August 31, 2009 =Mon=
で、今日はリレハンメルをバスで出発し、リンゲブという町でスターブ教会を見る。スターブ教会とはヴァイキングの時代を過ぎた12世紀から14世紀ごろにかけて造られたノルウェー独特の木造教会で、1000近く建てられたが現在残っているのは30くらいとのこと。この教会、観光客が多ければ扉を開けるらしいが、今日はわれわれしかいないので扉は閉ざされたまま。教会は外から眺めればいいのだが、実はもう一つ切実な問題があった。教会だけでなく、外にある公衆トイレの扉も閉ざされていたのだ。添乗員のSさんが、トラクターで教会の周りの墓地の整備をしている管理人と交渉してトイレの扉だけは開けてもらう。次のトイレ休憩はオスロからの鉄道から分岐するラウマ鉄道の始発駅ドムバス近くの土産物店。店の前には大きなトロル人形がある。トロルというのはノルウェー民話に出てくる醜悪な妖精で森の中に住むという。この先、ノルウェーでどの土産物屋に行っても大小さまざまなトロル人形を売っている。ここでトロルの本(英語版)を買う。昨日のオスロ国立美術館では日本語版もあったのだが、買いそびれていた。 トロルなんて無邪気な子供向けのおとぎ話だろうと思っていたが、読んでみると結構残酷な物語もある。たとえばこんな具合。
昼食は屋根に草の生えたCamping & Gjestegardというオンダルネスのレストラン兼土産物店。この屋根はノルウェーを旅するとあちこちで見かける。白樺などの樹皮で葺いた屋根に土もしくは水藻を乗せ、種を蒔いて造るそうだ。ノルウェーの道路にはところどころに野生動物注意の標識が出ている。これは赤い三角の中に北欧特有のヘラジカの絵が描かれたものだが、この店の屋根にはヘラジカの代わりにトロルの絵が描かれた標識が掲げられている。「トロルに注意」という標識だ。もっとも標識の下には"TROLLSHOP"と書かれているが。ヘラジカというのは大きくなると体長3m以上、体重800Kg以上にもなる大型動物だが、標識に描かれている割にはお目にかかることはほとんどないそうだ。 午後はバスに乗ってオンダルネスからゲイランゲルに向かう。このルートは絶景の道なのだが、雨が本振りになってきた。前半の道はゴールデンルートと呼ばれ、トロルスティンゲン(トロルの梯子)の名をもつ、つづら折りの道路を進む。バス
このホテルには、以前、個人経営だった頃のオーナーの趣味で、クラシックカー立派なのコレクションが残されている。会議場の奥の方の分かりにくいところだが、1910年代あたりのクラシックカーが8台ほど展示されている。それを見た後、食事時間まで少し間があるので、サウナに行ってみることにした。北欧はサウナの本場だが、このホテルのサウナは私がスポーツジムでいつも入っているサウナと比べても狭く、暗かった。 .... |
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August 30, 2009 =Sun=
ここへ来る途中、J子さんが、遠くに見える丘をさして、あの丘が「叫び」の舞台になったところです、と説明していた。ムンク美術館のホームページを見ると、ムンク自身が次のように書いているという。 I was out walking with two friends - the sun began to set - suddenly the sky turned blood red - I paused, feeling exhausted, and leaned on the fence - there was blood and tongues of fire above the blue-black fjord and the city - my friends walked on, and I stood there trembling with anxiety - and I sensed an endless scream passing through nature.
個人的にはオスロをもう少し見てみたかったが、パッケージツアーでは決められた旅程に従うしかない。ノルウェーは今ではロシア、サウディアラビアに次ぐ、世界第3位の石油輸出国だが、もともとは水産と海運で成り立っている国だった。同じ海運国であるギリシャに住んでいたころ、アテネとオスロで毎年交互に海事博覧会が開かれていて、アテネでやるときはギリシャ神話の海の神の名前を取って「Posidonia国際海事博覧会」と称していた。(今も続いているらしい。)大学時代の友人で、今は長崎にある大手造船会社S重工業の社長をやっているM君は、別の商社で船舶営業を担当していて、確かその頃オスロに駐在していたはずだ。 という訳でオスロには一泊もせず、バスでリレハンメルに向かう。オスロを出てしばらくすると川沿いの道を走っているのかと思ったら、添乗員のSさんの説明ではこれは河ではなく、ミョーサ湖といってノルウェー最大の湖だそうだ。幅は広い所で17Kmだが、長さは117Kmでリレハンメルまでずっと続く。コペンハーゲン、オスロと市内観光には日本人ガイドが付いていたが、オスロを出てからは添乗員のSさんがマイクを持つ。 リレハンメルは1994年に冬季オリムピックが開催されたことで有名になったが、ミョーサ湖北端に位置する人口25千人の町で、スキーのジャンプ競技場くらいしか見るところはなさそうだが、こんな小さい町でも道路に電柱が見当たらない。オリムピックの効果もあってケーブルの地下化などインフラも整っているのだろう。 .... |
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August 29, 2009 =Sat=
アメリエンボー宮殿は熊の毛皮の帽子を被った衛兵が警護をしているが、あまり目立たない建物。日本の皇居のように広大な敷地を占めているわけでもなく、市民誰ものが近付けるようだ。この近くのフレデリクス教会周辺には、ガイドブックによればキェルケゴールの像もあるそうだが、残念ながらそこには行けなかった。この実存主義哲学の始祖が童話作家アンデルセンと同じデンマーク人だというのも面白い取り合わせだ。 写真左下のニューハウンの風景も、コペンハーゲンらしい景色だ。かつては航海を終えた水夫たちが集う、運河沿いの居酒屋街だった。 写真右下のストロイエで解散、自由行動となる。このあたり、建物は昔ながらの間口の狭いものが多いが、入って2階以上に上がると中は繋がっていて、ショッピングセンターのようになっている。その中でもコペンハーゲンを代表する陶磁器のブランド、ロイヤル・コペンハーゲンではツアー仲間でも大きな買い物をしている人もいる。 我々は買い物には興味がないので、外に出てベンチに座っていると、隣のおじさんが声をかけてきた。オスロから仕事で来ていて、これから会合があるそうだ。われわれが今晩の船でオスロに行くというと、彼も同じ船で今朝着いたとのこと。最近、思い立って英語を習い始めた妻がブロークンもいいとこの英語で話しかけようとする。どうやら北欧の税金と福祉のことを聞きたいようだ。「税金は高いけど、それに見合う給付があるから満足している。」といった答えを期待しているようだが、おじさんは「税金が高い」ことへの不満しか言わない。「ノルウェーではオスロの他にどこに行くんだ?」と聞かれるが、日程表をあまり良く読んでいないし、ノルウェーの地名は難しいので、「あちこち。そうだ、ベルゲンにも行くよ。」と言ったら、「ベルゲンか、あそこは雨だよ。」と。あのあたりは雨が多いらしい。 午後からはコペンハーゲンから北へ49㌔、シェイクスピアの「ハムレット」の舞台として知られ、世界遺産にも指定されているクロンボー城へ。ちょうど英国の劇団が来ていて、夜には公演があるらしく、中庭に舞台と観客席が造られ、テントで覆われている。城門を入ったところにハムレットのレリーフが掲げられていて、ここに「
午後5時前に港からDFDS Seawaysの客船"Pearl of Scandinavia"に乗り込む。この航路にはもう一隻船があって、それぞれが同じ午後5時にコペンハーゲンとオスロを出航、翌朝9時半にオスロとコペンハーゲンに到着するというシステムになっている。総トン数は4万トンと、以前南極クルーズで乗ったマルコポーロ号(2万2千トン)の倍近くあるが、マルコポーロの乗客定員870人に対してこちらは2千人だからパブリックスペースは少し劣る。船室は窓のある、海側の部屋。船で夕食と朝食をとったのだが、どんなものを食べたのか印象が薄い。(夕食のビュッフェではボイルしたざりがにが北欧特有のものらしかったが、子供のころ近所の沼地で獲れたザリガニと色や姿形が同じであり、食欲は湧かなかった。 .... |
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August 28, 2009 =Fri=
公園の近くのセブンイレブンに入って、ミネラルウォーターを2本とチーズを買ったら42クローネ。払うときはこれで100クローネ札が崩せたということしか考えなかったが、帰り道によく考えると1デンマーク・クローネは約20円だから、これが840円。バカに高いじゃないか、お釣りをごまかされたかな、と思った。しかし、スカンジナビアの国々は税金が、従って物価が高いのが特徴だ。どうやら水2本とチーズで42クローネは適正価格だったようだ。ホテルに帰ると9時過ぎ。時差もあることだし、早めに就寝する。 .... |
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| August 23, 2009 =Sun= 一週間後には総選挙の投票日がくる。新聞の世論調査では日に日に民主党による政権交代の可能性が高まっている。民主党の獲得議席数は、新聞の見出しによれば「300に迫る」から「300を超える」、さらには「320に届く」と変化してきている。これでは前回の「郵政選挙」で自民党が獲得した議席を上回り、絶対単独過半数だ。参議院では単独過半数に届いていないから社民党などとの連立は必要だろうが、こんな状況になってくると「民主党にそんなに勝たせて大丈夫か?」という揺り戻しが出てきて不思議はない。 ま、どのみちわれわれは投票日には日本にいない。そこで今日、新宿区役所に行って期日前投票を済ませてきた。行ってみると、けっこう若い人たちも期日前投票に来ている。新聞予想のとおり、投票率はかなり高くなりそうだ。 .... |
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| August 21, 2009 =Fri= どうも一人の作家の本を読みだすとその作家に集中する傾向があるが、村上春樹の長編、短編はほとんど読みつくし、最近は紀行文に移っている。今日読み終えたのは「遠い太鼓」。彼が1986年秋から3年間、ギリシャとイタリアに住んでいた頃のものだ。特にギリシャに関する記述は私自身がそこに暮らしていたこともあって、非常に興味深く読むことができた。その時期、私は中米パナマで暮らしていたのだが、彼はこの3年間に、後に超ベストセラーとなる「ノルウェイの森」と、「ダンス・ダンス・ダンス」という二つの長編小説を仕上げている。欧米の作家では、作品に集中するために外国に滞在するというのはよくあるが、日本の作家でこのスタイルをとっているのは珍しい。彼は1990年代の「ねじまき鳥クロニクル」もニュージャージーのプリンストン大学で書いている。 私がギリシャにいたのは彼よりも10年ほど前の時代だが、彼が暮らしたり訪れたりしたエーゲ海の島々での記述を読むと、ああやはり本当に彼はそこで暮らしていたんだということがよく理解できる。会社勤めの私の場合、島で暮らすなんてことは考えられなかったから、ギリシャの島での生活という意味では旅行者として訪れるにすぎなかった我々よりもはるかに密な経験をしている。面白かったのは、彼が最初に居を構えたスペッツェス島に到着すると、ΠΑΣΟΚとかΝΔとか書いた垂れ幕があちこちにあり、何の事だか分からないまま夕食にワインを注文したところ、「今日は選挙の日だから法律でアルコールは売れない。」と断られた、という記述。私が1977年にアテネに着いたときも、当時の政権党ΝΔ(新自由党)と野党のΠΑΣΟΚ(汎ギリシャ社会主義同盟)とが争っていた。シンタグマ広場に面したオフィスで残業していると、窓の外で突然、いしだあゆみの「ブルーナイト横浜」の曲が流れだして驚いた。その夜、広場でΝΔの大集会があるのだが、そのためのスピーカーを調整していて、どうやらスピーカーが日本製で、テスト用に「ブルーナイト横浜」がおまけについていたらしい。1980年代にはΠΑΣΟΚの方が政権についていたようだ。ちなみにギリシャの政治情勢は現在もΠΑΣΟΚとΝΔが政権交代を繰り返しており、ΠΑΣΟΚのリーダーは当時のパパンドレウの息子、ΝΔのリーダーはやはり当時のカラマンリスの息子。日本でも世襲政治家が問題になっているが、民主主義の元祖であるギリシャでも世襲は根強いようだ。 「遠い太鼓」でもう一つ面白かったのは、長編小説「ダンス・ダンス・ダンス」で主人公が13歳の女の子を連れてハワイに行くシーンがある。このハワイでの描写がとてもヴィヴィッドなのだが、村上春樹がローマでこの小説を書いているとき、彼のアパートは暖房もきかずオーバーコートを着てワープロに向かわざるを得ない状況だった。寒さしのぎに奥さんと日本の温泉やハワイの話をして過ごした。「ダンス・ダンス・ダンス」にハワイが出てくるのはそのせいだという。 .... |
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| August 20, 2009 =Thu= むかし、妻が衆院選に出た時に、H大学関係者に支援の輪を広げる活動をやっていただいたK氏から電話で、ぜひ紹介したい人がいるからとのこと。5時に新宿西口で待ち合わせる。紹介したいというのはK氏が顧問をやっている静岡のIT企業の会長さんで、私と同年輩くらいの人。どうやら私がパソコンなどに詳しいと見込んだらしい。その会社はもともと飲食や小売などの中小企業向けPOSシステムを開発しているとのことで、POSとパソコン、携帯電話などを組み合わせたシステムが売りらしい。説明を聞くとなかなかコンパクトで良いシステムのようだが、残念ながら私にはPOSについての知識や経験はないし、販売先を紹介できるような立場でもない。それはK氏もわかっているようで、一度会って説明を聞いていてもらえば、いつか役に立つこともあるだろうとのこと。会長さんは娘婿がリビアの大使館勤務だとかで、最近リビアを旅行したとのこと。正直言ってPOSシステムの話よりもリビアの話の方が面白かった。 .... |
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| August 14, 2009 =Fri= 私が住んでいる建物の一階は「マルショー」という食品スーパーだから、日常の買い物はとても便利だ。料理を作っている最中でも、何か足りないものがあればエレベータで下に降りれば手に入る。そんな便利な状況にあると、買い物なんかいつでもいいや、という気になってしまう。ところが、ある日突然スーパーが閉まってしまうとお手上げだ。今朝、10時になったからスーパーが開いているだろうと行ってみると、シャッターが下りている。見ると、「14、15、16日と休みます。」という張り紙がある。だいたい、昔から我が家はお盆で休むという習慣がない。お盆が何日から何日までだってことだって正確には知らない。いつも行くスポーツジムが、13、14、15日と休むってことはジムにアナウンスメントの張り紙があったから知っていたのだが、スーパーの方は、これも前から張り紙はあったのだろうが気が付かなかった。たしか正月だって2日から営業していたはずなのに、何でお盆で3日も休むんだ、と思うが致し方ない。3日間、乏しい食料を食いつなぐか、新宿のデパートの食品売り場まで行くかしなければならない。 .... |
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| August 9, 2009 =Sun= 海からは少し離れた山の上にあるホテルをチェックアウトして、今度は違う海に行ってみる。所要のある娘は一足先に帰り、今日は一日私たち夫婦が双子の面倒を見ることになっている。タクシーの運転手に「昨日は守谷に行ったんだけど、子供たちを遊ばせるのにちょうどいい海水浴場はない?」と聞くと、「海中公園の近くに小さい浜があるから、そこでどうですか。」と言われ、それに従う。行ってみると確かに小さい浜辺があるが、あまり泳いでいる人はいない。その代り、地元の子供たちだろうか、小学生らしい一団が指導員のような大人たちと蟹を捕まえている。ここは波も少なく、海中を泳ぐ小魚や岩場を走る蟹を見ているうちに、昨日の「海が怖い」症候群は解消したようだ。子供たちは帰りの「わかしお」号の中で約1時間のお昼寝。我々もけっこう疲れた。 .... |
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August 8, 2009 =Sat=
ホテルへのチェックインは午後なので、とりあえずタクシーに乗って海水浴場へ。ネットで調べていたところでは、勝浦にあるいくつかの海水浴場の中で一番水質がよく設備も整っているのは「守谷海水浴場」とのこと。タクシーのドライバーに聞いてもやはり「守谷」がいいという。駅から車で15分足らず。駅から歩いていけるところには「勝浦中央海水浴場」があり、この近くではサーファーが波乗りをしている。守谷は確かに水はきれいだが、大きな駐車場があり、大勢の人たちが来ていて浜辺は満員状態。海の家でビーチパラソルを借りて場所を確保する。 娘が私の水着を見て「ダサい~」と顔をしかめる。私が穿いているのは比較的幅の狭い、競泳用の水着だ。いつも通っているスポーツジムではまったく違和感はない。去年の暮に行ったハワイでも普通だった。だが、この海水浴場で周りを見渡してみると、みんなトランクス型というかバミューダショーツ型というか、ゆったりとした形のもので、私のようなのを穿いているのはほとんどいない。女性はビキニが大半なのに、男性は膝までの長さなのだ。そう言えば日本の海水浴場に来たのは何年振りだろう。 娘一家は先日グアムに行ってきたばかりだから、まもなく二歳半になる双子たちも海はすでに経験済みだ。だから彼らを抱いて波打ち際まで行き、「ほ~ら、波が来るよ~」と言いつつ波が来た瞬間に抱き上げて波をやりすごしたりすると、キャーキャー言って喜んだ。ところが妻がこれをやって足を滑らせ、抱いていた双子の片方がまともに波を受けるとさすがに泣き出し、それからは波のそばに行くと怖がって抱きついて来るようになってしまった。「海を怖がるようになったらどうするのよ!」と娘に怒られる。 .... |
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| August 4, 2009 =Tue= 会社での仕事を終え、4時半に丸の内の帝劇ビルにある出身大学のクラブへ。関西系の大学だが、このクラブの中に「東京オフィス」を設けており、同期のU君がコーディネーターを務めている。彼と、同期の同窓会の取りまとめ役であるY君と、ここで落ち合う。私は会社の懇親会と重なって出られなかったのだが、7月13日に「卒業45周年の集い」がこのクラブで行われた。その時の出欠通知から、東京周辺に住んでいる同窓生の住所やメールアドレスが確認されたので、それを整理してメーリングリストや住所録を整備してほしいという依頼をY君から受けていたのだ。この同窓会のメーリングリストは以前から私が管理している。ついでにY君がその「集い」で撮った写真や集合写真ををウェブサイトを作ってアップしてほしいとのこと。まあ、お安い御用と引き受ける。 .... |
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