Diary



May 30, 2010 =Sun=

社民党が連立から離脱。鳩山連立政権が昨年9月に成立して以来、約8カ月半。普天間基地移設問題で鳩山首相がぶれまくった結果の連立崩壊。「(米軍滑走路建設のために)辺野古の海を埋め立てることは自然への冒涜」とまで言っていた鳩山首相が、結局は米国の言うがままに辺野古案に回帰せざるを得なかったのは痛々しくもある。しかし直前までの彼の行動からは、もしかして極秘裏の内に米国側と水面下の交渉が進んでいて、これまでの迷走は陽動作戦で会って、最終的には日米がテニアン島移設で合意、なんてウルトラCがあるのではないかと、ごくごく淡い期待もあったのだが、蓋を開けてみれば「海兵隊の抑止力というものを勉強すればするほど・・・」なんて話だった。だが、「海兵隊の抑止力」とは何なのか、その説明はない。離脱した社民党の福島党首の方が筋を通した形だ。
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May 18, 2010 =Tue=

アテネ時代に同僚だったEさんとランチ。Eさんは私と同じ齢の同期だが、定年後は長男の家に近い群馬県で現役時代の知見を生かした個人事業を営んでいるので、私と同様まだ現役だが、最近はボランティアでやっている学童保育の運営責任者としての仕事の方が忙しいという。数日前に彼から、久しぶりに東京に出るので昼飯を食べようとの電話があり、どの店にしようか考えたが、会社のある丸の内パークビルに隣接したブリックスクエアにまだ一度も行ったことがないので、この店に電話したら空いていたので予約した。このスクエアがオープンして約1年。当初はいつも満員だったがようやく落ち着いてきたようだ。
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May 6, 2010 =Thu=

このところ連日のようにアテネの映像がニュース画面に流れている。連休で凍結されていた日本の株式市場は、連休明けの今日、日経平均で361.71円(約3.3%)の下落。連休中の欧米での下げを追認したもので、これら世界の株価下落の原因がギリシャ危機だ。危機の発端は昨年10月の政権交代。保守派・新民主党(ND)のカラマンリス政権から汎ギリシャ社会主義運動(PASOK)のパパンドレゥが政権を奪った結果、前政権が統計数値を誤魔化して粉飾を行っていたことが発覚した。なんでも国立病院の未払債務を計上しなかったらしい。ユーロ(€)加盟諸国は対GDPでの財政赤字比率など、財政規律に一定の歯止めをかけることが義務付けられている。この数字を誤魔化していたわけで、ギリシャ国債の信用が一気に低下、格付けはジャンク債並みになった。このためギリシャ国債を保有する欧州の金融機関が軒並み不良債権を抱え込むことになり、ギリシャ自身も赤字資金の調達が困難になった。実はギリシャの粉飾決算はこれが初めてではない。2001年にギリシャはEU主要国より2年遅れてユーロを導入したが、ユーロ導入に当たって提出した統計資料に偽りがあったことが後に明らかになっている。このときのギリシャはPASOK政権だったが、首相はパパンドレゥの前任者シミティスだった。

今回の騒ぎは、EUとIMFが合計で1100億ユーロ(14兆円)の支援融資を決めたものの、これに付帯する条件となる緊縮政策(公務員給与引き下げ、付加価値税増税など)に対して、労働組合を中心とする国民が反発してゼネストを行い、これにアナーキストなどが挑発して市街戦さながらの様相を呈し、火炎瓶を投げ込まれた銀行の建物が炎上、中にいた行員など3名が死亡するにいたった。

問題はギリシャにとどまらず、同様に巨額の財政赤字を抱えているポルトガル、スペインに飛び火しかねない。さらにはアイルランド、イタリアも控えている。これらの国を総称してPIIGSと呼ぶ。だいたい、経済力も違い、かつ財政政策はそれぞれの国に任せたまま、通貨統合を行うというモデル自体に矛盾はないのだろうか。

私がギリシャにいたのは30年も前の話だ。時代とともに変わったこともあるし、変わらないこともあろう。ギリシャ人の国民性からいって、政府がいくら財政危機に陥ろうと、そのしわ寄せが自分に来ることは許せないという勘定は強いだろう。だが、同時に大きな力に対して徹底的に戦うという気概も乏しい。少なくとも観光シーズンの今、いつまでも騒乱が続いて貴重な外貨収入源である観光客を失うことは、自分たちにとって得なのか損なのかという計算はまもなく働くに違いない。
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May 5, 2010 =Wed=

鳩山首相はつい先日まで「(普天間米軍基地の代替は)最低でも県外」と言い続けてきた。岡田外相や北澤防衛相が辺野古現行案の微修正と言っても首相自ら「私には腹案が」と言っていた。だから、もしかすると水面下で日米政府間でテニアン島あたりへの移設案が煮詰められていて、日本の閣僚発言や現行案が最適という米国側の発言は周到に練られた陽動作戦ではないか、などと思っていた。ところが、今日、この問題が起きて初めて沖縄入りした首相が、「(米軍の)海兵隊は抑止力と思っていなかった。学べば学ぶほど海兵隊が連携して抑止力を行使していることが分かった」だから「全面的に県外というのは難しい」と発言したのには呆れざるを得ない。これでは野党から「首相になる前にそんなこと勉強していなかったのか!」と突っ込まれても何も言えないだろう。加えて、「県外・国外移設は私個人の考えであって党の公約ではない。」とは言わずもがなだ。

「学べば学ぶほど」って、誰から何を学んだのだろう。冷戦下で結ばれた日米安保条約の枠組みは、本来、冷戦終結で抜本的に見直されるべきだった。自民党政権がそれを行わず、普天間返還と辺野古移設により防衛利権を守ろうとする一方、県民の反対運動により普天間返還が決まってから14年も放置してきた結果がこれだ。米軍の言う「抑止力」が、誰のための、誰を対象とした「抑止力」なのか、それが日本の安全にとって本当に必要なものなのか、必要だとしても、本当に他に代替できる場所がないのか。民主党政権は自民党のように米軍・米国の言い分を鵜呑みにするのではなく、日本の立場から真剣に考えてほしい。
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May 4, 2010 =Tue=

『1Q84 Book-3』を読み終わった。Book-1、Book-2が青豆・天吾の視点から交互に描かれているのに対し、Book-3ではこれにこれまでは脇役だった牛河の視点が加わる。最後は牛河は殺されてしまうのだが、「教団」の殺風景な会議室に運び込まれた牛河の遺体の口が、誰もいない深夜に突然開き、そこから6人の「リトル・ピープル」が出てきて「空気さなぎ」を紡ぎ始める。遺体の口から異様なものが出てくるというのは『海辺のカフカ』でナカタさんの口から「ウリを思わせる形の、粘液のようなものでぬめぬめした、白く光る物体」が出てくるのと似ている。青豆と天吾は再会し、三軒茶屋と池尻の間の非常階段を登って首都高3号線に出る。物語の発端で、青豆が渋滞した首都高3号線の上でタクシー(ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』が流れていた)を降り、運転手に教えられた非常階段を下りたのが、彼女が1Q84年の世界に迷い込んだきっかけだった。Book-2の終わりでは、青豆は高円寺の隠れ家からタクシーに乗り、用賀から首都高に入ってこの非常階段を探したのだが、あるはずのところにそれが見つからず、その代わりにバッグから拳銃を取り出して銃口を自分の口に突っ込み、引き金を引こうとしていたのだが・・・。非常階段を上った世界では空に月は一つしか浮かんでいない。どうやら1984年に戻ってきたようだ。翌朝、二人はホテルの窓から、その月が朝の光に輝きを失っていく様子を見つめている。

ネットを見ると、Book-3のあとにBook-4が出るかどうかの議論がまた盛り上がっている。Book-1が4月-6月、Book-2が7月-9月、Book-3が10月-12月だから、1月-3月もあるはずだという意見、いやそれだと『1Q85』でなければならないという意見、まだ「リトル・ピープル」の謎が解明されていないという意見など様々だ。私もBook-2を読み終えたときは、必ずBook-3が出るものと確信していたが、今度はBook-4で終わりなのかな、と思っている。『ダンス・ダンス・ダンス』『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』など、村上作品の長編の終わり方からいって、このBook-3で終わることは決して不自然ではないと思う。確かに「リトル・ピープル」や「空気さなぎ」の謎は未解明だが、この小説は謎解き小説ではない。また、Book-3では「戎野先生」やその娘の「アザミ」はほとんど登場しないが、彼らは作品の冒頭部分だけで役目を終えたのかもしれない。月が一つの1984年に戻ってきた以上、この物語が続いていく必然性は乏しいようだ。しかし、『1Q84』をさらに続けるかどうかは、当然のことながら作者村上春樹の一存にかかっている。これまでの長編のように、上・下もしくは上・中・下とせずにBook-1/2/3となっているのだから、以下4/5・・と続いてもおかしくはない。そうなったらなったで、この世界にもっと浸かっていたい気もするのだが。一つ可能性があるとすれば、小説の中で天吾が書いている長編小説が、「空気さなぎ」に書かれている世界をそのまま引き継いだもの(p.372)であることかも知れない。

ところで、Book-2(p.208)で、9月初めの朝、行方不明だったふかえりから天吾に電話がかかってくる。「いまからそちらに行っていい」「今どこにいるんだ」「マルショウというみせのいりぐち」そのスーパーマーケットは天吾のアパートから200メートルも離れていない。このマルショウが、今私の住んでいる高層アパートの一階にある同名のスーパーマーケットと同じチェーンであることは昨年6月のDiaryに書いた。そのマルショウがBook-3(p.316)にも登場する。牛河は天吾の住む高円寺の安アパートの1階の部屋を借りて、数日前からアパートの入口を見張っている。3階に住む天吾は千葉・千倉の療養所に父親を見まいに行って留守だが、天吾の部屋に同居しているふかえりがある日姿を見せる。牛河が後を点けると、ふかえりは「歩調を緩めることなく、後ろも振り向かず、、まるで帰巣する鳩のようにどこかに向かって一直線に歩いていた。そのどこかが「マルショウ」という中規模のスーパーマーケットであることがほどなく判明した。」名前は出てこないが、次のスーパーマーケットも同じ店だろう。「天吾は駅からアパートに帰る途中、スーパーマーケットに寄って買い物をした。野菜と卵と牛乳を買った。p.291)」

このマルショウ(正式には「丸正」または「MARUSHO」)は現在、阿佐ヶ谷には店があるものの、高円寺にはない。店舗数は28店舗だが、1970年代には100店を数えたこともあったそうだから、1984年当時には高円寺にもあったのだろう。ちなみに、青豆と天吾が出会う児童公園は高円寺南4丁目あたりではないかとの説があるが、高円寺南3丁目には「やきとりまるしょう」という飲み屋があるそうだ。

本日、妻のフラメンコ発表会、正式には「小松原庸子スペイン舞踏研究所第42回研究発表会」が五反田の「ゆうぽうと」であった。娘も双子を連れて観に来たが、正直言って練習不足で良い出来とは言えなかった。
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May 3, 2010 =Mon=

わが家から見たヤマダ電気のビルのスクリーン。
左は新宿プリンス、右上は六本木ヒルズ
4月も下旬くらいまで、季節外れの寒さが襲ったり雪さえちらつくような異常気象が続いていたが、4月末からのゴールデンウィークが始まってからは晴天が続いている。携帯電話でチェックする週間天気予報では、だいたい「晴れ時々曇り」になっているのだが、前日になると「晴れ」に変わっている。気象庁もこのところ予報が外れっぱなしなので「GW中は晴れ」と自信を持って言いにくいのかもしれない。ことしのGWは、日の並びがいいのと、好天なのとで人の動きもいいようだが、われわれは旅行にはいかない。もちろん、GW中は海外にしても国内にしても値段が高く、混んでいるため、毎年この時期の力は避けているのだが、今年は加えて妻のフラメンコの発表会が明日あるためだ。妻が発表会に出るのは3年ぶりくらいだが、例によって直前になっての一夜漬け練習。このところ暇さえあれば友人の名手に撮らせてもらったビデオを見ながらステップの練習をしているものの、なかなか覚えられない様子だ。

で、私はというと、こちらも連日スポーツジム通い。それも主として屋上にあるジャグジープールでの日光浴だから、タンニングマシンにでも入ったような色になっている。歌舞伎町にあるそのスポーツジムから新宿駅の方へ歩くと、コマ劇場の閉館を追うように周辺の映画館がほとんど閉館してしまった通りを抜け、西武新宿駅南口の向かいに先月15日にオープンしたヤマダ電気(店名「RABI」)がある。入ってみると、私がいつも買い物をする西口のビックカメラよりゆったりした感じがする。

そのヤマダ電機が入っているユニカビルの壁面、「LABI」のロゴがある部分の下方に3面の巨大なスクリーンがある。わが家から窓の外にこのスクリーンが見える。一番左側のスクリーンは新宿プリンスホテルに隠されているが、右の2面は真正面だ。窓の外にテレビがあるような雰囲気だ。このスクリーン、ユニカビジョンという名の広告用で、一面の大きさが約100㎡、3面合わせると300㎡あるそうだ。このスクリーンに15秒のCMを1時間に8回、1日に144回流した場合、一年契約の広告料金は36百万円だとか。

妻がフラメンコの最終特訓で遅くなるので、近所のトルコ料理店HISARで一人夕食。ここの店長Kさんと夫のインド人S君は先月再来日。S君とは1月のインド旅行の際にバラナシで会ったが、去年来日した時は日本にあまり馴染めなかった。だが今回はトルコ人シェフのOさんから料理のやり方を教えてもらうなど、日本の生活に慣れようと努力しているようだ。
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