Diary


March 31, 2006 =Fri=

偽メール問題のすったもんだの末に、やっと民主党執行部が総退陣し、張本人の永田寿康も国会議員を辞職することになった。もともと党首の器でない前原誠司などを選んだのが間違いなのだから、執行部総退陣は良いのだが、その後に出てきそうなのがあの小沢一郎というのでは何をか言わんやだ。といっても若手がダメなことは証明されたし、管直人も賞味期限が切れているし、民主党にも見切りを付ける頃かもしれない。だがそうなると自民党の一党支配ということになる上、その自民党は次期総裁の最有力が妖怪・岸信介の孫に当たるコチコチ右翼の安倍普三ときている。何か、嫌な時代がやってきそうな予感がする。


March 30, 2006 =Thu=

朝は天気が良く、比較的暖かかったし、オフィスの始業には少し時間があったので、いつもの丸の内線ではなく中央快速に乗って御茶ノ水で降りた。もう桜が満開らしいが、家から新宿駅までには桜の見られるところはなく、地下鉄では外の景色も見られないし、淡路町の駅を降りたらすぐオフィスなので、桜にはお目にかかれない。中央線だと千駄ヶ谷あたりで新宿御苑の桜が車窓から見えるし、御茶ノ水で降りたのは、駿河台から外堀通りに下りる新坂の途中に小さい公園があるので、そこには多分桜の木があるだろうと思ったからだ。案の定、この淡路公園には一本だけだがなかなか見事な桜が満開になっていた。無粋なことに公園の角がゴミ捨て場になっており、清掃車が止まってゴミ袋を収集していたので、これが動き出すまで暫く待っていた。桜は公園の一角に一本と、小道を挟んだ保育園にも一本。近所の人たちは見慣れているのか、あまり立ち止まって桜を見る人は居ない。

先日買った『大江戸透絵図』によれば、このあたり、つまり今の淡路町二丁目は、江戸時代初期には寺社地だったが元禄の頃には北側は知足院境内、南側は永井信濃守屋敷から松平伊豆守屋敷となり、幕末期には若狭小浜藩酒井家上屋敷となった。酒井家上屋敷は安政四年(1857)に牛込に移り、跡地は備後福山藩阿部家上屋敷となる。明治五年に武家地を整理して淡路町二丁目となったが、阿部家上屋敷敷地の中に道を作り、これが新しく出来た坂道ということで新坂と名付けられたという。淡路町の地名は、町の北側、中央線の線路に沿った淡路坂に由来し、淡路坂の名はこの近くにあった鈴木淡路守の屋敷に因むという。


March 27, 2006 =Mon=

昨日の記事で、アートスフィア劇場の内部画像を残しておこうと思って、アートスフィアのサイトにある画像をコピーして貼り付けていたが、画像はちゃんとJPEGで保存され、PCでは再現できるのに、自分のサイトにアップロードするとの表示になってしまう。アートスフィアのサイト自体をPrintScreenでコピーし、その中から当該画像を切り取ってみても同じだ。別に大した著作権を保護しなければならないような画像でもないはずだが、念のために「画像情報」を調べてみると「透かし情報」に「この製品はDigimarc Corporationの所有する次の特許を使用しています。」とあり、いくつかの特許番号が書いてある。どうやら特殊な特許技術によって、画像としてはコピーできてもこれを別のサイトに再利用できない仕掛けがしてあるらしい。もうなくなってしまう劇場なのだから、せめてその画像くらいは著作権フリーにして解放してくれても良いのに・・ケチ!

と思ったが、いったいこのDigimarc Corporationとはどんな会社だろうかと調べてみると、電子透かし技術では有力な会社らしい。これから画像、音楽、動画などのコンテンツの著作権を守る有効な手段としての電子透かしは市場も大きくなりそうだ。


March 26, 2006 =Sun=

天王洲アイルのアートスフィアでモスクワ・ユーゴザーパト劇場の『マクベス』を観る。ロシア語のシェークスピアなんてどうやって観るのだろうと思ったが、舞台の両袖に電光掲示で台詞の日本語訳が出るし、なにしろおなじみの『マクベス』だから違和感はない。全幕を通して鉄パイプの枠組みに四枚の回転扉があるだけのシンプルな舞台装置で、能を思わせる演出だった。

今日は、ユーゴザーパト劇場の最終公演であるだけでなく、アートスフィアという劇場自体の最後の日である。今日が4000回目の公演だそうだが、この劇場の実質的オーナーであるわが古巣の商社がこの建物を手放し、劇場も閉鎖することになった。今、勤務している会社も、このビルの商業施設を運営しているが、これも今月いっぱいで仕事を終える。1992年開場のアートスフィアも舞台のメカニズムなどが古くなり、最近のハイテク演出にはついていけなくなったらしい。劇場は全面改装してホリプロが引き継ぐという。それで、今日は公演終了後に関係者による『さよならパーティ』も行われた。実は、妻とこの劇場の近くに着いたとき、商社の先々代社長であるMaさんに出くわした。まさかあんな有名人がこんなところを一人で歩いているとは思わなかったのでつい声をかけそびれていた。そうしたらパーティ開幕の挨拶がMaさんの前の社長のMoさん、乾杯がMaさんだった。Maさんに「先ほどは失礼しました。」と挨拶に行ったら、「いやあ、僕も声をかけようかと思ってたんだよ。」と言われてしまった。ジャーナリストをやっていた娘さんとご一緒で、今日は奥様にベビーシッターだそうだ。Moさんのほうは奥様とご一緒で、このご夫妻とはむかしアルゼンチンでご一緒したことがある。奥様はアルゼンチンの取引先のご婦人方に味噌汁の作り方を一生懸命説明しておられたのを覚えている。

それにしても、三代前、四代前の社長が来ているのに、現役の役員や職員の姿がほとんど見られなかったのは少し寂しい。この会社の今の業績であれば、社会貢献の一環としてこの劇場を支え続けることくらい簡単なことだろうにと思う。


March 24, 2006 =Fri=

パンとご飯とどちらを取るかと聞かれれば、まずパンを取る。年齢を重ねているから、もちろん米の飯の美味さは分かっているつもりだが、良いパンの味わいは捨てがたい。近頃は海外に行ってもホテルの朝食に和食バイキングなんてのがあったりするが、朝から味噌汁にご飯というのはどうしても馴染めない。妻は和食党だから、一緒に旅行に行って朝食が和洋で場所が分かれていたりすると別々に食べることになる。

そんなわけだから、夕食を家で一人で済ませるときなどは、いそいそとパンを買って帰ることになる。近頃のお気に入りは、新宿駅の小田急とJRの地下通路の間辺りにある「HOKUO(北欧?)」というパン屋の「かりかりチーズベーコン」というやつ。名前の通りベーコンとチーズを焼きこんだフランスパンの一種で一つ157円。一日に何度焼いているのか知らないが、時間帯によっては売り切れて棚を探してもないことがある。これを目当てに行って、売り切れだと未練がましく少し待ってみるが、出てこないと諦めて何も買わずに帰ってくることもある。狭いけど結構人気の店らしく、2ちゃんねるにまでこんなスレッドが立っている。


March 23, 2006 =Thu=

昼休みにオフィスの近くの本屋に寄ったらこんな本が見つかったので衝動買いしてしまった。「千代田から江戸が見える」と副題のついた「大江戸透絵図(おおえどすかしえず)」透絵図とは何かというと、CD-ROMが付いていて、これをパソコンに入れて起動すると千代田区の地図が出てくる。地図の横にレバーがあって、これをマウスで右にドラッグすると現在の千代田区の地図、左にドラッグすると江戸時代の地図になる。中間だと現代と江戸時代が重なり、現代から江戸時代が透けて見えるという仕組み。これで見ると現在の道路もその多くが江戸時代からあったものだと分かる。

この本自体は、2003年に「江戸開府400年記念事業」として発行されたもので、先日亡くなった杉浦日向子さんの対談なども載っている。CD-ROMの中身には現代と江戸時代の地図のほかに、明治・大正・昭和(30年代)のそれぞれの千代田区の住宅地図も収録されている。また、本のほうには町名変遷一覧なんてのもあって、今のオフィスのある神田須田町一丁目は、1867年(慶応3年)には、神田小柳町壱丁目、弐丁目、三丁目、神田佐柄木町、雉子町、須田町壱丁目、弐丁目、神田多町弐丁目、通新石町、連雀町などに分かれていたらしい。娘が住んでいる五番町は、明治初期から戦前までは土手三番町であり、当時の五番町は今の一番町のあたりだった。今の丸の内は、一丁目は永楽町、二丁目は八重洲、三丁目は有楽町であり、だから永楽ビルとか八重洲ビルとかが丸の内にあるのだと分かる。いずれゆっくり読んでみようと思う。


March 21, 2006 =Tue=

我が家のベランダから見える西新宿の高層ビルの中でも一際目立つ形の損保ジャパン(旧安田火災海上)ビル。その42階に東郷青児美術館があるのだが、新宿に住んで4年以上になるのにまだ行ったことがなかった。そこで春分の日の今日、妻と出かけてみた。妻には「あそこには53億円のゴッホの『ひまわり』があるよ」と言ったらすぐに乗ってきた。休日の今日、美術館専用の通用口から入り、美術館直行のエレベータで42階に上がる。

今日は『第25回損保ジャパン美術財団選抜奨励展』というのをやっている。『奨励展』はいずれも大作揃いだ。その中でも特に目を惹いたのは、榎本香菜子の『最後の個体』 この画家は裸の少年が飛び回っている絵が多いが、今回の作品は絶滅したリョコウバトをモチーフにしている。アンドリュー・ワイエスを思わせるような草の一本一本を詳細に描いた草原の向こうに海が、更に向こうには夕焼けの空が広がっている。草原には三本の木の枝で組まれた目印の下に、これが最後の卵なのだろうか、10個あまりの卵が置かれている。絶滅種の保護という社会的課題を、人の居ない雄大な自然の下に描いている。上のリンクの画像からは分からないが、三本の木の枝を縛った赤いリボンが、居ないはずの人の存在を暗示する。絵の上には仰向けになった鳩の剥製が置いてある。

美術館の最後の部屋には、例の『ひまわり』を真ん中に、左にセザンヌ、右にゴーギャンと、この美術館の3枚の目玉作品が展示されている。『ひまわり』は画集や写真などから想像していたより大きい絵だった。

損保ジャパンビルに行ったついでに、このあたりで気になっていることを済ませようということになり、都庁の45階の展望台にあるレストランでお茶を飲むことにした。レストランは「Bar T.R.N. La Terrazza Sabatini」エスプレッソが1杯350円はやや高いが、夜なんか雰囲気はよさそうだ。ちなみにこの名前のT.R.N.とは、姉妹都市関係にあるTokyo, Roma, New York を意味するそうだ。


March 19, 2006 =Sun=

エアロバイクで2時間くらいかけて合計8000Kcal位を燃焼させる。その後プールへ行き、下手な泳ぎを少しやって風呂に入り、サウナで汗を搾ってから体重を量ると、60kgを僅かに切って59.75だった。瞬間風速に過ぎないが、かつて70kgを超えていたのに比べれば努力の成果が現れたと言って良いだろう。どうせその後、飲んだり食べたりすればすぐ元に戻ってしまうだろうし、理想体重の56kgにはまだまだではあるが・・

風呂から出て更衣室に続くサロンでテレビを見ると、ちょうどWBCの準決勝韓国戦で福留がホームランを打って2−0でリードしたところだった。結局6-0で日本が勝って決勝に進むことになったが、一次、二次リーグとも日本を破り、ここまで全勝で来た韓国が、二次リーグ1勝2敗で3チーム同率の中から失点差で辛うじて準決勝に残った日本に破れて準決勝敗退というのは、韓国チームにとっては何かすっきりしないのではないだろうか。米国審判の誤審が続いたり、どうも米国流の試合運営はおかしなところがある。

体重が軽くなったせいか、外に出た途端に強風で吹き飛ばされそうになった。というのは冗談として、今日は青空が広がっているのに本当に凄い強風だった。明日はこの強風の原因である低気圧が北海道に進み、雪とあいまって北海道は大荒れの天気になるらしい。旭川にいる息子の様子が気になるところだ。


March 18, 2006 =Sat=

テレビ朝日で今日・明日と2回に分けて純愛ドラマ「愛と死をみつめて」をやっている。今日の昼間もスポーツジムでエアロバイクを漕ぎながらテレビ朝日を見ていると、ずっとこのドラマのメーキングを流していたし、かなり前から宣伝をやっているので、相当力を入れているようだ。1960年代の街並みをセットで再現するほどの凝りようだ。冬ソナあたりから火のついた純愛物ブームに乗ったのだろうが、40年以上前の純愛ものを再演して今の人たちに受け入れられるのだろうか。顔面の軟骨肉腫という難病に冒されるミコ(大島みちこ)を広末涼子が、彼女を励ましつつ支え、その死後に往復書簡を出版するマコ(河野実)を草g剛が演じている。

この河野実氏は私と同い年だが、もう4〜5年前だと思うが、ある人のパーティでその主催者から紹介されて会ったことがある。ミコの死後別の女性と結婚したが、書簡集を読んだ娘から「どうしてあの人を裏切ってお母さんと結婚したの?」と詰られたと話していた。ジャーナリストだかコンサルタントだか、そんな仕事をしているらしい。良い悪いは別として、あのことをずっと背負って40年以上を生きてきたわけだ。


March 17, 2006 =Fri=

T監査法人のパートナーと若い会計士補の人が来て、決算の打合せ。T社は丸の内のパシフィックセンチュリープレイスにあるので、我々が熊谷から神田に移ったことで便利になった。「おたくのビルも随分有名になりましたね。」と言ったらパートナーは苦笑していた。「有名にした張本人はもう出て行ってしまいましたけどね。」あのガラス張りのビルの最上階に、耐震強度偽装事件のヒューザー社が入っていたのだ。

フジテレビが持っているライブドアの持株をUSENの社長が個人で95億円出して買うという。会社で買わずに個人とするのは、ライブドアの株価操作・粉飾決算に対して株主からの巨額訴訟が起こされる可能性があり、会社で買うとUSENの株主の了解を得られないからだ。だからといってそのリスクを個人で引き受けるだけの財力を持っているというのも驚きだ。これで300億円を超えるフジテレビの損失も確定することになるが、フジテレビの日枝会長はライブドアに損害賠償訴訟を起こすという。一般株主が訴訟を起こすのは理解できるが、USENに株を引き取ってもらった上にその会社への損害賠償を提起するというのはどういう理屈になるのだろう。これだけの損失を出しながら日枝氏は「(ライブドアの株を取得した)経営判断はその時点で最善のもので、経営責任を問われるものではない。」と言っている。まったく面の皮が厚いというか・・


March 16, 2006 =Thu=

4月を前にして、流石に人の動きが多い。親会社の関係する人材派遣会社M社に頼んでいた庶務関係の派遣社員が今日から出社。また、熊谷と長野の事業所に勤務する契約社員を東京に集めてのコンプライアンス研修を行い、講師を務めた。長野の二人は新入社員。明日は、やはりM社に依頼していた経理要員の面接がある。

午後、六本木の法律事務所を訪ねる。住所だけ聞いて行ったのだが、着いて見るとどうも来たことのあるようなビルだった。ふとみると、「若」という看板。そうだ、元横綱の若乃花がやっているちゃんこダイニングの店だ。前にいた美容会社に入社する前、花篭部屋の後援会長をやっていたその会社の社長に連れられて来たことがある。法律事務所からの帰り道、六本木駅の近くに以前家族とも来たことのあるギリシャ料理店「バッカス」があったはずだ。今もやっているかなと思って寄り道をしてみたら見つからない。「瀬里奈」の向かいだったはずだ。瀬里奈の制服を着た案内人に聞いてみた。「この向かいあたりにギリシャ料理屋があったはずだけど」「ああ、去年の10月だったか、店じまいしましたよ」「そうか、潰れたんですか」「いや、潰れたというよりも、マスターが歳だったからね」とのこと。ギリシャ料理屋としては東京でも一番古い店だったはずだが・・・


March 15, 2006 =Wed=

出社を遅らせて三越診療所で胃のバリウム検査。前の晩、早めに、といっても8時半過ぎていたが、食事を済ませ、今朝は朝から何も食べずに行く。バリウム検査も昔と比べれば飲むバリウムの量も少なく、かなり楽になったような気がする。検査を終えてドトール珈琲に駆け込み、例によってクロックムッシュとブレンドコーヒーの朝食をとる。検査で服を脱ぐのだし、会社でも今日はアポが入ってないので、ノーネクタイのラフな服装。それにいつもより朝も遅く、比較的暖かいような気がしたのでコートなしで出かけたのが間違い。夜になると冬に逆戻りの寒さだった。都心でも雪が舞ったところもあったらしい。ともあれ今日は確定申告の締切日。妻の仕事もいろいろと文句は言いながら何とか無事に済んだようだ。


March 13, 2006 =Mon=

3月15日の確定申告期限を前にした週末は戦場のような有様だった。こちらは税務申告をなりわいにしている稼業ではないのだが、身内がその仕事をしていると否が応でも巻き込まれる。顧問先の仕事だけではない。自分たち自身の申告もいつもぎりぎりになってしまう。そこで「ずっと前から言ってるじゃないの。まだ出来てないの!」「そんなこと言ったって、こっちはこっちの仕事があるんだ。」といった言い争いになる。まあ、これも年中行事みたいなものだが・・・


March 10, 2006 =Fri=

どうもこのところ、食べ物のことしか書くことがないみたいだが、今日は丸の内のトキアビル1階の中華料理店「人人人」でランチ。「人人人」と書いて「れんれんれん」と読む。マージャンの役満で天和、地和、人和(レンホー)というのがあるが、その「レン」だ。お勧めの煮込み定食は煮込んだ牛肉の塊の上に固めの豆腐が載っていて980円。明るくて感じのいい店だ。このトキアビル、中央郵便局の隣にJRの線路に向かって建っていた東京ビルを取り壊して建て替えたビルだ。以前の東京ビルにはそこに入っていた関係会社を訪ねたり昼食時に昼飯を食べに行ったりしたが、大きいだけでシャビーな感じのビルだったが、トキアビル(正式名称はいまでも東京ビルヂングというらしい。)は見違えるほど近代的で洒落たビルに変身していた。三菱電機や外資系証券会社が入っているが、ニューヨークあたりで見かけるように、オフィス階に行くにはセキュリティカードを駅の自動改札のような装置に入れないとエレベータホールにも入れない仕組みになっている。三菱電機がこちらに移ってきたために、以前の「三菱電機ビル」は「丸の内仲通ビル」という名前に変った。5月の連休に親会社は丸ビルの後ろに新築のビルに移転するが、私を今の会社に派遣している会社はそこには入らず、三菱電機の出た後の「丸の内仲通ビル」に入ることになる。


March 9, 2006 =Thu=

オフィスを出て外通りの信号を渡り、その一つ先の角を左へ曲がると古色蒼然とした居酒屋がある。看板には「明治38年創業」とあり、建物は昭和の初めに建てられたということだ。「みますや」といって、夜は結構流行っているらしいが、行ったのは昼の1時過ぎ。昼食も出しているのだ。中も郷愁を誘う建物で、埼玉の寄居から来ている同僚が、「秩父の方へ行けばこんな建物も残っているけど、東京にもこんなとこがあるんですね。」と驚いていたほど。昼食は1時半までなのでほとんど客はおらず、定食もあと残り僅かになっていた。定食といっても、自分でトレイにメインの鰊の煮付けと付け合せ(肉豆腐を選んだ)をとって、カウンターで味噌汁と漬物をもらう。その隣のテーブルで店の主人と思しき人がご飯をよそってくれて、そこで代金750円を払う仕組み。店の外も中も、そのうちデジカメでも持ってきて撮りたいと思う風情だ。

食べ物の話ばかりだが、夜は社長と二人で兄弟会社のカウンターパート二人と会食。最初に行こうといっていたイタリア料理屋が満員だというので、昔行ったことのある小川町の「ミオ・ポスト」に電話したら空いているという。男ばかり4人で行くにはどうかという洒落た感じの店だが、さほど違和感はなかった。それにしてもこの界隈にはどういうわけかイタリア料理屋がやたらと多い。レトロな居酒屋と洒落たイタ飯屋・・何かごっちゃまぜなのが神田なのかもしれない。


March 6, 2006 =Mon=

我が家の東の方に建築中であった高層アパートがほぼ完成した。アクス・ザ・タワー新宿という名称で32階建て。妻の事務所のある建物の一軒置いて隣だが、もともとここには日本のライブハウスの草分けといわれた「新宿ロフト」があって、女子高生などがたむろしていたところだ。ロフトが閉鎖して、ずっと駐車場になっていた。一時はここに場外馬券売場を造るという話しがあり、近隣住民の反対で立ち消えになっていた。今度できたアパートも、総戸数368戸中292戸がいわゆるワンルームマンションで、線路の向こうは歌舞伎町という土地柄、風俗店などが入るのではないかと心配されていたが、販売が大手不動産会社なので余り変なことにはならないだろう。それよりも、我が家では冬になると朝日が部屋の奥の奥まで射し込んでいたのが、この高層アパートができるとどうなるかが心配だった。結果、出来てみると多少は影響があるものの、思ったほどの影響はない。12月から1月にかけては、陽が出るのがかなり南寄りなので全く影響はない。しかし2月頃からだんだん日の出が東に寄ってくると早朝のうちは太陽が影に隠れるが、7時過ぎになって陽が高くなると問題はない。もう工事の囲いは取り払われ、夜は突貫工事で内装にかかっているらしく、明かりの点いている階も多い。正面から見ると黒大理石で化粧された外観は、我が家の建物よりも高級感がありそうだ。

また、我が家から青梅街道に出るあたりにも高層ビルが建つことになった。西新宿の特徴あるビルである損保ジャパンビルが隠れるのではないかと思ったが、その隣の野村ビルは隠れるものの、あの裾の広がったビルは大丈夫らしい。いずれにせよ時の経過とともに町の姿もどんどん変っていくのは仕方なさそうだ。


March 5, 2006 =Sun=

確定申告の期限である3月15日を控えたこの頃になると、毎年のことながら週末は税理士である妻の仕事の手伝いに駆り出される。昨夜は2時半ごろまで仕事をし、今日に至ってはスポーツジムにも行けなかった。このところ週末の土日それぞれ2時間のエアロバイクが功を奏し、昨日は瞬間風速ながらあと少しで体重60キロを切りそうになったのだが、この調子だとまたリバウンドしそうだ。夕方には麹町の方でこれも勤務税理士をやっている娘から電話で、「連日の残業でくたくた。岩盤浴にでも行きたい。」娘の夫は海外出張中だ。これを聞いた妻は仕事はこちらに押し付けたまま出かけていく。「終わったら食事にでかけるからね」と。岩盤浴は新宿大ガード交差点にある。やがて電話がかかってきて、「近くの『東方見聞録』に入るから」というので仕事を中断して出かける。焼酎2杯と泡盛1杯をロックでやって、再び妻と事務所に戻り、仕事を片付けるともう12時を回っているという今日この頃なのだ。


March 2, 2006 =Thu=

3月に入っても寒く、天候不順な日が続く。だが、家の中では、大根の頭をお皿に入れて水をやっていたのが目をふき、とうとう花を咲かせた。最近よく、コンクリート舗装の割れ目などから大根が顔を出して、「ど根性大根」などと騒がれているが、わずか2〜3センチの頭の部分だけから茎が伸び、花を咲かすのだから、大根の生命力というのもなかなかのものだ。
花といえばもう一つ。去年は6月に妻の母が、11月に私の母が亡くなった。そのたびに娘の嫁ぎ先のご両親から白い蘭の鉢植えをお見舞いに頂いた。当然ながら蘭の花はやがて散ってしまうのだが、その鉢を大事に置いて、葉と茎だけになった蘭に水をやっていたら、妻の母が亡くなったときに頂いた方(右の写真の右側の鉢)が、蘇ってまた花を咲かせた。妻は、母親が生き返ったようだと喜んでいる。もう何ヶ月かすると、私の母親の時に頂いたほうも蘇ってくるかもしれない。

今日の衆院本会議で、永田議員が自民党の武部幹事長の席に謝りに行った。テレビカメラを意識してのパーフォーマンスだろうが、党の方も全面降伏で、予算案まで衆院を通過。最大のピンチが最大の勝利に変るとは、またしても小泉マジック。これで丸々と太って脂ぎった幹事長も清廉潔白な仁となるのだろうか。ホリエモンから彼のところに一円も金が行ってないなんて信じている人は誰もいないだろうに・・・




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