| April 29, 2010 =Thu= パソコン用のプリンターは代々エプソンのフラッグシップモデルを使っている。今は2005年7月に買ったPM-A900という機種だが、1ヶ月ほど前から「プリンタ内部の調整が必要です。」といった警告メッセージが出ていたのが、ついに警告メッセージからエラーメッセージに変わって、印刷が出来なくなった。現在の機種を買う前も、先代機種で同じ警告メッセージが出ていたのだが、これはインクジェットプリンタの内部にある「廃
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April 26, 2010 =Mon=
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| April 24, 2010 =Fri= 夕刻、新宿住友ビル47階の住友クラブへ。大学時代に所属していた英語クラブ(ESS)の同窓会で、東京方面に就職した新社会人の歓迎会。関西の大学だから、東京方面に就職する人数はそう多くはないのだが、それでも毎年数人はいる。今年は10人近い新人で、年々増えているようだ。やはり関西経済の地盤沈下を示しているのかもしれない。欠席する予定だったのだが、直前にこの会の会長で一年下のS氏からメールで、シニアクラスの出席が少ないのでぜひ出てほしいと言ってきた。来客があったので会場には少し遅れて到着したのだが、案の定年齢順では私が3番目。私より高齢はこの方など。ま、たまには若い人たちと話すのもいいものだ。私たちが大学を出たころと比べると、今の若い人たちはぐっとスマートになった感じがする。 .... |
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| April 19, 2010 =Mon= 新宿ピカデリーのサイトを覗いたら、まだ『Avator』をやっている。先月、観ようかなと思っていたがポルトガル旅行に行ってしまい、帰国後も公私いろいろ忙しくて忘れていたのだが、同じジェームス・キャメロン監督の『タイタニック』を抜いて興行成績歴代トップとなった映画となれば見逃す手はない。まだやっているとは言っても、1日1回だけの上映で、それも夜10時50分からのレイトショー。3Dメガネをかけての観賞だが、初めのうちはいかにも「3Dです!」というような映像で、どうも作り物っぽいというか、昔の少年雑誌の付録にあった立体メガネでの立体映像が動いているという感じだった。慣れるにつれて不自然さは徐々に薄れてはきたものの、どうも3Dを意識した(当然と言えば当然なのだが)映像作りが気になる。3Dでなく普通の映像の方がもっと自然で説得力のある映像になるのでは、と思うのは二次元映像に慣れているからにすぎないのだろうか。 ストーリーとしては、22世紀を舞台にしたSFで、パンドラという星に植民した人類が、そこに住むナヴィという人間に似た種族と出会う。ナヴィは身長が3メートルくらいあり、青い肌と尻尾を持つ。彼らの運動能力は高く、高い樹から飛び降りたり、木の枝を走ったりできる。原始的ではあるが自然と調和した生活を送っている。彼らとの交流のため、人類は人間とナヴィのDNAをかけあわせたAvatorという疑似生物を開発する。DNAを提供した人間が特殊装置に入ると、その人間のAvatorとの間にリンクができ、Avatorには生命が宿る。だが、人類が彼らと交流しようとするのは、彼らの居住地にある貴重な鉱物資源を採取することが目的だった。主人公ジェイク・サリーは元海兵隊員で脊髄損傷のため車いす生活を送っているが、急死した双子の兄のAvatorを動かす代役としてパンドラに送り込まれる。彼には、ナヴィを懐柔して居住地から立ち退かせる使命が与えられるが、ナヴィの族長の娘と出会い、彼女に惹かれていくにつれ、パンドラでの人類の傍若無人なふるまいに疑問を抱くようになる。 SF未来小説だが、ストーリーはむかしの西部劇に出てきそうだ。インディアンたちは獣や自然と共生しているが、白人たちは銃を使って獣を撃ち、インディアンを屈服させようとする。インディアン部落に入り込んで懐柔するように命じられた若いカウボーイは、ミイラ取りがミイラになるごとく、酋長の娘と恋に落ちる。インディアン部落で生活しているうちに、自分たちがこれまでインディアンに行ってきた行為を反省し、功利のみを追及するかつての同胞に反逆する。 この映画、営利追求のためにパンドラ征服を目指す企業の手先として無定見な破壊行為に走る軍人を描く一方、ナヴィたちが自然に祈りをささげ、自然とともに生きる姿を描いていることから、反戦・反軍の映画として保守勢力からの反発を受けるとともに、自然に神が宿るという汎神論がキリスト教の一神教思想に反するとしてキリスト教右派からも攻撃されているという。それにもかかわらず歴代第一位の興行成績を叩きだしたのは立派だと思う。 それにしてもメガネの上に3Dメガネをかけて観るというのは何とかならないものか。すでにメガネなしでの3D映像も技術的には実現しているらしいが・・・ .... |
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April 16, 2010 =Fri=
まだ中身は読んでいないが、目次だけ開いてみたら、Book-1/2では「青豆」と「天吾」の章が交互にあったのだが、Book-3ではこれに「牛河」という章が加わっている。牛河といえば、たしか何者かの命を受けて天吾に何事かを迫る奇妙な人物だったはずだ。どうやら脇役が重要な役割を与えられることになったらしい。ともあれ、また一気に読んでしまうことになりそうだ。 .... |
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April 15, 2010 =Thu=
30年近い収容所生活を経て、1994年に大統領に就任したマンデーラは、アパルトヘイト後も残る人種間対立の解消に頭を悩ませている。翌年、ラグビーのワールドカップが南アで開催されることになったが、南アの代表「スプリングボクス」は、アパルトヘイト制裁により国際試合から遠ざかっていたこともあって、連戦連敗の弱小チーム。そもそも英国が発祥のラグビーは白人のスポーツで、チームには黒人メンバーは一人しかいない。白人たちはチームを応援するものの、黒人たちは対戦相手の外国チームの応援にまわる始末。貧しい黒人の子供たちも、「スプリングボクス」のユニフォームを貰っても着ようとはしない。そんなものを着ていたら仲間外れにされかねないからだ。黒人によるスポーツ委員会は、「スプリングボクス」のチーム名や緑と金のシンボルカラーを変えようと満場一致で決議する。それを聞いたマンデーラは、自ら委員会に乗り込み、チーム名、シンボルカラーの維持を訴える。国の再建のためにはすべての人種が力を合わせる必要がある。白人の誇りであるラグビーを彼らから奪うことは正しくない。僅差で満場一致の結論は覆った。マンデーラはチームのキャプテンを茶会に誘い、また練習場の選手たちを訪ねて一人一人に励ましを与える。そしてワールドカップ。スプリングボクスは奇跡的に勝ち上がり、ついに決勝戦に進出、ニュージーランドの強豪オールブラックスと戦い、延長戦の末、初優勝を果たした。その熱狂の中で、人種間の壁は崩れていく。 あまりにきれいごとすぎるという面はあるが、マンデーラ就任直後のワールドカップで地元南アフリカが初出場で初優勝したのは歴史的にも事実。そのネルソン・マンデーラだが、一昨年、ヨハネスブルグに出張した時、オフィスに近いネルソン・マンデーラ広場のショッピングセンター入口に、彼の巨大な像が建っていたのを思い出した。 .... |
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April 10, 2010 =Sun=
ママが買い物に行ってしまい、べそをかいていた孫たちも、すぐに雰囲気に溶け込み、風に散る花弁を両手を広げて追いかけていた。コートを脱いでも少し汗ばむくらい。寒い日が続いていたが、ようやく春が戻ってきた感じだ。このあと、新宿のメガネ屋でサングラスを選んでいる娘と合流。結局サングラスは娘への誕生日プレセントということになった。 .... |
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| April 3, 2010 =Sat= Tの車で9時前に三重城港に行き、ホエールウォッチングの船に乗り込む。最初はわれわれ4人以外に乗客がいなかったが、出港直前になってクラブツーリズムの団体が乗り込んできた。
鯨はザトウクジラ。全長17メートル、35人乗りのこの船と同じくらいの大きさだという。次に鯨は尾鰭を海面に出して潜水する。鯨が尾鰭を見せるときは、普通はかなり深くに潜るときで、場合によっては数十分も出てこないらしいが、この鯨は親子連れなので、子クジラは息が続かないからすぐに姿を見せるというガイドの言葉通り、数分後には潮を吹いた。それからもクジラは船の周りを背中を見せながら泳いだり、潮を噴き上げたりと、サービス精神満点だった。どうやらこの船でのホエールウォッチングは今シーズンは今日が最終だったらしい。 クジラが見つかったのは出港して2時間目。それから30分はウォッチングをしたので、船が港に帰ってきたのは12時半くらい。それからTの行きつけのステーキハウスでランチ。まだ1時過ぎなのに客は一人もいない。テレビでは高校野球の決勝戦をやっている。決勝の試合は興南vs日大三。興南は沖縄の代表、日大三は西東京、それもわれわれが以前住んでいた町田市の学校だ。レストランに客がいないのは、みんな家で決勝戦を見ているのかもしれない。試合は3-1でリードされていた興南が6回表に一挙4点を入れて逆転し、その裏、日大三が2点を取って5-5の同点となった。食事を終えて那覇空港に着いても5-5のまま試合は続いており、携帯のワンセグで見ていたら、12回の表、興南が5点を入れて優勝を決めた。 .... |
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| April 2, 2010 =Fri= 所用で沖縄へ。Tの車で那覇から今帰仁(「なきじん」と読む。)まで往復。夕方那覇に戻り、久茂地(くもち)のリッチモンドホテルにチェックインだけして、『ぐるくん』という海鮮料理店へ。Tが沖縄で大変世話になっているタシロさんをご招待していたのだが、帰りが遅くなったり那覇市内が渋滞していたりでお待たせする結果になってしまった。鹿児島出身のタシロさんは70代で持病もお持ちらしいが、沖縄で一人暮らしをしながらNPO法人の代表などで活躍されている。こういう方の話を聞くのはとても興味深い。『ぐるくん』もなかなか凝った店で、4階建てくらいのビルなのだが、中は吹き抜けになっており上の方の席からも一階の調理場が見下ろせる。生け簀で釣りもできるとか。窓からは那覇港に注ぎこむ運河が眼下に見える。 .... |
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