timesでも報じられているが、世界の人たちの目には、こんな簡単な事柄が「理解できない」指導者と、それを戴く国民がどのように映るのだろうか。郵政民営化をはじめとする小泉改革は支持できるだけに、靖国参拝を「心ならずも死地に赴いた戦没者を悼み、平和を祈念するため」との詭弁で取り繕う態度は残念だ。ポスト小泉を伺う先頭ランナーが、これに輪をかけた安部晋三だというのも情けないが、本来は彼らと対峙すべき民主党の前原代表も、靖国問題でこそ距離を置く姿勢はみせているものの、基本的なスタンスは彼らと大差ないというのもあきれたものだ。


January 4, 2006 =Wed=

世間はまだ正月気分が抜けないが、勤務先はショッピングセンターを運営しているので、私は今日が今年の初出勤だが、同僚たちは2日から出ている。今日もショッピングセンターはかなりの人出だ。休み中の話を聞いてみると、2日の初売りでは「福袋」を目当てのお客さんが列を成したそうだ。株もすごい上がりようで、元の勤務先である商社株など年末比で115円も急騰している。もっとも私は損のでている株と損益通算するつもりで、年末に半分近くを売ってしまっているが。まあ、正月のご祝儀であげたものの、また下がることもあるだろう。


January 3, 2006 =Tue=

朝、小田急ハルクに買い物に行こうとすると妻から声がかかり、「帰りに読売新聞を買ってきて」「どうして?」「一面に私の写真が出ているかもしれないから」キオスクに寄って読売の朝刊を買うと、確かに一面にでかでかとカラー写真が載っていて、その左端にいつも見慣れた顔が写っている。後で読売新聞のサイトを見ると、こういう企画が始まったそうで、今日の紙面はその第1号ということ。ここの写真でも一番左に出ている。東京に住んで25年になるのに関西弁が直らないし、常に自分中心にしか物事を考えられない人間が演劇の世界で他の人格を演ずることなど無理だと思うのだが。とにかく政治といい演劇といい、目立ちたがり屋だ。

昼前に娘から電話。風邪が治ったので夫婦で来るという。市谷からなのでドアツードアで30分で着く。ほどなく二人と一匹(愛犬ノエル)が到着。予定通り息子から送ってきた蟹とチーズフォンデュで4人の昼食。


January 2, 2006 =Mon=

今日からスポーツジムが再開したので出かける。エアロバイクで700Kcalくらい消化し、プールで泳いでサウナで汗を出したあと、つまり一番体重の減った瞬間風速体重でみると思ったほどリバウンドしていなかった。ダイエット後の体重がかなり身についてきたのかもしれない。

妻の部屋で、机の横にブラウン管テレビを置いているのが、大きなスペースをとって邪魔なこと、近すぎて目に悪いこと、BS放送が見れないことなど不満を言っているので、薄型テレビに買い換えるか、パソコンにチューナーをつけてパソコンでTVを見るようにすることを提案した。スポーツジムの帰りにビックカメラに寄って、まずパソコン用チューナーの売り場に行くと、BSを受信できるチューナーが見当たらない。店員に聞くと、そもそも著作権の問題からBSは受信できないようになっているのだという。普通のTVなら衛星放送も録画できているのになぜPCチューナーではだめなのかよく分からない。PCチューナーにBSチューナーをかませれば出来るのではないかと思ってそこでTV売り場に行ってみると、何だか訳の分からないことになっているようだ。地上波のアナログ放送が2011年で終了することは知っていたが、その他にもアナログのBSが今年中に終了するらしいとか地上波デジタルはもう始まっているとか。PCのことは割りと詳しいつもりだが、放送のアナログとかデジタルとかのコンセプトが今ひとつよく分からない。いずれにしてもテレビを買い換えたりするのはもう少し勉強してからにしよう。


January 1, 2006 =Sun=

娘夫婦が来る予定だったが、娘が昨夜から熱を出して大晦日なのにタクシーで病院へ行ったという状況のため、急遽取りやめになった。旭川にいる息子から送ってきた蟹と、我が家の定番であるチーズフォンデュを予定して昨日から材料を用意していたため、今晩は夫婦二人だけで四人前相当のフォンデュを片付けた。昨日、今日とスポーツジムは休みだし、せっかく瞬間風速ながら61Kgを切った体重もリバウンドしそうだ。

去年は6月に妻の母が、11月には私の母が亡くなり、先月初めに喪中葉書を出したので、年賀状はほとんど来ないだろうと思っていたが、私のほうは20枚程度だったものの、妻の方には100枚くらい来ている。喪中葉書を出した相手からのものも多く、そういうのは妻の仕事関係や政治家関係に多いようだ。忙しいといちいち喪中葉書のちぇっくなどしていられず、機械的に出してしまうのだろう。だが、こちらから喪中葉書を出しそびれた先がほとんどなので、返信用の喪中葉書を作成して出す準備をはじめた。



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